地球人は出ていけ
原作:フレドリックブラウン
アランフィールド
プロローグ
ダプティンというのが、略称だ。最初は、アダプティンと呼ばれてい
たのが、ダプティンと、略されて呼ばれるようになった。それは、ぼく
たちを、適応させてくれるのだ。
10才の時に、みんなに説明された。彼らは、ぼくたちが10才にな
らなければ、理解できないと思っていたようだが、みんなは、すでに、
多くを知っていた。火星に着陸すると、すぐに、話してくれた。
「きみたちの故郷だよ、生徒諸君」と、主任の先生。ぼくたちのために
建設してくれた、プラスチック製のドームに入ってから、講義が始まっ
た。この夜の、特別講義は、とても重要なもので、全員、出席するよう
に言われていた。
その夜、先生は、ぼくたちに、なぜなのかやなんのためにも含めた、
すべてを、話してくれた。先生は、ぼくたちの前に立っていた。もちろ
ん、寒さを遮断する宇宙服を着て、ヘルメットをかぶっていた。ドーム
の気温は、ぼくたちにとって、適温だったが、先生にとっては、すでに、
凍るように寒く、空気も、すでに、先生にとっては、呼吸するには薄す
ぎた。先生の声は、ヘルメットの無線を通じて、ぼくたちに届いた。
「生徒諸君」と、先生。「きみたちは、故郷にいます。火星です。この
惑星は、きみたちの残りの人生すべてを、過ごすことになる惑星です。
きみたちは、火星人です。火星人の第1世代です。きみたちは、5年を
地球で過ごし、5年を宇宙で過ごしました。きみたちは、このさき、1
0年間は、少しづつ、外で過ごす時間を増やしながら、大人になるまで、
このドームで過ごします。
そのあとは、火星人として生活してゆくために、自分たちの家庭を作
ります。きみたちどうしで結婚し、生まれた子どもたちは、
生粋の火星
人になるでしょう。
きみたちが、その一部である、この偉大な実験の歴史をすべて、お話
しする時が来ました」
それから、先生は、話してくれた。
1
人類が火星に最初に降り立ったのは、2049年だった。火星は、知
的生命体の居住に適していなかった。植物は、広く繁殖し、わずかな種
類の、羽のない昆虫が生息していた。先生が、知的生命体の居住に適さ
ないと言ったのは、地球人の基準に照らしてだった。地球人は、火星で
は、プラスチック製のドームの中でしか、生存できなかった。外出時に
は、宇宙服が必要だった。夏の時期の昼間を除いて、気温は寒すぎた。
大気は、呼吸するには薄すぎ、日光に長く照らされると、大気が薄い分、
地球より紫外線が多く、死に至る危険があった。火星の植物は、地球人
には化学的に適さず、食料にできなかった。地球人の食料は、すべて地
球から運ぶか、水栽培用タンクで育てるしかなかった。
◇
50年間、地球人は、なんども、火星を植民地化しようとしたが、す
べての試みは失敗した。ぼくたちのために建設したこのドームだけが、
唯一の前哨基地であった。もうひとつのプラスチック製のドームは、ず
っと小さく、1マイル離れた場所にあった。
人類は、太陽系では、地球以外の惑星に進出することは、できそうも
ないようにみえた。というのは、火星さえも居住に適さなかったからだ。
地球人が、火星にさえにも住めないなら、他の惑星を植民地化すること
などできるはずもなかった。
2
そして、30年前の、2098年、ウェイムースという輝かしい名の
生化学者が、ダプティンを発見した。この奇跡の薬は、接種した動物や
人間には、作用せず、接種後、決まった期間内に妊娠した子どもに作用
するのだ。この薬は、その子どもに対して、徐々に変化、いかなる変化
にも適応できるほとんど無限の適応能力を与えた。
ウェイムース博士は、オスとメスのペアのモルモットに接種して、2
匹を結婚させた。5匹の子どもが生まれたが、それぞれの子どもを、徐
々に変化するさまざまな環境におく実験を行って、驚くべき結果を得た。
モルモットの子どもたちが成熟したとき、1匹は、マイナス40℃で快
適に生活し、別の1匹は、66℃以上で、完全に順調だった。3匹めは、
通常の動物にとっては、致死量の毒を含む食事で、よく育ち、4匹めと
5匹めは、両親のどちらか一方でも数分で死んでしまうX線被爆下で、
ふつうに生活していた。
その後の多くの動物実験が示したことは、同じ条件のもとで適応した
両親から生まれた純正の子孫は、誕生時から同じ条件のもとで生きる能
力をもつ、ということであった。
「それから10年後、今から10年前になりますが」と、主任の先生。
「きみたちが、生まれました。実験を志願した人たちのなかから、慎重
に選ばれた両親から、生まれたのです。誕生時から、きみたちは、注意
深く制御され、徐々に変化する条件のもとで、大きくなりました。
生まれたときから、呼吸する空気は、少しづつ薄くされ、酸素量も少
しづつ下げられました。きみたちの肺組織は、容量をとても大きくする
ことによって、少ない酸素量に対抗し、それで、きみたちの胸は、先生
や世話人たちと比べて、ずっと大きいのです。きみたちがじゅうぶん大
人になって、火星大気のような空気を呼吸できるようになれば、この違
いは、もっと、見た目にも明らかになるでしょう。
きみたちの体は、毛皮でおおわれて、寒さに対抗できるようになりつ
つあります。きみたちは、普通の人間ならすぐに死んでしまうような条
件下でも、快適に過ごせます。きみたちが4才のころから、看護婦や先
生たちには、きみたちにとっては普通の条件下でも、死なないためには、
特別な防護服が必要でした。
これからの10年で、きみたちは、大人になって、火星に完全に順応
するでしょう。火星の空気は、きみたちの空気になり、火星の植物は、
きみたちの食料になります。火星の極端な温度でも、耐えられるように
なり、火星の平均気温は、きみたちには、快適なものになります。すで
に、5年間をかけて、きみたちは、宇宙で、重力を少しづづ下げて過ご
し、火星の重力が、きみたちにとって普通のものとなっています。
ここは、きみたちの惑星です。生活を続け、人口を増やしてください。
きみたちは、地球で生まれましたが、火星人の第1世代です」
もちろん、ぼくたちは、これらのほとんどを、すでに知っていた。
3
最後の1年が、もっとも楽しかった。そのときまでに、ドームの内側
の空気は、先生や世話人たちが住む、気圧の高い区画を除いて、外の空
気とそれほど変わらなかった。ぼくたちは、徐々に、より長い時間を、
外で過ごせるようになった。外は、開放的ですばらしかった。
最後の数か月は、男女で分けられていた壁も緩和された。ぼくたちは、
最後の日までは、つまり、完全な開放日までは、結婚できないとは言わ
れていたが、少しづつ、自分の相手をさがし始めた。ぼくの場合は、相
手を選ぶのは、難しくなかった。ずっと前から、相手を決めていて、彼
女の方も同じ気持ちだと確信していた。ぼくが、正しかった。
あしたは、ぼくたちが自由になる日だ。あした、ぼくたちは、火星人
になる。火星人そのものだ。あした、ぼくたちは、惑星を征服するのだ。
ぼくたちの一部には、辛抱できない者たちがいて、数週間前から不満
をもっていたが、賢い者たちに説得されて、待つことになった。20年
間、待ったのだから、最後の日まで、待てるはずだった。
エピローグ
あしたが、最後の日だった。
あした、出発前に、合図があったら、なかにいる先生やほかの地球人
をみな殺しにする計画だ。疑われもせず、たやすい仕事だ。
ぼくたちは、なん年も、うわべを偽ってきた。地球人たちは、ぼくた
ちが、どんなに嫌っているか、知りもしない。見ただけで胸がむかつき、
どんなにみにくく思っているか。地球人のからだは、みすぼらしく、間
違った体型をしていた。肩は、異常にせまく、ちっぽけな肺しかなく、
声はかすれて、火星の大気では、拡声器でも使わない限り、聞こえやし
ない。それにもまして、肌といったら、白いのりのようで、毛さえほと
んどないのだ。
ここにいる地球人を殺したら、もうひとつのドームも攻撃して、そこ
の地球人もみな殺しにする計画だ。
もしも、地球人が、ぼくたちを罰するために、また来たら、ぼくたち
は、丘に住んで、丘に隠れよう。決して、見つからないだろう。もしも、
地球人が、別のドームを建築したら、それも攻撃しよう。ぼくたちは、
地球とは、いっさい、かかわりあいたくないのだ。
ここは、ぼくたちの惑星なのだ。
地球人に、用はなし。
地球人は出ていけ!
(終わり)