幻の指揮官
               ジョーメノスキー、ビルバレリー
                
            プロローグ
             
 緊急医療ホログラム、ドクターは、ボイジャーの食堂で乗員たちを前
に語り始めた。
「どこか、この完全無欠の宇宙に、天の川という銀河がある。この銀河
のはしに、ぽっかりと浮かぶ地球。その星に、マンチュラという町があ
る。泉を越え、まっすぐ行き、右へ左へ、また、右へ、すると、そこで
は、せせらぎのそばで、男が歌を歌っている。愛するひとの心変わり、
魚さえ涙する歌。ベルディ、女心の歌です」
 ~ラドンナモビエ、クアルピュアアルデント、ムタダチェント、エヂ
ペンシエロ、センプレアモビエ、レティアビエゾ、インピアンニイゾ、



 

2

1





ヘメンゾニイロ、ラドンナモッピエ、クアルピュアアルデント、ムタダ
チェエント、エディペシェル、エディペンシェリ、エー~
「トゥヴォック」と、トムパリスは、トゥヴォックに声をかけた。感情
のないはずのバルカン人のトゥヴォックは、ドクターの歌を聞きながら、
嗚咽を始めていた。
 ~エーディンペショオ~
 「ハハハハッ」と、トゥヴォック。トゥヴォックは笑いながらイスか
らころげ落ちた。トムパリスは、ふたたびトゥヴォックに声をかけて抱
き起こそうとしたが、トゥヴォックにつき返された。乗員たちはそれを
見て、みな、イスから立ち上がった。
「ジェインウェイより保安部、すぐ食堂に来て!」と、艦長は通信バッ
ジに呼びかけた。乗員がトゥヴォックを取り押さえようとした。
「下がって!」と、ドクター。「ポンファーの季節なんだよ、ホルモン
の変化で発情期に入ったんだ」
 トゥヴォックは、乗員を払いのけ、銃を奪って構えた。「今は口で言
っても無駄だ」と、ドクター。
 ~トゥヴォック、わかるよ、きみはバルカン、もう7年も、なしでき
てる、パリス頼むよ、ハイポスプレー、合図するから、うしろへ廻れ、
ホルモンのせいだ、気がたかぶって、とにかく、とてー~
 パリスが、すきを見て、ハイポスプレーをなげた。ドクターはそれを

4

3





空中でキャッチすると、トゥヴォックの太股に沈静剤を投与した。トゥ
ヴォックが、そのまま床に倒れると、全員がドクターの歌声と活躍に熱
烈な拍手喝采を送った。
 ~も、非論理的、非論理的、ヒー~非論理的。
 
               ◇
 
「ドクター!ドクター!」と、呼びながら医療室に入ってきたのは、ベ
ラナトレス中尉、機関室主任。手には、上陸作戦用パッドを持っていた。
「ちょっと!聴覚サブルーチンを検査した方がいいかもね」
「耳は大丈夫だ。ただ、ちょっと、空想にふけってただけだよ」と、ド
クター。
 ベラナは、不思議そうにドクターを見つめた。








6

5





            1
 
「仕事が無いなら、機能停止にしたら!エネルギーの無駄よ」と、ベラ
ナ。
「待ってくれ、私は上陸班じゃないのか」と、ドクター、上陸作戦用パ
ッドを見ていた。
「その場所は、危険なさそうだから必要ない。万一の時は、転送するし。
でも、なにか見逃してないか、スキャン結果は見といて!」
「中尉、私も一緒に上陸したかったのに。あの星の峡谷を調べようかと
思ってた」
「もう計画書も配っちゃったし、今度ね。なんなら、写真、ってきて
あげようか」
「結構だ」と、ドクター。
「お好きに」と言って、ベラナは、医療室を出て行った。
「想像力を使うさ」と、ドクター。
 
               ◇
 
「なんです、これは?」と、チャコティ、ヴォイジャーの副長。ブリッ
ジのスクリーンには、異様な星雲が映っていた。

8

7





「ほんの2・3分前、センサーに突然、現われたの」と、キャスリンジ
ェインウェイ大佐、惑星連邦宇宙艦隊ヴォイジャー艦長。
「Tクラスの星雲、直径がおよそ1000キロで」と、チャコティ。手
元のコンソールを見ていた。「水素にヘリウム、アルゴン」
「よくある星雲ね」
「刺激が欲しいなら、これをどうぞ」と、チャコティは、パッドを差し
出した。
「ヴォイジャー号、キャスリンジェインウェイ艦長へ」と、ジェインウ
ェイは、パッドを読み上げた。「緊急医療ホログラムより、緊急動議。
件名、ヴォイジャー号の緊急医療プログラムの現状について」
「苦情を申し立てたいそうです」
「何の件で?」
「クルーの対応です。それに、ヴォイジャーでの将来の地位についての、
なにか提案があるようですよ」
「感情があることを無視して、無礼に振る舞い」と、ジェインウェイは、
パッドの続きを読み上げた。
「それから、事の重要性を考慮し、可及的かきゅうてき、すみやかな処置を望みま
す?本気ね」
「正式な回答を欲しがってます。しかも、文書で」
「規則では、チャコティ副長か、私でも対処できることになっています

10

9





が」と、トゥヴォック、ブリッジ後方にいる、バルカン星人の保安部長。
「そうしましょうか?」
「いいえ、私から返事します」と、ジェインウェイ。「クルーに気持ち
よく仕事して欲しいの。彼の感情も重んじるべきでしょ?」
「でも、必要なんですかね?」と、トムパリス、ブリッジ前方の操縦席
についていた。「彼の仕事は認めてますよ。それ以上、望むって言うん
ですか?」
「惑星コースをセット!チャコティ、あとはよろしく。私は、正式な回
答文を書くから!」と、ジェインウェイは席を立って、隣の艦長室のド
アへ向かった。
 
               ◇
 
 異様な星雲に待機する、異星人の宇宙船の内部。壁一面に多くのセン
サーやコンソールが並べられ、体格のよい肥満型異星人のオペレータが
何人も仕事をしていた。
「その船は、どの分類に入れた?」と、監督官。コンソールには、ヴォ
イジャー。
「危険回避だったかと」と、オペレータのひとり。通信カードを差し込
んでいた。

12

11





「そうだ。では、私が、そう分類した根拠はなんだ?」
「我々のデータベースに資料がなく、船内のスキャンも失敗に終わった
からです」
「では、どうして、おまえは資源を無駄にしているんだ?」
「マイクロトンネルセンサーを使えば、外壁を突破できるかもしれませ
んし━━━」
「そして内部を、1分子づつ調べるというのか?」
「はぁ━━━」
「他にもターゲットになりうる船が、いくつもあるはずだろ?」
「でも、データ送信コンジットにたどり着くことができれば、メインコ
ンピュータのコアに直接、入り込めるんです。そうすれば、彼らの武器
システムの情報も手に入ります。理論上は」
「逆に、探知されるぞ。スパイされて喜びやしないだろう」
「万全の注意を払っています。探知されるようなことは、ありません」
「もう、危険回避を決定したんだ」
「さっきの方法でどうか、送信してみたんです。その、ヒエラルキーに。
もうすぐ返事が来ると思いますよ」
「なにか、用でもあるのか!」と、監督官は、聞き耳を立てている別の
オペレータに怒鳴った。
「いえ」と、別のオペレータは、自分の席に戻った。

14

13





「くだらんことで、ヒエラルキーをわずわせるな!おまえは━━━」
 その時、ツツツツと、通信カードの返事が来た。
「承認されました」と、オペレータ。「さっそく始めましょう」
 監督官は、なにも言わずに自分の席へ戻っていった。
「おまえは、反抗的すぎるぞ。今に報告される」と、別のオペレータ。
「ふん、危険は承知だ」と言って、異星人のオペレータは仕事に取りか
かった。
 
               ◇
 
 ヴォイジャーの会議室。上級仕官が着席していた。
「アントニウムの鉱脈が、峡谷に沿ってずっと走ってます」と、ベラナ
トレス。
「スキャンした結果、目標地点の周囲100メートルは、地盤が不安定
だ」と、セブンオブナイン。元ボーグ、ヴォイジャーでは、天体測定ラ
ボ担当。
「だったら、そのそとにシャトルを降ろせばいいだろ?」と、トムパリス。
「でも、それじゃ、ちょっと遠すぎやしないか」と、ニーリックス。タ
ラクシア人、ヴォイジャーでは、コックと外交官担当。
「なんだよ、それくらい歩けないというのか?」と、トム。

16

15





「歩けない距離じゃないと思うけど」と、ベラナ。
 ベラナの隣の席にいたドクターは、自分の足がさわられていることに気
づいて、テーブルの下をのぞくと、ベラナの足だった。
 ドクターのパッドには、ディナーはどう?と表示され、ドクターが向
かいの席を見ると、セブンがウィンクを送ってよこした。
「当然じゃないか」と、トム。
「行きはいいだろうが、問題は、帰りの方だ」と、ニーリックス。「石
のサンプルを持ち帰るんだ。地盤がやわらかかったら━━━」
「サイズを、ひとり20キロまでに限定すればいいだろう。計算では、
その重量なら、地核が持ちこたえられる」と、セブン。
「そんなことより、転送強化装置を持っていったらどうだ」と、トム。
「そりゃいいかもな。石をシャトル転送すりゃぁ、えっちらおっちら運
ばなくて済む」と、ニーリックス。
「ああ、あの」と、ベラナ。「やはり、今回のミッションは、予想より
多少危険が多いものになりそうですね。ドクターに来てもらった方がい
いわ。もしも、誰か谷にでも落ちた時のために」
 ドクターのパッドには、断って!と表示された。
「ドクターは、天体測定ラボで必要だ!」と、セブン。
「なんでよ!」と、ベラナ。
「おまえには、関係ない!」と、セブン。

18

17





「おおいにあるわよ!」と、ベラナ。
「おお」と、ジェインウェイは、ドクターの席まで歩いてきて、よろけ
て自分の腰に手をあてた。
「艦長、大丈夫ですか?」と、ニーリックス。
「アカデミー時代の古傷がね。まだ、ときどき、痛むの。いつものこと
よ。でも、よかったらてもらえない?痛むの、ここが」と、ジェイン
ウェイは、ドクターの手を自分の腰にあてさせた。
「彼から離れなさいよ!」と、ベラナ。
「あなたは、持ち場へ戻りなさい!」と、ジェインウェイ。ベラナは、
おこって会議室を出て行った。
 
               ◇
 
「ドクター!ドクター!」と、呼びながら医療室に入ってきたのは、ジ
ェインウェイ艦長。
「はい」と、まだ、夢うつつのドクター。ジェインウェイ艦長を見て、
急に現実に戻された顔をした。
「例の報告書の件だけど」と、ジェインウェイ。ドクターを連れて、艦
長室へ戻った。
「かなりの裁量権を与えているつもりよ」

20

19





「それに、異論はありません」
「でも、満足もしていない」
「私も、他のクルーと同様に、能力に見合った役割を、与えられるべき
です」
「でも、限界も知らなきゃね」
「私のプログラムは、無限に広がります。限界は無いんです」
「かもね。でも、あなたの最優先事項は、医療室じゃないの?」
「コンピュータプログラムですから、複数の作業を同時にこなせるんで
す」
「だけど、あなたの、この提案は、━━━なんて、タイトルだった?」
「ECH、緊急司令ホログラムです」
「アイデアとしては、おもしろいけど、私が指揮不能に陥 おちいった時のため
の、艦長のバックアップなんてね。でも、プログラムの改良に、何か月
もかかるわ」
「いつか、クルーの生死がかかわる時がきます」
「残念だけど、答えは、ノー。でも、正式な回答として言うけど、この
提案は考慮に値すると、艦隊に報告するつもりよ。アルファ宇宙域に戻
ったら、かならずね」
「ありがとうございます」と、ドクターは、自分が提出したパッドを受
け取った。

22

21





「どういたしまして」と、ジェインウェイ。退席するドクターを見送っ
た。
 
               ◇
 
 ドクターは、自分の要望が、通らなかったことに、がっかりした様子
で、つき返されたパッドを眺めながら、医療室に戻ってきた。ドアがあ
くと、風船で飾られた食堂で、ヴォイジャーのみんなが、シャンパング
ラス片手に、出迎えた。
「みんなに紹介するわ」と、ジェインウェイ。「彼が、新指揮官、緊急
司令ホログラムよ」
 ドクターは、眺めていたパッドが、いつの間にか、シャンパングラス
に変わっていることを、おかしいとは思ったが、セブンやベラナに祝福
されて、そんな懸念けねんは吹きとんだ。
 
               ◇
 
 異星人の宇宙船。コンソールには、両腕に、セブンとベラナを伴うド
クターが映っていた。
「内部センサーにアクセスしたんだけどな」と、異星人のオペレータ。

24

23





別のオペレータに、自慢げに。「セキュリティの暗号を解けなかったん
だ。でも、もっと、いいものを見つけたよ。彼だ。なんと、ホログラム
のクルーだよ。この男の知覚サブルーチンに直接、接続したら、彼の体
験すべてを、モニターできるんだ」
「スパイを送りこんだようなものだな」と、別のオペレータ。
「ECHへ」と、ジェインウェイ。コンソールの中で。
「こんな名誉なことは、ありません」と、ドクター。「ですが、正直言
って、当然のことで━━━」コンソールの中の全員が、笑顔で、ドクタ
ーを祝福していた。
 これを見て、ヴォイジャー担当のオペレータは、誇らしげに、ため息
をついた。
 
               ◇
 
 異星人の宇宙船。コンソールの前には、監督官も立ち会った。
「ご紹介しましょう、ドクターです」と、ヴォイジャー担当のオペレー
タ。「彼は、コンピュータプログラムで、知覚能力のあるホログラムな
んです。そして、ヴォイジャーの医療主任です」
「ヴォイジャー?」と、監督官。
「この船の名前です。まだ、ドクターを、ほんの数時間、観察しただけ

26

25





ですが、センサーでの3日間の調査より、はるかに、豊富な情報を得る
ことができましたよ」
「詳しく、言え!」
「まず、ヴォイジャーが、われわれのデータベースにないのは、この宇
宙域の船では、ないからなんです。彼らは、漂流して、きたんです」
「仲間もなしに?」
「ええ」
「応援も呼べずにか?」
「そのとおり。もう、2・3時間も観察すれば、必要な情報は、すべて、
手に入るでしょう。防衛力、兵器、船の定員、すべてです」
「たった、ひとりの観察でか?ありえんな」
「ところが、それが、じゅうぶん、ありえるんですよ。ヴォイジャーの
クルーの作業形態は、われわれとは、かなり、違うようで」
「というと?」
「わたしの任務は、調査のみですね。職務は、ひとつだけです。でも、
ドクターは、医療主任のほかにも、仕事があるんです。実際、船全体に、
アクセスできるんですよ。しかも、彼は、すべてにおいて、エキスパー
ト。そのうえ、じつは、ついさっき、ジェインウェイ艦長が、彼に、ブ
リッジの指揮権まで、与えたんですよ。あのときは、心で、やったぁ!
と、叫びましたね」

28

27





「なぜ、モニターをやめた?」と、監督官。
「ときどき、リンクが切れるんです。でも、2・3分で回復します」
「調査を続行しろ!」と命令すると、監督官は、戻っていった。
 
               ◇
 
 ヴォイジャーの医療室。
 ニーリックスが、ドクターに、てもらっていた。
「これで、惑星の大気のあらゆるアレルギーに対応できる」と、ドクタ
ー。「ブリッジから、体調をモニターするが、今回、とくに、問題は、
ないはずだ」
 ハイポスプレーで、ニーリックスの首に投与した。
「私は、行けないから、よかったら、ホログラム写真を、2・3枚撮っ
てきてくれないかな」
「よろこんで」と、ニーリックス。ドクターから、カメラをあずかった。
「ちょっと、ききたいんだが」と、ドクター。「きみは、空想するか?」
「タラクシアじゃ、夢は、夢想家を夢みる、っていう、ことわざがある」
「どういう意味だ?」
「おれたちの星じゃ、空想や夢は、どっかからやってくる、と言われて
いる。別の国からな。そして、心に入り込み、思いもしなかったことを、

30

29





ささやく」
「ユニークな発想だ」
「あんたは、空想は?」と、ニーリックス。
「まさか、私はホログラムだよ」と、ドクター。ごまかすように。「引
いた写真が、好きなんだ、気が向いたらでいい。明るい場所で、たのむ
よ」
「了解」と、ニーリックス。カメラを手に、医療室をあとにした。
 
               ◇
 
 惑星の周回軌道上のヴォイジャー。
「データフライヤー、現在の状況は?」と、ハリーキム少尉。ブリッジ
後方の通信オペレータ。
「峡谷に近づいている」と、トムパリスの声。「いい眺め!」
「だろうね」と、ドクター。小声で。ドクターは、ブリッジ中央の艦長
席のうしろ、医療モニター席に立っていた。
「着陸地点上空の、同期軌道に乗せて!」と、ジェインウェイ。
「ヴォイジャー、メーデー!」と、トムパリスの声。
「どうしたの?」と、ジェインウェイ。「ハリー!」
「状況が、つかめません」と、ハリー。

32

31





「艦長、船を感知しています」と、トゥヴォック。「ヴォーグです」
 その言葉に、ブリッジに緊張が走った。
「非常警報!」と、ジェインウェイ。立ち上がって、スクリーンに向か
った。「スクリーンへ!戦闘態勢!」
 スクリーンには、スフィア型ボーグ艦が映った。
 トゥヴォックが、自分の手の甲を見ると、突然、ボーグの同化金属片
が出現した。
「艦長、解任してください!」と、トゥヴォック。「今、すぐに!」
「同化ウィルスが、シールドを破って侵入した」と、セブン。
「ドローンにされる!」と、チャコティ副長。すでに、首は、ボーグの
同化金属片におおわれていた。
面舵おもかじいっぱい!」と、ジェインウェイ。「シールドを強化して!」
被弾ひだんします!」と、ハリー。
 ボーグの攻撃で、ブリッジに閃光が走り、ジェインウェイは、倒れた。
「ドクター!」と、ハリー。頬には、ボーグの同化金属片。
「コンピュータ!」と、ドクター。意を決したように、命令した。
「ECHを起動してくれ!」
「了解」と、コンピュータ。ドクターの制服の色は、医療主任の青から、
指揮官の赤に変化し、さらに、えりには、銀のえり章が1つ、2つ、3つ、
4つと出現した。

34

33





 
               ◇
 
 異星人の宇宙船。ヴォイジャー担当のオペレータが見つめるコンソー
ルには、ヴォイジャーのブリッジ。
「全システムを、ドクターに委任いにん」と、コンピュータ。「指揮官は、ド
クターです」
 
               ◇
 
 ヴォイジャーのブリッジ。
「わかった」と、ドクター。「シールド最強!光子魚雷を、全門装填そうてん
て!━━━コンピュータ、どうだ?」
「敵に、影響はありません」と、コンピュータ。
「われわれは、ボーグだ!」と、ボーグ艦。
「ああ、よく、わかっているよ」と、ドクター。「攻撃をやめろ!」
「認識番号を述べよ!」
「緊急司令ホログラム。華麗かれいに登場!」
「認識不可能だ」
「すぐ、覚えるさ」

36

35





「ドクター!」と、セブン。同化された、トゥヴォックとチャコティが
近づいてきた。ドクターは、ハイボスプレーで、チャコティを眠らせる
と、トゥヴォックの肩をつかんで、気絶させた。セブンは、ドクターに、
感謝のみを送った。
「警告。メインシールド、消失します」と、コンピュータ。
「これが、最後だ、よく、聞け!」と、ドクター。「武装を解除しろ!
今のうちに、逃げたほうがいいぞ!」
「おまえたちを、同化する」と、ボーグ艦。
「やれるものなら、やってみろ!」と、ドクター。「コンピュータ、光子こうし
砲の発射準備をしてくれ!」
光子こうし砲。準備オッケーです」と、コンピュータ。
て!」と、ドクター。
 ボーグ艦は、光子こうし砲の閃光に包まれると、一瞬にして、大破した。
 
               ◇
 
 異星人の宇宙船。
 コンソールで、ボーグ艦が大破されると、担当のオペレータは、驚い
た顔をした。通信リンクは、そこで、切れた。
 

38

37





               ◇
 
 ヴォイジャーのブリッジ。
「ドクター!数値は?」と、ハリー。
「あ、あ」と、ドクター。夢からさめたような顔をして、あわてて、医
療モニターを確認した。
「モ、モニターは、オ、オッケー。上陸班の生理機能は、すべて、正常
値の範囲内で、安定しています」
「トム、進めてくれ!」と、ハリー。
「了解。現場についたら、また、連絡する」と、トムパリスの声。
 
               ◇
 
 星雲に待機する、異星人の宇宙船。
「ヴォイジャーは、かなり、手強てごわそうですね」と、担当のオペレータ。
監督官に。「光子こうし砲とかいう、強力な兵器を装備しているようで、たっ
た一発で、ボーグスフィアを撃墜げきついするのを、見ました」
「ボーグがいたという報告は、ないぞ」と、監督官。
「でも、私は、この目で見たんです」
「残骸を調べたか?」

40

39





「船は、完全に蒸発したんです。センサーには、かかりませんよ」
「それから?」
「艦長は、指揮能力を失って、今、あのホログラムが指揮をとっている
んです。彼が、じつに、すばらしいんですよ。医者であり、技師であり、
戦士だ。そして、女性にも、かなり、もてるようですね。彼と、真正面
から、対決するのは、避けた方がいいと思われます。わたしは、タイプ
スリーの、ステルス攻撃を、提案します」
 監督官は、通信カードで、その旨、申請すると、すぐに、ツツツツと、
返事が来た。
「ヒエラルキーが認めた。タイプスリーの、ステルス攻撃準備!」と、
監督官。そして、別のオペレータに。
「ボーグをスキャンしろ。最後の最後に、邪魔されたくない」
 別のオペレータは、うなづいた。
「ミスは、許されない」と、監督官。
 担当のオペレータも、うなづいて、席についた。
 
               ◇
 
 ヴォイジャーの通路。ドクターが歩いていた。
「ドクター、ちょっといいかな」と、チャコティ副長。

42

41





「注意散漫だったのは、認めます」と、ドクター。「でも、任務は、き
ちんと━━━」
「じつに、みごとだったよ。それだけ、言っておきたくてね」
「なんの、ことですか?」
「これから、ボーグは、攻撃してこなくなるだろう。きみのおかげだ」
「コンピュータ、副長の現在位置は?」と、ドクター。いやな予感がし
た。
「チャコティ副長は、自室にいらっしゃいます」と、コンピュータ。
「どうか、したか?」と、チャコティ副長。
 ドクターは、困った顔をした。
            2
 
 ヴォイジャーの機関室。
「なにをしたって?」と、ベラナ。セブンとハリーも、来ていた。
「私のプログラムに」と、ドクター。ベラナに、パッドを差し出した。
「新しい機能を加えようと思ったんだ。知覚投影だよ。白昼夢はくちゅうむだ。空想
に、ふけってみたくて」
「不必要な機能だな」と、セブン。
「誰でも、することさ。いいじゃないか」と、ハリー。
「だから、試したかった」と、ドクター。

44

43





「それで、どうしたの?」と、ベラナ。
「ああ」と、ドクター。「アルゴリズムに異常が起きてな。見たくない
時にも、白昼夢はくちゅうむを見るんだ」
「自分を」と、ベラナ。ドクターに、なぜか、微笑ほほえみを送った。「的確てきかく
に診断できる医者は、患者に親切だって言うわ━━━」
「私が直す!」と、セブン。ベラナから、突然、パッドを奪ってキーを
打ち始めた。
「あんたに、できるの!」と、ベラナ。
「ドクターを、医療室に連れてゆく」と、セブン。ドクターの腕をとっ
た。
「彼と、ふたりっきりになりたいだけでしょ!」と、ベラナ。ドクター
の別の腕をとった。「ちがう?セブン?」
「同化されるのは、不愉快だと思うぞ!」
「ちょっと、それは、おどし?」
 機関室の警報が鳴って、ハリーが、コンソールに行き、警報を確認し
た。
「そんな、ばかな」と、ハリー。「ワープ抑制フィールドが切れる!」
 ベラナとセブンは、ドクターの奪い合いをやめて、ワープコアの制御
モニターまで走った。
「ワープコア、爆発、30秒前」と、コンピュータ。

46

45





「反物質フローを安定させて」と、ベラナ。
「だめだ、コントロールが効かない!」と、セブン。
「警告。コアの爆発は、けっこう~、早そう~よ」と、コンピュータ。
 ドクターは、コンピュータの口調がおかしいのに気づいて、不安そう
な顔になった。
「誰かを、コアの中へやるしかないわ」と、ベラナ。「マニュアルで調
整して!」
「プラズマ放射に耐えられる人間など、いないぞ!」と、セブン。
 そのとき、ふたりは、気づいて、声をそろえて、言った。
「ドクターがいる!」
 ドクターは、困った顔をした。
「ありえない!」と、ドクター。「だろ?」と、ハリーに。
「ドクター!」と、ハリー。「ドクターしかいないんだ!」
「警告」と、コンピュータ。「ヒーローになる、最後のチャンスよ~、
ドクタ~~」
 
               ◇
 
 ヴォイジャーの機関室。
「ここだ」と、ハリー。パッドを、ベラナとセブンに見せた。「新しい

48

47





アルゴリズムが、ちゃんと、独立していない。知覚サブルーチンに分岐
していて━━━ドクター、このマトリックスをよく調べて」
 ドクターは、ワープコアに向かって進んでいた。
「なに、してるの?」と、ハリー。
「コアを排出する」と、ドクター。
「なに?」と、ハリー。ドクターに向かって、走りだした。セブンとベ
ラナも続いた。
「機能停止しよう」と、セブン。
「マトリックスがこわれるわ」と、ベラナ。
「止めないでくれ!」と、ドクター。
「医療室へ行こう!」と、ハリー。
「船を救うんだ!」と、ドクター。「私の使命なんだ!船を救うんだ!」
 ドクターは、3人に運ばれていった。
 
               ◇
 
 医療室。
「今夜は」と、ドクター。遮蔽しゃへいフィールドのなかに入れられて、立った
まま、ひとりごとを言っていた。「きれいだね、セブン。どこへ行こう
か?それは、いいね」

50

49





「新しいアルゴリズムに」と、ベラナ。ジェインウェイ艦長に、報告し
た。「完全に、乗っとられたんです」
「大使、どうも」と、ドクター。
「それじゃ、ずっと、白昼夢はくちゅうむを見てるの?」と、ジェインウェイ。
光子こうし砲といって、私の設計です」と、ドクター。
「いろんな空想に、つぎつぎと、乗っとられて」と、ベラナ。
 ドクターは、歩きながら、遮蔽しゃへいフィールドの壁にふつかって、鼻をお
さえた。
「失礼」と、ドクター。
「ホロデッキに」と、ベラナ。「そのサブルーチンをつないだので、ど
んな、空想かモニターできます」
「それは、問題じゃない?」と、ジェインウェイ。「心をのぞくのよ。
彼の気持ちも考えてやらないとね」
「でも、なにが起きているのかわかれば、修理もしやすくなるんです」
「そりゃ、うれしいね、私に経費を」と、ドクター。
「キムより、医療室」と、通信の声。
「ハリー、なに?」と、ジェインウェイ。
「こっちへ来て、見てもらえますか?」
「今、行きます」と、ジェインウェイ。ベラナといっしょに、ホロデッ
キに向かった。

52

51





 
               ◇
 
 ホロデッキ。
 ベレー帽をかぶったホロデッキのドクターが、キャンバスに油絵を
いていた。モデルは、ホロデッキのセブンで、背中が見えたが、服は身
に着けていなかった。本物のセブンとハリーが、キャンバスの油絵を見
ていた。そこへ、ジェインウェイが入ってきた。
「動かないで」と、ホロデッキのドクター。
「ゆうとおりにするわ」と、ホロデッキのセブン。
「なかなか、どうして、うまいじゃない?」と、ジェインウェイ。
「なんども、練習したようだからな」と、本物のセブン。「これを、見
ろ!」
 アトリエの片隅に、セブンを描いたデッサン画が、何枚も立てかけて
あった。
 そこへ、ベラナもホロデッキに入ってきた。
 場面が変わって、緊急事態のブリッジ。艦長は、気を失って、倒れて
いた。
「コンピュータ」と、ドクター。「起動してくれ!緊急司令ホログラム
!」

54

53





「つぎが、いいんだよ」と、ハリー。セブンに。
 赤に変化した制服の、えりには、銀のえり章が1つ、2つ、3つ、4つと
出現した。
「おもしろいわね」と、ジェインウェイ。
光子こうし砲の、発射準備をしてくれ!」と、ドクター。
光子こうし砲って、なぁに?」と、ジェインウェイ。
「最強の兵器です」と、ハリー。「しかも、ドクターが開発した」
「でしょうね」
「彼が指揮をとり、船を救う空想が多いようだ」と、セブン。
「なるほど」と、ジェインウェイ。
「つまり、そのアルゴリズムは、ほかのものより、アクセスしやすいん
です」と、ハリー。
「そして、それを、切り離せば、ドクターのプログラムを安定させられ
ます」と、ベラナ。
 場面が変わって、食堂。
「なぜ、私を苦しめるの?」と、ホロデッキのベラナ。
「そんな、つもりは、なかった」と、ドクター。
「だったら、なぁに?」
「きみには、しあわせになってほしい」
「あなたなしで?」

56

55





「なに?」と、本物のベラナが、一歩、踏み出した。
「しっ!」と、ジェインウェイ。
「これからも、ずっと、友人だ。それは。変わらない」
「じゃ、なぜ、私を捨てるの?ひとりなんて、耐えられないわ!」
「誰か、忘れちゃいないか?彼には、きみが、どうしても、必要なんだ」
 離れたテーブルで、ひとり座っていたトムパリスが、ベラナに手をふ
った。
「関係ない」と、ベラナ。「あなたと比べたら、ごみよ」
「うん、まぁね」と、ドクター。
「見ちゃいられない」と、本物のベラナ。ホロデッキを出て行った。
「ふっふ、それじゃ、医療室に戻って、アルゴリズムの分離にかかろう」
と、ハリー。セブンとともに、ホロデッキをあとにした。
 ジェインウェイも、続いて、ホロデッキを出ようとした。
 場面が変わって、風船で飾られた食堂。
「おめでとう」と、ホロデッキのジェインウェイ。みんなの前で、ドク
ターに、勲章くんしょうを授与した。
「ありがとう、ございます。艦長」と、ドクター。「全能力をいかせる、
仕事をしたかったんです。あらゆる技術を駆使して、愛する人々の、力
になりたいんです」
 本物のジェインウェイは、そうかたるドクターを、じっとみつめていた。

58

57





 
               ◇
 
 異星人の宇宙船。
 通信リンクが切れた、コンソールの前で、担当のオペレータは、頭を
かかえていた。
「進行状況は?」と、監督官。
「また、信号が途切れました」と、オペレータ。「原因が、わかりませ
ん」
「攻撃機が2機、こちらに、応援に向かっている。正確な情報が必要な
んだ!」
「調べるうちに、疑問になってきました。価値は、ないかもしれません」
「どういうことなんだ?」
「これほど、重装備の船を攻撃するのは、かなりのリスクです。なのに、
手に入るのは、反物質とダイリチウム程度です」
「だが、かなりの量になるはずだと言ったな。ここまでの調査で、すで
に、相当の資源を費やしている。間違いだったのか?」
「そんな、ことは━━━ただ、慎重に、行動すべきかと」
「ヴォイジャーに乗りこんで、もしも、おまえの報告と、違う事実があ
ったとしたら、ヒエラルキーに報告するしか、ないな」

60

59





「わかってます。間違いなど、ありえません」
「では、予定どおりだ」と、監督官。自分の席に、戻っていった。
 監督官がいなくなると、別のオペレータに、小声で。
「とんでもない、間違いだった!」
「とんでもないって、どんな?」と、別のオペレータ
「ドクターは、2・3秒ごとに、違う場所に現われる。そんなことは、
どうみても、不可能だ。だから、調べてみて、わかったんだよ。おれは、
彼の体験をモニターしてたんじゃない、彼の夢をのぞいてたんだ。もし
くは、彼の、空想をね。どっちか、わからない。とにかく、現実じゃあ
ない。まずい━━━どうすれば、いいんだ!」
            3
 
 医療室。
「ちょっと、様子を見によったのよ」と、ジェインウェイ。
「なんとか、やってます、艦長」と、ドクター。「トレス中尉が、マト
リックスを、安定させてくれました。そのあと、一度も、白昼夢はくちゅうむは見て
いません。勝手に、プログラムを変更して、すみませんでした」
「重大な損害は、なかったわ」
「いいえ、ありましたよ。私のバカな空想が、衆目にしゅうもくさらされてしまい
ました。軽蔑けいべつしたでしょう」

62

61





「そんなこと、ないわ。空想を見ただけで、あなたを判断したりしない。
誰だって、夢を見るのよ。いろんな可能性を、イメージするのに役立つ。
プログラムを傷つけずに、空想できる方法を見つけるまで、待っていて!
いいわね?」
 それだけ、言うと、ジェインウェイは、医療室をあとにした。
 
               ◇
 
 艦長室。チャイムがなった。
「入って!」と、ジェインウェイ。
「きょうの報告書です」と、チャコティ。入室して、パッドを差し出し
た。
「連邦法ですか?」艦長のコンソールを見て。「転職でも考え中で?」
「まぁね。わたしじゃないのよ。プログラムに指揮権を与えた先例が、
過去にあるかどうか調べてたんだけど、ひとつもない」
「艦長。ドクターは、自分の職務を、まず、第一に、考えるべきなんで
す。医療ですよ」
「人間と同じに考えて、ドクターを過小評価してきたわ。彼の可能性は、
はかり知れないのよ」
「自分の船を、コンピュータプログラムに任せて、平気なんですか?」

64

63





「そこまでは、しないと、思うけど」
「そうするまでは、満足しないかもしれませんよ」
 チャコティは、艦長室を退席した。
 
               ◇
 
 医療室。
 ドクターは、ハイボスプレーを何本か点検していると、たっぷりそそ
がれた、シャンパングラスが現われた。
「まさか、そんな」と、ドクター。
「おれも、握手してもらえるかい?」と、ニーリックス。風船で飾られ
た食堂で、手をさし出してきた。「やったなぁ!」
「ドクター、あなたに、はなしがあるんです!」と、異星人のオペレー
タ。
 ドクターが、ふりむくと、肥満型異星人が、立っていた。
「これも、空想の産物か!」と、ドクター。
「ちがう、わたしの映像を、あなたのプログラムに送りこんでいるんだ。
わたしは、実在してる!」
「ドクターよりブリッジ」ドクターは、通信バッジに触れてから言った。
「また、白昼夢はくちゅうむだ。機能停止してくれ!」

66

65





「ヴォイジャーは、じき、攻撃されるんだ!」
「そうだろうとも!そして、無敵のドクターが船を救うんだろ?」
「ああ、あなたしかいない!」
「いつも、そのパターンだよ」
「わたしが、例の、アルゴリズムに、細工をして、あなたを、夢の中へ
戻したんだよ」
「こんなところにいたのね」と、セブン。
「あとでね」と、ドクター。シャンパングラスを、セブンに返した。
「なぜ?」
「これしか、コミュニケーションの方法がなかったからだ」
「それで?」と、ドクター。異星人を、人の少ない、食堂のすみに案内
した。
「わたしは、調査員なんだよ」と、異星人のオペレータ。「付近をとお
りかかった船を、スキャンして、なんらかの資源や、使える技術がない
か、調べる。なにか、見つかれば、その船をおそって、奪うんだよ」
「船をスパイしてたのかね?」
「厳密には、あなたを。ここなんにちか、長距離トンネルセンサーで、
あなたのプログラムに入りこんでいたんだ。あなたが、ヴォイジャーで
の、われわれの目になるはずだった。なのに、これだ!」
 異星人のオペレータは、ドクターの首にかけられた勲章くんしょうをつかんだ。

68

67





「それじゃ、私の空想をのぞいていたのか!ああ、だから、アルゴリズム
に異常がおきたんだ」
「すまない。悪かったよ」
「攻撃っていうのは?」
「1時間後に、始まるはずだ。でも、わたしのいうとおりにしてくれれ
ば、攻撃を回避することができるんだよ」
「でも、どうして、知らせにきたんだ?」
「あなたには、わからない。ヒエラルキーは、絶対に、間違いをゆるさ
ないんだ。例外なしにね。もし、わたしのミスに気づけば、わたしは、
職を失う」
「まぁ、のぞきの代償といったところだろう」
「でも、あなたのことも、心配なんだ。ここ2・3日で、親近感がわい
てきてたからね」
「きみが見ていたのは、空想で、私じゃない。私を知りもしないのに」
「わかるんだ。あなたの、心の動きも、望みも、ぜんぶね。すごい!夢
のなかとはいえ、現実には、ないものを、つぎつぎ生みだしている。す
ごい、想像力だ。わたしの種族には、とても無理だよ。だから、あなた
を、尊敬してるんだ。どうしても、あなたを、助けたいんだよ」
「だったら、さっそく、行動に移ろう!」
 

70

69





               ◇
 
 ブリッジ。
 ドクターは、パッドを持って、ブリッジに入ってくるなり、言った。
「艦長、敵がひそんでいます。まもなく、攻撃を受けます!」
「センサーには、なんの反応もないぞ」と、操縦席のトムパリス。
遮蔽しゃへい装置をつかっているんだ」と、ドクター。
「どうしてわかる?」と、チャコティ副長。
「異星人から、コンタクトが」
「通信の記録は、ありません」と、トゥヴォック。ブリッジ後方で。
「夢から、入ってきたんです」
「もう、いい、やめて!」と、ジェインウェイ。「私の命令にさからって、
アルゴリズムを起動したの?」
「証拠があるんです」と、ドクターは、ハリーのところまで歩いて、パ
ッドを差し出した。「彼らの遮蔽しゃへいシールドを突破する方法を、異星人が
教えてくれましたから」
 ハリーは、パッドを受けとり、ジェインウェイ艦長の方を、どうした
らよいか、伺うかがうように見た。艦長は、うなづいた。ハリーが、パッドの
情報をコンソールに入力すると、警報がなった。
「ほんとうだ」と、ハリー。「3隻の船を感知しています。距離、現在

72

71





位置より、6億キロ。こちらへ、向かっています」
「スクリーンへ」と、ジェインウェイ。スクリーンに3隻の船影。「最
大に拡大して!」艦長は、立ち上がって、真剣な表情になった。







            4
 
「こちらが協力すれば、助けて、くれるんです」と、ドクター。
「それが、作戦かもしれないぞ」と、トムパリス。「わなです」
「シールドを破る方法は、ほんとうだった」と、チャコティ。「信じて
いいと思います」
「ええ、でも」と、ジェインウェイ。「最大ワープで、対決を回避する
ほうが懸命でしょう」
「事態を、先送りするだけです」と、ドクター。「そこらじゅうに、彼
らの船がひそんでいるんです」

74

73





「異星人は、なんと言ったの?」
「タイプスリーの、ステルス攻撃というので、来るそうです。真上に来
るまで、姿を隠し、現われたとたん、こちらに、威嚇いかく射撃をして、物資
とテクノロジーを渡せと要求するんです。応じないと、撃墜げきついされます。
例の異星人が、彼らのレーザーの、共鳴周波数を教えると、約束しまし
た」
「その見返りは?」と、トゥヴォック。
「そうです」と、ドクター。言いにくそうに、歩いた。「彼は、間違っ
て、私が指揮官だと、上司に報告したんです。職を失うのを避けるため
に、その芝居を続けてくれ、と言うんです。交信する時、私が艦長の席
にいないと━━━すいません、艦長。彼の、要求で」
 ジェインウェイは、歩いてきて、ドクターの顔を正面から見つめて、
言った。
「空想を、現実にする時が、来たようね」
 
               ◇
 
 ドクターは、ハリーがコンソールで準備している席まで来て、言った。
「ああ、やっぱり、私には無理だ。できっこないよ!」
「艦長が、ぼくを、夜勤の指揮官にした時と同じだな。あのイスが、す

76

75





ごく、でかく見えて、体がどんどん沈みこんでゆくように感じたよ」
「きみは、アカデミーで訓練を受けているだろ?」
「ドクターだって、訓練してたみたいじゃないか?」
「あれは、空想だ」
「ドクター。そもそも、空想っていうのは、あたまで、シミュレーショ
ンするってことだろ?実地訓練だと、思えよ!」
 
               ◇
 
 異星人の宇宙船。
「ボーグの攻撃を受けた、痕跡こんせきがないのは、なぜだ?」と、監督官。
「もう、直したんです」と、担当オペレータ。
「こんなに、早くか?」
 監督官は、しばらく、考えてから、言った。「タイプフォーの攻撃準
備だ!」
「タ、タイプフォー?それでは、大量のエネルギーが必要になりますよ。
し、資源の無駄遣いじゃないですか?そんな、必要があるんですか?」
「事実を重んじてだ。おまえの長距離調査では、ボーグの攻撃があった。
だが、ここから、見る限り、そうは、思えない。もし、おまえの報告が
間違っていたとしたら、用心が必要になる」

78

77





 監督官は、通信カードで、攻撃変更を、申請すると、すぐに、ツツツ
ツと、返事が来た。
「ヒエラルキーの承認だ。タイプフォーで進めろ!」と、監督官。別の
オペレータたちは、席に戻っていった。
 担当オペレータは、攻撃変更に、とまどいを見せた。
 
               ◇
 
 ボイジャーのブリッジ。
「艦長のおいでだ!」と、トムパリス。
 入ってきたのは、赤い指揮官の制服を着た、ドクターで、ハリーに肩
をたたかれて、腰を抜かしそうになりながら、艦長席まできた。なかな
か、座ろうとしなかった。
みやしないよ」と、チャコティ。
「ブーブークッションがあったら、最高なのにな」と、トムパリス。
「なんだって?」と、ハリー。
「はっは。古代の技術だよ!」
 ドクターは、やっと、艦長席に座ったが、コンソールが鳴ると、また、
立ち上がった。音はすぐ止んだ。ドクターは、また、おそるおそる、艦
長席に座った。

80

79





「艦長、準備できました」と、チャコティ。
「了解。副長」と、ジェインウェイ。艦長は、セブンといっしょに、天
体測定ラボにいた。
「内部通信リンク、起動」と、セブン。「ドクターにしか、艦長の声は
聞こえない」
「ドクター、用意はいい?」
「いいえ━━━でも、やるしかないでしょう」
「わたしが、ついているから、大丈夫よ。忘れないで、わたしが艦長よ」
「わかっています」
「機密チャンネルに、通信が入っています」と、トゥヴォック。「音声
のみです」
「ドクターの友達だろ」と、チャコティ。「はなしを聞こう。ドクター」
「ううん、もしもし、ヴォイジャーだ。私だよ」と、ドクター。
「ドクター」と、異星人のオペレータ。「困ったことが、おきた。タイ
プフォーの攻撃に、変更になったんだ。レーザーの周波数が、つぎつぎ
に変わるんだよ。わたしには、どうしようもない」
「回避行動だ」と、チャコティ。
「船が3隻、左舷さげん前方に現われます」と、トゥヴォック。
 被弾ひだんして、ブリッジが大きくゆれた。
「これが、威嚇いかく射撃か?」と、トムパリス。

82

81





「命中です」と、トゥヴォック。「シールドは、維持しています」
「通信が入りました」と、ハリー。
「いくぞ、ドクター」と、チャコティ。
「スクリーンへ」と、ハリー。
 
               ◇
 
 異星人の宇宙船。
「ほら、彼ですよ」と、担当のオペレータ。コンソールに映ったドクタ
ーを指さした。「気をつけて。とても、危険な男です」
 監督官は、コンソールの正面に立つと、言った。
「この地域は、ヒエラルキーが支配している。船の資源とテクノロジー
を、引き渡してもらおう」
 
               ◇
 
 ボイジャーのブリッジ。
「ドクター、いい?」と、ジェインウェイ。内部通信リンクで。「屈服
はしない。簡単には渡さない、と言って!」
「屈服はしないぞ」と、ドクター。「渡さない、と言って!」

84

83





「なに?」と、監督官。
「いや、だから、簡単には、渡さない」と、ドクター。「100年後に
出直せ!私がいるかぎり、ムリだ!」
「アドリブは、なしよ!」と、ジェインウェイ。
「すいません」と、ドクター。
「抵抗すれば、双方が傷を負うことになる」と、監督官。「こちらには、
応援がいる。そっちはどうだ?武装解除して、われわれの乗船に、そな
えよ!」
 トゥヴォックが、スクリーンの通信画面を切った。
「中断して、すいません、副長」と、トゥヴォック。「彼らのシールド
の弱点を発見しました。ですが、フェーザーの調整に、数分かかります」
「時間をかせぐんだ、ドクター」と、チャコティ。
「スクリーンへ」と、ハリー。
「これが、最後の警告だ!」と、監督官。
「うん、そう、あわてるな」と、ドクター。
「武装解除しろ!いま、すぐだ!最後の警告だ!」
「あなた━━━おそらく、病気だ!」と、ドクター。「それは、精神感
情障害だな。忍耐がきかず、すぐに、おこる。ははは、そうすると、血
圧が、どうなると思う?医者にてもらえ!」
「フェーザー、発射します」と、トゥヴォック。

86

85





「命中です」と、ハリー。異星人の宇宙船が揺れる様子が、スクリーン
に映った。
「は、まいったか、え?くすりを、味わえよ!」と、ドクター。
「ドクター、抑えなさい!」と、ジェインウェイ。
「はい」と、ドクター。
 スクリーンの監督官が、異星人の宇宙船で、攻撃ボタンを押すのが、
映った。
 ボイジャーは、被弾ひだんし、ブリッジに閃光。大きく、揺れた。
「フェーザー、使用不能です」と、トゥヴォック。
「乗船に、そなえよ!」と、監督官。勝ち誇ったように。
「交渉するのよ、ドクター。こう言うの━━━」
 ドクターは、どうしたらよいか、迷って、困った顔をした。
「トゥヴォック!」と、ドクター。突然、意を決したように、立ち上が
った。「光子こうし砲だ!光子こうし砲を起動しろ!」
 トムやハリーが、ドクターの顔を見た。
「トゥヴォック!命令だぞ!」と、ドクター。
 トゥヴォックは、チャコティと目を合わせて、とまどっていたが、従
った。
「これより、光子こうし砲を起動します、艦長!」
 

88

87





               ◇
 
 異星人の宇宙船。
 コンソールに、ドクターが映っていた。
「これを使いたくはなかったが、しかたない!」と、ドクター。
「兵器の動きは、センサーには、出ていないぞ!」と、監督官。
「だろうな、光子こうし砲は、センサーでは、探知たんちできないんだ!」
「そうか!」と、担当のオペレータは、監督官に耳うちした。「ボーグ
も、そのせいで、撃墜げきついされたんですよ!」
「ボーグも、ヒエラルキーも、私には、同じこと!引くしお時をしらない、
おろかものどもだ」
「こっぱみじんに、されますよ!」
 監督官は、ドクターの物怖ものおじしない態度に、怖気おじけづいた。通信画面を
切り、通信カードで、攻撃中止を、申請した。すぐに、ツツツツと、返
事が来た。異星人たちは、そろって、ホッとした。
「ヒエラルキーから撤退の指示だ!」と、監督官。席へ戻っていった。
 
               ◇
 
 ボイジャーのブリッジ。

90

89





「通常エンジン全開で、撤退しています」と、ハリー。
 ドクターは、ぼーっとしたまま、席まで戻った。
「座れよ、ドクター」と、チャコティ。「お手柄だ」
 ドクターは、力が抜けたように、イスに座りこんだ。すわり心地のよ
さに、うれし気な表情を浮かべた。





            エピローグ
 
 医療室。
「セブンより、ドクター」と、通信の声。
「なにかな?」と、ドクター。医療コンソールの仕事の手を休めた。
「食堂に来てくれ。手を貸して、もらいたい!」
「ああ、すぐ行く」と、ドクターは、慣れた手つきで、モバイルエミッ
ターを、左腕に装着して、食堂に向かった。
 
               ◇

92

91





 
 食堂に入ると、みんなが、正装して、拍手で、ドクターを出迎えた。
「だいじょうぶ、これは、夢じゃないよ」と、ハリー。
「艦長」と、ドクター。
「創造的な作戦で、船を救ったことを、評価し」と、ジェインウェイ。
ドクターの胸に、勲章くんしょうをつけた。「宇宙艦隊ほう章勲章を授与します。お
めでとう!」
「感謝します」と、ドクター。
「あの提案を考えなおしたわ。あなたの指揮能力を開発するプログジェ
クトを、スタートさせるつもりよ。かっこよかったもの!」
「おめでとう、ドクター」と、セブン。近づいて、頬に、かるいキスを
贈った。「特別な意味は、ないぞ。絵のモデルに、なる気もない」
「了解」と、ドクター。それでも、どこか、誇らしげであった。
 
 ━━━ボイジャーは、ふたたび、アルファ宇宙域への、帰還の旅につ
いた。
 
 
 
                  (第六_一_四話 終わり)

94

93