アリスのビックリラン
          原作:ルイスキャロル
          アランフィールド
            プロローグ
             
 アリスは、姉のマギーといっしょに土手にすわって、な~んにもする
ことがなくて、飽きてしまった。1回か2回、マギーが読んでいる本を
のぞいてみたが、そこには、さし絵も会話もなかった。
「さし絵も会話もない本なんて、なんの価値があるのかしら?」と、ア
リス。自分に。
 アリスは、心のなかで話していたので、(暑い日ですごく眠くて、頭
はボーッとしながら)デイジーの花のチェーンを作るのは起き上がる価
値があると、デイジーの花をんでいると、アリスのすぐ近くを、ピン
クの目をした白のウサギが走っていった。



 

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 そのこと自体におかしなことはなにもなかったし、ウサギがこう自分
に言うのを聞いてもとても自然に思えた。
「あ~、なんてこった!遅刻だ!」
(あとで思い起こすと、すこしは不思議に感じてもよかったが、このと
きは、すべて自然にみえた)しかし、ウサギがチョッキのポケットから
時計を出して、それを見て、走りだすと、アリスも走りだして、心に浮
かんだのは、チョッキのポケットだろうがなんだろうが、時計を取り出
すウサギなんて見たことないし、あまりに奇妙なので、草地を横切るウ
サギの後を追った。生け垣の下の大きなウサギ穴に飛び込むのがチラッ
と見えた。その瞬間、アリスもあとに続いてウサギ穴に飛び込んだ。もと
の世界に、どう戻ったらいいかなんてことはまったく考えなかった。
 ウサギ穴は、ある種のトンネルのようにまっすぐで、突然下に向かっ
ていて、あまりに突然なのでアリスは自分を止めようと考えるひまもな
く、深い井戸のようなところへ落ちていった。井戸が深いのかあるいは
とてもゆっくりと落ちているからか、落ちながらまわりを見ながら、つ
ぎはどうなるのか考えられた。最初に下を見て、どこへ落ちてゆくのか
知ろうとしたが、あまりに暗くて分からなかった。つぎに、井戸の横を
見ると、そこは戸棚や本棚でできていた。地図もあれば絵もあって、く

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ぎでつるされていた。落ちながら戸棚からビンを手にした。ビンには、
「オレンジマーマレード」というラベルがあった。ビンはカラだったの
で、アリスはがっかりした。ビンを落とすと下のだれかにあたってしま
うかもしれないので、落ちながら戸棚のひとつに戻した。
「そうね!」と、アリス。自分に。「こんなに落ちたあとでは、階段で
ころぶことなんてどうってことないわ!家に帰ったら、わたしの勇気に
みんな驚くわ!だって、家の一番高いとこから落ちたってぜ~んぜん平
気だもの!」
(これは、ほとんど本当のことだった)
 
               ◇
 
 下へ、下へ、下へ━━━落ちてゆく終わりってないのかしら?
「なんマイル落ちたのかというと」と、アリス。大声で、自分に。「も
う地球の中心近くに来てるわ!ちょっと待って!もう4千マイルは落ち
てるから」
(アリスは学校の授業で、この種のことは習っていて、ここは誰も聞い
てる人がいないから、知識を披露ひろうするのにとてもふさわしい場所とは言
えないけれど、最後まで述べるよい機会ではあった)
「そうね、距離は正しい。でも、ここの経度と緯度はどのくらいか?」

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(アリスには、どちらも見当がつかなかった。ただ、経度と緯度は、口
にするだけの重みのある言葉だった)
「もしも」と、アリス。また、大声で、自分に。「地球のちょうど反対
側まで落ちたらどうなるのか?人々がみんな頭を下にして歩いていると
ころに出ていったら、おかしく思われるわ!でも、そこの国の名前を聞
くべきね!あら、奥さま、ここはニュージーランドですの?それとも、
オーストラリア?」
 アリスは今聞いてるようにおじぎをした。(空中を落ちながらのおじ
ぎなので、すこし変だった。たぶんうまくできる人なんていない)
「小さな少女が聞いても無視されるのがオチだわ。そんなふうに聞いて
もだめで、たぶんどこかに書けば分かってもらえるのよ!」
 
               ◇
 
 下へ、下へ、下へ━━━アリスは、ほかにな~んにもすることがない
ので、また、大声で、自分に。
「ディナは、今夜わたしがいなければさびしがるわ!なんとかしないと!」
(ディナは、アリスの家でわれているネコだった)
「お茶の時間に、ディナのミルク皿を忘れなければいいけど。ディナ、
ここにいっしょにいてくれたらいいのに!空中にはねずみはいないけど、

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こうもりをつかまえられるわ!こうもりってねずみにとても似てるのよ。
でも、ネコって、こうもりを食べるのか?」
 アリスはすこし眠くなって、繰り返し自分に、夢のなかで問いかけた。
「ネコって、こうもりを食べるのか?」
 あるいは、
「こうもりって、ネコを食べるのか?」
 どちらも答えられないので、どちらでもよくなった。眠たくなり、夢
で、ディナといっしょに散歩をして、アリスは熱心にディナに聞いた。
「ねぇ、ディナ!ほんとうのことを教えてくれる?ディナは、今までこ
うもりを食べたことあるの?」
 突然、「ババ~ン!」と、ステッキやヒゲ剃りがどっさりある山の上
に落ちて、落下は終わった。
 アリスは、どこもケガはなく、自分の足で山を飛び降りた。見上げて
も暗く、アリスの前には、別の長い通路があって、白のウサギが先を急
いでいた。見失うわけにいかなかったので、アリスは風のようにウサギ
のあとを追った。コーナーを曲がるときに、ウサギの声がした。
「耳もヒゲも、遅れないよう急げ!」
 アリスもすぐにコーナーを曲がった。するとそこは、低いホールがの
びていて、天井にはランプが並んでいた。
 ホールには、ランプごとにドアも並んでいた。どのドアもかぎがかか

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っていて、アリスはすべてのドアを試して、悲しくなって、ホールの中
ほどまで来た。
「これじゃ、どうやって出たらいいの?」
 
               ◇
 
 アリスは、ガラスでできた小さな3脚テーブルの前に来た。テーブル
の上には、小さな金のカギがあった。
「このカギは、きっとドアのカギだわ!」
 しかし、どのカギ穴も大きすぎるか小さすぎるかどちらかで、ドアを
あけられなかった。
 低いカーテンに来ると、そのむこうに18インチの高さのドアがあっ
た。金のカギを試すと、ちゃんとカギ穴に合って、アリスはドアをあけ
られた。ウサギ穴くらいしかない小さなドアのむこうをのぞくと、今ま
で見たことのないような美しい花壇だった。
「暗いホールを出て、美しい花壇や冷たい噴水を見てみたいわ!」
 しかし、小さなドアには、アリスの頭も入らなかった。
「わたしの頭だけでも通り抜けられたら、肩なんてなくたっていいわ。
望遠鏡のように伸び縮みできたらいいのに!どうやったらいいか分かれ
ばできそうな気がする!」

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 このところ信じられないことがたて続けに起こるので、アリスは不可
能なこともあきらめずに考えるようになった。
 なにもできずに、別のカギか、なにか人間を伸び縮みさせる手引書で
もないかとテーブルまで戻ると、小さなボトルがあった。
「たしか、前はなかったはずよ!」と、アリス。
 ボトルのラベルには、大きな字体で美しくこう書かれていた。
「わたしを飲んで!」
「わたしを飲んでですって?」と、アリス。「よく言われそうなことだ
わ。そういうときに注意することは、ビンに毒入りって書いてあるかよ
く見ること!」
 アリスは、今までいろいろなお話のなかで、子どもたちが焼かれてし
まったり、野獣に食べられてしまったり、そのほかの楽しくない目にあ
ったりするのは、子どもたちに教えられた簡単なルールを忘れていたか
らだということを知っていた。つまり、火のなかに飛び込めば燃えてし
まうとか、ナイフで指を深く切ればふつう血が出るとか、そして忘れて
ならないのは、毒入りと書かれたビンを飲めば、遅かれ早かれ、同情し
がたい目にあってしまうということだった。
 しかし、このボトルには毒入りと書かれてなかった。アリスはなめて
みると、とてもおいしかったので、(いろいろなフレーバーが混ざって
いて、チェリータルト、カスタード、パイナップル、ローストターキー、

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トフィー、それにホットバタートーストの味がした)すぐにすべて飲ん
でしまった。
 
               ◇
 
「へんな気分!」と、アリス。「望遠鏡のように、縮んでしまうわ!」
 アリスは、10インチの背丈になったが、顔は輝いかがやていた。「これで、
美しい花壇の小さなドアを通れるわ!」
 アリスには心配なことがあった。
「いったいどこまで縮んでいく?キャンドルのように縮んでいったら、
困るわ。炎はほのお、キャンドルが燃え尽きたら、どうなってしまう?」
 アリスは、キャンドルが燃え尽きたところを見たことがなかった。
 しかし、なにも起こらなかったので、アリスはドアを通ることにした。
ドアの前まで行ってから、金のカギをテーブルに忘れてきたことを思い
出した。戻って見上げると、金のカギは、はるか上のガラスのテーブル
にあって、手が届かなかった。足をかけても、ガラスの3脚はすべりや
すく、登れなかった。
 アリスは、すわり込んで泣きだした。
「しっかりしなさい!」と、アリス。自分に。「泣いてもなんの役にも
立たないわ!しばらくがまんするのよ!」

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(アリスは、自分にアドバイスができた。ときには涙を浮かべるほど、
きつくしかった。ひとりクロケット試合もやったことがあって、まるで
自分がふたりいるかのように、自分にも耳を疑うほど不親切にふるまう
ことができた)
「でも、ひとりふた役なんて、今はなんの役にも立たないわ。自分を尊
敬できるようなことはなにもないもの!」
 アリスは、テーブルの下の小さな黒の箱に気づいた。箱をあけると小
さなケーキが入っていて、カードには、大きな字体で美しくこう書かれ
ていた。
「わたしを食べて!」
「いいわ、食べるわ!」と、アリス。「もしも大きくなったら、カギに
手が届くし、もしも小さくなれば、ドアの下を抜けられる。いずれにせ
よ、花壇に行ける。どっちでもかまわないわ!」
 アリスは、ケーキをすこし食べた。
「どっち?」
 アリスは、手を頭の上に置いて、大きくなったと感じようとしたが、
驚くことに、同じサイズのままだった。これは、ケーキを食べてふつう
のことだったが、アリスは、非常識なことばかり期待していたので、ふ
つうのことがすごくバカらしいことに思えた。
 アリスは、すぐに食べ終えた。

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「おかしい!すごくおかしい!」アリスは、叫んだ。
(アリスは、あまりに驚いて、正しい英語を忘れてしまった)
「望遠鏡を1番長くのばしたみたいだわ!さよなら、わたしの足よ!」
(アリスは、下を見た。足は、遠ざかって視界から消えそうだった)
「かわいそうなわたしの足!だれが靴下や靴をはかしてくれるのかしら?
わたしには手に負えないわ。あまりに離れすぎていて、足の世話ができ
ない。自分たちでなんとかしなさい!でも親切にはするから、わたしが
歩きたいときは、そうして欲しい!クリスマスには毎年新しいブーツを
プレゼントするから!」
 アリスは、いろいろプランを考えた。
「足はたしかに運んでくれるものだけど、プレゼントしたり手紙を書く
のはおかしなことだわ!
 わたしの右足へ
  カーペットに気をつけて!
    アリスより、愛を込めて
これは、あまりにナンセンスだわ!」
 そのとき、アリスの頭がホールの天井にたっした。背丈は5フィートを
越えていて、すぐに小さな金のカギをとると、花壇のドアに急いだ。

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 悲しいことに、アリスのできることといったら、横になって片目で花
壇を見るくらいで、ドアを通り抜けることなど、前よりもっとできそう
になかった。アリスは、すわり込んでまた泣きだした。
「恥を知りなさい!」と、アリス。「大きな図体ずうたいをして!」
(じっさい、そうだった)
「こんなふうに泣いたりして!すぐやめなさい!」
 しかし、アリスは泣きやまず、なんガロンもの涙を流して、まわりは
深さ4インチの大きなプールのようになって、ホールの中ほどまでたっ
た。そのあと、ピチャピチャいう小さな足音が聞こえてきた。なにが来
るのか見ると、アリスは泣きやんだ。
 白のウサギだった。きれいな礼服を着て、左手に白の手袋、右手に小
さな花束を持っていた。
 アリスは、白のウサギがそばを通るときになにかを聞こうとしたが、
気分が沈んでいたので、低いおどおどした声になった。
「あの~、よろしかったら、教えて」
 ウサギは声のするホールの天井を見上げてから、花束と白の手袋を落
として、暗闇のなかへ猛ダッシュで走っていった。
 アリスは、花束と白の手袋を拾った。花束はいいにおいがして、アリ
スはずっと花束のにおいをかぎながら、「待って!」と言いながら、ウ
サギの後を追った。

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               ◇
 
「きょうは、すべてがおかしいわ!」と、アリス。自分に。「きのうは、
すべてがふつうだったのに!夜に変わったのかしら?落ちついて考えて
みましょ!朝起きたときは、わたしは同じだったか?ちょっと違ってた
気がする。違ってたとしたら、この世界にいるわたしはなんなの?むず
かしいパズルだわ!」
 アリスは、自分と同じ年齢の子どもたちと比較してみた。
「わたしは、ガートルードではないことは確かだわ。ガートルードは長
い巻き毛だけど、わたしはぜんぜん巻き毛じゃない━━━わたしは、フ
ローレンスではないことも確かだわ。わたしはいろんなことを知ってる
けど、フローレンスはほとんどなにも知らない。それに、フローレンス
はフローレンスだし、わたしはわたしよ。むずかしいパズルだわ!知っ
てたものが、ちゃんと分かるかテストしてみましょ!4×5は12、4
×6は13、4×7は14、あら、なんてことでしょう!このままでは
20になかなかならないわ!掛け算表は、証明にならない。地理がいい
わ。ロンドンはフランスの首都、ローマはヨークシャー州の首都、パリ
は━━━あ~、みんな違ってる!分かったわ!わたしはフローレンスに
なってしまったんだわ!それじゃ、こんどは『子どものクロコダイル』

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を歌ってみましょ!」
 アリスは、ひざの上に乗せた両手を合わせて、歌い始めた。しかし、
声はしゃがれて、歌詞も前とは違っていた。
「子どものクロコダイルは
 尾は輝いかがや
 ナイルの水をかけると
 全身が金色にひかり輝くかがや
 
 楽しそうに笑い
 ツメをきちんと広げて
 うおを迎えると
 アゴもやさしく笑う」
「この歌詞は、ぜんぜん違うわ!」と、アリス。目は涙であふれた。
「やはり、わたしはフローレンスになってしまったんだわ!ちっぽけな
家に住んで、おもちゃもなく、習い事もたくさんあって!いや、違う!
ぜったい違う!フローレンスなら、ここに座ったまま、なすすべもなく
頭を下げて、〝どうぞ〟って言うだけだわ。わたしなら、見上げて、こ
う言うの。〝わたしはだれ?最初に教えて!もしも好きな人なら、そう
なるわ。もしもきらいな人なら、ここに座ったまま、好きなだれかにな
るまで待つ〟でも━━━」と、アリス。涙がどっとふきだした。「頭を

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下げるのは、みんなの方よ!わたしはずっとひとりだったので、とこと
ん疲れた!」
 アリスが下を見ると、驚いたことに、しゃべりながら左手にウサギの
小さな手袋をしていた。
「どうやってつけたのかしら?もしかしたら、また、小さくなりだした
んだわ!」
 アリスは、テーブルに戻って、自分の背丈を調べてみると、2フィー
トになっていた。そして、さらに急速に小さくなっていた。
「小さくなったのは、右手に持っているこの花束のせいだわ。ちょうど
いいタイミングで、花束を捨てなければ!今よ!」
 アリスは、3インチになった。
「さぁ、花壇へ行きましょ!」と、アリス。大声で。
 アリスが花壇のドアに戻ると、ドアはまたカギがかかっていて、小さ
な金のカギは、前のようにテーブルの上にあった。
「前よりもっと悪いわ。わたしは、前のように小さいし、どうしたらい
いの?」
 このとき、アリスは足をすべらしてドボンと塩水のプールに落ちた。
かろうじて、アゴだけ水面から出した。
「そうね、ここは地面の下で、この塩水は、わたしが9フィートだった
ときの涙のプールよ。こんなに泣かなければよかったわ!」

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 アリスは泳ぎながら、抜け道をさがした。
「あんなに泣いたバツなんだわ!自分の涙のプールでおぼれるなんて、
おかしいわ!」
 
               ◇
 
「きょうは、すべてがおかしいわ!」と、アリス。自分に。
 すぐ近くを、なにかが水しぶきをあげて泳いできた。セイウチかカバ
くらいの大きさだったが、自分が3インチだったことを思い出すと、そ
れはただのネズミだった。アリスと同じように足をすべらしたのだ。
「ネズミと話すことが」と、アリス。「なにかの役に立つのかしら?ウ
サギには、まったく相手にされなかったわ。ここにずっといるのもイヤ
だし、ネズミが話せないという理由もない。やってみるべきだわ!」
「ネズミさん」と、アリス。「このプールを出る道をご存知?もう泳ぐ
のには疲れたわ!」
 ネズミは、泳ぎながらアリスをじろじろ見て、ウィンクをしたがなに
も言わなかった。
「たぶん、英語が分からないんだわ!そう、ウィリアム王が連れてきた
フランスのネズミよ!」
(アリスの歴史の知識では、なにが何年前に起こったことなのかよく分

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からなかった)
「Ou est mon chat?」(ネコはどこ?)
 これは、アリスのフランス語のテキストの最初の例文だった。
 ネズミは、ジャンプするとふるえだした。
「あら、ごめんなさい!」と、アリス。急いで言い足した。「傷つけた
かしら?ネコは好きでなかったわね?」
「きらいです!」と、ネズミ。ふるえる声で。「あなたが私でしたら、
ネコが好きですか?」
「たぶんきらいね」と、アリス。なだめるように。「おこらないでね!
あなたに、うちのディナを見せてあげたいわ。ディナをひと目見れば、
あなたもネコが気に入るわ!ディナは、それほどおしとやかでおとなし
いネコなの」
 アリスは、もう泳ぐのにあきて、半分は自分に言い聞かせていた。
「ディナは、手足をなめたり、顔をふいたりして、暖炉のそばにおとな
しく座ってる。みんなをいやしてくれる。それにネズミをつかまえるの
は一流よ━━━あら、ごめんなさい!また、傷つけてしまったかしら?」
 アリスは、また大声であやまった。ネズミは、こんどは全身の毛をさか
立てていた。
「すごく傷つきました!」と、ネズミ。おこってふるえていた。「うち
の家族はみんなネコが嫌いです。ネコは、ずるいし低俗で下品だから。

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もう2度とネコの話はしないでください!」
「ええ、そうするわ!」
 アリスは、別の話題を大あわてでさがした。
「あなたは、そうね、あなたは、イヌはお好き?」
 ネズミは答えなかった。アリスは、熱心に続けた。
「うちの近くに、かわいいイヌがいるのよ!あなたに見せてあげたいわ。
明るい目をした小さなテリア。そう、長いカールした茶の毛をして、投
げるボールが大好き。ちょこんと座って、ディナーとかおやつをせがむ。
牧場主に飼われていて、彼の話では、ネズミをみんなやっつけたそうよ
━━━あら、ごめんなさい!また、傷つけてしまったかしら?」
 ネズミは、全力で泳いでアリスから離れていった。プールには大きな
波が立った。
「ネズミさん」と、アリス。できるだけやさしく呼びかけた。「戻って
きて!ネズミさんが嫌いなら、もう、ネコもイヌの話もしない!」
 ネズミは、これを聞くと、Uターンしてゆっくりアリスのところへ泳
いできた。ネズミの顔は、すっかり青ざめていた。
(アリスは、ネズミに強い感情を感じた)
「岸へ泳ぎましょう!」と、ネズミ。ふるえる低い声で。「そこで私の
生い立ちを話します。それを聞けば、私がなぜネコやイヌを嫌いなのか
分かるはずです」

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 泳いでゆくのは、やたら時間がかかった。プールには、鳥や動物がた
くさん泳いでいたからだ。アヒルに、ドードー、ロリー、イーグレット、
そのほか珍しい生き物たちがいた。アリスは先頭を泳いで、大集団は岸
へ泳ぎついた。
 
 
 
 
 
 



 

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            3
 
 岸に泳ぎ着いた集団は、すごく奇妙な集団だった。鳥は、れた羽を
引きずり、動物は、れた毛がくっつき、みんな居心いごごちわるそうだった。
最初の課題は、どうかわかすかだった。ヒントが欲しかった。アリスは、
この問題について、鳥たちと、まるで昔から知り合いであるかのように、
親しく話し合っている自分に、まったく驚かなかった。実際、ロリーと
は長い議論が続いていて、ロリーは、ついに、むっとして言った。
「わたしは、あなたより年上ですよ!ですから、わたしが正しいのです
!」
 アリスは、これには、ロリーの年を知らないので賛成できず、ロリー
も年を言うのをはっきり拒否したため、議論は先に進まなくなった。
 ついに、みんなから一目置かれているらしいネズミが、叫んだ。
「みんな座ってください!そして、私の前に集まってください!すぐに
みんなをかわかしてあげます!」
 みんなは、寒さにふるえながら、大きな輪を描いて、すぐに座った。
アリスは真ん中に座ったが、すぐにかわかしてもらわないと、悪い風邪を
引きそうなので心配しながら、ネズミをじっと見つめた。
「エヘン!」と、ネズミ。少しもったいぶって。「用意はいいですか?
これが、私が知る限りもっともかわいたものです!ご静聴くせいちょうださい!

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 ウィリアム王は、ローマ教皇の信任を得て、すぐにイギリス国民に王
として認められ、後に略奪と侵略の限りを尽くしました。メルシアとノ
ーサンブリアの伯爵であったエドウィンとモカーは━━━」
「ゲェー!」と、ロリー。ふるえながら。
「なんですか?」と、ネズミ。顔をしかめながらも礼儀正しく。「なに
か言いました?」
「いいえ、私じゃありません!」と、ロリー。あわてて。
「そうですか」と、ネズミ。「先を続けます。メルシアとノーサンブリ
アの伯爵であったエドウィンとモカーは、ウィリアム王を認め、また、
カンタベリーの愛国的な大司教のスティガンドでさえ、エドガーアスリ
ングとともに、ウィリアム王に拝観し王冠を奉納ほうのうするのが懸命と考えま
した━━━。なんですか?」ネズミは、話し始めたアリスを見た。
れたままだわ!」と、アリス。「ちっともかわかしてくれないわ!」
「この場合」と、ドードー。立ち上がりながら、重々おもおもしく。「会合は、
より積極的な修正をただちに採択するために、延期すべきだ!」
「英語を話してください!」と、アヒル。「私には、そのような長いワ
ードの意味は、半分も分かりません!普通に話してください!」アヒル
は、があがあ鳴くのが楽しそうに笑った。ほかの鳥たちも、いっしょに、
くすくす笑った。
「私が言いたかったのは」と、ドードー。自己弁護するように。「この

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近くに、少女の住む家があるので、そこでかわかしてもらってから、あな
たの話を気分よく聞きましょう、ということです!」ドードーは、ネズ
ミに、おごそかにに頭を下げた。
 ネズミは、これには異論がなかったので、集団は川岸に沿って(とい
うのも、このときにはプールはホールからあふれ、水しぶきや忘れな草
で波立っていた)、ドードーを先頭に、ゆっくりと移動した。
 しばらく行くと、ドードーは、もう待ちきれなくなって、集団のほと
んどを引き連れているアヒルより先に、早いペースで歩き出した。アリ
スとロリー、イーグレットも続いた。すぐに小さな家に着いて、暖炉の
前にきちんと座って、毛布にくるまった。集団の残りも到着すると、み
んなでかわかした。
 すると、川岸のときのように、集団は、大きな輪を描いて座り、ネズ
ミに物語を始めるようお願いした。
「私のは、長く悲しい話でテイルす!」と、ネズミ。アリスの方を向き、ため
息をついた。
「確かに、長い尻尾テイルだわ!」と、アリス。集団の大きな輪をおおってし
まうような、長いネズミの尻尾を見た。「でも、なぜ尻尾テイルが悲しいのか
しら?」
 アリスは、このなぞきながら、ネズミの話を聞いていたので、話のテイル
内容は、頭の中でこんなふうになった。

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 私たちは、ソファの下に住んで
   暖かく、快適で、太って
      しかし、大きな苦難が!
         ━━━それは、ネコでした!
            楽しみは邪魔され、
            目は、霧、
         心は、丸太、
      それは、イヌでした!
   ある日、ネコが去れば、
   ネズミは、楽しく遊べるでしょう!
      しかし、ああ、イヌ(と言われるもの)が!
         イヌとネコがかりをしたら、
            ネズミは、たいへん!
            みんな、ぺっちゃんこ!
         イヌかネコが、ソファの下に、
      そこは、暖かく、快適で、太って
      ━━━考えてもみてください!
「あなたは聞いていない!」と、ネズミ。アリスに向かって、厳しい口
調で。「なにを考えているんです?」
「なんですって?」と、アリス。丁寧ていねいに。「あなたが、5つ目のスラン

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プに来ていると考えてもいいかしら?」
「まさか!」と、ネズミ。鋭い口調で、おこって。
「スランプよ!」と、アリス。自分なら力になれて、とても心配そうに。
「スランプを乗り越えられるように、手伝わせて!」
「スランプなんてありません!」と、ネズミ。立ち上がり、集団から離
れながら。「そんなナンセンスなことを言って、私を困らせようとして
いる!」
「いいえ、違うわ!」と、アリス。「自分をごまかさないで!」
 ネズミは、これには答えず、うなっただけだった。
「戻ってきて、話を続けて!」と、アリス。ネズミに呼びかけた。
「そうだ、そうだ!話を続けて!」と、集団。声をそろえて。
 ネズミは、耳を震わせただけで、すぐに歩いていって見えなくなった。
「行ってしまうなんて、なんて悲しい!」と、ロリー。ため息をついて。
 年寄りのカニは、娘に、こう言う機会を得た。「ほら見てごらんなさ
い、あんなふうに感情的になってはダメですよ!」
「ママこそ、感情的になってるわ!」と、娘のカニ。ぴしゃりと。「岩
にしがみついているカキの辛抱しんぼうづよさを、学ぶべきだわ!」
「ここに、ディナがいてくれたらなぁ!」と、アリス。大声で、誰に言
うともなしに。「そしたら、すぐにネズミを連れ戻してくれるわ!」
「ディナって、だれです?あえて、お聞きしますが」と、ロリー。

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 アリスは、いつもディナの話がしたかったので、熱心に答えた。
「ディナは、うちのペットよ。ディナは、あなたが考えられないほどう
まく、ネズミをつかまえてくるの。それに、鳥を追いかけるのを見てごら
んなさい!そう、ディナは、小鳥を見つけたとたん、食べちゃうのよ!」
 アリスの言葉は、集団に大騒ぎを招いた。鳥たちの一部は、いそいで離
れて行った。年寄りのカササギは、注意深くからだを羽でおおいながら
言った。「すぐに家に帰らなければ!夜の冷気は、ノドに悪いからのぉ」
 カナリアは、震える声で子どもたちを呼び寄せた。「すぐに彼女から
離れなさい!もう、彼女は、わたしたちにふさわしい仲間ではないわ!」
 さまざまな口実をもうけて、集団は離れていった。すぐにアリスは、
ひとり残された。
 
               ◇
 
 アリスは、しばらくは、悲しくなって、黙っていた。しかしすぐに元
気になって、いつものように自分に話し始めた。
「もう少し、いっしょにいて欲しかったわ。友達になりかけていたのに!
ロリーとは、実際、姉妹のようだった!イーグレットも!それに、アヒ
ルやドードーも!アヒルは、わたしたちが水を渡っているとき、じょう
ずに歌ってくれたわ!ドードーがこの小さな家への道を知らなかったら、

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どう服をかわかしたらいいか分からなかったわ!」
 このとき、小さな、ぱたぱたいう足音が聞こえてこなかったら、アリ
スは、いつまでこんなふうにしゃべり続けていたかもしれなかった。







            4
 
 それは、白のウサギだった。ゆっくり小走りに、戻ったりしながら、
なにか忘れ物をしたのか、心配そうに後ろを振り返り、つぶやいた。
「侯爵夫人にもらった大切なものを、なんてことだ!どこかに落として
しまったに違いない!」
 アリスは、すぐに、ウサギは、白の手袋と小さな花束を捜しているの
だと気づいた。アリスも捜し始めたが、今ではどこにあるのか分からな
かった。すべてが変わってしまったからだ。プールで泳いだり、歩いた
り、川岸が水しぶきや忘れな草で波立ったり、それに、ガラスのテーブ

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ル、小さなドアが消えてしまったり。
 ウサギも、すぐに、自分のまわりを捜しているアリスに気づいた。
「なぜです、メアリーアン!」と、ウサギ。おこったような口調で。
「こんなところで、なにをしているのです?すぐに家に戻って、私の衣
装テーブルにある白の手袋と小さな花束を、ここへ持ってきてください!
すぐに走って!急いで!」
 アリスは、自分がなにも言わずに、ウサギに言われたとおり、すぐに
走りだしたことに驚いた。
 
               ◇
 
 気づくと、小さなぎれいな家の前に来ていて、ドアには明るい真鍮のしんちゅう
プレートに、「W・ラビット、ESQ」と書かれた表札があった。アリ
スは、急いで中へ入って、2階に上がった。手袋を見つける前に、本物
のメアリーアンに見つかってしまうんじゃないかとドキドキした。
「手袋の1組は、ホールに落としたわ。でも、この家に、いくつも手袋
があるはずよ!ウサギにメッセージを送るなんて、ヘンな話だわ!ディ
ナなら、きっとメッセージをくれるはずよ!」
 アリスは、起こるかもしれないでき事を想像し始めた。
「ミスアリス!ここへ来て!いっしょに歩きましょう!」と、ナース。

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「少し待って、ナース!ディナが戻ってくるまで、ネズミが逃げないよ
う、穴を見張ってなくちゃならないのよ!」
「そうね」と、ナース。「わたしは、ディナが、そんなふうに人間に命
令し出すのを、やめさせなさいとは言わないけど」
 いつのまにか、アリスは、きちんとした小さな室にいて、窓辺のテー
ブルには、オペラグラスと、(予想したように)2・3組の小さな白の
手袋が置いてあった。アリスは、1組だけ持って室を出ようとして、オ
ペラグラスの横に小さなボトルがあるのが目に入った。ボトルには、
「わたしを飲んで!」のようなラベルはなかった。しかし、アリスはボ
トルのふたをあけて、くちびるを近づけた。
「なにかヘンなことが起こることは、知ってるわ」と、アリス。自分に。
「なにか食べたり飲んだりすると、いつもそうですもの!このボトルは、
どうなるのかしら?大きくしてほしい!だって、こんな小さな体でいる
ことには、とことん疲れたわ!」
 その通りになった。しかし、期待したよりも早く、半分も飲まないう
ちに、頭が天井についたので、首が折れないよう、身をかがめた。そし
て、気が進まないながら、ボトルを置いた。
「もう十分だわ。これ以上、大きくならないでほしい。多く飲みすぎた
かしら?」
 もう手遅れだった。どんどん大きくなって、ひざをついた。すぐに、

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余分なスペースはなくなって、横になってドアに左手のひじをついた。
右手は頭の後ろにまわした。さらに、アリスは大きくなって、右手を窓
から出し、右足はエントツの上に置いた。
「これ以上は、どうしようもないわ!この先、どうなるのかしら?」
 
               ◇
 
 幸運なことに、小さな魔法のビンの効果は、ここまでで、アリスは、
もはや大きくならなかった。しかし、まだ、居心いごごち地のわるいままで、室を
出る方法はなく、アリスは自分が不幸だと感じた。
「家にいた方が、ずっと楽しかったわ!」と、アリス。自分に。「大き
くなろうが、小さくなろうが、ネズミやウサギに命令されようが、わた
しは、決してウサギ穴には落ちないわ!でも、こんなふうな人生も、お
もしろいかもしれない!つぎになにが起こるのかと、わくわくする!お
とぎ話を読んで、そんなことは実際にはありえないと思うけど、今、わ
たしは、おとぎ話の中にいるのよ!わたしのおとぎ話を書くべきだわ!
そうよ!わたしが大きくなったら、きっと書くわ」
 アリスは、悲しくなった。
「ここには、もう、わたしが大きくなれる場所が残ってないわ!」と、
アリス。「今のわたしより、大きくなれないとしたら、いいかもしれな

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い。老婦人にならない。でも、毎日、授業を受けなければならないとい
うのは、イヤだわ!」
 アリスは、気がついた。
「そうだった!ここでは、授業はムリだわ!ここには、教科書を置く場
所も残ってないのよ!」
 そんなふうに、アリスは、最初は一方の側で、次に別の側から、2人
で会話しているかのようにしゃべり続けた。すると数分後、外で声がし
た。
「メアリーアン!メアリーアン!」と、声。「今、私の手袋を渡してく
ださい!」
 階段に小さな足音がした。メアリーアンを捜しにきたウサギだった。
アリスは、身震いしたら家がゆれたので、自分が今では、ウサギの1千
倍も大きいことを思い出した。でも、別に驚くことなんて、なにもなか
った。ウサギは。ドアをあけようとしたが、ドアが内側にあくようにで
きていたので、アリスの左ひじが邪魔して、ドアはあかなかった。
「それじゃ」と、ウサギ。「外からまわって行きますから、窓から渡し
てください!」
「それも、たぶん、無理ね!」と、アリス。自分に。
 ウサギが窓の下に来ると、アリスは、出していた右手をひろげ、なに
かをつかもうとした。なにもつかめなかったが、小さな叫び声がした。

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そして、落ちてぶつかって、ガラスの割れる音がした。たぶん、ウサギ
がキュウリハウスかなにかにぶつかって、こわしたにちがいない。
「なんです!どこにいるんです?」と、ウサギ。おこった声で。
 そして、アリスが聞いたこともないような声が続いた。「私はここで
す!リンゴを掘ってます!」
「本当です!リンゴを掘ってます!」と、ウサギ。おこった声で。「早く
来て、ここから出してください!」また、ガラスの割れる音。
「窓から出ているのは、なんです?」
「たしかに、腕ですね!」(ウサギは、「う~で!」と発音した)
「1本の腕!ガチョウか!こんな腕があるもんか!窓いっぱいで、自分
で見ることもできない!」
「たしかに腕だ!1本の腕だ!」
「関係ない!どこかに行ってくれ!」
 このあと、声はしばらく止んだ。それから、ささやくような声。
「たしかにイヤだ!嫌いだ!絶対に!ひきょうもの!」
 アリスは、また、空中に腕をのばして、なにかをつかもうとした。2
回叫び声がして、ガラスが割れる音。
「キュウリハウスはいくつあるのかしら?」と、アリス。自分に。「次
は、なにをしてくるか?わたしを窓から引っぱり出してくれるとか?そ
うしてほしい!いつまでも、こんなところにいたくない!」

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 しばらくの間、音がしなかった。そして、小さな車の付いたカートを
引く、がらがらという音がして、同時に話す、いろいろな声がした。
「別のはしごは?
 なぜ、1個だけ?
 ビルが別のを!
 ここに置いて!このすみに!
 ダメ!最初から、結ばないで!
 まだ、高さが足りない!
 まぁまぁだね!もう、ちょいだ!
 ビル、ロープをつかんで!
 屋根までとどく?
 スレートのかわらを落とさないように!
 ああ、落ちる!頭をかがめて!」
 (落ちる大きな音)
「今、だれがやった?
 ビルだと思う
 だれが、エントツを降りる?
 イヤだ!私はやらない!
 私もイヤだ!
 ビルが降りれば?

62

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 ビル!おかしらが、エントツを降りろって!」
「え、ビルがエントツを降りてくるの?」と、アリス。自分に。「なぜ、
みんな、ビルにやらせるのかしら?ビルが入れる場所を、じゅうぶん、
作ってあげられないわ!暖炉は、かなり狭い。でも、少しけってあげる
ことくらいできるわ!」
 アリスは、右足をできる限りエントツの下から離して引き、小さな動
物が、(なんの種類かは分からなかった)、エントツを降りて、すぐそ
ばまで来るのを待った。
「これが、ビルだわ!」と、アリス。自分に。そして、ビルを、思いっ
きりり上げた。
「ああ、ビルだ!」と、みんなの声。
「ビルを、生垣いけがきのところで受け止めて!」と、ウサギの声。
 しばらく、沈黙。そして、いろいろな声。「どうだった?なにが、あ
ったの?みんな、話して!」
 しばらく、また、沈黙。
「ぼくにも、なにがあったのか分からない」と、かすかな声。(たぶん、
ビルの声だとアリスは考えた)「なにかに突然おそわれて、つぎの瞬間、
ロケットのように飛んでいたんだ!」
「でも、よくやったよ!」と、みんなの声。
「この家は、焼いてしまおう!」と、ウサギの声。

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「もしも、そんなことしたら」と、アリス。できる限り大声で。「ディ
ナを、あなたのところへ差し向けるわ!」
 しばらく、また、沈黙。
「でも、ここから、どうやったらディナを呼べるのかしら?」と、アリ
スは考えた。
 アリスは、また、小さくなれるアイデアを思いついて、すぐにだんだ
ん小さくなっていった。アリスは、窮屈にきゅうくつ横になっていた場所から立ち
上がり、2・3分後には、ふたたび、3インチの身長になった。
 すぐに、アリスは、家を飛び出した。まわりには、小さな動物たちが
あつまっていた。ギニア豚や白のネズミ、リス、それにビルらしき小さ
な緑のトカゲがいた。ビルは、ギニア豚たちに支えられていて、ボトル
からなにかを飲まされていた。すぐに、みんなが、アリスのところに集
まってきたので、アリスは、全速力で走った。気づくと、アリスは、森
のはずれに着いた。
 
               ◇
 
「しなければならないのは、まず」と、アリス。自分に。木のまわりをウ
ロウロしながら。「正しい身長に戻ること。つぎに、あの美しい花壇に
行く道を見つけること。これが、ベストプランだわ!」

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 シンプルでよくまとまっていて、すばらしいプランではあったが、唯
一の弱点は、それをどう始めたらいいのか、アリスには、まったく分か
らないことだった。アリスは、木のあいだから心配そうにあたりをのぞ
ていたが、鋭い犬の鳴き声がして、大急ぎで顔を上げた。
 大きな丸い目をした、巨大な子犬が、片足をあげて、弱々しくアリス
に触れようとしていた。
「かわいそうに!」と、アリス。子犬のご機嫌をとるように。口笛を吹
こうとしたが、うまくゆかなかった。
「この子は、おなかがすいているのかもしれない」と、アリスは考えた。
「どうご機嫌をとっても、かみつかれるかもしれないわ」
 どうしたらいいのか分からないまま、小枝をとって投げると、子犬は、
きゃんきゃん鳴きながら、大喜びで小枝を追っていった。アリスは、1
つのことが心配だった。踏みつけられないように、アリスは、アザミの
後ろに隠れた。そして、すぐに、別の側から顔を出した。子犬は、また、
小枝に向かって突進して、おおあわてで自分でひっくり返った。
「まるで」と、アリスは考えた。「ゲームをしてるみたいだわ。相手は、
荷馬車の馬と同じよ。いつ踏みつけられてもおかしくない。今度はアザ
ミをまわって、小枝に向かって突進してくる!馬のように、ほえている
!」
 子犬は、やっと、おとなしくなって半分目を閉じて座り、ハーハー息

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をした。
「今が、逃げるチャンス!」と、アリス。すぐに走りだして、遠くまで
走り続けた。
「とんでもない子犬だわ!」と、アリス。子犬のほえ声が、はるかかな
たに小さくなると、疲れて立ち止まり、キンポウゲに寄りかかって休ん
だ。花が手品の帽子のようで、奇妙だった。
「手品を教えているみたいだわ!もしも、わたしが正しい身長だったら
━━━そう、すっかり忘れていた!また、もとの身長に戻らなければ!
どうやるんだったかしら?たしか、なにかを食べたり、飲んだりするの
よ!でも、大きな疑問。いったい、なにを?」
 
               ◇
 
 たしかに、大きな疑問だった。いったい、なにを?
 アリスは、花や草のまわりを見渡してみても、今、食べるべき正しい
ものを、見つけられなかった。近くに、アリスの背と同じくらいの高さ
のキノコがあった。アリスは、キノコの下を見たが、上を見るべきこと
に気づいた。
 アリスは、つま先立ちして背伸びして、キノコのはじから上をのぞくと、
大きな青の毛虫と目があった。毛虫は、腕を曲げて座り、長い水キセル

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を静かに吹いていた。アリスにもほかの事にも、まったく関心がなさそ
うだった。








            5
 
 しばらくの間、黙ったまま目があった。
「あなたは、何者?」と、毛虫。やっと水キセルを口から離して、けだ
るそうにアリスを見た。
 この質問は、会話のオープニングにはふさわしいとは言えなかった。
「わたしは━━━」と、アリス。少し恥ずかしそうに。「わたしにも、
わたしが誰なのか分かりません。少なくとも、今朝け さは分かってましたが、
それから何度も変身してしまって」
「どういう意味です?」と、毛虫。「説明しなさい!」

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「わたしにも、説明できません、毛虫さん」と、アリス。「わたしは、
わたしではないからです!」
「なんですって?」と、毛虫。
「うまく説明できないのですが」と、アリス。とても礼儀正しく。「自
分が大きく変わってしまって!1日のうちに、なんども身長が変わって、
訳が分からないのです」
「別に変ではないね!」と、毛虫。
「あなたには、変ではないでしょうけど」と、アリス。「あなたは、そ
のうちサナギになって、そのあとで蝶にちょう変身するのでしょうけど、それ
って、少しは変に思えません?」
「ぜんぜん、変ではないね!」と、毛虫。
「わたしにとっては」と、アリス。「変なことなのです!」
「そのあなたは、何者?」
 会話の初めに戻ってしまった。アリスは、理屈をつけたり、説明させ
たりする毛虫に少しイラっとした。
「あなたの方が先に、自分はなんなのか説明すべきよ!」と、アリス。
勇気を出して。
「なぜ?」と、毛虫。
「また、変な質問!」と、アリスは考えた。「かなり性格が悪そうだわ
!」アリスは、背を向けて、歩き出した。

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「戻ってきて!」と、毛虫。「大切なことがあるんだ!」
 アリスは、気になって、また戻ってきた。
「どうか、落ち着いて!」と、毛虫。
「それで、終わり?」と、アリス。なるべく感情をおさえながら。
「まだです!」と、毛虫。
「また、待たせる気だわ!」と、アリスは考えた。「ほかにすることも
ないし、もしかしたら、聞く価値があることかもしれない」
 数分間、毛虫は、黙ったまま、水キセルをプカプカ吹いていた。しか
し、ついに、腕を組むのをやめて、水キセルを口から離した。
「あなたは、自分が変身したと、考えているのだな?」と、毛虫。
「そうです!」と、アリス。「前はどうだったか、思い出せないのです!
『小さなミツバチ』がどうしたか、言おうとしても、違ってしまうので
す!」
「『ウィリアム牧師』を、私のあとについて、繰り返して!」
 アリスは、腕を組んで、繰り返した。
 
               ◇
 
「ウィリアム牧師!」と、若者。「あなたの頭は、白髪。なのに、いつ
も、頭で逆立ちしている!それって、あなたの年齢と しに、ふさわしいこと

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ですか?」
 
               ◇
 
「たしかに若いころは」と、ウィリアム牧師。息子に答えた。「頭に悪
いんじゃないかと、心配しておった。けれど、今、まったく悪いことな
んかないと、断言できる。なぜなら、いつも、こうしておるからじゃ!」
 
               ◇
 
「前にも言いましたが」と、若者。「あなたは、若くはない。しかも、
すごく太っているのに、ドアでバク転するのは、どういう理由わ けがあって
のことですか?」
 
               ◇
 
「若いころは」と、ウィリアム牧師。白髪の頭を振りながら。「スマー
トな体型を、維持い じしていた。このり薬を使ってな。1箱で5シリング
じゃ。2箱どうかね?」
 

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               ◇
 
「あなたは、若くはない」と、若者。「あごも、かなり弱ってるはずで
す。油分なんか、胃にもたれます。なのに、ガチョウを丸ごと、骨やく
ちばしまで食べてしまうのは、どうやったら、そんなことができるので
すか?」
 
               ◇
 
「若いころは」と、ウィリアム牧師。「法律に従って、いろいろなこと
を妻と話し合ってきた。ある時、筋トレをして、アゴをきたえたのじゃ。
そのあとの人生も、ずっときたえつづけておるのじゃ!」
 
               ◇
 
「あなたは、若くはない」と、若者。「視力も、かなり弱ってるはずで
す。なのに、鼻の上で、ウナギを乗せてバランスがとれるのって、器用
すぎません?」
 
               ◇

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「もう」と、ウィリアム牧師。「3つの質問に答えてきた。それで、じ
ゅうぶんじゃろ!調子に乗るんじゃない!1日じゅう、そんなつまらぬ
質問に答えるとでも思っておるのか?やめなさい!でないと、階段の下
まで、っ飛ばされることになるじゃろ!」
 
               ◇
 
「正しく言えてない!」と、毛虫。
「まったく正しいとは、言えないかもしれない」と、アリス。おどおど
と。「いくつかの言葉が、違っていた!」
「初めから終わりまで、違っていた!」と、毛虫。断定的に。
 数分間、沈黙。
「あなたは、どのくらいの身長になりたいんですか?」と、毛虫。
「特に、決めてないわ」と、アリス。「いろいろな身長になったので」
「今の身長では、不満?」と、毛虫。
「そうね」と、アリス。「もう少し、大きい方がいいかもしれない。3
インチの身長って、みじめすぎません?」
「すごくいい身長だよ!」と、毛虫。大声でおこって、うしろ足で立った。
(ちょうど、3インチの身長だった!)

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「けど、わたしは、まだ慣れてない!」と、アリス。自分をなぐさめる
ように。そして、考えた。「なんておこりっぽい生物なの!」
「そのうち、慣れるさ!」と、毛虫。水キセルを口にあてると、ふたた
びプカプカ吹いた。
 アリスは、今回は、毛虫が話し始めるのを静かに待っていた。数分後、
毛虫は、水キセルを口から離すと、キノコから降りて、次の理屈を述べ
てから、草地へっていった。
「先は、大きくなって、くきは、小さくなる!」
「なんの先?なんのくき?」と、アリス。大声で。
「キノコのだよ!」と、毛虫。視界から消えた。
 アリスは、よく考えながら、1分間キノコを見た。それから、少しづ
つちぎって、右手にキノコの茎のかけら、左手にキノコの先のかけらを
持った。
「キノコの茎は、どっちでしたっけ?」と、アリス。茎のかけらを、少
しかじった。すると、アゴが足の先にあたって、ドスン!と音がした。
 アリスは、急激な変化に驚いた。しかし、小さくなることは、止まっ
た。左手には、まだキノコの先のかけらを持っていたので、アリスは
ぼうを捨てなかった。アゴが足に押さえつけられていて、口をあけるスペ
ースさえほとんどなかったが、なんとか口の中へ、左手のキノコの先の
かけらを少し入れられた。

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               ◇
 
「やった!頭が、ついに、自由になったわ!」と、アリス。喜びの声で。
喜びは、すぐに、驚きに変わった。肩が見当たらず、下を見ると、長々ながなが
びた首が、はるか下の緑の葉の海から茎のように立ちのぼっていた。
「緑の葉の海のようなものは、いったいなんなの?」と、アリス。「わ
たしの肩は、どこへ?かわいそうな両手も、どこへ?見あたらない」
 アリスは、話しながら両手を動かしてみたが、なにも起こらなかった。
わずかに、はるか下の緑の葉からさらさらという音がしただけだった。
 アリスは、両手をさがすために、頭を下げてみた。すると、首は、ど
の方向へも簡単に動けたのでうれしかった。まるで、ヘビのように。
 アリスは、首を、美しいジグザグを描いて曲げると、緑の葉の中へ飛
び込むことができた。森の木の上の方をさがしていると、背後で鋭いし
ゅうっという音がした。大きなハトが、アリスの顔まで飛んでくると、
羽で激しくたたいた。
「ヘビめ!」と、ハトが叫んだ。
「わたしは、ヘビじゃないわ!」と、アリス。おこったように。「ひと
りにして!」
「あらゆることを、やったんだ!」と、ハト。絶望したように、すすり

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泣きながら。「なにも、うまくゆかなかった!」
「どういう意味?」と、アリス。
「木の根元やコブのところや、木のへりも試した!」と、ハト。アリス
のことは無視して。「ヘビのせいで、どれもうまくゆかなかった!」
「なんの話をしてるのかしら?」と、アリスは考えた。「ハトの話が終
わるまでは、待つしかないわ!」
「卵をかえすまでは、困ったことはなかった。しかしこの3週間という
もの、ヘビを見ない日はなく、ほとんど眠ってない!」
「悩まれるのは、たいへんでしょうけど」と、アリス。だんだん意味が
分かってきた。
「森の木の一番上に来たんだ!」と、ヘビ。声の音程が、叫び声のよう
に上がった。「それでやっと、ヘビから自由になった!空からヘビが降
ってくることはないからね!それなのに、ヘビが!」
「わたしは、ヘビじゃないわ!」と、アリス。「わたしは━━━」
「それじゃ、あなたは、何?」と、ハト。「あなたは、何かを発明しよ
うとしてるようにみえる」
「わたしは、小さい女の子よ!」と、アリス。今までいろいろなものに
変身したことを思うと、少し疑わしかった。
「ありそうな話だ」と、ハト。「なんどもヘビを見てきたが、こんなに
首の長いヘビは、見たことがなかった。いや、やはり、あなたは、ヘビ

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だ!よく分かっている!そのうち、卵なんて食べたことないって言い出
すんだろ?」
「たしかに、卵は食べたわ」と、アリス。正直に答えた。「でも、あな
たの卵はいらない。なまは嫌いなの!」
「なら、近くに来ないでくれ!」と、ハト。巣へ戻っていった。
 アリスは、木々のあいだをくぐって進んだ。なんどか止まって、から
まった首をほどく必要があった。首が両手のところまで来ると、キノコ
のかけらが、右手のが短くなって、左手のが長くなることを思いだした。
キノコのかけらは、ちゃんと両手に持ったままだった。今度は慎重に、
右手のを少しかじっては、左手のを少しかじった。短くなったり、長く
なったりして、やっと、いつもの自分のサイズに戻った。
 キノコのかけらは、左手のかけらは左のポケットに、右手のかけらは
右のポケットに入れて、いつでも取り出してかじれるように、大事に持
ち歩くことにした。
 
               ◇
 
 普通のサイズに戻るのは、ずいぶん久しぶりだったので、慣れるまで
変なかんじだった。しかし、1・2分後には、いつものように自分に向
かって、話し始めた。

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「さて、計画の半分は、済んだわ。しかし、今までの変化は、なんなの?
1分後の自分がどうなってるかも分からない!けれど、正しい身長には
戻れたわ。つぎは、美しい花壇に行く道を見つけること━━━どうした
らいいのかしら?見当もつかない」
 アリスは、広い場所に出た。そこには、4フィートの高さの小さな家
が建っていた。
「だれが住んでるにせよ」と、アリス。「小さなサイズになってからたず
ねないと、驚かしてしまう」
 アリスは、右手のポケットのキノコのかけらを少しかじって、9イン
チの身長になってから、小さな家に近づいた。
            6
 
 アリスは、少しのあいだ家の前に立って、どうしようか迷っていた。
そのとき、制服を着た馬丁ばていが森から走ってきた。
馬丁ばていだと思ったのは、制服を着ていたからよ!」と、アリス。あとで
語った。「もしも顔だけだったら、魚にしか見えなかったわ!」
 馬丁ばていは、家のドアを強くたたいた。
 ドアをあけたのは、やはり制服を着た馬丁ばていで、顔は、大きな目をした
丸顔のカエルだった。
「ふたりとも」と、アリス。あとで語った。「かみにポマードをつけて、

92

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カールさせてたわ!」
 アリスは、なにが起こるのか見るために、森の出口まで戻って、様子
をうかがった。
 魚の馬丁は、腕の下から、自分の身長くらいある手紙を出した。
公爵夫こうしゃく人へ招待状」と、魚の馬丁。おごそかに。「女王から、クロケ
ットの試合に」そして、同じことを順番だけ変えて、おごそかに繰り返
した。「クロケットの試合に、女王から、公爵夫こうしゃく人へ招待状」
 ふたりは、低くおじぎをしたので、互いのカールしたかみがからみあっ
た。
 アリスは、大声で笑っってしまったので、ふたりに気づかれないよう、
森の中まで戻った。
 しばらくして、アリスが森から出てくると、魚の馬丁はいなかった。
もうひとりは、ドアのそばの地面に座って、ポカンと空を眺めていた。
 アリスは、ドアまで行って、ノックした。
「ノックは意味がない!」と、カエルの馬丁。「理由は2つ。1つ、私
は、きみと同じ側にいる。2つ、家の中では物音がすごくて、誰も気づ
かない」
 たしかに、家の中から、すさまじい物音がした。うなり声やくしゃみ、
さらに、皿ややかんが粉々にくだけ散る音。
「それじゃあ」と、アリス。「どうやったら中へ入れるの?」

94

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「きみのノックにも多少の意味はあるかも」と、カエルの馬丁。アリス
の方を見ずに。「ドアをはさんで立っていたらの話だが。たとえば、き
みが家の中にいてノックをしたら、私が出してあげられる」カエルの馬
丁は、しゃべりながらずっと空を見上げていた。
「相手に対して、すごく失礼だわ!」と、アリス。自分に。「きっとカ
エルさんは、自分ではどうしようもないんだわ!目は、ずっと空を見上
げたままだし!とにかく、答えようとはしている!」そして、大声で。
「どうやったら中へ入れるの?」
「私はここに」と、カエルの馬丁。「明日あしたまで座ってるだろう!」
 そのとき家のドアがひらいて、大きな皿が飛んできて、カエルの馬丁
の鼻先を削り取って、木に当たってくだけ散った。
「あるいは、あさってまで」と、カエルの馬丁。なにごともなかったか
のように、同じ調子で。
「どうやったら中へ入れるの?」と、アリス。さらに、大声で。
「もう中にいるんでしょ?」と、カエルの馬丁。「最初の質問がそれだ
ったし!」
「それは、そうだったけど」と、アリス。自分に。「そんな話し方され
るのは、イヤだわ!最悪の話し方よ。落ち着いてはいられない!」
「ずっと座っていよう!」と、カエルの馬丁。同じことを言い方を変え
て、繰り返した。「昼も夜も、くる日もくる日も」

96

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「わたしは、どうしたらいいの?」と、アリス。
「お好きなように!」と、カエルの馬丁。口笛をきだした。
「話すのはムダのようね」と、アリス。「カエルさんは、自分の世界に
ひたりきってる!」
 アリスは、ドアをあけて、中に入った。
 
               ◇
 
 ドアは、広いキッチンに続いていた。キッチンは、煙だらけで、左か
ら右に流れていた。公爵夫人は、キッチンの中央で3本足のイスに座っ
て、赤ん坊をあやしていた。コックは、火に向かって、スープらしきも
のの入った大なべをかきまぜていた。
「スープに胡椒こしょうを入れすぎ!」と、アリス。自分に。くしゃみをこらえ
ながら。
 空中は、胡椒こしょうの香りに満ちていた。公爵夫人と赤ん坊は、かわりばん
こにくしゃみしたり、うなったりしていた。唯一ゆいつくしゃみをしてなかっ
たのは、コックとネコだけだった。ネコは、ジュータンの上で、両耳ま
でさけた口で、ニヤニヤ笑っていた。
いてもいいかしら?」と、アリス。すこしおどおどと。いきなり質
問していいのか、迷いながら。「ネコは、なぜ、あんなふうに笑ってい

98

97





るの?」
「チェシェネコだからさ!」と、公爵夫人。「ニヤニヤ笑うアングロサ
クソンのことを、チェシェネコっていうだろ?」
 その言い方がきつかったので、アリスは跳び上がった。しかし赤ん坊
を見て、勇気をもって続けた。
「チェシェネコが、あんなふうにニヤニヤ笑うとは知らなかった!ネコ
が笑うことさえ知らなかった!」
「みんな笑うよ!」と、公爵夫人。「他のこともするよ!」
「他のことって、どんな?」と、アリス。とても礼儀正しく。会話でき
ることに少しホッとしながら。
「あまり知られてないが」と、公爵夫人。「ほんとうだよ!」
「ぞっとする話し方だわ!」と、アリス。自分に。「でも、これは、き
っと、別の話題に切り替えるときのくせなんだわ!」
 コックは、スープの大なべを火からあげた。そして、手の届くところ
にある食器類を、片っ端から公爵夫人と赤ん坊に投げて運んだ。火ばし
から始まって、シチューなべや皿が雨あられと飛んできた。公爵夫人は、
それらがぶつかってもまったく気にもしなかった。赤ん坊は、すでに大
声で泣き出していたが、なにかぶつかったのどうかも分からなかった。
「なんてことを!」と、アリスは叫んだ。跳び上がってから、恐怖のど
ん底に。「りっぱな鼻めがけて飛んでくわ!」とりわけ大きなシチュー

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99





なべが、コックめがけて飛んでゆきくだけ散った。
「みんながみんな」と、公爵夫人。馬がいななくように。「自分の仕事
にもっと集中すれば、世界は、今よりずっとスムーズに回る!」
「いいことなんて、なにもない!」と、アリス。自分のわずかな知識を
披露ひろうできることを喜びながら。「昼や夜を作り出しているものがなにか、
考えてみて!地球は、24時間で地軸ちじくを1周してるから、それで━━━」
じくって、なにさ!」と、公爵夫人。「アタマをかち割っておしまい!」
「コックさんなら」と、アリス。「わたしの言おうとしたことが分かる
かも」
 しかし、コックは、スープをかきまぜるだけで、聞いてる様子はなか
った。
「24時間で、いえ、もしかしたら12時間かも」と、アリス。
「ジャマしないで!」と、公爵夫人。「数字を思い出せなくなる!」
 公爵夫人は、また、赤ん坊をあやし始めた。子守唄のようなものを歌
いながら、各行ごとにすこし乱暴にゆさぶりながら。
 
               ◇
 
 「赤ん坊は きつくしかって
  くしゃみをしたら たたいて

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  赤ん坊は わざとそうしてる
  そうすることが 楽しいから」
 
    コーラス
 (コックと赤ん坊が加わって)
 「ワォ! ワォ! ワォ!」
 
 公爵夫人は、つぎの2番を歌うあいだ、赤ん坊を上にほうり投げては、
受け止めていた。赤ん坊は泣き叫んでいて、アリスは歌を聞いていられ
なかった。
 
 「わたしは 赤ん坊をきつくしかる
  くしゃみをしたら たたいて
  だって 赤ん坊は大喜び
  胡椒こしょうが 大好き
 
    コーラス
 「ワォ! ワォ! ワォ!」
 
               ◇

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「さて」と、公爵夫人。「イヤじゃなければ、赤ん坊を少しのあいだ、
あやしておいて!」アリスに赤ん坊を投げた。「女王とクロケットがあ
るから、行かなくちゃ!」
 公爵夫人は、急いで外へ出て行った。コックは、フライパンを投げた
が、うまく当たらなかった。
 アリスは、赤ん坊を受け取ってから、あやすのは難しい気がした。か
わいい生き物ではあったが、手も足も違う方向にのばしていた。
「ヒトデみたい!」と、アリス。自分に。「かわいいけれど、まるで蒸
気機関車のように、シュッシュッと鼻を鳴らしている!どんどんそれが
大きくなって、もう、抱いていられない!」
 アリスは、すぐに、うまいあやし方を思いついた。
「そうだ、ヒモでしばってしまえばいいんだわ!右耳と左足をきつくし
ばった。これなら、手を離しても、大丈夫!」
 アリスは、赤ん坊を抱いて、家の外へ出た。
「もしも、この赤ん坊がわたしの子だったら、1日か2日できっとバイ
バイするわ!赤ん坊を置き去りにしたら、犯罪かしら?」
 アリスは大声を出していたので、赤ん坊は鼻を鳴らして答えた。(く
しゃみとは、違っていた)
「鼻を鳴らさないで!」と、アリス。「正しい返答のしかたとは言えな

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い!」
 赤ん坊は、また、鼻を鳴らした。
「なにが問題だっていうの?」と、アリス。赤ん坊の顔を、心配そうに
のぞきこんだ。「鼻は、めくり上がって、人間の鼻というより、ブタの
鼻に近い!目も、ふつうの赤ん坊に比べて、小さすぎ!とても好きにな
れない顔だわ!さっきのは、きっと、すすり泣きよ」アリスは、また、
赤ん坊の目をのぞきこんだ。
 赤ん坊の目に、涙はなかった。
「もしも、あなたがブタに変身したら」と、アリス。真剣に。「これ以
上、つきあわずに済む!どうかしら?」
 赤ん坊は、また、すすり泣いた。(あるいは、鼻を鳴らした。どっち
とも言えなかった)しばらく沈黙。
「さて、家に戻ったら、この赤ん坊をどうしたらいいの?」
 そのとき、赤ん坊は、また激しく、鼻を鳴らした。アリスは、注意深
く、赤ん坊をのぞきこんだ。
「どう見ても、ブタだわ!これ以上抱いてる必要はない!」
 アリスは、赤ん坊を下に置いて、小走りに森へ入った。
「すごく醜いみにく赤ん坊だった!けれど、ブタだったら、ずいぶんハンサム
よ!」そして、今まで会ったことのある、ブタのような子どもたちを思
い出した。「誰かが、彼らをブタにしてあげれば、ブタの社会では、み

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んなハンサムだわ!」
 
               ◇
 
 森を歩いていたら、分かれ道の木の上に、チェシェネコがいた。
「驚いた!なにかと思ったら、チェシェネコだわ!」と、アリス。自分
に。「歯を出して、ニヤニヤしている!でも、性格はよさそう!あの長
いツメに大きな歯を見て!さからわない方がよさそうね!」そして、木の
上のチェシェネコに。「チェシェさん!」少しおどおどと。なんて呼ん
だらいいのか、思いつかなかった。
 チェシェネコは、ニヤニヤしている口をさらに広げた。
「あら、喜んでるわ!」と、アリス。そして、また、チェシェネコに。
いていいかしら?どっちの道を行ったらいいかしら?」
「それは、どこへ行きたいかによる!」と、チェシェネコ。
「どこにへ行きたいわけでもないけど」と、アリス。
「それなら、どっちの道を行っても同じ!」と、チェシェネコ。
「でも、どこかには、着きたい!」と、アリス。
「それなら」と、チェシェネコ。「長く歩けば着ける!」
 これでは、答えになってないので、アリスは話題を変えた。
「このあたりには、どんな人が住んでるの?」

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「こっちには」と、チェシェネコ。右の前足をまわした。「帽子屋が住
んでいて、あっちには」左の前足をまわした。「3月ウサギが住んでる。
どちらも訪ねるといい。ふたりとも、正気じゃないけどね!」
「正気じゃない人は訪ねたくない!」と、アリス。
「それは、しょうがないよ」と、チェシェネコ。「ぼくたちみんなが正
気じゃないからね!ぼくも、きみも!」
「わたしのことを、どうして知ってるの?」と、アリス。
「それは」と、チェシェネコ。「正気だったら、ここへは来ない!」
「なんの説明にもなってない!」と、アリス。自分に。そして、チェシ
ェネコに。「それじゃ、チェシェさんはどうして自分のことを?」
「初めから考えよう!」と、チェシェネコ。「まず、イヌは正気でいい
かな?」
「そうね、たぶん」と、アリス。
「それじゃあ」と、チェシェネコ。「イヌは、おこってるとうなり、喜ん
でると尻尾しっぽを振る。でも、ぼくは、喜んでるとうなり、おこってると尻尾しっぽ
を振る。ゆえに、ぼくは正気じゃない!」
「それは」と、アリス。「のどを鳴らしてるだけよ!うなってるわけじ
ゃない!」
「なんと呼ぼうと同じさ!」と、チェシェネコ。「今日、女王とクロケ
ットは?」

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「クロケットは好きだけど」と、アリス。「まだ、招待されてないわ!」
「見てて!」と、チェシェネコ。姿を消した。
 チェシェネコが消えても、アリスは、別に驚かなかった。
「今日は、もっと奇妙なことがたくさん起こったから、いちいち驚いて
いられない!」
 チェシェネコは、消えた場所に、また、姿を現した。
「ところで、赤ん坊はどうしたの?」と、チェシェネコ。「たずねるの
を忘れていた」
「ブタになったわ!」と、アリス。チェシェネコが、また現われても驚
かなかった。
「そうだろうと思った」
「なぜ、赤ん坊のことを知ってるの?」と、アリス。
「いや、なんとなく」
「もしかしたら」と、アリス。自分に。「チェシェネコは、森のニュー
スキャスターなのかも?」
 チェシェネコは、また、姿を消した。
 アリスは、しばらく、チェシェネコが姿を現すのを待っていた。しか
し、姿を現さないので、3月ウサギの道へ歩きだした。
「帽子屋には前に会ったわ!」と、アリス。「3月ウサギは、会ってみ
たい!今は5月だから、それほどわめいたりはしない。少なくとも、3

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月の時よりはおとなしいはず!」
 アリスが見上げると、木の上に、また、チェシェネコが、姿を現した。
「さっき、ブタと言った?フタと言った?」と、チェシェネコ。
「ブタよ!」と、アリス。「それより、チェシェさんは姿を消すのも現
わすのも、突然すぎて、目がまわる!」
「分かった!」と、チェシェネコ。
 今度は、ゆっくりと消えた。尻尾しっぽから消えていって、最後は、ニヤニ
ヤしている口。このニヤニヤが、しばらく残っていた。
「ニヤニヤしないネコには、しばらく会ってない!」と、アリス。「チ
ェシェネコが消えても、ニヤニヤだけ残るってどういうこと?わたしの
人生で、もっとも奇妙なことの1つだわ!」
 歩いてゆくと、すぐに、3月ウサギの家が見えてきた。
「どう見ても、あれが、3月ウサギの家よ!」と、アリス。「エントツ
は、ウサギの耳のようにまっすぐだし、屋根は、毛皮でふいてある。で
も、大きな家だわ。ふさわしいサイズにならなくては!」
 アリスは、左手のポケットのキノコのかけらを少しかじって、だいた
い2フィートの身長になってから家に近づいた。
「でも、狂暴なウサギだったらどうしよう!」と、アリス。おどおどと。
「代わりに、帽子屋を訪ねたい気になってきた!」


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            7
 
 家の前では、テーブルセットが置かれ、3月ウサギと帽子屋がティー
パーティをしていた。ふたりの間には、ヤマネが座りながら眠っていた。
ふたりは、ヤマネをクッション代わりに、ヤマネの頭の上で、しゃべっ
ていた。
「ヤマネのせいで、ずいぶんきゅうくつそうだわ!」と、アリス。自分
に。「ヤマネは眠っていて、気にもかけてないんだわ!」
 テーブルはとても長かったが、3人はすみにかたまって、きゅうくつ
そうだった。
「場所が狭い!場所が狭い!」と、3月ウサギと帽子屋。
 そのとき、アリスが近づいてくるのに気づいた。
「多くの場所があるのに!」と、アリス。テーブルの別のすみにある肘掛ひじか
けイスに座った。
「ワインは、どう?」と、3月ウサギ。気を取り直して。
 アリスは、テーブルを見渡したが、お茶しかなかった。
「ワインなんて、ないわ!」と、アリス。
「たしかに!」と、3月ウサギ。
「ないものをすすめるのは、おかしい!」と、アリス。おこって。
「招待状なしに、席につくのもね!」と、3月ウサギ。

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「あなたの席とは知らなかった!」と、アリス。「3人以外にも多くの
席があるわ!」
「きみのかみは、切ったほうがいい!」と、帽子屋。興味深そうにアリス
を見て、初めて口をひらいた。
「人の趣味に口出ししないように、教わらなかったの?」と、アリス。
「とても失礼だわ!」
「なぜ、カラスはライティングデスクのように見える?」と、帽子屋。
目を丸くして、アリスを見ながら。
「さぁ、おもしろそうな謎解きが始まった!」と、アリス。自分に。
「わたしが最初に、謎解きしてみせる!」いつのまにか、大声に。
「答えを見つけてくれる、ということ?」と、3月ウサギ。
「そうよ!」と、アリス。
「それなら、そう言うべき!」
「ええ」と、アリス。すぐに答えた。「わたしが言ったことは、同じこ
とよ!」
「ちょっと違う!」と、3月ウサギ。「なぜ、『食べるものを見る』が、
『見るものを食べる』と同じだと言うんだい?」
 3月ウサギは、さらに付け加えた。
「きみは、『得るものが好き』が、『好きなものを得る』と同じだと言
いそうだね!」

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「さらに」と、ヤマネ。眠りながらしゃべった。「きみは、『眠りなが
ら息をしてる』が、『息をしながら眠ってる』と同じだと言いそう!」
「きみの中では、それらは、みんな同じなんだ!」と、帽子屋。
 会話が途切れ、しばらく、みんな黙った。
「カラスとライティングデスク!」と、アリス。謎解きを考えていた。
「2つは、大きく違う!」
 
               ◇
 
 沈黙を破ったのは帽子屋だった。
「今月には、どんな日がある?」と、帽子屋。アリスに。
 帽子屋は、ポケットから時計を取り出して、振ったり耳に当てたりし
た。
「4日!」と、アリス。少し考えてから。
「2日違う!」と、帽子屋。ため息をついた。そして、3月ウサギをおこ
ったように見た。「バターは合わないって言ったはずだよ!」
「いいバターだった!」と、3月ウサギ。楽しそうに。
「パン粉も入れなきゃだめ!」と、帽子屋。「パン用のナイフは使わな
い!」
 3月ウサギは、自分の腕時計を、憂うつそうに見た。腕時計を自分の

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紅茶につけてから、また、見た。
「いいバターだった!」と、3月ウサギ。繰り返した。
 アリスは、3月ウサギの時計を肩越しに見ていた。
「おもしろい時計!」と、アリス。「今日の日付はあるけど、時刻はな
い!」
「それが?」と、帽子屋。「きみの時計は、今が何年か教えてくれない
の?」
「もちろん!」と、アリス。すぐに答えた。「だって、1年間は同じ年
にいるわけだから!」
「それは、こっちも同じ!」と、帽子屋。
 アリスは、わけが分からなくなった。「帽子屋の言うことは」と、ア
リス。自分に。「なんの意味もないけど、英語ではあるわ」そして、帽
子屋に。できるだけ礼儀正しく。「どういうことなのか、まったく分か
らない!」
「ヤマネは、また、眠っている」と、帽子屋。ヤマネの鼻に、熱い紅茶
を注いだ。
 ヤマネは、がまんできなくなって、頭を振った。
「もちろん、それが、言おうとしたことさ!」と、ヤマネ。目をつぶっ
たまま。
「謎解きは、分かった?」と、帽子屋。アリスに。

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「いいえ。降参する!」と、アリス。「答えは?」
「なにも思い浮かばない」と、帽子屋。
「右に同じ!」と、3月ウサギ。
 アリスは、疲れたように、ため息をついた。
「もっとましなことをしてくれると、思っていた」と、アリス。「答え
のない謎解きを出して、時間をムダにするよりは!」
「ぼくと同じくらい時間のことを知っていたら」と、帽子屋。「時間を
ムダにするとは、とても言えないはずだ!それは、時間くんが言うこと
さ!」
「なにを言ってるのか、分からない!」と、アリス。
「もちろん、分からないさ!」と、3月ウサギ。不満そうに、頭を振っ
た。「もう2度と、時間について言わないでほしい!」
「たぶん、言わないわ!」と、アリス。慎重に。「でも、音楽をならう
時は、時間でビートをきざむかもしれない!」
「それが、ダメなんだよ!」と、帽子屋。「時間くんは、ビートされた
くない!」
「時間くんと良い関係をたもてば、時計が良いことをしてくれる!たとえ
ば、今、授業の始まる朝の9時だとして、時間くんが喜ぶことをささや
けば、あっというまに時間を進めて、夕食の1時半にしてくれる!」
(「それを望んでいた!」と、3月ウサギ。ささやき声で)

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「すばらしいこと!」と、アリス。よく考えながら。「でも、その時間
は、おなかはすいてない!」
「最初は、そうかもしれない」と、帽子屋。「でも、そのうち1時半に
おなかがすくようになる!」
「いつも、そうしてきたの?」と、アリス。
 帽子屋は、がっかりしたように頭を振った。「ぼくじゃない!やつが
おかしくなる直前の3月にケンカした」(ティースプーンで、3月ウサ
ギを指した)「それは、ハートの女王がひらく最大のコンサートで、ぼ
くが歌わされた。
 
 『キラキラ キラキラ 小さなコウモリ
  どこへ?』
 
 この歌を知ってる?」
「どこかで聞いたかも!」と、アリス。
「つづきがある」と、帽子屋。「こんなふうに
 
 『コウモリが飛んでる 世界のずっと上に
  空のティートレイがある
  キラキラ キラキラ』」

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 ヤマネが頭を振って、眠りながら歌い出した。
「キラキラ キラキラ、キラキラ キラキラ」
 ずっと歌い続けるので、みんなでヤマネをつねってやめさせた。
「さて」と、帽子屋。「あとひと言で、最初の詩が終わる。『時間をム
ダにしてる!』と、女王。『打ち首じゃ!』」
「なんて残酷な!」と、アリス。
「それ以来」と、帽子屋。悲しそうに。「時間くんは、なにもしてくれ
ない。それで、いつも6時なのさ!」
 アリスは、ピンと来た。
「それで、いつもここでティーパーティをしているのね?」
「そうさ」と、帽子屋。「疲れきったようにね!」
「初めからやり直したら、どうかしら?」と、アリス。
「話題を変えよう!」と、3月ウサギ。あくびをしながら。「もう、あ
きた!アリスの物語を聞きたい!」
「なにも思い浮かばない!」と、アリス。
「それなら、ヤマネの物語を聞こう!」と、3月ウサギと帽子屋。「ヤ
マネくん、起きてくれ!」ふたりは、同時にヤマネをつねった。
 ヤマネは、ゆっくり目をあけた。
「ぼくは、眠ってなかった!」と、ヤマネ。かすれた声で。「みんなの

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おしゃべりを、全部聞いていた」
「物語を話して!」と、3月ウサギ。
「お願い!」と、アリス。
「急いで!」と、帽子屋。「でないと、きみは、また眠ってしまう!」
 
               ◇
 
「昔むかし」と、ヤマネ。大急ぎで。「あるところに、3人の姉妹がい
た。3人は、エルシー、レイシーとティリーという名前だった。住んで
いたのは、井戸の底」
「どこの上?」と、アリス。アリスは、いつも食べ物や飲み物に興味が
あった。
糖蜜とうみつの上」と、ヤマネ。しばらく考えてから。
「それは無理だわ!」と、アリス。やさしく。「みんな病気になってし
まう!」
「そう、3人は、重い病気だった」と、ヤマネ。
「井戸の底なんかで、どうやって暮らせるの?」と、アリス。自分に。
「とても想像できない!」そして、ヤマネに。「なぜ、井戸の底に住ん
でたの?」
「紅茶のおかわりは?」と、3月ウサギ。アリスに。

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「まだ、なにもいただいてない!」と、アリス。「だから、おかわりも
できない!」
「ゼロより少なくはできない、ということなら」と、帽子屋。「ゼロよ
り多くすることは簡単にできる!」
「だれも、あなたに意見を求めてない!」と、アリス。
「だれが、個人的意見を述べている?」と、帽子屋。勝ち誇って。
「どう答えたらいいの?」と、アリス。自分に。「せっかくだから、紅
茶とトーストをいただくわ!」そして、ヤマネに同じ質問を繰り返した。
「なぜ、井戸の底に住んでたの?」
 ヤマネは、また、しばらく考えてから言った。
「そこは、糖蜜とうみつの井戸だったんだ!」
「そんなものない!」と、アリス。あきれて。
「シーッ!シーッ!」と、帽子屋と3月ウサギ。
「これ以上無礼ぶれいなまねするなら」と、ヤマネ。むっとして。「ご自分で
物語のつづきを考えてください!」
「悪かったわ!続けて!」と、アリス。「もう邪魔しない!そういうも
のも1つくらい、あったかもしれない!」
「1つあったんだ!」と、ヤマネ。おこって。しかし、物語を続けた。
「さて、3人の姉妹は、絵を習っていた」
「どんな絵をかくの?」と、アリス。口を出さない約束を、すっかり忘

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れて。
糖蜜とうみつ!」と、ヤマネ。今度はすぐに。
「カップを洗わなくちゃならない!」と、帽子屋。「みんな1か所に集
めて!」
 帽子屋は、席を立ったので、ヤマネがその席についた。3月ウサギは、
ヤマネの席に移り、アリスは、気が進まなかったが、3月ウサギのいた
席についた。
 帽子屋は、この席替せきがえで、唯一、とくをした。アリスは、最悪だった。
3月ウサギは、ミルクポッドを倒して、皿にミルクが溜まっていたから
だ。
 アリスは、ヤマネの邪魔をしたくなかったので、注意深く、いた。
糖蜜とうみつの絵を、どこからかいたのか、理解できない!」
「水の井戸の外からなら」と、帽子屋。「水の絵をかくことができる。
同じように、糖蜜とうみつの井戸の外からなら、糖蜜とうみつの絵をかける!だろ?」
「でも、3人の姉妹は、井戸の中にいたのよ!」と、アリス。ヤマネに。
「もちろん、そうだよ!井戸の中」
「ますます分からなくなった!」と、アリス。自分に。「ヤマネさんに
は、物語を続けてもらいたいけど!」
「3人の姉妹は、絵をならっていた」と、ヤマネ。あくびをして、目を
こすった。すごく眠そうだった。「いろいろなものもかいていた。Mで

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始まるものとか」
「なぜ、Mなの?」と、アリス。
「なぜ、いけないの?」と、3月ウサギ。
 アリスは、黙った。
 ヤマネは、目を閉じて、眠りに落ちた。しかし、すぐに帽子屋につね
られて、声を出して起きて、物語を続けた。
「Mで始まるもの、たとえば、マウストラップ、月、記憶、たくさん━
━━ものが多いと言うときの、たくさん。たくさんをかいた絵って、見
たことある?」
「え、わたしに質問?」と、アリス。こんがらがって。「思い浮かばな
い!」
「なら、しゃべるな!」と、帽子屋。
 この帽子屋の無礼さは、アリスのがまんの限界を越えていた。アリス
は、がっかりして立ち上がると、歩いていった。ヤマネは、すぐに眠り
に落ちた。アリスが行ってしまっても、気に留めるものはいなかった。
アリスは、声かけを期待して、1・2回振り返った。最後に見たとき、
ヤマネはティーポットに押し込められそうになっていた。
「とにかく」と、アリス。「あんなパーティには2度と行きたくない!」
 森の道を見つけた。
「わたしの人生で、もっとも最低のティーパーティだった!」

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               ◇
 
 そのとき、森の木のひとつにドアが現われた。
「ずいぶんおかしなこと!」と、アリスは考えた。「今日は、すべてが
おかしいのだから、入ってみるしかないわ!」アリスは、中へ入った。
 ふたたび、アリスは、長いホールにいた。近くに小さなガラスのテー
ブルがあった。
「さて、今度は、前よりうまくやりましょう!」と、アリス。自分に。
小さな金のカギをとると、美しい花壇に通じるドアのカギをあけた。そ
れから、右手のポケットのキノコのかけらを少しかじって、15インチ
の身長になると、小さなドアをくぐった。それから━━━ついに、アリ
スは、冷たい噴水と明るい花のジュータンに囲まれた、美しい花壇にい
た。







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            8
 
 花壇の入り口に、大きなバラの木があった。バラは白だった。3人の
庭師が、忙しいそがそうに、バラを赤にっていた。
「おかしな話だわ!」と、アリスは考えた。バラを近くで見るために、
近づいた。
「なにすんだ、ファイブ!」と、庭師のひとり。「ペンキを私にかける
な!」
「かけてません!」と、ファイブ。むっとした声で。「セブンが、私の
ひじを押すんです!」
「してるだろ、ファイブ!」と、セブン。顔を上げて。「いつも他人ひ と
せいにするんじゃない!」
「口をはさまない方がいいよ!」と、ファイブ。「きのう女王が、セブ
ンを打ち首にするつもりだって言っていたよ!」
「なんのつみで?」と、最初の庭師。
「きみには関係ない、ツー!」と、ファイブ。「私はセブンに言ってる
んだ!チューリップの球根を、ポテトの代わりに料理に出すようなもの
さ!」
 セブンは、ペンキのブラシを置いた。
「よく、分かった。ここで決着をつけよう!」と、セブン。

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 このとき、セブンは、アリスに気づいて、話をやめた。ほかのふたり
も、アリスを見た。庭師の3人は、帽子をとって、頭を下げた。
「あのー、お聞きしますが」と、アリス。おずおずと。「なぜ、白のバ
ラを赤にってるの?」
 ファイブとセブンは、なにも言わずに、ツーを見た。
「それはですね」と、ツー。低い声で。「赤のバラを植えなけれならな
かったのに、間違えて、白のバラを植えてしまったからです。女王がこ
れを知ったら、みんな打ち首にされてしまいます。それで、女王が来る
前に」
 ファイブが心配そうに、花壇の向こうを見た。
「女王だ!」と、ファイブ。庭師の3人は、一瞬で顔を平面にした。
 
               ◇
 
 多くの足音がした。アリスは、隊列のなかから、女王をさがした。
 最初にやってきたのは、クラブの10人の兵士だった。庭師と同じよ
うに、平面で四角だった。手や足は、四すみにあった。つぎは、10人の
廷臣ていしんで、かざりは、すべてダイヤ、歩調は、兵士と同じに、2歩づつだっ
た。そのあとに、宮廷の子息たちが10人、みんな幼く、2人づつ手を
つないで、大喜びでジャンプしていた。かざりは、すべてハートだった。

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つぎに、客人たちが続いた。おもに王や女王で、アリスは、そのなかに
白のウサギがいるのに気づいた。ウサギは、せわしなく神経質そうに話
していて、言われたことにはすべて笑顔で答えていた。アリスには気づ
かずに、通りすぎた。そのあとのハートのジャックは、王冠おうかんをクッショ
ンの上に乗せて運んでいた。そして、この壮大な行列の最後が、ハート
の王と女王だった。
 王と女王が、アリスの前に来ると止まって、アリスを見た。
「誰、この人?」と、女王。きつい口調で、ハートのジャックにいた。
ハートのジャックは、答えるかわりに、おじぎをして笑った。
「おろか者!」と、女王。そして、アリスの方を見た。「名前は?」
「アリスです、陛下!」と、アリス。はっきりと。
「みんなトランプのカードといっしょ!おそれる必要なんかないわ!」と、
アリスは考えた。
「あの者たちは、誰じゃ?」と、女王。バラの木を囲んで顔を地面に伏
せている、3人の庭師を指さした。背中の模様は、ほかと全く同じで、
庭師なのか、兵士なのか、廷臣ていしんなのか、あるいは、彼女の3人の子ども
なのか、判断できなかった。
「わたしが知るもんですか!」と、アリス。そう言う、自分の勇気に驚
いた。「わたしとは関係ないわ!」
 激しいいかりから、女王の顔は、真っ赤になった。

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 1分間、アリスを見つめたあと、雷が落ちたような声で「打ち首じゃ
!」と叫ぼうとした。
「バカげてる!」と、アリス。かなり大声で、決めつけるように。女王
は、黙った。
「よく見なさい!相手は、ただの子どもだよ!」と、王。右手を女王の
左手にそえながら、おずおずと。
 女王は、おこって振り返ると、ジャックに命令した。
「3人をひっくり返して!」
 ジャックは、注意深く、片足で、3人をひっくり返した。
「起きて!」と、女王。金切り声で。
 3人の庭師は、すぐに飛び起きると、おじぎをし始めた。王、女王、
その子どもたち、そして、ほかの人たちにも。
「やめなさい!」と、女王は叫んだ。「イライラさせないで!」そして、
バラの木を見た。「おまえたちは、ここで、なにをしておったのじゃ?」
「陛下に誓って!」と、ツー。恐れ入り、片ひざをつきながら。「私た
ちは、ただ━━━」
「分かった!」と、女王。ツーの話のあいだにバラを調べていた。
「打ち首じゃ!」
 行列は、また、進み始めた。
 3人の兵士が残って、運の悪い3人の庭師の首をはねようとした。3

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人の庭師は、アリスに助けを求めて走ってきた。
「打ち首は、ひどいわ!」と、アリス。3人を、ポケットにしまった。
 3人の兵士は、庭師を捜して、アリスのまわりを1回行進した。そして、
静かに、行進をやめた。
「3人を打ち首にしたの?」と、女王は叫んだ。
「ハイ、3人の首は、なくなりました!」と、兵士たちは叫んだ。「陛
下に誓って!」
 
               ◇
 
「よろしい!」と、女王は叫んだ。「クロケットは、なさるのかしら?」
 兵士たちは、黙って、アリスを見た。質問は、あきらかに、アリスに
だった。
「はい!」と、アリスは叫んだ。できるだけ高い声で。
「それなら、いっしょに来なさい!」と、女王は叫んだ。
 アリスは、これから何が起こるのかとても不安になりながら、行列に
加わった。
「と、とても、いい天気ですね!」と、おどおどとした小さな声。アリ
スは、心配そうにこちらの顔色をうかがう、白のウサギといっしょに歩
いていた。

150

149





「そうね!」と、アリス。「侯爵夫人は、どこ?」
「シーッ!シーッ!」と、ウサギ。低い声で。「彼女には、会えます。
女王の侯爵夫人は、ダメです。分かります?」
「いいえ」と、アリス。「なぜ?」
「ハートの女王と」と、ウサギは、アリスの耳に口を近づけてささやい
た。「笑うウミガメの侯爵夫人です」
「なに、それ?」と、アリス。しかし、ウサギが説明する時間はなかっ
た。
 行列は、クロケット場に到着した。すぐに、試合が始まった。
「なんて、奇妙なクロケット場なのかしら?」と、アリスは考えた。
「こんなの見たことないわ!」
 クロケット場は、耕されてうねのできた畑で、ボールは、生きたハリ
ネズミ、バットは、生きたフラミンゴだった。兵士たちは、手と足でア
ーチを作るためにブリッジをしていなければならなかった。
 アリスが最初に思ったのは、フラミンゴのあつかいがむずしいというこ
とだった。フラミンゴの足をらしたまま、体をアリスの腕でやさしく
包みこんで、首はまっすぐにして頭でボールを打とうとしても、フラミ
ンゴは首をげてアリスの方を不思議そうに見るので、アリスは、思わ
ず大笑いしてしまった。そのまま続けようとしても、ハリネズミは
だけでころがってくれないし、転がす方向はデコボコだし、アーチを作っ

152

151





ていた兵士たちは、起き上がるとみんな別々の方向に歩いていってしま
った。アリスは、すぐに、このゲームはとても難しいという結論にいた
った。
 プレイヤーたちは、入れ替えしないですぐにプレイを始めるので、ケ
ンカになって、高い声で言い争い、ハリネズミとも戦った。女王は、す
ぐに怒り狂って、そこらじゅうを指さしながら、「この男は打ち首じゃ
!」とか「この女は打ち首じゃ!」と叫んだ。
 
               ◇
 
「なにかとても、不安!」と、アリス。自分に。「1分ごとにだれかが
打ち首を命じられている!そのうち、わたしも打ち首にされそう!ここ
にいたら、だれも生き残れない!」
 アリスは、周りを見回して、見られずに逃げられる道がないかさがし
た。
 そのとき、空中に、なにかが現われた。最初はわけが分からなかった
が、徐々に形が現われて、ニヤニヤ笑いになった。
「チェシェネコだわ!」と、アリス。「これでしゃべる相手ができた!」
「その後、お元気?」と、チェシェネコ。口だけでしゃべった。
「そろそろ目が現われる」と、アリス。「耳が現われるまで待たないと、

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しゃべっても聞こえない!」
 すぐに、チェシェネコの頭が現われた。アリスは、抱いていたフラミ
ンゴを地面に降ろし、クロケットの試合の評価を始めた。
「チェシェネコが聞いてくれてるのが、楽しい!」と、アリス。
「顔まで現われれば、十分!」と、チェシェネコ。それ以上は現われな
かった。
「試合は、フェアだったとは言えない」と、アリス。不満そうに。「み
んな、ケンカばかりして、人の意見に耳を貸さず、ルールがあったとし
ても、ルールを守っていたように見えなかった。生き残ろうと必死で、
とても混乱していた。たとえば、わたしがアーチめがけて、女王のハリ
ネズミを打とうとしても、ハリネズミは、わたしを見るとすぐに、どこ
かへ逃げていった!」
「女王を好きですか?」と、チェシェネコ。低い声で。
「ぜんぜん!」と、アリス。「女王は、なんと言うか、非常に」そのと
き、女王がうしろから聞き耳を立てて、近づいてくるのに気づいた。そ
れで、続けた。「勝とうとするあまり、早く試合を終わらせようとはし
ない!」
 女王は、笑いながら、通りすぎた。
「だれと話していたのかね?」と、王。アリスの近くに来て、チェシェ
ネコの顔を不思議そうに見た。

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「友人のチェシェさんです」と、アリス。「紹介しても?」
「気がすすまないが」と、王。「手にキスするくらいは」
「いえ、いいです」と、チェシェネコ。
「なんと、なまいきな!」と、王。「そんなふうに、わしを見るでない
!」王は、アリスのうしろに隠れた。
「ネコは、王さまを見るかもしれません!」と、アリス。「なにかの本
で見ましたが、なんの本だったか忘れました」
「それなら、処刑じゃ!」と、王。断固として。王は、先に行っていた
女王を呼んだ。「お願いがある!あのネコを処刑に」
 女王は、あらゆる問題を1発で解決する力があった。
「打ち首じゃ!」と、女王。
「処刑人は、わしが連れてくる!」と、王。そう言うと、走っていった。
「クロケットの試合がどうなっているか、見に戻るべきかしら?」と、
アリス。自分に。「すでに3人のプレイヤーが、順番を間違えて、女王
に『打ち首じゃ!』と言われるの見たわ!そんな混乱した場面を見たく
ないし、わたしの順番も知りたくない!そうだ!わたしのハリネズミが
どこへ行ったか、さがしに行こう!」
 
               ◇
 

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157





 アリスのハリネズミは、別のハリネズミと戦っていた。
「やった!」と、アリス。「あのハリネズミをクロケットするチャンス
だわ!でも、わたしのフラミンゴは、グランドの反対側の木まで飛んで
いってしまった!」
 アリスがフラミンゴをつかまえて戻ってくると、ハリネズミの戦いはす
でに終わって、2匹とも逃げたあとだった。
「たいした問題ではないわ!」と、アリス。「こちら側のアーチは、す
べて無くなっているし!また、わたしの友人とおしゃべりしよう!」
 アリスは、フラミンゴをしっかり抱いて、チェシェネコのところへ戻
って行った。
 
               ◇
 
 チェシェネコの周りに人だかりができていた。
 処刑人と王、それに女王が言い争いをしていた。3人は、同時にしゃ
べっていた。ほかの見物人たちは、居心いごごちわるそうに、3人を見ていた。
「なにが問題になっているのか、それぞれの意見を聞くわ!」と、アリ
ス。「しかし、3人、同時にしゃべるので、聞き取るのがたいへん!」
「打ち首にしようとしても」と、処刑人。「あのネコには、胴体がない
から、そこから切り落とすことができない!前にやったことないし、初

160

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めてのことだ!」
「なんにせよ」と、王。「首があるのだから、打ち首にできるはずだ!
おまえの言うことは、ナンセンスだ!」
「もしも処刑人によって、すぐに打ち首がなされてないなら」と、女王。
「わたしがすべての人を打ち首にするしかないわ!」(この言葉に、見
物人たちはどよめいた)
「この件は、公爵夫こうしゃく人にまかせましょ!」と、アリス。ほかに思いつか
なかった。
公爵夫こうしゃく人は、牢屋ろうやにいるわ」と、女王。処刑人に。「すぐにここへ、
連れてきなさい!」
 処刑人は、矢のように走っていった。チェシェネコの頭は、そのあと、
だんだん消え始め、処刑人が、公爵夫人を連れて戻るころには、完全に
消えていた。
 王と処刑人は、走りまわって、チェシェネコをさがした。見物人たちは、
また、クロケットの試合に戻った。






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            9
 
「また会えて嬉しい!」と、公爵夫人。アリスの腕に、親しそうに自分
の腕を差し入れて、並んで歩いた。
「公爵夫人に会えてうれしい」と、アリス。自分に。「前にキッチンで
険悪けんあくなムードになったのは、きっと胡椒こしょうのせいだわ!わたしが公爵夫人
になったら(望んでるわけではないけれど)、キッチンには、胡椒こしょうは置
かない!スープは、それだけでおいしい!胡椒こしょうは、きっと、感情を高ぶ
らせるんだわ!法則が見つかった!お酢は、みんなをすっぱくさせて、
カミツレは、みんなをにがくさせる。砂糖菓子は、子どもたちを甘い気分
にさせる。みんながそのことに気づいていれば、お互いにカリカリする
こともなくなる!」
 アリスは、公爵夫人のことを忘れて歩いていた。
「なにか考えてるのね?」と、公爵夫人。アリスの耳もとで。「それで、
しゃべるのを忘れてる!道徳的なことは、言いたくないけど、相手の気
持ちを!」
「たしかに、そうかも」と、アリス。
「そう、そう」と、公爵夫人。「物事にはすべて道徳がある。あとはそ
れを見つけるだけ!」しゃべりながら、アリスに体を寄せてきた。
「公爵夫人が」と、アリス。自分に。「ピッタリくっついてきた!困る

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理由は、公爵夫人はあまりきれいじゃない!それに、公爵夫人の鋭いア
ゴが、ちょうどわたしの肩に食い込んでる!でも、失礼なことはできな
い。耐えるしかなさそう!」そして、公爵夫人に。「試合は、うまく進
んでるようですね!」
「そうね!」と、公爵夫人。「そして、物事の道徳は、そう、愛よ!愛
があれば、世界はスムーズに回るわ!」
「だれかが」と、アリス。「みんなが自分の仕事にもっと集中すれば、
世界はスムーズに回ると言っていた!」
「ええ、それも、意味は同じ!」と、公爵夫人。鋭いアゴを、アリスの
肩に食い込ませながら。「そして、物事の道徳は、『意味のフォローを
しろ!音は音の!』」
「物事の道徳を見つけるのが、よっぽど好きなのね!」と、アリス。声
に出さずに。
「わたしが腕を」と、公爵夫人。「あなたの腰に回さないのが不思議な
ようね!理由は、あなたが抱いているフラミンゴの性格が気になるから!
実験しても?」
「フラミンゴは、かむかもしれません!」と、アリス。
「確かに!」と、公爵夫人。「フラミンゴやマスタードは、かむわ!そ
して、物事の道徳は、『鳥は群がる!』」
「マスタードは、鳥じゃない!」と、アリス。

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165





「ふつうは、そう」と、公爵夫人。「あなたは、物事を、右か左に分け
て、クリアに見ている!」
「たぶん、鉱物!」と、アリス。
「もちろん」と、公爵夫人。「この近くに大きなマスタード鉱山がある。
そして、物事の道徳は、『わたしの取り分が増えれば、あなたの取り分
は少なくなる!』」
「分かった!」と、アリス。「マスタードは、野菜よ!野菜に見えない
けど、野菜よ!」
「ええ、あなたが正しい!」と、公爵夫人。「そして、物事の道徳は、
『あなたがそう思う通り!』あるいは、もっとシンプルな方がよければ、
『決してほかのことを想像するな!ほかのように見えて、そうでないか
もしれない場合で、ほかの場合ではないようでそう見えるかもしれない
ような』」
「とてもよく分かった!」と、アリス。礼儀正しく。「いちいちメモを
取っていればの話ですけど。しゃべることには、ぜんぜんついてゆけな
い!」
「わたしがしゃべった以上のことは、なにもない!」と、公爵夫人。楽
しそうに。
「長くしゃべっても、トラブルがないことを祈ります!」と、アリス。
「トラブルなんてやめて!」と、公爵夫人。「わたしがしゃべったこと

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すべてを、あなたにプレゼントします!」
「なんて安上がりなプレゼント!」と、アリス。声に出さずに。「誕生
日に、そんなプレゼントはごめんだわ!」
「また、考え事?」と、公爵夫人。鋭いアゴを、また、アリスの肩に食
い込ませながら。
「考える権利くらいあるわ!」と、アリス。鋭く。新たな心配事を感じ
ながら。
「権利ね」と、公爵夫人。「ブタにも飛ぶ権利はある。物事のM━━━」
「まぁ」と、アリス。自分に。「お気に入りの道徳についてしゃべろう
として、やめてしまった!公爵夫人の腕が、わずかに震え出した!」
 アリスが顔を上げると、目の前に女王が立っていた。
 腕を組んで、嵐の前の稲光のいなびかりように、顔をしかめていた。
「いい天気ですね、陛下!」と、公爵夫人。低い弱々しい声で。
「あなたに警告します!」と、女王。しゃべりながら、地面を1度踏み
鳴らした。「あなたかあなたの首が、飛びます。半一瞬後です。どちら
か、選びなさい!」
 公爵夫人は自分を選んだ。そして、姿が消えた。
 
               ◇
 

170

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「さぁ、クロケットの試合を続けましょう!」と、女王。アリスに。
 アリスは、驚きのあまり、ひと言もしゃべれなかった。しかし、女王
の後ろについて、クロケット場に戻った。
 ほかの参加者たちは、女王がいないあいだ、木陰こかげで休んでいた。女王
を見るや、すぐに、ゲームに戻った。女王は、注意しただけだった。
「ゲームの一瞬の遅れが、あなたたちの命を縮めることになりますよ!」
 
               ◇
 
 ゲームのあいだ、女王は、プレイヤー同士のケンカをやめさせること
はなかったが、「この男は打ち首じゃ!」とか「この女は打ち首じゃ!」
と叫んだ。女王に打ち首を宣告された者たちは、アーチを作っていた兵
士たちに拘束されて連れていかれたので、30分後には、アーチはなく
なって、プレイをしているプレイヤーも、王、女王、それに、アリス以
外は、いなくなった。
 女王も、息を切らして、プレイをやめた。
「笑うウミガメって、見たこと、おあり?」と、女王。アリスに。
「いいえ」と、アリス。「それがなんなのかも、分かりません」
「じゃ、いっしょに来なさい」と、女王。「ウミガメが、くわしく話し
てくれますよ」

172

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 アリスは、女王といっしょに歩き出したときに、王が低い声で、みん
なに、こう言うのを聞いた。
「みんな、許されますよ」
「いいことだわ」と、アリスは考えた。「あんなに多くの人が、打ち首
だなんて悲しすぎるもの」
 
               ◇
 
 アリスと女王は、すぐに、グリフォンが日なたで寝ているところに来
た。(グリフォンは、神話に出てくる、頭と翼がワシで、胴より下はラ
イオンの動物だった)
「起きろ、なまけもの!」と、女王。「このレディに、笑うウミガメを
見せて、説明してあげなさい!わたしは、すぐに戻って、打ち首が実行
されたか確かめなきゃならんのじゃ!」女王は、アリスを残して戻って
いった。
 アリスは、グリフォンの外観は好きになれなかったが、あの短気な女
王といるよりは安全に思えたので、待っていた。
 グリフォンは、起きると、目をこすり、女王が歩いてゆくのを見てい
た。女王が見えなくなると、声を出さずに笑った。
「おかしい!」と、グリフォン。

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「なにが?」と、アリス。
「なぜ、女王は」と、グリフォン。「打ち首なんか1度も実行されない
し、みんなファンタジーだってことを知らないのかな?そうでしょ?い
っしょに来て!」
「ここでは、みんな、いっしょに来いと、命令するわ」と、アリスは考
えた。グリフォンについてゆきながら。「今まで、こんなに命令された
ことなんて1度もなかった!」
 笑うウミガメを見れる場所まで、すぐだった。ウミガメは、岩だなの
上に、ひとりさびしく座っていた。近づくと、恋に破れた乙女のように、
ため息をついていた。アリスは、とても、かわいそうになった。
「なにが悲しいの?」と、アリス。グリフォンは、前と同じワードで答
えた。
「みんなファンタジーさ。悲しいことなんてなにもない。そうでしょ?
いっしょに来て!」
 笑うウミガメのところまで来ると、ウミガメは、大きな目になみだを
ためて、こっちを見た。しかし、なにもしゃべらなかった。
「ここにいる若いレディが」と、グリフォン。「あなたの話を聞きたい
そうです」
「ええ、いいでしょう」と、笑うウミガメ。沈んだ、うつろな声で。
「どうぞ、座ってください!私が話し終えるまでは、話し始めないでく

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ださい!」
 アリスとグリフォンは、座った。数分間、だれもしゃべらなかった。
「もしも話し始めなかったら」と、アリスは考えた。「いつ話し終わる
のか、知りようがないわ!」しかし辛抱強く、待った。
「かつては」と、笑うウミガメ。深いため息をついて、ついに口をひら
いた。「私は、ほんとうのウミガメでした」
 ウミガメの話は、長い沈黙や、時たまグリフォンが放つ「ヒィック!」
というしゃっくりで中断されたりしたが、笑うウミガメの低いすすり泣
きは、ずっと続いた。
 アリスは、すぐにでも立ち上がって、「ブラボー!とても、おもしろ
い話だったわ!」と言いそうになった。しかし、2度と聞けそうもない
話に思えたので、おとなしく座って、なにも言わなかった。
「みんな、幼い頃」と、笑うウミガメ。すすり泣きは、続いていたが、
ずっと静かになっていた。「海の学校に行きました。先生は、年寄りの
ウミガメでした。みんなは、りくガメって呼んでました」
「なぜ、海にいるのに、りくガメなのかしら?」と、アリス。
理屈りくつを教えてくれたから、りくガメって呼んだんです!」と、笑うウ
ミガメ。おこりながら。「あなたは、シャレを知らないんですか?」
「たしかに、恥ずかしい質問だった!」と、グリフォン。
 ウミガメとグリフォンは、黙ったまま、アリスを見ていた。

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「恥ずかしくて」と、アリス。自分に。「土にもぐってしまいたい!」
「続けてくれ!」と、グリフォン。やっと、口をひらいた。「1日がか
りじゃ困る!」
 
               ◇
 
「そう、私は海の学校に行ってました。信じられないでしょうが」と、
笑うウミガメ。
「そんなこと言ってない!」と、アリス。
「言った!」と、笑うウミガメ。
「黙れ!」と、グリフォン。
 笑うウミガメは、続けた。
「みんな、ベストな教育を受けました。毎日、学校に通いました」
「わたしも、昼間の学校に行ったわ!」と、アリス。「そんなに自慢す
ることじゃないわ!」
「選択科目も?」と、笑うウミガメ。少し心配そうに。
「もちろん!」と、アリス。「フランス語と音楽」
「ウォッシングは?」と、笑うウミガメ。
「やってない!」と、アリス。おこって。
「それじゃ、良い学校とは言えない!」と、笑うウミガメ。やっと安心

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した声で。「請求書の最後には、『選択科目:フランス語、音楽、およ
びウォッシング』とある!」
「ウォッシングがそんなに必要かしら?」と、アリス。「海の底なのに」
「私は、習えなかった」と、笑うウミガメ。ため息をついた。「受けた
のは、必修科目のみ!」
「どんなもの?」と、アリス。
「読み書きに」と、笑うウミガメ。「足し算、引き算に、みにくい算と
割り算」
「みにくい算って?聞いたことない!」と、アリス。
 グリフォンは、驚いて、両方の前足を上げた。
「みにくい算を、聞いたことない?」と、グリフォン。「でも、美しく
なることは知ってるよね?」
「ええ」と、アリス。確信して。「よりかわいくなること!」
「そう」と、グリフォン。「なのに、みにくくなることを知らないなら、
きみは単細胞だ!」
「ああ、もう」と、アリス。自分に。「これ以上は、グリフォンとしゃ
べりたくない!」そして、笑うウミガメに。「ほかには、どんなことを
習ったの?」
「世界の不思議」と、笑うウミガメ。手で科目をかぞえながら。「世界
の不思議には、今と昔の海洋図も含めて世界の7不思議があった。それ

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からお絵かき。お絵かきの先生は、年取ったウツボで、週1回、お絵か
きやストレッチやコイルで気絶を教えてくれた」
「コイルで気絶って、どんなもの?」と、アリス。
「それは、見せられない!」と、笑うウミガメ。「私には難しすぎるし、
グリフォンは習わなかった」
老先おいさき短い」と、グリフォン。「年取ったカニの古典の先生に会った」
「私は一度も会いに行かなかった」と、笑うウミガメ。ため息をついた。
「教えてくれたのは、笑いと悲しみだった」
「そうそう」と、グリフォン。やはり、ため息をついた。
 ふたりとも、前足で顔をおおった。
「授業は、1日なん時間あったの?」と、アリス。話題を急いで変えな
がら。
「最初の日は、10時間」と、笑うウミガメ。「次の日は9時間、など」
「変なカリキュラム!」と、アリス。
「理由は、レッスンだからさ!」と、グリフォン。「日々減ってゆく!」
「11日目は、休日?」と、アリス。
「もちろん!」と、笑うウミガメ。
「12日目は、どうなるの?」と、アリス。
「レッスンの話は、もうたくさん!」と、グリフォン。断固として。
「アリスに、別の話をしてあげて!」

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            10
 
 笑うウミガメは、深くため息をついて、前足のうしろで目をこすった。
アリスの顔を見ながら、なにかしゃべろうとしたが、しばらくは、すす
り泣いて息を詰まらせた。
「のどに骨が刺さったのと同じ!」と、グリフォン。笑うウミガメの体
をゆすって、背中をたたいた。やっと、笑うウミガメは声が出るように
なった。しばらく涙を流してから、話を続けた。
「あなたは、海で暮らしたことはないでしょう?」と、笑うウミガメ。
「たしかに」と、アリス。
「そして、たぶん、ロブスターに紹介されたことは、ないでしょう?」
「ロブスターを食べたことはあるわ!」と、アリスは言いそうになって、
あわてて、「たしかに、ないわ!」と、言い直した。
「それじゃ、ロブスターカドリールという踊りがどんなにすばらしいか、
知らないでしょう?」
「そう、ぜんぜん!」と、アリス。「どんなの?」
「なぜ」と、グリフォン。「海岸沿いの1本線にしようとするんだい?」
「2本線です!」と、笑うウミガメは叫んだ。「アザラシ、ウミガメ、
サーモンなど、2本線です!」
「それぞれのパートナーが、ロブスター!」と、グリフォンは叫んだ。

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「もちろん!」と、笑うウミガメ。「2本線でパートナー!」
「ロブスターを変えて、同じ順番で交代してゆく!」と、グリフォン。
「そう、投げるのは」と、笑うウミガメ。
「ロブスター!」と、グリフォンは空砲のように叫んだ。
「海に飛び込んだら」
「ロブスターを追って、泳ぐ!」と、グリフォンは叫んだ。
「海の中で、とんぼ返り!」と、笑うウミガメは荒々しく飛び跳ねなが
ら、叫んだ。
「また、ロブスターを変えろ!」と、グリフォンは高い声で、叫んだ。
「そしたら?」
「それで、終わり!」と、笑うウミガメは急に声を下げた。
 それまで狂ったように跳ねまわっていた2匹の生物は、とても悲しそ
うに静かに座って、アリスを見た。
「ずいぶんシャレたダンスだったわ!」と、アリス。おずおずと。
「もうすこし、見たいですか?」と、笑うウミガメ。
「ええ、とても」と、アリス。
「最初の形をやろう!」と、笑うウミガメ。グリフォンに。「ロブスタ
ーなしでも、できる!歌は、どっち?」
「きみが歌ってくれ!」と、グリフォン。「ぼくは、歌詞を忘れた」
 2匹の生物は、厳かおごそに踊り始めた。アリスのまわりをまわり、2匹が近

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づくとつま先を踏んで、リズムをとるために前足をゆらした。笑うウミ
ガメは、ゆっくりと、悲しそうに、歌った。
「海の下に
 ロブスターがたくさんいて
 みんなとダンスをするのが好き
 やさしいサーモンと!」
 グリフォンもコーラスに加わった。
「サーモンが上に、サーモンが下に!
 サーモンは体をねじって、あなたの尻尾しっぽをまわる!
 海のすべてのうおたちより
 サーモンはダンスが上手!」
「ブラボー!」と、アリス。歌が終わったことを喜んだ。
「歌の2番は?」と、グリフォン。「この歌は、お好き?」
「どうぞ、歌って!」と、アリス。熱心に。
「ふん!お気に召さないようだ!」と、グリフォン。おこったように。
「『笑うウミガメのスープ』を歌ってやりな!」
 笑うウミガメは、ときどきすすり泣いて、声を詰まらせながら歌った。
「おいしいスープ、だくさんで緑色
 熱いスープ皿に盛られて!
 そんなおいしいものに、見向きもしない人がいる?

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 夕食のスープ、おいしいスープ!
 夕食のスープ、おいしいスープ!
  おいし~い ス~プ!
  おいし~い ス~プ!
 夕~食のス~プ
 おいしい おいしい ス~プ!」
「もう1回、コーラス!」と、グリフォンは叫んだ。
 笑うウミガメは、また最初から歌い始めた。「もう1回、初めから!」
と、グリフォンが叫ぶのが、遠くに聞こえた。
「いっしょに来て!」と、グリフォンは叫んだ。歌の終わりを待たずに、
アリスの手をとって走った。
「なにを急いでるの?」と、アリス。走りながら、息を切らした。
「いっしょに来て!」と、グリフォン。ますます急いだ。あとから、か
すかに、悲しい歌がそよ風に運ばれてきた。
「夕~食のス~プ
 おいしい おいしい ス~プ!」





192

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            11
 
 アリスが戻ったとき、王と女王は、玉座ぎょくざに座っていた。多くの群集が
集まっていた。あらゆる種類の小鳥やけもの、トランプカードのひとそ
ろいがいた。ジャックは、王の前に立っていた。チェーンでまかれ、両
側を兵士にガードされていた。王の近くに、白のウサギが、右手にトラ
ンペット、左手によう巻物まきものを持って立っていた。法廷の中央には、
テーブルが置かれ、大きなタートの皿があった。
「おいしそう!」と、アリス。自分に。「おなかがすいてるから、つい
見てしまう!裁判は終わっていてほしい!これから、食事休憩!でも、
そうじゃなさそう!」
 アリスは、時間つぶしに、まわりを見渡し始めた。
「実際の裁判を見るのは、初めて!」と、アリス。「でも、本では読ん
だので、それぞれの名前も分かる!あれは、裁判官よ!かつらで、分か
る!」
 裁判官は、王でもあった。かつらの上に、王冠おおかんをかぶっていた。(王
の様子を見るなら、正面から見るといい)、王は、居心いごごちわるそうにして
いた。
「あれは、陪審員席!」と、アリス。自分に。「そして、12人の生き
物」(半数が動物で、半数が鳥だったので、『生き物』というしかなか

194

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った)「かれらは、陪審員よ!陪審員となんども言うと、自慢してるよ
うだけど、わたしくらいのとしで意味まで知ってる子どもは多くはない。
陪審員たちが、スレートになにか書いてる!」そして、グリフォンに。
「なにを書いてるの?裁判が始まる前に、書くことなんかないはず!」
「自分たちの名前さ」と、グリフォン。「裁判の終わりまでに、忘れな
いように!」
「おかしなこと!」と、アリス。おこったように、大声で。
「静かに!」と、白のウサギ。
 王が、メガネをかけて、まわりを見渡して、大声のぬしを捜した。
 アリスは、すぐに黙った。
「陪審員たちが、また、なにか書いてる!」と、アリス。声に出さずに。
「スレートに書いてるのは、『おかしなこと!』だわ!ひとりが、スペ
ルが分からずにきいて、だれかが教えている。裁判が終わるころには、
スレートはきっと、ごちゃごちゃになってるわ!」
 陪審員のひとりが、スレートにキーキーいう音をさせて書いていた。
「この音には、がまんできない!」と、アリス。すばやく、その陪審員
のところへ行って、背後から鉛筆を取り上げた。アリスはとてもはやく
動いたので、小さな陪審員(トカゲのビルだった)は、なにが起こった
のか分からず、その後は、自分の指でスレートに書いた。スレートには、
なにも跡は残らなかった。

196

195





 
               ◇
 
「ヘラルド!」と、王。「こく状をじょう読み上げなさい!」
 ヘラルドと呼ばれた白のウサギは、トランペットを3回吹くと、よう
巻物まきものをひらいて読み上げた。
「ハートの女王は、ひと夏をかけて、タートというあんずパイを作りま
した。ハートのジャックは、タートを盗んで逃げました」
評決をひょうけつ!」と、王。陪審員に。
「まだです!」と、ヘラルド。「その前にすることがあります!」
「最初の目撃者を!」と、王。
 ヘラルドは、トランペットを3回吹いた。
「最初の目撃者!」と、ヘラルド。
 帽子屋が、左手にティーカップ、右手にバターを塗ったパンを持って、
入ってきた。
「恐れながら、陛下!」と、帽子屋。「呼ばれたときは、お茶の時間だ
ったので、これらも持ってきました!」
「お茶は、すませおくべきだった!」と、王。「いつから始めた?」
 帽子屋は、3月ウサギを見た。3月ウサギは、ヤマネと手をつないで
帽子屋のあとについてきていた。

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「3月14日です、たぶん」と、帽子屋。
「15日」と、3月ウサギ。
「16日」と、ヤマネ。
「書き記しなさい!」と、王。陪審員に。
 陪審員は、熱心に3つの数字をスレートに書いた。数字を足し算して、
シリングとペンスの答えにした。
「帽子を脱ぎなさい!」と、王。帽子屋に。
「これは、私のではありません!」と、帽子屋。
ぬすまれたのだ!」と、王。陪審員に。
 陪審員は、すぐにそのことをスレートに書いた。
「売るためです」と、帽子屋。「自分のはありません。私は、帽子屋で
す」
 女王は、メガネをかけると、帽子屋をじろじろ見た。帽子屋は、青ざ
めて、もじもじし始めた。
証拠しょうこを出しなさい!」と、王。「落ち着きなさい!でないと、すぐに
処刑しなくてはならない!」
 この言葉が、帽子屋を元気づけることはなかった。帽子屋は、足を交
互に動かし始め、女王を不安そうに見て、パンの代わりに、ティーカッ
プをかじった。
 このとき、アリスはなにかおかしな気分を感じた。

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「へんな感じがする!」と、アリス。すぐに原因が分かった。「だんだ
ん、大きくなっている!ここを出ようかしら?でも、ここには大きくな
れる空間があるから、もう少しいよう!」
「押しつぶさないでほしい!」と、ヤマネ。アリスの横に座っていた。
「息ができない!」
「どうしようもない!」と、アリス。楽しそうに。「成長してるだけ!」
「ここで大きくならないで!」と、ヤマネ。
「ナンセンスなことを言わないで!」と、アリス。強く。「あなただっ
て成長してるのよ!」
「そうだけど、ぼくは普通のペース!」と、ヤマネ。「あなたのように
爆発的じゃない!」ヤマネは、すねたように立ち上がると、法廷を横切
って反対側へ行った。
 女王は、ずっと、帽子屋から目を離さなかった。ヤマネが法廷を横切
ったとき、法廷の職員に命令した。
「この前のコンサートで歌っていた者のリストを持ってきて!」
 それを聞いて、帽子屋は身を震わせて、両足の靴をブラブラさせた。
 
               ◇
 
証拠しょうこを出しなさい!」と、王。おこって繰り返した。「出さないと、処

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刑することになる!」
「私は、貧しい者です、陛下」と、帽子屋。震える声で。「1週間以上、
お茶も飲んでません。パンも薄くなって、ティーのキラキラも」
「なんのキラキラじゃ?」と、王。
「ティーで始まります」と、帽子屋。
「もちろんキラキラは、Tで始まる」と、王。鋭く。「わしが無知だと?
続けなさい!」
「私は、貧しい者です」と、帽子屋。「ほとんどのものは、そのあとで
は、キラキラです。3月ウサギが言ってました」
「言ってません!」と、3月ウサギ。すぐに。
「言った!」と、帽子屋。
「否定します!」と、3月ウサギ。
「3月ウサギは、否定した」と、王。「その部分は、とばしなさい!」
「そうします。とにかく、ヤマネは言った」と、帽子屋。心配そうにヤ
マネを見たが、すでに眠っていて、なにも否定しなかった。
「そのあとで」と、帽子屋。「パンを」
「ヤマネがなにを言った?」と、陪審員のひとり。
「思い出せない」と、帽子屋。
「思い出しなさい!」と、王。「でないと、処刑しなくてはならない!」
 帽子屋は、手に持っていたティーカップとパンを落とし、片ヒザをつ

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いた。
「私は、貧しい者です、陛下!」と、帽子屋。
「しゃべりも貧しい!」と、王。
 ここで、ギニア豚が大声で鳴いた。すぐに、法廷の職員によって取り
押さえられた。(詳しく説明すると、大きな布製のバッグに、ギニア豚
の口をロープでつなぎ、頭から押し込んで座らせた)
「これが見れて、ラッキー!」と、アリス。自分に。「よく新聞で、裁
判の最後で、『大騒ぎがあったが、すぐに、法廷の職員によって取り押
さえられた』というのを読んだけど、どういうことなのかよく分からな
かった。今、やっと分かったわ!」
「言うことがそれだけなら、座りなさい!」と、王。
「これ以上低くなれません」と、帽子屋。「床に伏せています」
「それなら、座っていいですよ!」と、王。
 ここで、別のギニア豚が大声で鳴いて、取り押さえられた。
「いつもギニア豚で終わる!」と、アリス。自分に。「これで、ちゃん
と進行できる!」
「私は、お茶を済ませたい!」と、帽子屋。歌っていた者のリストをチ
ェックしている女王を、心配そうに見た。
「もう行っていいですよ!」と、王。
 帽子屋は、両手に靴を持ったまま、大急ぎで走っていった。

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「帽子屋が法廷を出たら、すぐに打ち首!」と、女王。法廷の職員に。
 しかし、帽子屋は逃げたあとだった。
 
               ◇
 
「つぎの目撃者!」と、王。
 コックが、胡椒こしょう入れを持って、入ってきた。
「公爵夫人のコックだわ!」と、アリス。
 ドアの近くにいるものは、くしゃみを始めた。
証拠しょうこを出しなさい!」と、王。
「ありません!」と、コック。
 王は、心配そうにヘラルドを見た。
「尋問です、陛下!」と、ヘラルド。小声で。
「それでは」と、王。悲しそうな気分で、腕を組み、顔をしかめてコッ
クを見た。そして、低い声で。「タートは、なにでできている?」
「ほとんど、胡椒こしょうです」と、コック。
糖蜜とうみつ!」と、コックのうしろから、眠そうな声。
「ヤマネをつかまえなさい!」と、女王。金切り声で。「ヤマネは、打ち
首!ヤマネを法廷の外に!取り押さえて!つねって!ヒゲを切って!」
 数分後、法廷は大混乱になった。ヤマネは、外へ連れ出され、混乱を

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静めてるあいだに、コックは逃げてしまった。
「たいした問題ではない!」と、王。自信をもって。「つぎの目撃者!」
そして、女王に。「つぎの尋問は、お願いする。わしは、疲れて、頭痛
がするのでな!」
「あっ!」と、アリス。自分に。「ヘラルドが巻物まきものを持ちかえようとし
て手から落とした!つぎは、だれかしら?楽しみだわ!今までの人は、
ぜんぜん証拠を持ってこなかった!」
 ヘラルドは、できる限りのかん高い声で、つぎの名前を読み上げた。
「アリス!」

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「ここです!」と、アリス。大声で。このときアリスは自分の大きさを
忘れて急に立ち上がったので、スカートのすそが陪審員席に引っかかり、
寝そべったりしている群集の頭の上に、陪審員席を丸ごとひっくり返し
た。
「まるで、先週ひっくり返した金魚鉢みたいだわ!」と、アリス。しか
し、すぐに陪審員席を元通りにして、陪審員をひとりづつ席に戻し始め
た。
「ごめんなさい!すぐに戻してあげます!」と、アリス。まるで金魚を

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早く戻してあげないと、死んでしまうかのように。
「裁判は進められない!」と、王。おごそかに。陪審員が全員、自分の
席に戻るまでは」そういいながら、王は、アリスをきびしくにらんだ。
「あっ、陪審員席でひとり」と、アリス。「頭とお尻を逆に戻してしま
ったのがいる!トカゲのビルだわ!」アリスは、ビルをひっくり返して
あげた。
「これは、たいしたことじゃない!」と、アリス。自分に。「法廷では、
やり方が変わることなんかよくある!」
 陪審員席がもとに戻ると、スレートや鉛筆も見つかって、陪審員たち
は、ビルを除いて、事の顛末てんまつを精を出して書いた。ビルは、ショックが
大きすぎて、口をポカンとあけて、法廷の天井を見ていた。
「この件について、どのくらい知っている?」と、王。
「なにも知りません!」と、アリス。
「どんなことも?」と、王。
「どんなことも!」と、アリス。
「ここは、重要なところだ!」と、王。陪審員に。
 陪審員たちは、このことをスレートに書き始めた。
「重要ではありません、陛下!」と、ヘラルド。王に向かって尊敬の声
であったが、まゆをひそめていた。
「もちろん、重要ではない!」と、王。すぐに。そして低い声で、自分

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に。「重要である!重要ではない!」と、繰り返した。どちらがしっく
り来るか試しているかように。
 陪審員のあるものは、『重要である』と書き、あるものは、『重要で
はない』と書いた。
 
               ◇
 
「陪審員がなにを書いたのか、よく見える!」と、アリス。「でも、そ
のことはどうでもいい!」
 王は、このとき自分のメモ帳を広げ、いろいろ書いていた。
「静かに!」と、王。そして、法律書を読み上げた。「第42条、1マ
イル以上の身長の者は、法廷を出てゆくこと!」
 みんなが、アリスを見た。
「わたしは、1マイルもないわ!」と、アリス。
「ある!」と、王。
「だいたい2マイルよ!」と、女王。
「とにかく、出てゆかない!」と、アリス。「それに、正式な法律では
ないわ!今、でっち上げたのよ!」
「法律書にある、もっとも古い法律だ!」と、王。
「それなら、第1条のはず!」と、アリス。

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 王は、青くなって、メモ帳をすぐに閉じた。そして、陪審員に、低い
震える声で。「評決はひょうけつ?」
「まだ、証拠があります、陛下!」と、ヘラルド。大急ぎで。「この封
筒が見つかりました!」
「内容は?」と、女王。
「まだ、あけてません」と、ヘラルド。「しかし、囚人がだれかに宛て
た手紙のようです!」
「そうに違いない!」と、王。「だれにも宛てて書かれてなければ、手
紙じゃない!」
「だれに宛ててですか?」と、陪審員のひとり。
「だれにも!」と、ヘラルド。「牢屋ろうやの外で書かれたものじゃない」封
筒をあけた。「結局、手紙ではありません。詩のようです!」
「囚人の手書きですか?」と、別の陪審員。
「いいえ、筆跡が違います」と、ヘラルド。「奇妙なごちゃまぜです」
(陪審員たちは、謎に包まれた顔をした)
「ひとの筆跡を、まねたのだ!」と、王。
(陪審員たちは、謎が解けた顔をした)
「恐れながら、陛下!」と、ジャック。「私は書いてません。末尾にサ
インがないので、私が書いたとは証明できません!」
「サインをしなかったのなら」と、王。「危害を加えようとしたからだ!

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そうでなければ、正直にサインしただろう!」
 何人かが拍手はくしゅした。その日の王の発言で、もっとも賢いかしこ発言だった。
「そのことが、ジャックの有罪を証明している!」と、女王。「打ち首
に━━━」
「まだ、なにも証明されていない!」と、アリス。「詩を読んでみるべ
きよ!」
「読みなさい!」と、王。
 ヘラルドは、メガネをかけた。「どこからでしょう、陛下!」
「初めからじゃ!」と、王。おごそかに。「そして、終わりまで!」
 ヘラルドが詩を読んでいるあいだ、だれも口をきかなかった。
 
 「あなたは彼女に と言った 私は彼に と書いた
  彼女は私に いいキャラクターを しかし私は泳げない と言った
 
  彼は彼らに 私は行かなかった と書いた (本当だと知る)
  もしも彼女が ものごとを進めるなら あなたはどうなる?
 
  私は彼女に1つ 彼らは彼に2つ あなたは我々に3つか4つ
  それらはみんなあなたに戻り 前は私のものだったけれど
 

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  もしも私か彼女が ものごとに巻き込まれたら
  彼はあなたを信じて それらを自由に 我々のように
 
  私の考えはこう あなたが だった (彼女がこれをフィット前)
  障害は 彼と我々とそれの間に
 
  彼女がそれらを一番好きだと 彼に知らせない ずっとそうだから
  秘密は残りのみんなから 守られた あなと私のあいだで」
 
               ◇
 
「これは、今までの中で、もっとも重要な証拠だ!」と、王。手をこす
りながら。「陪審員の━━━」
「だれか、説明できる人がいれば6ペンスあげる!」と、アリス。(数
分のあいだに体がさらに大きくなったので、王をさえぎっても気にしな
かった)「この詩には、意味のかけらもない!」
 すぐに陪審員たちは、自分のスレートに書いた。「アリスは、この詩
には、意味のかけらもないと言った」陪審員は、だれもこの詩を説明し
ようとはしなかった。
「もしもこの詩になんの意味もないなら」と、王。「世界に災難はなく

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なるだろう!意味を見つける必要はない!」
 王は、詩を自分のヒザの上に広げた。そして、片目で見た。
「意味が見えてきた!『しかし私は泳げない』か。きみは泳げる?」ジ
ャックに。
 ジャックは、悲しそうに、頭を振った。「泳げそうにみえます?」と、
ジャック。(トランプのカードは、たしかに泳げない)
「ここまでは、よし!」と、王。詩をブツブツつぶやいた。「『本当だ
と知る』これは、もちろん陪審員のことだ。『もしも彼女が ものごと
を進めるなら』これは、女王のことだ。『あなたはどうなる?』な、な
んと!『私は彼女に1つ 彼らは彼に2つ』ふむふむ。ジャックがター
トにしたことだ!」
「でも、『それらはみんなあなたに戻り』に続くのよ!」と、アリス。
「なぜ、それらはそこにある?」と、王。勝ち誇ったように、テーブル
の上のタートを指さした。「これほど明らかなことはない!『彼女がこ
れをフィット前』」女王に。「おまえはフィットしなかっただろう?」
「ええ、決して!」と、女王。おこって、インクつぼをビルに投げた。
(ビルは、スレートに指で書いていたので、なにも書かれてないことに
気づいた。しかし、インクつぼが飛んできたので、顔にしたたるインク
を指につけて書き始めた)
「その言葉は、おまえにはフィットしない!」と、王。笑顔で、法廷を

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見渡した。しばらく、だれも口をきかなかった。
「シャレだよ!」と、王。強い口調で。みんな笑った。「では、陪審員、
評決をひょうけつ!」と、王。その日、20回目の『評決をひょうけつ!』の言葉であった。
「違うわ!」と、女王。「最初に打ち首!そのあとで、評決よひょうけつ!」
「おかしいわ!」と、アリス。「最初に打ち首は、おかしいわ!」
「おだまり!」と、女王。顔が紫にむらさきなった。
「いいえ、だまりません!」と、アリス。
「アリスは、打ち首!」と、女王。できる限りの大声で。しかし、だれ
も動かなかった。
「だれが実行できて?」と、アリス。(このときまでに、身長は、本来
の大きさに戻っていた)「あなたなんか、ただのトランプのカードよ!」
 このとき、トランプのカードの1組すべてが、宙を舞い、アリスの上
に落ちてきた。
「ギャーッ!」と、アリス。驚いて、悲鳴を上げた。
 トランプのカードを手で払いのけようとした。






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            エピローグ
 
 そのとき、アリスは、土手の上で横になっていることに気づいた。頭
は、姉のマギーのひざの上だった。マギーは、木の上からアリスの顔に
降ってきた落葉おちばを、やさしく払いのけていた。
「起きなさい、アリス!」と、マギー。「ずいぶん長く眠っていたわ!」
「変な夢だった!」と、アリス。マギーに、見た夢をすべて話した。
「確かに、おかしな夢ね!」と、マギー。アリスのほおにキスをした。
「でも、すぐ急がないと、お茶の時間に遅れてしまうわ!」
 アリスは、走りながら考えた。
「なんて、すばらしい夢だったんでしょう!」
 
               ◇
 
 マギーは、しばらく土手にいて、夕陽を眺めていた。ヒザの上の手に
アゴを乗せて座り、アリスのことを考えていた。アリスの夢の冒険も考
えたが、それよりもファッションのことを考えた。ファッションがマギ
ーの夢だった。
 やがて、眠りの中で、ふたたび、アリスの夢を見た。手でヒザをたた
き、目はマギーを見つめていた。アリスの声も聞こえ、目に入る長いかみ

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をうしろにはね上げた。そして聞こえてきたのは、あるいは、聞こえて
きたように思えたのは、マギーを取り囲んで現われた、アリスの夢の奇
妙な生物たちだった。
 
               ◇
 
 長く伸びた草が足元で音をたてると、白のウサギが走っていった。驚
いたネズミが水しぶきをあげて、涙のプールを泳いだ。3月ウサギと仲
間の終わりのない食事会からは、ティーカップのガチャガチャいう音が
した。お客たちに打ち首を命ずる女王のかん高い声が響き、ブタの赤ん
坊が公爵夫人のヒザでくしゃみをした。そのまわりでは、皿が砕け散っ
た。グリフォンの金切り声が聞こえ、トカゲのビルがスレートを鉛筆で
引っかくキーキー音がすると、ギニア豚が大声で鳴いた。遠くから聞こ
える、笑うウミガメのすすり泣き。
 マギーは、目をつぶって土手に座りながら、アリスのビックリランを
半分信じていた。もしも目をあけたら、それらは、現実味を失ってしま
うことは分かっていた。草が音をたてるのは、風のせいだし、水たまり
が波立つのは、アシのせいだった。ティーカップがガチャガチャいう音
は、ヒツジのベルだった。女王のかん高い声は、羊飼いの少年だった。
赤ん坊のくしゃみやグリフォンの金切り声、そのほかの奇妙な音は、農

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場のいそがしい日常の音が混ざリ合ったものだった。笑うウミガメのす
すり泣きは、遠くの牛の鳴き声だった。
 
               ◇
 
 そのとき、マギーが考えたのは、妹のアリスが、やがて大人の女性に
なっても、子どもの頃のシンプルで愛にあふれた心を、どれだけ持ち続け
ていられるだろうか、ということだった。
 遠い昔のアリスの子どもの頃の冒険物語や、大人の女性になったアリ
スが語る物語が、どれだけ子どもたちの心を引きつけ、どれだけ熱心な
目の輝きかがやを集められるだろうか?
 シンプルな悲しみや、シンプルな喜びを、大人のアリスは、ちゃんと
思い出せるだろうか?
 子どもの頃の、幸せな夏の日の思い出を?
 
 ハッピ~サマ~デ~イ!
 
 
 
                            (おわり)

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