アンドロメダUの来訪者
原作:フレドリックブラウン
ドロシーコットン
プロローグ
アンドロメダUから飛来した宇宙船は、木星の強い磁場でねじられた
あとスピンしてから、地球に落下してきた。操縦席の5本足のアンドロ
メディアンは、2つの頭のひとつを、別の席にいる4人のアンドロメデ
ィアンに向けて言った。
「かなり、荒っぽいランディングになるぞ!」
まさに、そうなった。
1
エルモスコットは、タイプライターのタブキーを押して、キャリッジ
が横切るジーという音とベル音に耳を澄ませた。実にいい音で、もう一
回やった。しかし、タイプライターに挟まれた紙には、なにも書かれて
いなかった。
電子タバコを一本出して、みつめた。電子タバコでなく、紙をみつめ
た。紙には、まだ、ひとことも書かれていなかった。
絨毯の上には、黒と茶のぶちのドーベルマンがいた。
「おまえは、ラッキーなやつだよ」と、エルモスコット。
ドーベルマンは、なんともかわいらしい尻尾をふってこたえた。ほか
に返事はなかった。
エルモスコットは、また、紙を見た。紙には、まだ、ひとことも書か
れていなかった。キーボードの上に手をおいて、タイプした。
「善良なる男たちにとって、パーティにやってくる時間だ」
打った文字をみつめ、かすかなアイデアが頬をかすめるのを感じた。
「トゥーツ!」と呼ぶと、青の普段着のドレスを着たブルネットの女性
が、台所から出てきた。「アイデアが浮かんだよ」と言って、女性に、
腕をまわした。
女性は、タイプライターの文字を読んだ。「たしかに、この三日間に
あなたが書いた最高の文章ね。でも、文章をダイジェストにしなければ、
もっと、よくなるんじゃない?」
「静かに!」と、エルモ。「今、話そうと思っていたところさ。この文
章を、ひとことだけ変えて、SF的なプロットにしてゆくのさ。見てい
てくれ!」彼女にまわしていた腕を戻して、最初の文章の下にタイプし
た。
「善良なるベムたちにとって、パーティにやってくる時間だ」
「アイデアが沸いてきそうだろ、トゥーツ」と、エルモ。「すでにSF
的な書き出しになっている!善良で古典的な、昆虫の眼をしたモンスタ
ー!みんなのためのベムたち!次のステップを見ていてくれ!」2番目
の文章の下に、タイプした。
「善良なるベムたちにとって━━━」彼は、そこを見つめながら言った。
「なんのためかな、トゥーツ。銀河かな、宇宙かな」
「好きなように書いたらいいんじゃない?ストーリーが完成しないで、
2週間で小切手が入ってこなけりゃ、この家を失って都会に逆戻りね。
あなたは小説家の仕事を失って、新聞記者に逆戻りよ、そして━━━」
「静かに、トゥーツ!ずっとよくわかっているよ」
「ずっとということはないわ、エルモ。こうすれば、いいわ」
「善良なるベムたちにとって、エルモスコットにやってくる時間だ」
ドーベルマンは、絨毯の上で、もぞもぞした。
「そんな必要はないと思うけど」
ふたりは、ドーベルマンを見た。
「エルモ!」と、ブルネットの女性。きれいな足を踏み鳴らした。「こ
んな手品をするなんて!腹話術をする時間があったら、もっと書く時間
を増やしなさいよ!」
「違うよ、トゥーツ」と、犬。「ちょっと違うよ」
「エルモ!どうやって犬の口を動かしてるの?まるで━━━」彼女は、
犬の顔を見てから、エルモを見て、言いかけてやめた。エルモスコット
が少しも怖がなかったら、モーリスエヴァンスよりすごい役者だったこ
とになる。彼女は、ふたたび「エルモ!」と呼んだが、少し怖がって涙
声になった。足を踏み鳴らすのをやめて、エルモのひざにもたれ、抱き
かかえられた。そうしなかったら、床に倒れていたかもしれなかった。
「驚かないで、トゥーツ」と、犬。
「おまえがどうなったにせよ」と、エルモスコット。少し我にかえった。
「オレのワイフをトゥーツと呼ぶのはやめろ!彼女の名前は、ドロシー
だよ!」
「きみは、トゥーツと呼んでいる」
「そこは、ちょっと違う!」
「わかったよ」と、犬。口が笑いかけのようにゆがんでいた。「きみが
ワイフという言葉を使う時に、きみの心に浮かぶ概念は興味深い。ここ
は、性がふたつある星なのか?」
「ここは━━━」と、エルモ。「なんの話をしているんだ?」
「アンドロメダUでは」と、犬。「性が5つある。もちろん、ぼくたち
は高度に進化している。きみたちは、高度に原始的だ。むしろ、低度に
原始的と言うべきかもしれない。きみたちの言語は、ぼくが見たところ、
混乱した意味だらけで、ぜんぜん、数学的ではない。ぼくの観察では、
きみたちは、まだ、2つの性の段階にいる。性が1つだった時代は、ど
のくらい続いたのかい?かつて、性が1つだったことを否定しない方が
いいよ。きみの心に、アメーバという言葉が読める」
「心が読めるのかい?」と、エルモ。「なら、話す必要はないじゃない
か!」
「トゥーツ━━━つまり、ドロシーのことだけど」と、犬。「きみたち
ふたりは、テレパシーが使えないから、3方向の会話はできないんだ。
ともあれ、会話にもっとぼくたちの仲間が加わることになるよ」犬は、
また、ニヤリとした。「仲間が、どのような姿で現われようとも、驚か
ないように!みんな、ただのベムさ」
「ベ、ベムですって?」と、ドロシー。「あなたたちは、こ、こんちゅ
うの眼をしたモンスターだというの?それは、エルモがベムでつくり上
げたことよ。それに、あなたは━━━」
「ぼくは、まさに、ベムさ」と、犬。「もちろん、今、きみたちが見て
いるものは、ほんとうのぼくの姿ではない。同じように、このあとの仲
間も、ほんとうの姿では現われない。仲間も、一時的に知能の低い生物
の姿を借りている。ぼくたちのほんとうの姿は、まさに、ベムにクラス
分けされると思う。足は5本で、頭は2つ、それぞれに、3つの眼さ」
「きみたちの実体は、どこにあるんだい?」と、エルモ。
「それらは、死んでいる━━━待てよ、どうもその言葉は、ぼくが最初、
考えた以上の意味がありそうだな。不活発で、一時的に居住不能で、修
理の必要がある。木星の近くにワープした際に破壊された宇宙船に閉じ
込められている」
「どこにあるんだい?この近くに宇宙船があるのか?どこ?」エルモの
目は、いまにも、頭から飛び出そうだった。
「それは、きみたちに関係ないよ、地球人。もしも、宇宙船が見つかっ
て、きみたちに調べられたら、きみたちにとって、しかるべき時が来る
前に、宇宙進出が可能になって、宇宙の秩序がひっくりかえされてしま
うからね」
犬は、うなった。
「今でも、多くの宇宙間戦争が起こっている。ここにワープした時も、
ぼくたちは、ベテルギウス艦隊から追われていたんだ」
「エルモ」と、ドロシー。「ビートルジュースのことと、なにか関係が
あるんじゃない?ビートルジュース艦隊の話をする前から、ずいぶん、
ふざけた話よね?」
「いや」と、エルモ。「まじめなことらしいよ」
2
ドアの下の穴から、リスが入って来た。
「連絡を受けたもんスから」と、リス。
「ほら、オレの言ったとおりだろ?」と、エルモ。
「すべては、うまくいっているよ。フォー」と、ドーベルマン。「ここ
の人たちは、ぼくたちの目的に貢献してくれそうだよ。こちらは、エル
モスコットとドロシースコット。彼女のことをトゥーツと呼ばないよう
に!」
「初めヤして。お会いできて、うれしイッス」と、リス。
ドーベルマンの口が、また、笑いをこらえてだらりとゆがみ始めた。
「フォーのアクセントについては、説明した方がいいだろう」と、ドー
ベルマン。「ぼくたちは、不時着した際、バラバラにいろんな生命体に
入り込んだので、生命体のレベルによって、支配種族、つまり、きみた
ちの言語を学ぶ上で、かなりの差が生まれてしまった。フォーは、きみ
の心の反応からして、多少、きみたちとは違うアクセントで話す生命体
から学んだようだね」
「そ、そのとおりでヤんス」と、リス。
「アドバイスしたいわけじゃないよ」と、笑いながら、エルモ。「ただ、
なぜ、最初からもっと高い知能の生命体に、直接入り込まなかったんだ
い?」
犬は、ショックを受けたようだった。犬がショックを受けたところを、
エルモは、初めて見た。ドーベルマンは、ショックをうまくごまかして、
言った。
「それには、気づかなかったよ。宇宙規則では、レベル4以上の知性生
命体に入り込むことを禁じている。ぼくたち、アンドロメディアンは、
レベル23だよ。きみたち、地球人は━━━」
「待ってくれ!」と、エルモ。「それ以上、言わないでいい。それを知
ったら、劣等感に押しつぶされるかもしれないし。あるいは、そうでも
ないかな?」
「きっと、ビックラこけるッス!」と、リス。
「たぶん、わかってもらえると思うけど」と、ドーベルマン。「ぼくた
ちは、正体がベムだということを、十分理解してもらえる、サイエンス
フィクションの作家に、正体を明かそうと思っていたんだ。いろんな心
を調べたけど、きみたちには、ぼくたちがアンドロメダから来たことを、
受け入れてもらえそうだった。フォーが心を調べた女性は、ちょっと、
普通とは違っていたようだね」
「そうなんッス」と、リス。
ニワトリが、ドアの穴から、「コッココ」と鳴いて、首をひっこめた。
「どうぞ、入って!スリー」と、ドーベルマン。「たぶん、きみたちは、
スリーとは、直接、コミュニケートできないと思う。スリーは、入り込
んだ生命体の喉の構造を変えて、しゃべれるようにしようとしたのだが、
うまくゆかなかったようだ。しかし、スリーは、テレパシーが使えるか
ら、ぼくたち経由で、きみたちと話せるから問題にはならないよ。今、
スリーは、きみたちに、初めまして、とあいさつして、ドアをあけてほ
しいと言ってるよ」
エルモが見ると、黒い大きなめんどりは、「コッコケーッ」と鳴いた。
「トゥーツ、ドアをあけてくれる?」と、エルモ。
ドロシースコットは、立ち上がって、ドアまで行って、困った顔をし
た。
「あら、向こうからウシが来るわ。彼女を入れるつもり?」
「彼だよ」と、ドーベルマン。「そうだね、彼は、トゥー。きみたちは、
2つの性しかないから、ぼくたちは、だいたい、男性ということになる。
それも、少し違うけど、なにしろ、前に説明したように、ぼくたちには、
5つの性があるからね」
「きみは、まだ、説明してないよ」と、エルモ。
ドロシーは、エルモをにらみつけた。「あら、説明されない方がいい
わ!5つの性なんて!1つの宇宙船に、みんな、いっしょでしょ!あな
たたちが、5人いて、みんな違う性だなんて、ぞっとするわ!」
「オレも、聞きたくはないよ」と、エルモ。「ここに、ウシを?ほんと
うに?」
「そうしてほしいね」と、犬。エルモは、犬からドロシーに視線を移し
た。「ドアをあけた方がいいよ、ドロシー」
「いいアドバイス、ありがとう」と、ドーベルマン。「ぼくたちは、き
みたちの親切に、多少、甘えてはいるけど、無理なお願いをする気はな
いよ」
ドロシーは、ドアをあけ、ウシはのっそりと中へ入ってきた。
ウシは、エルモを見た。「ハイ、マック!ごはんは、なんだい?」
エルモは、目をとじた。
ドーベルマンは、ウシに訊いた。「ファイブは、どこだい?きみは、
会ったかい?」
「ああ」と、ウシ。「すぐ来るよ。さっき、変なやつに会った。こいつ
らは?」
「ズボンをはいてるのが、作家で」と、ドーベルマン。「スカートをは
いたのが、ワイフさ」
「ワイフって?」と、ウシ。彼は、ドロシーを見て、ニヤニヤした。
「おらは、スカートの方がいいな。ハイ、ベイビー!」
エルモは、イスからとび上がって、ウシをにらみつけた。「よく聞け
━━━」それだけ言うと、エルモは、急に、笑い出した。ヒステリック
な笑いで、そのままイスに、崩れるように、座った。
「エルモ!ウシに━━━」と、ドロシー。エルモと目を合わせると、彼
女も笑い出して、そのままエルモの膝の上に座り込んでしまった。
ドーベルマンも、長いピンクのベロを、だらりと垂らしながら、笑い
出した。「ユーモアのセンスがあってうれしい」と、ドーベルマン。
「それも、また、ぼくがきみたちを選んだ理由のひとつさ。━━━さて、
これから、まじめな話をするよ」
ドーベルマンの口調から、笑いが消えた。「ふたりとも、傷つけられ
ることはないけど、今から、ぼくたちの監視下に置かれる。電話に近づ
かないように!ぼくたちがいる間は、家を出てもだめ。わかった?」
「どのくらい、ここにいるんだい?」と、エルモ。「ここには、数日分
の食料しかない」
「数日あれば、十分だ。新しい宇宙船を、ぼくたちは、数時間で作れる。
これは、きみたちにとっては、ビックリすることだろうけど、ぼくたち
は、遅い次元で作業できるからね」
「ああ、そうか」と、エルモ。
「どういう意味なの?」と、ドロシー。
「遅い次元さ」と、エルモ。「前に、オレが書いたストーリーで使った
アイデアだよ。時間比率の異なる次元へ行って作業すれば、そこでの1
か月は、帰ってくれば、こちらの次元では、出発してから数分か数時間
しかたっていないのさ」
「あなたがそれを発明したの?エルモ、すごいじゃない!」
エルモは、ドーベルマンに向かって言った。「それが、おまえらの要
求のすべてかい?宇宙船が完成するまで、おまえらを、ここにいさせて
あげて、このことを誰にも話さない」
「そのとおり!」と、ドーベルマン。うれしそうだった。「不必要な不
便は、強いないよ。ただし、きみたちは、監視される。ファイブか、ぼ
くによって」
「ファイブ?どこにいるんだい?」
「ビックリしないでほしいけど、ファイブは、イスの下にいるよ。さっ
き、ドアの穴から入ってきたんだ。ファイブ、こちらは、エルモスコッ
トとドロシースコット。彼女のことをトゥーツと呼ばないように!」
イスの下には、ガラガラヘビがいた。ドロシーはキャーと言って、足
をスコットのヒザの上にのせようとした。エルモも足を上げたので、な
にがなんだかわからなくなった。
イスの下から、シューという笑い声が聞こえて、言った。「心配しな
いで、みなさん。ぼくは、みなさんの心を読むまで、知らなかったんだ。
ぼくが尻尾をさっきみたいに振るのは、コウゲキ、そう、攻撃するぞっ
ていう警告だってことをね」ファイブは、イスの下から這い出てきて、
ドーベルマンの横で、トグロを巻いた。
「ファイブは、きみたちを傷つけないよ」と、ドーベルマン。「ぼくた
ちのだれもね」
「そうッス!」と、リス。
「そうだよ、マック」と、ウシ。彼、あるいは、彼女は、ドロシーにも
言った。「ベイビー、きみは、心配することないよ、今、心配している
こと、すべてをね!おらは、家の中で、そそうしたりはしないよ!」口
の中で、静かにそしゃくしてから、結論づけるように、言った。「だか
ら、なんの心配もいらないって!」
エルモスコットは、かすかに、身震いした。
「きみが考えるほどは、悪い事態には、ならないよ」と、ドーベルマン。
「ただの、言語上のお遊びみたいなものさ。あ、今、きみの心に1つの
疑問が浮かんでるね。この知性の高い生物たちは、ユーモアのセンスを
持ちあわせているのか、と。その答えは、少し考えれば、すぐわかるよ。
きみのユーモアのセンスは、きみより、知性の低い生命体と比べれば、
ずっと進んでいることからね」
「ああ」と、エルモは認めた。「別の疑問もあるよ。アンドロメダとい
うのは、銀河であって、恒星ではない。それなのに、アンドロメダUと
いう惑星から来た、というのは、おかしいんじゃないか?どっから来た
んだい?」
「たしかに、ぼくたちは、アンドロメダにある、きみたちの知らない恒
星の惑星から来た。その恒星は、遠すぎて、きみたちの望遠鏡では見え
ない。それを、ぼくは、単に、きみたちになじみのある名前にして呼ん
だだけのことさ。きみたちの慣例に従って、恒星を銀河の名前にして、
そのあとに、第二惑星を意味する、Uをつけてね」
エルモスコットは、もやもやしていた疑問点がやっと晴れて、スッキ
リした気分になった。
「おらたちは、なにを待ってるんだい?」と、ウシ。
「なにも」と、ドーベルマン。「ファイブとぼくは、順番に、監視につ
くよ」
「早く出発して、修理を始めな」と、ガラガラヘビ。「例のトリックで、
30分で、きみらは1ヵ月、作業できるよ」
ドーベルマンは、うなずいた。立ち上がって、ドアノブをしっぽで上
げて、鼻でドアを開けた。リスとニワトリ、ウシがつづいた。
「また、会おうや、ベービー」と、ウシ。
「すぐに、もどるッス」と、リス。
「コッコー」と、ニワトリ。
3
2時間近くたってから、その時、監視についていたドーベルマンが、
顔を上げた。
「あいつらが、行ってしまったよ」と、ドーベルマン。
「なんだって?」と、エルモスコット。
「新しい宇宙船は、ちょうど今、離陸したよ。木星の近くからワープし
て、アンドロメダへ向かったよ」
「あいつらって?おまえは、いっしょに行かないのかい?」
「ぼく?もちろん、行かないよ。ぼくは、あんたの犬のレックスだよ。
覚えてないの?ぼくの体を使っていた、ワンだけ行ってしまったのさ。
ぼくに、なにが起こっていたか教えてくれて、低レベル知性を残してく
れたんだ」
「低レベル?」
「だいたい、あんたのレベルと同じさ、エルモ。ワンが言うには、この
知性は、消えてしまうそうだよ。でも、すべてをあんたに説明するまで
は、消えないそうだよ。ところで、ドッグフードはどこ?おなかがすい
たよ。なにかない?トゥーツ」
「オレのワイフを、トゥーツと呼ぶんじゃない!おまえは、ほんとうに、
レックス?」
「もちろん、そうさ!レックスだよ」
「レックスにドッグフードをあげてくれる?トゥーツ」と、エルモ。
「いいアイデアが浮かんだ。みんな、キッチンに集合だ。話がある」
「ドッグフードは、二缶にしてくれる?」と、ドーベルマン。
「いいわよ、レックス」と、ドロシー。戸棚から二缶出してきた。
ドーベルマンは、ドアの近くに座った。
「オレたちも、食事にしよう、トゥーツ。腹減らないか?」と、エルモ。
「レックス、あいつらは、サヨナラも言わずに行ってしまったのか?そ
れとも━━━」
「ぼくには、サヨナラを言ったよ。あんたには、エルモ、よくしてくれ
て、感謝の気持ちを伝えたいと言っていたよ。あんたの脳内をチラって
見て、なにか、あんたがストーリーを書くことを、妨げている、心理的
なブロックを取り除いたそうだよ。あんたは、前ほどではないにせよ、
また、書けるようになったよ。たぶん、いつも白い紙をみつめるだけの、
雪原をさまようような日々は、なくなるはずだよ」
「まるで、手品師のしわざだな」と、エルモ。「ところで、壊れた宇宙
船は、どうした?やつらは、それを残していったのだろ?」
「そうだよ。自分たちの体を、宇宙船から救い出して、体を修復してか
らね。言っておくと、彼らは、ほんとうの、ベムだったよ。みんな、頭
は二つに、五本足。この五本足は、手にも足にも使えるんだ。眼は、そ
れぞれの頭に3個づつ、みんな、長い軸の先にあって、合わせて、六つ
眼小僧だよ。あんたもひとめ、見ておくべきだったね」
ドロシーは、テーブルにサンドイッチを置いて、訊いた。「エルモ、
サンドイッチでいいかしら?」
エルモは、ドロシーには、「うん?」とだけ答えて、ドーベルマンの
方を振り返った。ドーベルマンは、ドアから移動して、ドロシーが床に
置いた、大きな皿に盛られたドッグフードまで来て、言った。「ありが
とう、トゥーツ」
そして、ガツガツ、食べ始めた。
エルモは、サンドイッチを一つつまんで、食べ始めた。ドーベルマン
は、ドッグフードを食べてしまうと、水をぺちゃぺちゃ飲んでから、ド
アのわきの絨毯に戻っていった。
「レックス」と、エルモ。「もしも、やつらが捨てていった宇宙船を
見つけ出せたら、オレはストーリーを書く必要なんかなくなるよ。そこ
には、かなり価値のあるものがありそうだからね。そこで、提案なんだ
が━━━」
「いいよ」と、ドーベルマン。「ぼくが、あんたにその場所を話したら、
別のドーベルマンを、ぼくの仲間にしてくれる?あんたは、そのうち、
ドーベルマンの子犬たちに囲まれて━━━さて、あんたは、宇宙船の場
所を知らない。けれど、なんとしてでもさがしたいと思っている。ワン
という名のベムは、あんたの心に、そのアイデアを植えつけていったよ
うだね。ワンは、ぼくもそこからなにかが得られる、って言っていたよ」
「そうだね。その場所を話してくれるかい?」
「いいよ。今、あんたが食べたサンドイッチだけど、スライスハムの先
に小さなゴミのようなものがあったんだ。ほとんど、顕微鏡でないと見
えないサイズだったけど、それを、あんたは、今、食べてしまった━━
━」
エピローグ
エルモスコットは、両手を頭の上においた。ドーベルマンは、開いた
口から、長い舌を、だらりと垂らして、今にも笑い出しそうだった。
エルモは、責めるように、ドーベルマンを指さして、言った。「おま
えは、オレに、生活のために、一生、小説を書き続けろというのか!」
「なぜ、だめなの?」と、ドーベルマン。「ワンは、それで、あんたが
ずっとハッピーになれるって、言っていたよ。心理的ブロックも取り除
いたし、それほど、苦労しないで書けるようになってるよ。あんたは、
━━━善良なる男たちにとって━━━の時間だ━━━から、始める必要
なんかないし、男たちをベムたちに、置きかえようというのは、偶然の
一致なんかではなく、ワンのアイデアなんだ。その時、すでに、ワンは、
ぼくの中に入っていて、そこから始めようと、思いついたのさ」
エルモは、立ち上がって、行ったり来たりし始めた。
「やつらは、あらゆる点で、オレより一枚上手だったわけだ。ただし、
ひとつのことを除いて。レックスさ」と、エルモ。「その点で、おまえ
が共犯だとしても、オレはやつらに勝っている」
「どうやって?」
「おまえが、幸運の星なのさ。世界に一匹だけの、しゃべれる犬さ、レ
ックス。オレたちは、おまえに、ダイヤモンドで装飾された首輪をプレ
ゼントできるし、熟成肉のステーキをごちそうできるのさ。なんでもお
まえの望みどおりさ。やってくれるよね?」
「やってくれるって、なにを?」
「話すことさ」
「ウー」と、ドーベルマン。
ドロシースコットは、エルモスコットを見て、言った。「エルモ、な
ぜそんなことを?あなたは、レックスに、無理に、話させるようなこと
はしないと、言ったわ。レックスになにかしてあげない限り。レックス
は、今、食事したところよ」
「わからない」と、エルモ。「忘れた。オレは、そろそろ、ストーリー
を書きに戻った方がいいかもな」
エルモは、犬をまたいで、となりの室のタイプライターのあるところ
へ、歩いていった。
タイプライターの前に座り、呼んだ。「ヘイ、トゥーツ!」
ドロシーは、室に入ってきて、脇に立った。
「いいアイデアが浮かんだよ。━━━善良なるベムたちにとって、エル
モスコットにやってくる時間だ━━━には、アイデアのひらめきがある。
タイトルも、そこから考えて、サイエンスフィクションのストーリーを、
まさに書こうとしていた男が、突然、男の、そう、犬が━━━その犬は、
レックスのようなドーベルマンで、今、タイプするから、読んでみて!」
タイプライターに新しい紙を挟んで、タイトルを打った。
アンドロメダUの来訪者
(終わり)