フィッシュストーリー
原作:フレドリックブラウン
アランフィールド
プロローグ
ロバートパルマーは、ケープコッドとマイアミのあいだの海岸で
真夜
中すぎに、
人魚のロレーヌに出会った。ロバートは友人の家に滞在して
いたのだが、ベッドに入っても眠気を感じずに、明るい月明かりの砂浜
をひとりで散策していた。海岸のカーブに沿って歩いてゆくと、ロレー
ヌがいた。砂浜に埋まった丸太に座って、美しい長い黒髪をとかしてい
た。
ロバートは人魚が存在しないことは知っていたが、ロレーヌはそこに
いた。ロバートは歩いて近づくと、せきばらいをした。
1
ロレーヌは驚いたようすで、髪をうしろに跳ねあげた。そのとき隠れ
ていた彼女の顔と肩があらわになり、その美しさは、ロバートの想像を
はるかに越えていた。
ロレーヌは驚いて、ディープブルーの目を大きくあけた。
「あなたは、おとこ?」と、ロレーヌ。
「ああ」と、ロバート。そのことには自信があった。
「おとこの話は聞いてはいたけど」と、ロレーヌ。恐怖心は消えていた。
「会うのははじめてだわ!」
ロレーヌは、丸太のとなりに座るよう手招きした。
ロバートはためらうことなくとなりに座ると、ふたりは会話を続け、
さらに続け、ロバートが腕を彼女の肩にまわしても続いた。
「わたし、もう、帰らなくちゃ」と、ロレーヌ。
ロバートは、ロレーヌにおやすみのキスをした。
「あしたの同じ真夜中すぎにお会いしましょう!」
ロバートは、友人の家に幸せな気持ちで戻った。彼は恋に落ちていた。
続く3日間、ふたりは会った。3日目の夜、ロバートは言った。
「愛している!結婚しよう!」
ひとつ問題があった。
2
「トリートーン?」と、ロバート。「ああ、名前はなんとなく━━━」
「海の神よ」と、ロレーヌ。「魔力があって、わたしたちを結婚できる
ように変えてくれるわ。そして、わたしたちを結婚させてくれる。あな
た、泳ぎはだいじょうぶ?トリートーンに会いにゆかなくてはならない
わ。トリートーンの一行は、けっして岸の近くには来ないの」
「もちろん」
「それでは、あしたの夜、トリートーンに会いにゆきましょう!」
ロバートは、友人の家に幸せの絶頂の気持ちで戻った。
ロバートは、トリートーンがロレーヌを人間に変えるのか彼を人魚に
変えるのか知らなかったが、どちらでもよかった。ロバートは、ロレー
ヌに夢中になるあまり、結婚さえできればその形態は気にならなかった。
3
つぎの夜、結婚式の夜、ロレーヌはさきに来て、ロバートを待ってい
た。
「座って!」と、ロレーヌ。「トリートーンは、到着の合図に、巻貝の
トランペットを吹くわ!」
ふたりは、腕を互いの腰にまわして待った。
やがて、海のはるか沖から巻貝のトランペットが聞こえてきた。
ロバートはすぐに服を脱ぐと、ロレーヌを抱いて海に入った。
ふたりは、泳いで、トリートーンがいるところに着いた。
「おまえたちは、結婚で結ばれたいのか?」と、トリートーン。
「そのとおりです」と、ロバートとロレーヌ。声を合わせて、強く。
「ならば」と、トリートーン。「ここにわしは、おまえたちを人魚の夫
と人魚の妻と宣言する」
すると、ロバートは、足で水中を蹴らなくてもよいことに気づいた。
強くしなやかな尾でひとかきすれば、やすやすと水面に浮かんでいられ
た。
トリートーンは、耳をつんざく音で巻貝のトランペットを吹くと、泳
ぎ去った。
エピローグ
ロバートは、妻のところへ泳いでいって、腕をまわしてキスをした。
しかし、なにかが変わっていた。キスはすばらしかったが、どこか淡白
な気がした。海岸でキスしたときのような腰のあたりがぞくぞくするよ
うなスリルを感じなかった。そう、ロバートは今、腰がなくなっている
ことに気づいた。しかし、どうやって?
「しかし、どうやって?」と、ロバート。「つまり、ロレーヌ、どうや
って?」
「子孫を増やすかって?」と、ロレーヌ。「かんたんよ、ダーリン。陸
上の生物のようなめんどうなことはないわ。人魚は哺乳類だけど、卵生
なの。時がくれば、わたしが卵をうんで、卵がかえったら、赤ちゃんを
育てるわ。あなたの役割は━━━」
「そう?」と、ロバート。心配しながら。
「ほかのフィッシュと同じよ、ダーリン。あなたは卵の上に泳いでいっ
て、受精させるの。それだけよ」
「ギャーッ!」と、ロバート。ふいに溺れ死のうとして、花嫁をおいて、
海底にむかって潜っていった。
しかしもちろん、人魚にはエラがあったので、溺れることはなかった。
(終わり)