ヴァヴェリ
            原作:フレドリックブラウン
            メイジーヘッターマン
             
             
             
 学生用ウェブスター=ハムリン辞書、2064年度版
    ヴァヴェリ (名)ヴェイダー(俗)
    ヴェイダー(名)テレビ属のインオルガン
    インオルガン(名)非実体化生物、ヴェイダー
    テレビ(名)1.インオルガンの属 2.光と電気間のエーテ
    ル周波数 3.(陳腐)2023年まで使用された通信手段
     
     



     

2

1
























































            プロローグ
 
 地球侵略の号砲は、何百万人もの人間に聞こえたが、それほど大きな
ものではなかった。ジョージベイリーは、その何百万人もの人間のひと
りであった。オレが、ジョージベイリーを選んだのは、侵略者の正体を、
10の100乗光年内で言い当てた唯一の人間だったからだ。
 ジョージベイリーは、酔っていた。そのような状況のもとでは、彼を
責められない。彼は、もっとも低級なテレビコマーシャルを見ていた。
見たいわけでも、ほとんどその必要もなかったのだが、MID放送局の
上司、J・R・マクギーに命令されたからだ。
 ジョージベイリーは、テレビコマーシャルのコピーを書いていた。コ
マーシャルよりも、もっと憎んでいたものは、テレビであった。ここで
は、自分のプライベートの時間を使って、ライバル放送局のむかむかす
るようなコマーシャルを見ていた。
「ベイリー」と、J・R・マクギーは、命令したのだ。「きみは、もっ
と、他社がなにをやっているか、知っておくべきだね。とりわけ、担当
時間帯で、他の放送局がどんなコマーシャルを流しているか、見ておく
べきだよ」
 上司の強い要請ようせいには、なかなか、さからえない。とりわけ、週千ドルの
仕事を続けたい場合は、特に。

4

3
























































 しかし、コマーシャルを見ているあいだに、ウィスキーサワーを飲む
ことはできる。ジョージベイリーは、そうした。
 コマーシャルのあいまには、メイジーヘッターマンとジンラミーをた
しなんだ。彼女は、テレビスタジオに勤める、赤毛のキュートなタイピ
ストだった。ここは、メイジーのアパートで、メイジーのテレビであっ
た。ジョージは、原則として、自宅に、テレビを置かなかった。スマー
トフォンや携帯電話も、持たない主義だった━━━ただし、お酒は、ジ
ョージが持参した。
「まさに、限定品のすばらしい、電子タバコ!」と、テレビ。「早いも
の勝ちジ━ジ━ジ━みんなに喜ばれる電子シガレット━━━」画面は、
ときおり、乱れた。
 ジョージは、テレビをチラリと見て、言った。
「マルコーニ」
 彼は、モールスと言いたかったのだが、ウィスキーサワーが、少し彼
の舌をもつれさせた。その結果、彼の最初の推量が、他の誰よりも、真
実に近いものとなった。それは、ある意味で、マルコーニだった。まさ
に、文字通りの意味で。
「マルコーニ?」と、メイジー。
 ジョージは、テレビの音の中で話すのが嫌いだったので、音をミュー
トにした。

6

5
























































「モールスと言おうとしたんだよ」と、ベイリー。「モールス信号さ、
ボーイスカウトや軍隊の通信部隊が使うやつさ。前に、ボーイスカウト
で習ったことがある」
「ほんとうかしら、なにか、変化していたわ」と、メイジー。
「誰かが、この波長の放送コードに割り込もうとしているようだ」と、
ジョージ。
「どういう意味だったの?」
「ああ、それが、何を意味するか、というと、S。アルファベットのS
が、ジ━ジ━ジ━。SOSは、ジ━ジ━ジ━、ダ━ダ━ダ━、ジ━ジ━
ジ━」
「Oは、ダ━ダ━ダ━?」
「いいね、メイジー、もう一度、言ってみてくれる。きみも、ダ━ダ━
ダ━だね!」
「あら、ジョージ、もしかしたら、ほんとうに、SOSかもしれないわ!
テレビの音を戻してみて!」
 ジョージが、ミュートを戻すと、まだ、電子タバコのコマーシャルが
続いていた。
「紳士にとって、もっとも、ジ━ジ━ジ━な味の」と、テレビ。「喜ば
れる、繊細な、ジ━ジ━ジ━。新しいパッケージには、ジ━ジ━ジ━を
保つ、とても新鮮な━━━」

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7
























































「SOSじゃないね。ただの、Sだけだ」
「ティーケトルのような。ねぇ、ジョージ、コマーシャル上の、ただの
ギャグかも」
「いや、ギャグだとしても、製品名まで、消してしまうことはないよ。
ちょっと待って、他のチャンネルも見てみよう」
 彼は、すべてのチャンネルを順番に見ていったが、すぐに、信じ難い
という表情になった。地上波、衛星波、あらゆるチャンネルが、それど
ころか、放送波の来ていない、画面でも、
「ジ━ジ━ジ━」と、テレビ。「ジ━ジ━ジ━」
 彼は、手動で、衛星波の一番右まで移動させてみても、
「ジ━ジ━ジ━」と、テレビ。「ジ━ジ━ジ━」
 ジョージは、テレビを消した。メイジーを見つめていたが、目には、
入っていなかった。そうすることは、難しかった。
「ジョージ、なにか、まずいことでも?」
「そうでないことを、望みたいね」と、ジョージベイリー。「ほんとう
に、望みたい」
 彼は、もう一杯飲もうと手を伸ばしたが、気を変えた。突然、思いつ
いたのは、なにか大きなことがおきているということで、それを確認す
るために、しらふに戻ろうとした。
 それが、どのくらい大きなことかについては、漠然としたものしかな

10

9
























































かった。
「ジョージ、それって、どういうこと?」
「オレにも、わからないよ。メイジー、これから、運動がてら、放送ス
タジオまで、ひとっ走りしてこよう!エキサイティングなことになって
いると思うよ」





            1
 
 2023年4月5日、その夜に、ヴァヴェリたちは、地球にやってき
た。
 その夜は、普通に始まった。今は、普通では、なくなった。
 ジョージとメイジーは、タクシーを待ったが、まったく来ないので、
地下鉄でゆくことにした。そう、この頃は、まだ、地下鉄が動いていた
のだ。MID放送局のビルの1ブロック手前まで行けた。
 放送局のビルは、マッドハウスと化していた。ジョージは、微笑ほほえみを
浮かべながら、左腕にメイジーを伴って、ロビーを突っ切り、5階まで、

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11
























































エレベーターに乗った。理由もなく、エレベーターボーイに、百ドル紙
幣のチップを渡した。今までは、一度もそんなことはしなかったが。
「ベイリーさん、あまり近づかない方がいい!」と、エレベーターボー
イ。「相手が誰であれ、耳をみ切らんばかりの剣幕だから!」
「すばらしい!」と、ジョージ。
 エレベーターからJ・R・マクギーのオフィスまで、まっすぐ向かっ
た。
 ガラスドアの向こうから、甲高かんだかどな鳴り声が聞こえた。ジョージがド
アをノックしようとすると、メイジーが止めようとした。
「ねぇ、ジョージ」と、メイジー。ささやき声で。「あんた、クビにさ
れるわよ!」
「その時が来たのさ」と、ジョージ。「ドアから離れていなさい、ハニ
ー」
 やさしく、しかし、しっかりと、彼女を安全な場所に戻した。
「でも、ジョージ、なにをする気?」
「見ててくれ!」と、ジョージ。
 ドアを開けると、大声は静まって、室を横切るあいだ、すべての人の
視線が、ジョージベイリーに注がれた。
「ジ━ジ━ジ━」と、ジョージ。「ジ━ジ━ジ━」
 すぐに、ガラスのコップやら、紙押さえやら、インク入れやらが飛ん

14

13
























































で来た。それらを、すばやく身をかわして、よけながら、ドアの外に出
た。
 待っていたメイジーをつかまえて、階段へ走った。
「さぁ、飲みにゆこう!」と、ジョージ。
 
               ◇
 
 放送局のビルのはす向かいのバーは、混んでいたが、奇妙に静かだっ
た。客の大半は、テレビ関係者であったため、バーカウンタ正面には、
大きな液晶テレビがすえられて、そのまわりに、人々が集まっていた。
「ジ━」と、テレビ。「ジ━ダ━ダダ━ジ━ダ━ダ━ダジダ━ジ━」画
面は、乱れたままだった。
「美しい響きだ」と、ジョージ。メイジーに囁いささやた。
 誰かが、チャンネルをかえ、誰かが、たずねた。
「どこの周波数バンド?」誰かが、答えた。「警察だよ」「海外に、合
わせてみたら?」「ここは、ブエノスアイレスのはずだけど」
「ジ━ダダ━ジ━」と、テレビ。
 誰かが、自分の髪をかきむしってから、言った。
「そのいまいましいものの電源を切ってくれ!」
しかし、別の誰かが、すぐにまた、テレビをつけた。

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15
























































 ジョージは、後ろのブース席に知り合いを見つけ、ふたたび、微笑ほほえ
を浮かべながら、メイジーを案内した。そこには、ピートマルベニーが、
ウィスキーボトルを前に、ひとりで、座っていた。ジョージとメイジー
は、ピートのはす向かいに座った。
「ハロー!」と、ジョージとメイジー。おごそかに。
「ヘル!」と、ピート。彼は、MIDの技術研究員の主任であった。
「すばらしい夜だね、マルベニー」と、ジョージ。「羊毛のような雲に
かかった、月を見たかい?まるで、嵐の中で、荒波をこえてき進む、
スペインの大型帆ガ レオ ン船のように━━━」
「静かに!」と、ピート。「今、考えてるとこだ」
「ウィスキーサワー、二つ!」と、ジョージは、注文をとりにきたウェ
イターに言った。ウェイターは、テーブルを横切って、カウンターに戻
っていった。
「声を出して、考えてくれる?そうすれば、オレたちも、聞くことがで
きる。その前に、あの大騒ぎの場所から、どうやって、のがれてきたんだ
い?」
「クビになったよ」
「それじゃ、握手だな!あいつらに、ジ━ジ━ジ━って言ったのかい?」
 ピートは、初めて、尊敬の念をもって、ジョージを見た。
「きみは、やったのかい?」

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「ああ、オレはウィットがあるからね!きみは、なにをしたんだい?」
「自分の考えをのべただけさ。彼らが言うには、ぼくは、正気じゃない
そうだ」
「そうなのか?」
「ああ」
「いいね」と、ジョージ。「そこで、聞きたいんだが━━━」ジョージ
は、指を鳴らした。「スマートフォンや携帯電話は?」
「全く、同じ。同じ音で始まって、画面の乱れは、ときおりだったのが、
今では、画面全体が、乱れたままさ。携帯電話も同じ!」
「すばらしい!ところで、なにがおこっているんだい?それが、なんで
あれ、心配はしないよ。説明するのがたいへんでも、言ってくれないか
?」
「ぼくの考えでは、宇宙さ。宇宙は、曲がっているんだ」
「古き良き、宇宙━━━」と、ジョージベイリー。
「静かに!」と、メイジー。「ピートの考えを聞きたいわ」
「宇宙は」と、ピート。「有限でもある」
 ウェイターがきて、ウィスキーサワーを二つ、テーブルにおいた。
 ピートも、目の前のウィスキーボトルから、自分のグラスに注いだ。
「もしも、きみたちが、どの方向でもいいから、まっすぐに、どこまで
も、進んだとすると、もといた場所に、結局は、戻ってくるんだ。リン

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ゴの上をうアリのようにね」
「オレンジにしてくれる?」と、メイジー。
「ああ、オレンジでもいい━━━今、こう仮定してみよう。最初の無線
放送の電波が、発信され、ぐるりとまわって、122年で、戻ってきた
としてみよう」
「122年?」と、ジョージ。「しかし、たしか、電波って、光と同じ
速度で進むはずだよね。そうだとしたら、122年では、122光年し
か進めない。これでは、宇宙を一周することなんかできない。宇宙には、
何百万光年や、あるいは、何十億光年先の銀河も観測されているからね。
数字は忘れたけれど、この銀河でさえ、122光年より、ずっと大きい
はずだよ」
「たしか、天の川銀河は、直径が、だいたい、10万光年のはずよ」と、
メイジー。
 ピートマルベニーは、ためいきをついた。
「さっき、ぼくが、宇宙が曲がっていると言ったのは、そこなんだ。ど
こかで、ショートカットが発生したんだ」
「そんな、短いショートカットなんて、ありえないわ!」と、メイジー。
「しかし、ジョージ、きみは、受信コードを聞いて、理解できるかい?」
「あまり━━━速いと、まったくわからない」
「ぼくは、わかるよ」と、ピート。「あれは、初期のアメリカのハム無

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線さ。リンゴやらのね。正式の放送が始まる前は、あの種の無線電波が
飛びっていたんだ。
 いろんな電波キーやら、マルコーニやフェッセンデンの検波器を使っ
た、アマチュア無線さ。
 そのうち、すぐに、バイオリンソロが聞こえてくるよ。それが、なに
か、教えられるよ」
「なんなの?」と、メイジー。
「ヘンデルのラルゴ。初めて放送された、レコード曲さ。1906年に、
ブラントロックから、フェッセンデンが放送したんだ。今から、数分も
しないうちに、フェッセンデンのCQ━CQが聞こえてくるよ、飲み物
けてもいい!」
「オーケー、しかし、最初のジ━ジ━ジ━は、なんだい?」と、ジョー
ジ。
 マルベニーは、ニヤリとした。「マルコーニだよ。当時、放送された、
もっとも強力な電波は、だれが、いつ、なにを発信したものだと思う?」
「マルコーニなの?122年前?ジ━ジ━ジ━?」と、メイジー。
「その当時の最高出力。1901年12月12日、最初の大西洋横断信
号さ。ポルドゥーにあるマルコーニの無線基地から、200フィートの
アンテナで、Sの連続信号、ジ━ジ━ジ━、を送信して、マルコーニ自
身は、ふたりの助手とともに、ニューファンドランド島セントジョーン

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23
























































ズで、たこり上げた、高さ400フィートのアンテナで待ち受け、つ
いに、信号を受信したんだ。これが、初めて大西洋を横断した信号さ。
ポルドゥーにある、大きなライデンびんで2万ボルトの電流をスパークさ
せて巨大アンテナから送信していたんだ━━━」
「ちょっと、待ってくれ、ピート。おかしくないか?」と、ジョージ。
「それが1901年で、最初の放送が1906年なら、フェッセンデン
の放送が同じルートでここに届くまで、5年かかるはずだよ。宇宙に1
22年のショートカットがあるにせよ、それらが、途中で、聞こえなく
なるほど弱まってないというのも、ありえない」
「だから、仮定だと言ったんだ」と、ピート。急に力が、抜けたようだ
った。
「長い旅をしてきた信号は、実際上は、使用できないほど弱まっている
はずだ。さらに、あの電波は、マイクロ波から上のあらゆる周波数バン
ドにわたって、同じ強さで存在している。ジョージが指摘してくれたよ
うに、2時間の間に、ほとんど、5年分、来てしまっている。これは、
ありえないことだ。だから、最初に、正気の沙汰 さ たではない、と言ったん
だ」
「しかし━━━」
「しっ!聞いて!」と、メイジー。
 かすかな、しかし間違いなく人の声が、テレビから、いろんな雑音に

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25
























































まじって、聞こえてきた。さらに、音楽、ぼんやりと、しかし間違いな
くバイオリンの音。ヘンデルのラルゴの演奏だった。
 突然、調弦で高い鍵盤へ駆け上がるように、テレビの音が、際限なく
高くなって、耳をふさぐほどになった。さらに、聴覚の限界を超えて、
聞くことさえできなくなった。
「そのいまいましいものの電源を切ってくれ!」
誰かが、そうした。こんどは、誰もテレビをつけるものは、いなかった。
「自分の言ったことを、本気では、信じてはいないんだ」と、ピート。
「それに、まだ、話してない、まずい事実があるんだ、ジョージ。当時
の無線電波は、現在の無線機では、受信できても、テレビは、オーディ
オ回路が無線機とは全く違うため、受信できるはずはないんだ。まして
は、スマートフォンや携帯電話は、さらに、仕組みが全く違うので、受
信できるはずはないのさ」
 ピートは、ゆっくり、頭をふった。
「別の説明があるに違いない、ジョージ。考えれば考えるほど、ぼくの
説明は、間違っている気がする」
 ピートは、正しかった。しかし、間違ってもいた。




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27
























































            2
 
「実に、バカげている!」と、オギルビー氏。メガネをはずして、顔を
しかめ、また、かけ直した。そして、今、目を通したばかりの数枚の原
稿を、机の上に、はき捨てるように、投げつけた。原稿は、机のはじの
ネームプレートまですべっていった。ネームプレートには、こう書かれ
ていた。
 
          B.R.オギルビー
          編集長
 
「実に、バカげている!」と、再び、オギルビー氏。
 彼の部下で、優秀な記者でもある、ケイシーブレアは、イスに座って、
足を組んだまま、電子タバコで輪を作って、指でつついていた。
「なぜ?」と、ケイシー。
「なぜなら━━━実に、バカげているからだ!」
「今は、朝の3時!」と、ケイシーブレア。「電波干渉は、もう、5時
間も続いている。そのあいだ、ただの1番組さえ、放送できていない。
地上波も衛星波も。世界中のおもなテレビ放送局は、放送を中止した」
「放送を中止した理由は、2つある。ひとつ、電気の無駄だからだ。ふ

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たつめは、各国政府の通信省が、電波干渉の方向を、組織的に、調査を
始めたからだ。そのために、放送局は、放送中止を要請されたのだ。政
府は、精力的に調査した。なにが、わかったと思う?」
「実に、バカたこと?」と、ケイシー。
「そのとおり!ほんとうだよ。ニューヨーク時間で、午後11時━━━
すべての時間を、ニューヨーク時間にして話すが━━━グリニッジでは、
その方向を、マイアミ方向とした。それは、北へ移動をはじめ、午前2
時には、バージニア州リッチモンド方向となった。
 午後11時のサンフランシスコでは、その方向を、デンバーとした。
3時間後には、アリゾナ州トゥーソンとなった。
 南半球では、どうかというと、南アフリカのケープタウンでは、ブエ
ノスアイレスだった方向が、3000マイルも北のモンテビデオに移動
した」
「午後11時のニューヨークでは、マドリード方向からの弱い干渉が、
午前2時には、まったく検出できなくなりました」と、ケイシーブレア。
電子タバコで、別の輪を作った。
「たぶん、そこで使用した、ループアンテナが、水平方向しか検出でき
ないから」
「ふざけている!」
「バカげている、の方がいい!」と、ケイシー。

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「バカげているが、ふざけては、いない。
 おそろしいのは、こういうこと!これらの線は、聞いた限りの、他の
すべての観測結果と重ねあわせてみると━━━線といっても、地球の表
面に沿って曲がる曲線ではなく、地球に接する、接線として、直線で重
ねあわせてみると━━━同じ一点に向かっている。オレは、実際に、小
さな地球儀と星座表を使って、確かめた。
 これらの直線は、すべて、獅子 し し座の一点に、収束している!」
 彼は、イスに座ったまま、体を曲げて、さきほど、机の上に提出した
原稿のてっぺんを、指の先でかるくたたいた。
「天球上で、その点の真下にある基地局では、電波干渉の方向を特定で
きなかった。一方、その点から見て、相対的に、地球のへりに近い基地
局では、明確な方向を検出した。あんたは、それらの数字を、天文学者
にチェックしてもらってから、結論付けろと言うが、事は急を要する。
他のライバル紙で、この記事を、最初に、読みたくなければ、すぐに、
発表すべき!」
「しかし、ケイシー。上空のヘビサイド層が、宇宙からの電波を遮断し
て、跳ねかえしてしまうんじゃなかったかい?」
「確かに、その通り!しかし、たぶん、れもあるだろう。あるいは、
内側からの電波は、跳ねかえしても、外からの信号は、通過してしまう
のかもしれない。それは、固い壁というわけではないから」

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33
























































「しかし━━━」
「実に、バカたことであることは、よくわかる。しかし、原稿はできて
いるし、印刷の締め切りまで、あと、1時間!原稿を、すぐに印刷にま
わすべき。印刷の準備の間に、オレが見つけた事実や方向やらをチェッ
クさせればいい。なにか、他にチェックしたいものがあるだろうから」
「どのような?」
「惑星の位置に関するデータは、チェックしてない。獅子 し し座の天球上の
位置と、観察地点を結ぶ直線上に、別の惑星が、横切ったかもしれない。
たぶん、火星が」
 オギルビー氏は、一瞬目を輝かしたが、すぐに、また、くもらせた。
「我々は、世間のいい笑いものになってしまうだろうなぁ━━━ブレア
君、きみがもしも、間違っていたら━━━」
「もしも、正しかったら?」
 編集長は、しぶしぶ、受話器を手に取ると、印刷の指示を出した。
 
               ◇
 
 ニューヨーク モーニング メッセンジャー紙
 4月6日付け最終版(午前6時)第一面見出し
      電波干渉 宇宙からきたる 獅子 し し座の方角

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35
























































        太陽系外文明からの呼びかけか?
 
 すべてのテレビ番組は、休止された。
 テレビ関連株は、前日比、数ポイント、げで始まり、その後、急激
を下げたが、昼近く、利益買いが入って、数ポイント、を戻した。
 市民の反応は、さまざまだった。テレビを個人で所有していなかった
人々は、いっせいに、買いに走り、一大ブームとなった。特に、スマー
トフォンや携帯電話が人気であった。
 しかし、テレビは、本来のテレビとして買い求められたわけではなか
った。すべてのテレビ番組が休止されていたため、画面は、乱れたまま
で、何ひとつ映らなかった。テレビの音は、無線機と同じような乱れた
電波を受信した。スマートフォンや携帯電話も、同様だった。
 しかし、これは、ピートマルベニーが、ジョージベイリーに説明した
ように、これらのオーディオ回路は、無線機とは全く違うため、不可能
だった。
 テレビは、無線機の電波らしきものを受信したが、途切れとぎれであ
った。誰も、長くは聞いていられなかった。一瞬、あるいは、数秒間、
ウィルロジャースやジェラルディンファラーの歌声が聞こえたかと思え
ば、今度は、デンプシー/カーペンターのボクシング試合であったり、
パールハーバー事件であったりした。(リメンバー パールハーバー?)

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37
























































 しかし、聞いてわかるものは、非常にまれだった。ほとんどは、意味
をなさない、ソープオペラの混合体であった。広告であったり、音楽の
断片であったり。全く無差別で、数秒でも耐えられるものではなかった。
 しかし、好奇心は、強い動機にもなる。数日間は、テレビが売れるブ
ームが続いた。
 他にも、理由がよくわからない、分析不能なブームもあった。
 1938年のウェルズウェルズの火星人騒動が再燃して、ショットガ
ンや護身用拳銃が、爆発的に売れた。
 聖書が、天文学の本と同じ売れ行きをみせ、ホットケーキも同じよう
に売れた。
 政府の1部門が、避雷針に、関心を寄せたため、電気店や建築会社に
は、すぐに設置してくれという注文が殺到した。
 これも、理由が不明だが、アラバマ州モービルでは、釣り針に人々が
殺到し、数時間で、すべての釣具店やスポーツ用品店から、釣り針は姿
を消した。
 公共図書館や書店では、せん星術や火星に関する本に、人々が殺到した。
そう、火星だった。火星は、この時期は、太陽の向こう側にあって、す
べての新聞の論説が、地球と獅子 し し座の間には、いかなる惑星もないとい
う事実を、強調していたにもかかわらず。
 奇妙な現象は、続いていた。インターネットのようなネットワークは、

40

39
























































すべて、運用停止に追い込まれていたため、新しいニュースは、新聞で
読むしかなかった。人々は、新聞社のビルの前の売店に集まって、新し
い版の新聞が並ぶのを、待っていた。流通業者は、目がまわるほど、忙
しかった。
 人々は、放送を休止した放送局の周りにも、数人単位で集まって小声
で話していた。MID放送局の出入り口は閉鎖されていたが、原因究明
のために働く技術者の出入りのために、警備員は配置されていた。前日
から勤務していた技術者の何人かは、24時間を越えて、ろくな睡眠も
とらないで、働いていた。

            3
 
 ジョージベイリーは、正午に目覚めたとき、軽い頭痛がした。ヒゲを
そり、シャワーを浴びてから、外出して、軽く一杯ひっかけてから、朝
食をとった。午後の早い版の新聞を買って、読んで、ニヤリとした。彼
の予想は、とくに、悪い予想は、すべて当たっていた。それは、当然と
いうようなことは、なにもなかったが。
 しかし、なにが悪かったというのだろうか?
 午後の遅い版の新聞には、こうあった。
 

42

41
























































      「地球は 侵略された」科学者 語る
 
 使用できる最大の活字で、36行分、使っていた。その夜は、家庭に
配布される新聞は、配られなかった。新聞配達員は、配達に出ると、群
集に囲まれて、強奪されそうになったので、配達する代わりに、新聞を
すべて、売ってしまったのだ。かしこいものたちは、一部につき10ド
ルで売った。正直に配達しようとしたものたちは、群集に強奪されてし
まったため、結局、配達できなかった。
 最終版の新聞は、見出しが少し変わった。印刷上では、少しの違いだ
ったが、意味の上では、途方もない違いだった。こんなふうに。
 
      「地球は 侵略された」科学者ら 語る
 
 科学者に、「ら」がついただけだ。
 カーネギーホールは、真夜中に行われる、ある講演のために、夕方に
はシャッターを下ろされた。予定にはなかったもので、宣伝もされてい
なかった。ヘルメッツ教授は、午後11時半の電車で、ホームに降り立
つと、待っていた記者たちに取り囲まれた。ヘルメッツは、ハーバード
大の教授で、最初の見出しに単人称で扱われた、科学者であった。
 カーネギーホールの支配人である、ハーベイアンバースは、記者たち

44

43
























































をかきわけていった。帽子をかぶってメガネをかけた、ヘルメッツのと
ころまで来ると、教授の腕をとって、話のできるところまで、引っ張っ
ていった。「教授、話は、カーネギーホールへ行ってから!」と、アン
バース。ヘルメッツの耳元に。「ヴェイダーの講演に、5万ドル、支払
う!」
「いいでしょう、明日あしたの午後かね?」
「今から!タクシーを待たしてある。こっちへ!」
「しかし━━━」
「講演のために、聴衆を集めてある、急いで!」と、アンバース。今度
は、記者たちに向かって言った。
「通して!教授がここにいたら、きみたちは、誰も、教授の話を聞くこ
とができないよ!カーネギーホールへ来るといい!教授が、話してくれ
るから、それを、記事にするといい!」
 口づてで広まったのか、教授が話を始めるころには、カーネギーホー
ルは、ごったがえしていた。少ししてから、大きなスピーカーを会場の
外にも設置したので、外にいる人々にも、講演の声は聞くことができた。
早朝の1時に、通りは、なんブロック先まで、人々でいっぱいであった。
 教授の名前に、1千万ドル出すというスポンサーはいなかった。教授
がテレビで講演する番組に、スポンサーになって、1千万ドル、喜んで
出すというスポンサーもいなかった。テレビ番組は、休止していたから

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45
























































だった。
 
               ◇
 
「ご質問は?」と、ヘルメッツ教授。
「教授」と、最前列の記者。「地上の基地局が検出したすべての方向が、
きのうの午後に起こった変化について、今、述べられたことを、裏づけ
ている?」
「その通り。正午頃に、すべての方向指示は、弱くなり始めた。午後2
時45分━━━東部標準時で━━━すべての方向指示は、完全に
ました。その時まで、無線電波は、上空から来ていた。地球の表面上は、
一定の割合で、方向を変化させながら。しかし、獅子 し し座の一点でみれば、
方向は、まったく動いていない」
獅子 し し座のなんという恒星?」
「我々の星図表には、目に見える恒星はありません。彼らは、宇宙の一
点から来たのか、我々の望遠鏡では見えない恒星から来たのか、どちら
か!」
「しかし、きょうの━━━いや、むしろ、きのうの、今は午前0時を過
ぎているから━━━午後2時45分には、すべての方向探知器は、動作
を停止した。しかし、信号は、続いていた。今や、すべての方向から等

48

47
























































しいレベルで。侵略者たちは、すべて、到着したわけ?」
「そう!そこから、導かれる結論は、他に、ない。地球は、今や、取り
囲まれ、完全に、おおい尽くされた。
 電波によって━━━この電波は、地球では、無線電波として送信され
たが、実際には、現在のテレビ、スマートフォンや携帯電話で受信され
ているから、むしろ、テレビぞくの電波━━━
 テレビぞくの電波によって。これは発信源を持たず、あらゆる方向へ、
地球全体を、たえまなく動きまわり、自分たちの意志で姿形すがたかたちを変化させ
ている。現在のところ、まだ、地球から発信された、無線電波の形だが、
これが、彼らを引きつけ、ここまで、連れてきたのだ」
「彼らは、我々の望遠鏡では見えない恒星から来たのか、まさに、宇宙
の一点から来たのか、どちらと、お考え?」
「おそらく、宇宙の一点から。そうでない理由は、ない。彼らは、実体
のある生物ではない。もしも、彼らが、ある恒星から、ここへ来たとし
たら、我々に見えないということは、非常に暗い星ということになる。
なぜなら、たったの61光年先だから。これは、恒星の距離としては、
非常に近い方!」
「その距離は、どのようにわかった?」
「こう仮定した。この仮定は、まったく、合理的な仮定だ。彼らが出発
したのは、我々の電波信号を最初に発見した時。それは、122年前の

50

49
























































マルコーニのS━S━Sだ。最初に到着したものの形になって、ただち
に、我々の方向に出発した、と仮定した。マルコーニの信号は、光の速
度で進むから、61年前に、61光年先に到達したと考えられる。それ
から、侵略者たちは、やはり、光の速度で旅し、我々のところに到着す
るまで、同じ年数を要したわけだ」
 教授は、ひと息ついてから、さらに、続けた。
「最初に到着したものたちは、モールス信号の形をとっていた、と言え
る。その後に到着したものたちは、地球に向かう途中で遭遇したり、通
過したり、たぶん、吸収したりした、さまざまな電波の形をとっただろ
う。今、地球の周りをさまよっているものたちには、まさに、数日前に、
放送された、テレビ番組の断片の形をとっているものがいる。彼らは、
音だけでなく、テレビ画面の姿も、そなえている。あるいは、テレビ電
話や、インターネット上の通信画面の形をとっているものもいる。ただ、
非常に断片的であり、すぐに、予想外の動きをするため、個体として、
特定化されてはいない」
「教授、侵略者のひとりを、記述できる?」
「テレビぞくの電波としか、記述できていない。放送局のないところから
発信された、結果としての、テレビぞくの電波だ。我々が、ものごとの変
動に依存した、生命体であるように、彼らは、電波の動きに依存した、
生命体だ」

52

51
























































「彼らに、サイズの違いはある?」
「はい、ある。サイズという言葉の、二つの意味において。電波は、波
長と呼ばれる、波の山から山の長さで測られる。侵略者たちは、テレビ
の地上波や衛星波の全チャンネル、マイクロ波から上のあらゆる周波数
バンドをカバーするから、次の二つのうちの一つがあてはまる。彼らは、
あらゆる、波長の個体がいるのか、あるいは、彼らのおのおのが、それ
ぞれ、テレビ受信機の、あらゆるチューニングに適応できるかだ」
「しかし、波長というのは、山から山の長さだ。観点をかえて、電波は、
電波が続いている長さ、つまり、デュレーションを持つと考えることも
できる。今、放送局が、1秒のデュレーションの番組を流したとすると、
この番組を運ぶ電波は、1光秒の長さ、だいたい、18万7千マイルと
なる。30分の連続番組は、30光分の連続電波に、いわば、のっかっ
ている。といったふうに」
「長さを、そのようにとらえるなら、個々の侵略者たちは、数千マイル━
━━1秒よりずっと短いデュレーション━━━から、50万マイル━━
━数秒のデュレーション━━━を越えるものまである。観察されたなか
で、もっとも、長かったデュレーションは、だいだい、7秒あった」
「しかし、ヘルメッツ教授。なぜ、これらの電波は、生きていると、生
命体だと仮定する?ただの電波では、なぜ、ダメ?」
「なぜなら、あんたの言う、ただの電波であれば、非生命体が、ある法

54

53
























































則に従うように、ある法則に従う。たとえば、動物が丘をのぼるように
は、石は、丘をのぼらない。石は、外部からの力で強制されなければ、
丘をのぼらない。これら侵略者たちは、生命体のかたちをもっている。
その理由は、次のように、いろいろある。彼らは、自分の意志をもって
いる。動きまわる方向を変えらる。もっとも顕著なのは、自分のアイデ
ンティティーを持っている。二つの信号は、同一のテレビ受信機で、衝
突することはない。つまり、順番に、存在することはあっても、同時に
は存在することはない。同じ波長の信号は、通常は、合成されるが、彼
らは、決して、合成されない。彼らは、ただの、電波ではない」
「彼らには、知性があると、お思い?」
 ヘルメッツ教授は、メガネをはずして、考え込むように、たんねんに、
みがいてから、言った。
「我々は、知性について、どのくらい知っているだろうか?このような
生命体の知性は、もしも、あったとしても、我々のものとは、完全に異
なる平面上にあって、意思疎通を始められるようないかなる共通点もな
い、と思われる。我々には、実体があり、彼らには、実体がない。我々
と彼らには、共通基盤というものがないのだ」
「しかし、彼らに、知性があるなら━━━」
「アリは、見たところ、知性的だ。本能と呼ぼうと思えば、そう呼べる。
本能は、知性の一形態だ。本能は、知性がアリにさせられることの、少

56

55
























































なくとも、いくつかを、成し遂げさせることができる。けれど、我々は、
アリと、意志疎通できない。同様に、侵略者との意志疎通は、もっと、
できそうにない。アリの知性と我々の知性との差は、侵略者の知性━━
━もしもあったとして━━━と我々の知性との差に比べたら、ほとんど、
ないに等しいだろう。それなのに、いまだに、我々は、アリとも意志疎
通できていない━━━」
 
               ◇
 
 教授は、その講演でなにかに気づいたが、ヴェイダー━━━もちろん、
侵略者のインヴェイダー略称である━━━との意志疎通は、確立されなかった。
 テレビ関連株は、次の日は、安定して取り引きされていた。しかし、
その次の日、誰かが、ヘルメッツ教授に、質問をして、教授の返答が、
新聞各紙に載った。
「放送が再開されるか、どうか?」と、教授。「再開されるか、どうか
は、わからない。侵略者が、去ってくれないと、再開できないのは、確
か。侵略者が去る理由としては、遠くのどこかの星で電波通信が始まっ
て、彼らがそれに引きつけられて、去ってゆくことが考えられる。
 しかし、少なくとも彼らの一部は、我々が放送を再開した瞬間に、す
ぐに、戻ってくるだろう」

58

57
























































 テレビ関連株は、1時間で、事実上、ゼロまで下落した。株式市場は、
おだやかで、売りに走る気配もなかった。買うものが現われなかったた
め、取り引きがなかったからだ。テレビ関連株は、全く、取り引きされ
なかった。
 テレビ関係者や、エンターティナーたちは、次の職をさがしはじめた。
エンターティナーたちは、職をさがすのに、苦労はなかった。テレビや
インターネット以外の、あらゆる娯楽が、いきなり、大ブームとなった。



            4
 
「ツーダウン!」と、ジョージベイリー。
「どういう意味?」と、バーテンダー。
「さぁね、ハンク。ただの、予感さ」
「どういう予感?」
「それも、よくわからない。カクテルのおかわり!それで、オレは引き
あげるさ!」
 電動シェーカーが動かないので、ハンクは、手でシェイクして、カク
テルを作らなければならなかった。

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59
























































「いい運動になるね」と、ジョージ。「キミには、その運動が、必要だ
ったんだ!余分な脂肪を、少しは、とりのぞいてくれるさ!」
「サンキュー」と、ハンク。シェイカーを傾けてグラスに注ぐと、氷が
楽しげに鳴った。
 ジョージベイリーは、時間をかけてカクテルを飲んでから、店をあと
にした。
 外は、4月の雷雨で、ひさしの下で雨宿りして、タクシーを待つこと
にした。老人が、同じように、雨宿りしていた。
「ひどい天気だね」と、ジョージ。
 老人は、ニヤリとして、ジョージに、いた。「気がついたかね?」
「なにに?」
「ちょっと、見ていたまえ、ミスター。ほんの少しで、わかるよ!」
 老人は、立ち去った。からのタクシーは、来なかった。ジョージは、そ
こに立っていた。そのことに気づくまで、しばらくかかった。気づいた
時、アゴが落ちるほどビックリしたが、すぐにアゴを閉じて、居酒屋に
かけこんだ。電話ブースに入ると、ピートマルベニーに電話した。
 ピートにつながるまで、3回番号をかけまちがえた。
「はい」と、ピート。
「ジョージベイリーだよ、ピート。天気に気がついたかい?」
「ああ、さっきね。稲光いなびかりが光らないね。こんな雷雨なら、ありそうなも

62

61
























































のだが」
「どういうことだい、ピート?ヴェイダーのせいかな?」
「そうだね、これは、ただの始まりなのかも━━━」
 雷鳴が電話線を伝わってきて、電話の声をとぎれさせた。
「ピート、そこにいるかい?」
 バイオリンの音。ピートマルベニーは、バイオリンを弾かなかった。
「ピート、なにかが━━━」
 ピートの声が、再び、聞こえてきた。「ジョージ、いっそのこと、こ
っちに来て!電話も、そう長くはない━━━を持って」雑音で、通話は
とぎれ、別の声。「カーネギーホールに来てください!かつてない、す
ばらしい演奏が━━━」
 ジョージは、受話器をおいた。
 雨のなかを、ピートの家まで歩いた。途中、スコッチのボトルを買っ
た。ピートが言いかけたものは、たぶん、このことだろうと考えたのだ。
 そのとおりだった。
 彼らは、ドリンクを、それぞれ、自分で作って、飲み始めた。蛍光灯
がチラついてから、消えた。そして、再び、ついたが、薄暗かった。
「蛍光灯もなくなる」と、ジョージ。「蛍光灯もなくなる、すぐに、電
灯もなくなる。やつらは、電話を、のっとった。こんどは、電灯で、な
にをしようというのかな?」

64

63
























































「食べちまうんだろ?やつらは、電気を食べちまうにちがいない」
「電灯も、なしか」と、ジョージ。「ふん、電話なんかなくたって、へ
いきさ。ろうそくや、オイルランプなんかも、わるくはない。しかし、
すぐに、稲光が、恋しくなるだろうな。ああ、オレは、稲光が大好きだ
ったんだ」
 蛍光灯は、完全に消えた。
 ピートマルベニーは、暗闇のなかで、ドリンクをすすってから、言っ
た。
「電灯に冷蔵庫、トースター、真空そうじ機━━━」
「ジュークボックス」と、ジョージ。「公共の電子掲示板もなし。イン
ターネットもスマフォもブログもなし。そうだ、映画は?」
「映画もなくなるよ。サイレント映画もね。プロジェクターを、オイル
ランプで動かせやしないだろう。それに、わかるかい、ジョージ?車も
なくなるよ。ガソリンエンジンは、電気がないと動かせないんだ」
「なぜだめなんだい?スターターのかわりに、手でクランクをまわせば
いい」
「スパークだよ、ジョージ。スパークは、なにでできていると思うかい
?」
「そうか!それじゃ、飛行機もだめだ。ジェット機は、どうかな?」
「ある種のジェットは、電気なしに、動くと思うが、それだけでは、な

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65
























































にもできないよ。ジェット機は、モーター以外にもいろんな装置があっ
て、すべてが電気を使用する。座席のシートをゆするだけで、ジェット
を離陸させたり着陸させたりできないだろ?」
「レーダーもなしか。レーダーが必要なのは?そうだ、戦争もなくなる
ね、そうとう長いあいだ、戦争はないね」
「かなり、長くね」
 ジョージは、急に、イスに背筋せすじをのばして、すわりなおした。
「そうだ、ピート、核分裂はどうかな?原子力は?まだ、動いているの
かな?」
「疑わしいね。核現象は、基本的に、電気的なんだ。やつらは、中性子
っちまうほうに、1ドル賭けるよ!」
 ピートは、この賭けに勝った、といえるだろう。政府は、公表はしな
かったが、その日、ネバダにある地下実験場で実施された、臨界前核実
験は、しけた花火のように、ぼしゃってしまい、完全に失敗であった。
また、稼動していた、すべての原子力発電所は、原因不明の不具合によ
って、これも、公表されぬまま、運用停止のプロセスを開始した。
 ジョージは、不思議そうに、頭を、ゆっくりふった。
「路面電車もバスも、オーシャンライナーも━━━ピート、これが意味
することは、オレたちは、馬力だけがたよりの、原始の生活にもどるこ
とになる、ということだよ。馬━━━もしも、投資したいなら、馬だな!

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67
























































とくに、メス馬!繁殖用のメス馬は、馬の体重と同じプラチナの、1千
倍の値がつくよ!」
「そうだね。しかし、蒸気を、忘れないでほしいな!蒸気エンジンは、
まだ、使われてるよ。工場用とか、機関車にね」
「確かに、そうだ。30両編成の貨車に、鉄の機関車のお通りだ!身近
では、乗馬かな。ピート、きみは、乗馬の経験は、あるかい?」
「昔は。しかし、もう、年をとったから、無理だね。むしろ、自転車 バ イ ク
始めるよ。そう、あした、いちばんに、バイクを買おう!みんなが殺到
する前に!きっと、そうするよ」
「いい考えだ。オレも、昔は、バイクがとくいだった。じゃまな車が1
台もいないところで、走れるわけだ。それに、言ってしまうけど━━━」
「なに?」
「コルネットを、また、やろうと思うんだ。昔、こどものころに、吹い
ていたんだ。また、出してこようと思う。あと、たぶん、どこか田舎に
引っ越して、書いたり━━━ところで、印刷は、どうなったかな?」
「本の印刷は、電気の発明の、はるか昔からおこなわれているよ、ジョ
ージ。印刷業界を再編するのに、多少、時間がかかるだろうが、本は、
大丈夫だよ。このことには、おおいに感謝したいね」
 ジョージベイリーは、ニコリとしてから、立ち上がった。窓ぎわまで
行くと、外は、暗くなりかけていた。雨はやんで、空はんでいた。

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69
























































 路面電車は、電気を消して、駅とは離れた場所で、停止していた。一
台の自動車が止まった。ゆっくり動き出して、また、止まった。そのヘ
ッドライトは、急激に暗くなっていった。
 ジョージは、空を見上げてから、ひとくち飲んだ。
「稲光がないね」と、ジョージ。すこし、悲しげであった。「稲光が、
恋しくなるだろうな━━━」




            5
 
 社会の転換や移行は、予想より、ずっと、スムーズに行われた。
 政府は、緊急会議を開いて、ひとつの、メイン委員会を立ち上げて、
そこに、絶対的で、無制限な権限を与えるという、懸命な決定を行なっ
た。メイン委員会の下には、3つの補助的な、サブ委員会をもうけた。メ
イン委員会は、経済再編部局と呼ばれ、7人のメンバーだけで構成され、
おもな業務は、3つのサブ委員会の成果を統合し、意見の相違を迅速に
解決することであった。
 3つのサブ委員会の1つめは、輸送部局だった。

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71
























































 輸送部局は、全鉄道会社を、一時的に、すべて、接収した。トロッコ
を補助的に走らせて、これを使って、蒸気機関車による鉄道網を、全国
的に組織した。電報も電気通信もなしに、鉄道の問題を解決した。
 輸送されるべきものは、なにかが、つぎに検討された。第一に、食料
であった。第二に、石炭や燃料であった。第三は、必要とされる工業製
品で、その重要度に応じて、分類された。
 新品のテレビ・パソコン・スマフォやら、電気ストーブやら、冷蔵庫、
ありとあらゆる不要な電化製品は、貨車に積まれて運ばれたあと、トラ
ックの山の横に、無造作に、積み上げられた。後で、スクラップにされ
るためだ。
 全国の馬は、政府による品質検定を受け、能力に応じて、ランク分け
された。ある馬は、仕事にかりだされ、ある馬は、繁殖用のメス馬や種
馬用にまわされた。荷車用の馬は、重い荷物をひっぱる重要な仕事だけ
に、使われた。
 馬の繁殖計画は、最重要課題と位置づけられ、部局の推計では、馬の
頭数は、2年で2倍、3年で4倍となり、6年か7年後には、すべての
家のガレージで、一家に一頭の馬が飼えるという見通しであった。
 農家は、飼っていた馬を、やはり、一時的に接収されたが、畑に放置
されたトラクターの代わりに、牛を耕作にどのように使うか、明かりと
なるものを、どうひいてくるかについての、講習を受けた。

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73
























































 2つめのサブ委員会は、人的労働再編部局だった。名前からわかるよ
うに、一時的に失業した、何百万の人々を、多くの分野で、急激に増え
た、それほど専門的でない、手作業労働需要に割りふることを手助けし
た。
 2023年5月には、3500万人の失業者がいたが、10月には、
1500万人に、2024年5月には、500万人に減少した。202
5年には、失業者は、ほぼゼロになって、競争的需要が、賃金をおし上
げ始めた。
 3つめのサブ委員会は、もっとも困難な事柄を扱う部局だった。それ
は、工場再編部局と呼ばれた。この部局の目的は、電気的に稼動してい
た機械工場を、ここでは、たいていは、同じように電気的に稼動する機
械を生産していた場合が多いのだが、それらを、非電気的だが重要な製
品を、電気を使用しないで生産する工場に変換することであった。
 初期のころは、数少ない、工場用の蒸気エンジンが、24時間稼動を
続けた。最初に生産したものは、いろいろなサイズの工場用の蒸気エン
ジンで稼動する、旋盤、スタンプ盤、かんな盤、フライス盤であった。
これらは、さらに、より多くの蒸気エンジンの生産に使われた。蒸気エ
ンジンの数は、多くの馬が繁殖にまわされたのと同じように、2乗、4
乗と増加した。原理は、同じであった。ある人は、その後、多くの人が、
これら最初の蒸気エンジンを、繁殖用の馬にたとえた。

76

75
























































 ともあれ、金属に不足はなかった。多くの工場には、多くの機械が、
溶かされるのを待っているだけだった。
 蒸気エンジンは、新しい工場生産の基盤であり、集中的に生産され、
さらに、別の機械の生産にまわされた。別の機械は、石油ランプや、服、
石炭ストーブや、石油ストーブ、バスタブやベッドの骨組みといった製
品の生産に使われた。
 大きな工場のすべてが、転換によって、誕生したわけではなかった。
転換期が進行しているあいだに、個人の手工業が、なん千という場所で、
きおこった。小さな、ひとりとかふたりのお店が、家具やら、靴であ
ったり、キャンドルやら、複雑な機械なしに作れる、あらゆるものを作
ったり、修理したりした。
 最初、これらの小さな店は、大きな工場とは競争にならずに、もうけ
も少なかった。後に、彼らは、小さな蒸気エンジンを購入して、小さな
機械を稼動させ、雇用を増やし、購買力を上げ、ブームに乗って成長を
続けるうちに、大工場に匹敵する生産量をあげ、クオリティでは、大工
場を圧倒した。
 経済再編期には、不況もあったが、30年代の大不況よりは、ずっと、
深刻ではなかった。経済は、急速に、回復した。
 その理由は、明白であった。不況との戦いでは、政治家は、暗闇の中
を手探りするようなものであった。彼らは、不況の原因がわからず、と

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77
























































いうよりは、その原因について、互いに相反する、何百もの経済理論を
知るがゆえに、真の治療法がわからなかった。結局、ものごとは一時的
であり、ほうっておけば、そのうち回復するという考えによってじゃま
された。なにがどうなっているのか、結局は、わからず、いろいろ試し
ているうちに、不況は、雪だるま式に拡大していった。
 しかし、2023年に、この国が、そして、すべての他の国が、直面
した状況は、実に、明らかであった。電気が、なくなった。電気に頼っ
ていた動力を、蒸気と馬力による動力に再調整すること。
 これほど、明らかなことはなかった、ここには、もしもも、それにも、
しかしも、なかった。すべての人々が━━━いつの時代にもいる、一部
の、ひねくれた、へそ曲がりを除いて━━━経済再編のために、ひとつ
になった。









80

79
























































            6
 
 ━━━4年後、2027年。
 4月の雨の日。コネチカット州ブレイクスタウンの小さな鉄道の駅。
ジョージベイリーは、駅舎のひさしの下で、3時14分の汽車で、誰が
降りてくるか、待っていた。
 3時25分に、汽車は、シュッシュッポッポッと、ペンキで塗られた
車止めの位置まで来て、停車し、シューッと蒸気をはいた。3両の客車
に1両の貨車。貨車のとびらがあいて、郵便物が手渡され、とびらが、
ふたたび、閉まった。旅行かばんはなかったので、乗客はだれも━━━。
 そのとき、後ろの客車のプラットホームからとび降りてきた、背の高
い黒髪の男性が目にはいった。ジョージベイリーは、子犬のように、う
れしくなって、叫んだ。「ピート!ピートマルベニー!どういう風の」
「ベイリー!なんという、偶然!きみは、ここでなにをしてるんだい?」
 ジョージは、ピートの手をとった。
「ハハッ、ここに、住んでるのさ。もう、2年になる。23年に、念願
かなって、ブレイクスタウン ウィークリーを買って、働いている。編
集兼、リポーター兼、雑用係さ。印刷機が1台、役立っている。メイジ
ーは、社会欄を担当していて、彼女は━━━」
「メイジー?メイジーヘッターマン?」

82

81
























































「メイジーベイリーさ、今は。新聞社を買ったときに結婚して、ここに
引っ越してきたのさ。ここには、なにしに来たんだい、ピート?」
「ビジネスさ。一晩だけ、ここにね。ウィルコック氏に会いに」
「へぇ、ウィルコック氏、わが町の偉大なる変人━━━いや、そんなこ
とはないさ、いいやつだよ、大丈夫。さて、きみは、あす、彼に会える
よ。まずは、うちに来て、夕食さ。一晩中、話そう!メイジーも、きみ
に会えて嬉しがるさ。行こう、そこに、馬車をめてある」
「いいけど、きみは、用事の方は?」
「ああ、すんだよ。汽車で、誰がやって来たのか、記事にしていたのさ。
きみがやって来た。仕事は、終了。さぁ、行こう!」
 馬車に乗ると、ジョージは、雌馬に、「ギッダーッ!ベッシー!」と
言って、手綱たづなを引いた。
「ピート、今、なにしてるんだい?」
「ガス供給会社で、リサーチさ。ガス灯などの炎をおおう器具を開発し
ていて、より明るく、より長持ちする、効率的なものをさがしている。
ウィルコック氏は、手紙で、そのようなものを開発したと言ってきたの
で、ぼくが派遣されて、調べに来たのさ。彼の言うとおりのものなら、
いっしょにニューヨークに戻って、会社の弁護士に、彼と取り引きさせ
るのさ」
「それ以外のビジネスは、どうだい?」

84

83
























































「いいね、ジョージ。ガスは、これから、よくなるね。新築の家には、
かならず、配管されるし、古い配管も、たくさんある。きみの方は?」
「オレの方も、やった!ってかんじだね。ラッキーにも、古いライノタ
イプを1台、手に入れたんだ。ガスバーナーなしに鋳型を動かせて、す
でに配管済みさ。家も、事務所兼新聞店の二階で、ここも配管できれば、
すべて完了さ。ガスは、ありがたいね。ニューヨークは、どうだい?」
「すばらしいよ、ジョージ。人口は、100万人に減って、そこで安定
している。混雑もなくなった。空き室は、みんなに十分あって、空気は、
なぜか、アトランティックシティーよりきれいさ。排気ガスがなくなっ
たせいかな」
「馬は、じゅうぶんかい?」
「まずまずだね。それより、自転車が大流行だよ。工場は、需要に追い
つけないくらいさ。ほとんど、ブロックごとにサイクリングクラブがあ
って、みんな、仕事の往復に乗っている。ますます、健康になって、あ
と、数年で、医者にかかる人が、激減するだろうな」
「きみも、バイクを?」
「もちろん!ヴェイダー前のやつさ。一日平均で、5マイルは乗って、
馬のように、食べてるよ」
 ジョージベイリーは、声を出さずに笑った。
「それなら、メイジーに言って、今夜のディナーに、干し草を追加して

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85
























































もらわなければ!さぁ、着いたよ。ホーッ、ベッシー!」
 二階の窓があいて、メイジーが顔を出して、言った。
「ハーイ、ピート!」
「メイジー、夕食に、もうひとり分、追加だ!」と、ジョージ。「馬を
つないで、ピートに階下し たを見せたら、すぐ上がるよ!」
 納屋から戻ると、ピートを新聞店の裏口に案内した。
「これが、ライノタイプさ」と、ジョージ。誇らしげに、印刷機を指さ
した。
「どうやって、動かすんだい?蒸気エンジンは?」
 ジョージは、ニヤッとした。
「まだ、動いてないのさ。今は、手で活字を組んでいる。蒸気エンジン
は、1台しかなくて、印刷に使っているんでね。しかし、ライノ用に、
もう1台、注文ずみさ。1ヵ月くらいで、来る。そいつが来たら、ポッ
プジェンキンスが━━━今、印刷を依頼している人だが、仕事を休んで
来てくれて、ライノの動かし方を教えてくれる、てはずなんだ。ライノ
タイプが動かせたら、オレは、すべてのことを、自分でできるってこと
になる」
「ポップは、どんな人?」
ジョージは、頭をふった。「ポップも、その日が来るのを、こころ待ち
にしているよ。彼は、69で、リタイヤしたいと思っている。オレが、

88

87
























































彼なしでできるようになるまで、待ってくれているんだ。
 ここには、新聞店があって、小さなミール印刷機があり、仕事もある。
正面部分は、事務所だけど、これはこれで、すごく、効率的なのさ!」
 マルベニーは、あたりを見渡して、微笑ほほえんだ。
「ジョージ、きみは、自分の居場所を、ついに、見つけたね。小さな町
の新聞の編集って、ジョージにふさわしいよ」
「ふさわしい、どころじゃないよ!もう、夢中さ!みんなに、もっと、
喜んでもらいたいし、信じられないかもしれないが、イヌのように働い
て、仕事が大好きなんだ。さぁ、二階へ行こう!」
 階段で、ピートは、いた。
「前に、きみが書いていた、小説は?」
「半分、書いたまま。悪くはないが、オレが前に、書いていたものは、
小説じゃないな。前は、オレは、すごく冷笑的 シニカルで━━━今は」
「ジョージ。ヴァヴェリは、きみのベストフレンドだった、と思うよ」
「ヴァヴェリ?」
「ということは、ニューヨークのスラングが、ここまで、伝わってない
らしいね!もちろん、ヴェイダーのことさ。やつらを研究していた学者
が、ヴァヴェリプレースとか、ヴァヴェリスタックと呼んだのが広まっ
たのさ━━━やぁ、メイジー、ひさしぶりだね。百万ドルの笑顔は、ま
すます、その輝きかがやを増してるね!」

90

89
























































「そんなこと言っても、なにも出ないわよ!」と、メイジー。「さ、テ
ーブルにどうぞ!」
 みんな、くつろいで、食事をした。すまなさそうに、ジョージは、ビ
ールを、冷えたボトルで、出してきた。
「すまないね、ピート。これより、強いお酒は、置いてないんだ。どう
も、近頃、あまり、お酒を飲まないんでね、たぶん━━━」
「馬車に乗るからじゃないか、ジョージ?」
「馬車というわけでもないよ。宣誓したわけでもないんだが、この1年、
強いお酒は、飲んでない。なぜだか、わからないけど━━━」
「ぼくも、そうだよ」と、ピートマルベニー。「きみが飲まなくなった
理由は、よく、わかるよ。ぼくも、同じ理由で、それほど、飲まなくな
ったからさ。それは、必要がなくなったということさ━━━ところで、
ここに、テレビは置いてないかい?」
「レガシーかい?」と、ジョージ。くっくっと笑った。「以前は、ちょ
っと見てみたいとか、そこでしていた、おぞましい仕事のことを考えた
りしたよ。それで、テレビを出してきて、スイッチをいれてみたことが
ある。しかし、なにも起こらなかった。静けさだけ。静けさは、時とし
て、世界中でもっともすばらしいものだよ、ピート。もちろん、ヴェイ
ダーはいるわけだから、好きなジュースがあって、ヴェイダーがやって
きていたら、静けさもなかったわけだけど。ところで、知りたいのは、

92

91
























































ヴェイダーは、前と同じやり方で、ビジネスを展開しているのかい?」
「ああ、そのとおり。リサーチ部局は、日々、チェックしているよ。蒸
気タービンで動く、小さな発電機で、電流を発生させてね。しかし、発
生したと同時に、ヴェイダーに食われてしまう」
「彼らは、いつか、去ってくれるのかしら?」と、メイジー。
 マルベニーは、肩をすくめた。「ヘルメッツ教授の考えでは、去るこ
とはないらしい。また、食った電気の量に比例して、ヴェイダーは、増
えているらしい。宇宙のどこかで、無線放送が始まって、ヴェイダーが
引きつけられて去っていっても、一部は、ここにとどまって、われわれ
が発電したとたん、ハエのように群がって、どんどん、増えてしまうそ
うだ。また、ヴェイダーは、空中の静電気でも生きていけるそうだよ。
ところで、ここでは、夜はどうやって、過ごしているんだい?」
「どうって?読んだり、書いたり、お互いに訪問したり、しろうとのグ
ループ活動に参加したり━━━メイジーは、ブレイクスタウン劇団の団
長さ。オレも端役はやくをやらされている。映画がなくなったので、みんな、
劇を始めて、なかには、才能のある人もいるよ。ほかには、チェスやチ
ェッカークラブがあって、サイクリング旅行やら、ピクニックやら━━
━時間が、ぜんぜん、足りないくらいさ。
 音楽について、言ってなかったね。みんな、楽器を演奏するか、習っ
ているよ」

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「きみは?」
「ああ、前にも話したかな、コルネットだよ。シルバーコンサートバン
ドの第一コルネットをやらせてもらっている。ソロパートも。それに━
━━おっと、忘れてた!今夜は、リハーサルだった!日曜の午後に、コ
ンサートがあるんだ。かまってあげられなくて、すまん━━━」
「ぼくも、いっしょに行って、参加できないかな?ブリーフケースに、
フルートを持ってきてるんだ!もしも━━━」
「フルート?ちょうど、フルートが足りなくて困っていたんだ。もしも、
きみが行ったら、シーパーキンスは━━━楽団の指揮者だが、きっと、
きみを人質にして、日曜のコンサートまで、泊まってゆくことになるよ。
そ、あと、3日だ。だめなことないだろ?そうだ、今、定番を2・3曲
弾いて、ウォームアップしておこう!
 メイジー、皿は、このままでいいから、ピアノをお願いするよ!」
「いいわよ」と、メイジー。「キッチンに運んでから、すぐ、行くわ!」







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            エピローグ
 
 ピートマルベニーが、客室へ行って、ブリーフケースからフルートを
とってくるあいだ、ジョージベイリーは、ピアノの上に置いてあるケー
スから、コルネットをとりだして、吹いた。ソフトで、ものかなしく、少
し短調がかった旋律。クリアで切れがあって、ジョージのくちびるは、
今夜は、かなり調子がよかった。
 手に銀に輝く楽器を持ったまま、窓ぎわまで行くと、外は、暗くなり
かけていた。夕暮れで、雨はやんでいた。
 足をたかくあげた馬が、パカラッパカラッと通りすぎ、自転車のベル
が、チリリンと鳴った。誰かが、通りをわたりながら、ギターをつまび
いて、歌っていた。静かな、スローな曲だった。
 春のかほりが やさしく 甘く
 雨あがりの湿しめっぽい大気に
 おだやかな 夕暮ゆうぐ
 とほくで ひびく 雷鳴らいめい
「ああ」と、ジョージ。心のなかで。「稲光さえ、光ってくれてたらな
ぁ━━━」
 稲光だけが、恋しかった。
 

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                            (終わり)


















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