ナイトゥアンディ
             パトリックオニール
              
            プロローグ
             
 カンサス州、ウィチタ。
 廃車置場。夥しおびただい数のつぶされた車が積み上げられていた。
 管理人の男が、コーヒーカップ片手に歩いてきた。犬の鳴き声。
「きみ!もう、帰りたいんだけど」と、管理人。1台の車のボンネット
にもぐり込んでる女性に。
「ええ、あとちょっとで終わる。飛行機に遅れちゃうし」と、女性。
 女性は、ジーパンをはいていて、ボンネットの下からエンジンパーツ
を取り出してきた。
「これよ!見つかった!」




2

1





            1
 
 ウィチタ空港。
「ウィチタ空港へようこそ!」と、空港アナウンス。「快適な旅を、ご
いっしょに!」
 サングラスをかけた男が、旅行者が行きかう空港ロビーを歩いてきた。
「禁煙にご協力ください!」
 片手に旅行カバン。
「ボストン便は、遅れているのか」と、サングラスの男。電光掲示板を
見て、つぶやいた。表示は、遅延となっていた。2階の売店でアイスク
リームを買って、かじりながらロビーの旅行者を見ていた。男は、シュ
ーティングゲームをしたり、中世の鎧兜のよろいかぶとフィギアを見たりして、時間
つぶしていた。廃車置場にいた女性が、ジーパンにカートカバンを引い
て歩いていた。男は、フィギアを1つ買った。
「ごめんなさい!」と、ジーパンの女性。カバンが大きいので、人によ
くぶつかった。
「早いフライトに変えてもらえるのね?」と、女性。チェックインカウ
ンターの案内係に。
「お荷物は?」と、案内係。パスポートを女性に返した。
「持ち込むわ。貴重品があるの」

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3





「どうぞ」案内係は、荷物カードを渡した。
 女性がエスカレータを上がって、後ろ向きにカートを引いていて、男
性にぶつかった。
「ごめんなさい!」と、ジーパンの女性。手に持っていたカードを落と
した。
「いいえ、こっちが悪かったんです」と、サングラスの男。カードを拾
うのを手伝った。
「バッグがすごく重くて」
「ケータイを見てた、いけませんよね」と、男。
 ふたりは、立ち上がった。女性は、金髪の長い髪をかきあげた。
「おでこに、その、汚れが」と、男。
 
               ◇
 
 荷物検査カウンター。
「これは?」と、係員。
「ポンティアックトリパワー用のキャブレターです」と、ジーパンの女
性。
 隣のカウンターでは、先ほどのサングラスの男が検査を受けているの
が見えた。

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 係員が排気管2本をのぞきこんでいた。
「それは、74年型カマロ用の排気管」と、女性。
「うん?」と、係員。
「古い車をリストアするので」
「うん?」係員は、いぶかしげに円筒の装置を手にした。
「それは、ドライヤー!」
 
               ◇
 
 空港ロビー。
 女性がカートカバンを引きながら歩いていると、また、サングラスの
男にぶつかった。
「あ、すいません」と、女性。
「あ、いや」と、男。「ぶつかるのが、くせになった!」
「ごめんなさい」女性は、男が雑誌を拾うのを手伝った。
「ありがとう」と、男。
「どうも」
「ボストンへ?」
「ええ」
「12番ゲート!」

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               ◇
 
 12番ゲート入り口。
「よいフライトを!」と、係員。ゲートの旅行者に。
 ジーパンの女性が、やってきた。うしろに、サングラスの男。
「こんにちわ」と、係員。
「どうも」と、女性。搭乗券を出した。
「あ、この便ではありませんね」と、係員。コンソールを見ながら。
「そう?10分前にチェックインしたのよ!なにかの、手違いじゃない
?」
「コンピュータにお名前がないので」
 女性は、係員の胸の名札を見た。「聞いて、シャリー!あした、妹が
結婚するの。わたしが親代わりで育てた妹よ」
「申し訳ございませんが、この便は満席で」
「話を聞いて!妹の結婚式なの。妹は、エイプリルで、わたしはジュー
ン、いっしょにバージンロード歩きたいから」
「仲がよろしんですね。11時50分の便でも、間に合いますから」
 シャリーは、うしろのサングラスの男の方を向いた。「搭乗券を」
「物事には、理由があるもんだよ」と、サングラスの男。ジューンをな

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ぐさめた。
「よいフライトを、ロイミラーさん!」と、シャリー。
「ありがとう」と、ロイ。搭乗ゲートへ入っていった。
「ボストン行き、77便の最終搭乗案内です」と、アナウンス。「12
番ゲートより搭乗中、お急ぎください」
 
               ◇
 
 CIAの黒のセダン。
「こうなると予想すべきでした」と、後部座席の男。モニター2つを見
ながら、電話していた。「たぶん、ストレスからおかしくなったんです」
 モニターのひとつは、空港の監視カメラの映像だった。サングラスの
男が、ジーパンの女性とぶつかっていた。
「ストレスなら」と、上司の女性。CIA本部の廊下を歩きながら、電
話していた。「お酒で解消できるわ。政府の施設で、大勢を殺して、ラ
ボを爆破し、重要な品物を盗み出すこととは、違うわ。彼は、ゼファー
を持っているの?」
「持っているはずです」と、男。
「持っているはず?」と、女。「はずじゃ困るわ、フィッツ!」
「見ろよ!」と、後部座席の隣の男。

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「巻き戻して!」と、フィッツ。隣の男に。そして、電話に。「ボスト
ンに着くまでに、ゼファーを取り戻します!」電話を切った。
 モニターには、サングラスの男が、ジーパンの女性とぶつかるシーン
が何度も再生された。
「あの女が、何者か調べろ!」と、フィッツ。
「ウィチタ支局に拘束させるか?」と、隣の男。
「もっといい手がある」と、フィッツ。
 
               ◇
 
 ウィチタ空港の待合ロビー。
 ジューンが座っているところに、シャリーが来た。
「あの、ヘーブンス様」と、シャリー。「席をご用意しました」
 
               ◇
 
 待機中のボストン行き77便の機内。
「出発が遅れて、申し訳ございません」と、機内アナウンス。
 ロイが席について、雑誌を読んでいると、ケータイが鳴った。
 ケータイを見ると、「動きあり!」というメッセージとアマボーラ通

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り5826のガレージの映像。
「手違いだったとしても」と、ジューン。機内に入りながら、シャリー
に。「対応が遅いわね」
「申し訳ございません」と、シャリー。
「フィッツのやつ」と、ロイ。ジューンが乗ってきたのを見て。「なに
をしたんだ?」
「航空会社がどんどんつぶれるのも、当然よね」と、ジューン。荷物を
上の棚に乗せながら、斜め後ろの席のロイに。「席は、ガラガラ」
 夕日の中、77便は飛び立った。
 機内がゆれた。
「シートベルト着用サインが点灯しました」と、機内アナウンス。「サ
インが消えるまでは、席をお立ちにならないように、お願いいたします」
「わたし、ジューンっていうの」と、ジューン。通路をはさんで、斜め
後ろのロイに。
「ロイミラー」と、ロイ。自己紹介した。
「よろしく!」
「ああ、こちらこそ!」
 ジューンは、前を向いた。
「テキーラのロックですね?」と、スチュワーデス。
「ええ、待ってたの、ありがとう」と、ジューン。スチュワーデスは、

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飲み物を置いて戻っていった。
「あした」と、ロイ。「妹さんの結婚式?」
「え、なに?」と、ジューン。聞きなおした。
「妹さんが結婚するんでしょ?おめでとう」
「ええ、ありがとう━━━ロイ、本当は、わたし、ウソをついたの」
「ウソというと?」
「妹は結婚するけど、式は土曜なの」
「だまされた!」
「でも、あしたは、ドレスのサイズ合わせで、帰らなけりゃならないの
は、ほんと!」
 ふたたび、機内がゆれた。
「このフライト、ちょっと荒れそうね」と、ジューン。
 ロイは、後ろを見た。離れた席に5人の男がいた。ロイが見ると、男
は、視線をはずした。
「そのようだ」と、ロイ。「キャブレターを買いにウィチタまで?」
「ただのキャブレターじゃないの」と、ジューン。「ツーバレル3連。
66年型GTOのパーツなの。カンザスは、パーツの宝庫」
「ホントに?」
「車の修理工だった父は、わたしが子どもの頃、GTOのシャーシを買
って、わたしを連れて、パーツ探しをした。98年に父は死んだけど、

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妹の結婚が決まったとき思ったの。車を完成させようって。その車を、
プレゼントするつもり。父からのプレゼントみたいでしょ?」
「いい話だ」と、ロイ。
「そう?」と、ジューン。「前から思っているの。いつか、最後のパー
ツを取り付けて、そのGTOに乗って、旅に出て、どこまでもどこまで
も、走りつづけて、南米のはしにたどり着く」
「ケープホーン」と、ロイ。
「そう」
「きれな島がある」
「そう?」
「海賊の島」
「ハハハ」
「『いつか』というのは」と、ロイ。「危険な言葉だ」
「危険って?」と、ジューン。
「永遠に実現しない、というのと同じ!ぼくも、やってないことは多い。
 グレートバリアリーフでダイビング。
 オリエント急行に乗る。
 バイクとリュック以外なにも持たず、アマルフィ海岸で暮らす。
 ホテルデュキャップのバルコニーで、知らない女性にキスをする」
「ハハ、どこのホテル?」

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「南フランス」
「う~ん」
「きみは、どう?きみのリストは?」
「そうね。あなたのは、どれもよくて━━━」
 飛行機がゆれて、上のジューンのバッグが落ちてきた。それを、ロイ
が受け止めた。
 そのとき後ろの男のひとりが、席を立った。
「ありがとう」と、ジューン。
「いいんですよ」と、ロイ。「こっちに入れておこう。構わないかい?」
「ああ」と、ジューン。飛行機ゆれた際に、飲み物がシャツにかかった。
「あの、わたし、ちょっと、トイレに行ってくる!」
 ジューンは、黒のショルダーバッグを持って席を立った。
「じゃ、手を貸そう!」と、ロイ。
「ありがとう。ずいぶん、ゆれる!」と、ジューン。後ろのトイレへ向
かった。
「ありがとう。すぐに出るから」ジューンは、トイレの戸を閉めた。
「いいんだ」と、ロイ。
 ロイが席に戻ろうとすると、一番後ろの席の男が、注射器をそうと
したので、殴ってから、逆に、男の首にした。黒のジャンパーの男が
右ストレートを出してきたので、右手をつかんで、頭を荷物入れにぶつ

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けた。
「ホテルデュキャップのバルコニーで」と、ジューン。トイレの鏡に。
「知らない女性とキス!すてきなせりふじゃない!」
 3人目のチェックのシャツの男がってきたので、足をつかんで、倒
し、4人目のブルーのシャツの男にりを入れてから、チェックのシャ
ツの男をシートベルトで押さえつけて、何度も殴った。
「でも、最高のせりふよね」と、ジューン。トイレの鏡に。
 ブルーのシャツの男の首をねじると、5人目のグレーのシャツの男が
麻酔銃を構えたので、ロイが身をかがめると、麻酔銃は、近づいてきた
スチュワーデスの胸にあたった。
「きみ、大丈夫か?」と、ロイ。スチュワーデスに近づくと、逆に、頭
突きをして首をしめてきたので、6人目の男の頭にぶつけてから、男を
殴った。
「彼の手を見た?」と、ジューン。トイレの鏡に。「落ちてきた大きな
荷物を、一瞬でキャッチして、ものすごい反射神経だった!」
 7人目の茶のネクタイの男がナイフを投げようとしたので、席のシー
トをはずしてよけると、そこに刺さった。
「見てろよ!」と、ロイ。そのナイフを投げると、茶のネクタイの男は
かわし、8人目の男に刺さって倒れた。
「いいわ」と、ジューン。トイレの鏡に。

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 茶のネクタイの男が、ふたたび、ナイフで切りかかってきたので、ロ
イは、席のシートで何度も防御した。さらに、ロイは、席のベルトをと
って、ヌンチャクかわりにした。
「これも」と、ジューン。香水スプレーをまいた。
 ロイは、席のベルトを振り回していたが、肘掛ひじかけに引っかかってしまっ
た。茶のネクタイの男の攻撃に後退したが、トイレの前のカーテンを使
って、男を殴って、壁に何度もぶつけた。
「入ってま~す!」と、ジューン。
 ロイは、茶のネクタイの男をり倒した
「やめろ!終わりだ、ロイ!」と、客室乗務員の男。拳銃を構えた。
「そうだな」と、ロイ。「やめよう!」
「ゼファーは、どこだ?」と、男。
 ロイは、すきを見て、拳銃を叩き落とし、男を殴った。男の頭が天井に
当たって、酸素マスクが出た。そのコードで男の首をしめた。
「なぜ、ジューンを飛行機に乗せた?言え!」と、ロイ。
 サイレンサーの銃声。見ると、ロイのジャンパーのすそに穴があいて、
男の額に当たった。
「動くな、ロイ!」と、機長。操縦席があいて、機長が銃を撃った。
 ロイが床に伏せると、男の銃があった。それで、機長を撃った。機長
が倒れ際に放った弾丸は、副操縦士に当たった。

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「さぁ、どうする?」と、ジューン。トイレの鏡に。「どうするの、あ
なた?このチャンスを逃す?もちろん、逃さない!ここを出たら、すぐ、
アタックよ!」
 ジューンが、トイレから出てきた。
 ロイは、ロックのテキーラを2つ持って、通路の席に座っていた。
「やぁ!」と、ロイ。「ぼくも、いっしょに飲むよ!」
 ロックのテキーラを渡した。
「ごめんなさい、わたし」と、ジューン。「ロックを飲みすぎて酔った
のかも」
「いいんだ、話がある」と、ロイ。
「なに?恋人がいるの?」と、ジューン。
「いや、違う!そうじゃない」と、ロイ。
「そう、聞くわ。なに?」と、ジューン。操縦席のドアがあいていた。
「もう、着陸?」
「いや、まだだ」と、ロイ。
「まだ?」
「聞いてくれ!驚かないで!ぼくは、今、事態を収拾した」
「事態って?」と、ジューン。テキーラをひと口飲んだ。
「パイロットがいなくなった」
「どこに行ったの?」

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「それが、死んだ」
「パイロットが?」
「撃たれて」ロイも、テキーラをひと口飲んだ。
「撃たれた?だれに?」
「その、ぼくに。ぼくが撃ったのは、ひとり目のパイロット。そいつの
弾に、ふたりめが、偶然当たって、よくあることさ!」
「ハハハ」と、ジューン。笑い出した。「なぁに、それ、ハハハ」
「ショックを受けないでくれて、よかった!」ロイは、立ち上がった。
「どこ行くの?」
「向こうでひと仕事、着陸をね。シートベルト、めておいてね!」
 席には、死んだ男たちが、転々と座っていた。
 笑い終わると、ジューンは席についた。
「なんか、ヘンね!」と、ジューン。
 飛行機が傾いて、酸素マスクが出てきた。死んだ男たちは、席から通
路に倒れた。
「ギャーッ!」
 ジューンは、操縦席に逃げてきた。
「なにが起きたの?」と、ジューン。「みんな死んでる!」
「おいで、座って!」と、ロイ。操縦席から。そして無線機に。「メー
デー、メーデー、メーデー!」

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「ここでもみんな、死んでる!墜落するの?」
「急降下してるだけ!座れ!」
「あなた、パイロット?なにものなの?」ジューンは、補助イスに座っ
た。
「うしろのベルトも!そこに、しめて!しっかりと!」
「いいわ、ベルトした!」
「ギアを下げるぞ!」と、ロイ。
「空港に着陸しないの?」と、ジューン。
「いや、そういうわけにゆかないんだ」と、ロイ。副操縦士を、向こう
にどけた。「あいつらが待っている!」
「なんのこと?だれなの?あいつらって?」
「ああ、知らない方がいい!」
「ええ?」
「よし、ここで不時着しよう!」
 外は暗く、とうもろこし畑が広がっていた。1本の舗装道路に1台の
大型トラックが走っていた。
「トラックよ!」と、ジューン。
 トラックは右に曲がった。
「カーブよ!カーブ!」
 そのまま、とうもろこしをなぎ倒し、かかしを引っかけたあと、止ま

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った。
 機体から300フィート離れたところまで歩くと、荷物を置いた。
 機体のところどころから、火花が散っていた。
「これでいい!」と、ロイ。
「なにが?」と、ジューン。
「ホラ、これ、飲んで!」と、ロイ。飲料水を出した。「落ち着くから」
 ジューンは、飲料水を飲んだ。「撃たれたの?」
「ほんの、かすりキズさ!」
 ロイは、シャツをぬいで、左わき腹に医療用テープをはった。
「ジューン」と、ロイ。「話しておこう!これから、どうするべきかを」
「病院に行かないと!刑務所かも!」と、ジューン。
「きみは、追われることになる。悪いやつらに」
「なんだか、ヘンな気分!」
「ああ、それは、寝れば直る。すぐ、眠くなるよ」
「え?」
「聞いてくれ!ジューン!」と、ロイ。シャツを着た。
「クスリ、飲ませたの?」
「そうだ」
「ひどいじゃない!」
「きみのためだ!その悪いやつらは、きみを捜し出して、ぼくのことを

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質問する。いいか、ぼくのこと知らないと、答えろ!ジューン、なにも
覚えてないと、言うんだ。そして、なにがあっても、彼らの車に乗らな
いようにしろ!」
「相手は、だれなの?」
「ひどく悪質な連中だ。政府のエージェントと名乗って、DIPする!」
「DIP?なに、それ?」
「ディスインフォメーションプロトコル、ニセの情報を言うこと!ぼく
のこともウソを言う。精神異常とか。ハハ。ぼくが凶暴で、危険だと、
きみに信じ込ませようとする」
「もう、信じかけてる!」
「DIPのキーワードがあって、もう安心とか、保証、安全を繰り返す
やつらには、気をつけろ!」
「分かった!」
「きみを殺そうとするかも!」
「そんな!」
「あるいは、きみを長いあいだ、監禁するかもしれない。安全だという
やつらは?」
「安全だというやつらは、わたしを殺す!」
「それから」
「車に乗らない!」

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「どんな車にもだ。すぐ、逃げろ!」
「逃げろ、すぐに」
「ぼくのことを聞かれたら?」
「知らないと、言う!あなたを、ぜんぜん、知らない!あなた、だれ?」
 ジューンが寝たので、ロイは腕で受け止めた。
 300フィート先の飛行機が爆発、炎上した。




            2
 
 ジューンは、ボストンの自宅で目を覚ました。服は来たままで、シャ
ツがハンガーで吊るされていた。テーブルにあったアスピリンの錠剤を、
用意されていたコップの水で飲んだ。
 目の前に貼ってあった、黄の吹き出しのせりふを声に出して読んだ。
「楽しかったよ!ロイより」と、ジューン。
 キッチンの電子レンジの音がしたので、キッチンへ行って、テレビを
つけた。
「雨に雪がまじるかもしれません」と、テレビ。「スキー場にはうれし

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いでしょう」
 ジーパンのポケットにも、吹き出し。
「おいしい朝食を食べて!」と、ジューン。
 テーブルの上にお皿とナプキンが用意されていた。
 コンロのフライパンのふたをとると、オムレツ。
「昨夜、7時30分頃」と、テレビ。「ウィチタ発ボストン行きの旅客
機が消息を絶ちました」
 テレビを見た。
「上空で激しい乱気流に見舞われ、強風か落雷の影響で墜落したようで、
インディアナ州のとうもろこし畑で、機体の残骸が見つかりました」
 玄関のドアをノックする音。
「今、行きます!」と、ジューン。階段を駆け降りた。
 玄関のドアにも、吹き出し。
「なにも、しゃべるな!」と、ジューン。
 玄関をあけた。だれもいなかった。
「ロドニー!」と、ジューン。
 帰りかけていた消防士服のロドニーが、振り向いた。
「ああ、よかった」と、ロドニー。「無事かどうか、心配で」
「え?なんで?」と、ジューン。
「カンサスからの便に乗ったろ?」

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「ええ」
「事故のニュースを見たんだ」と、ロドニー。
「ニュース?事故って?」と、ジューン。
「とにかく、生きてるね!」
「生きてるわよ!」ジューンは、家に戻ろうとした。
「だね!よかった!だけど、ジューン、あの、オレ思ってたんだ!」
 ロドニーは、勇気をもって言った。「きみが無事だったら、きみを食
事に誘おうって!」
「ふつうは」と、ジューン。「別れた相手とデートしないものよ!」
「デートじゃない」と、ロドニー。「防災の調査だ!」
「あとで、電話するから!」と、ジューン。家に戻って、ドアをしめた。
「なにも言うなですって?」階段を走ってのぼった。「どういうこと?」
 
               ◇
 
 ジューンは、急いで、自分の青の4WDを走らせた。ウィチタから持
ち帰ったボストンバッグを、車の助手席に積んでいた。
「きょうは、いつもと同じ普通の日!そうよ!」
 修理屋の前に、4WDを止めた。
「ウィルマ、いいもの持ってきた!」と、ジューン。ボストンバッグを

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あけた。
「すごい!ツーバレルじゃないか!」と、ウィルマ。
「帰りに、もらってゆくから!」と、ジューン。修理屋のガレージに行
って、預けてあるGTOのカバーを取った。「大丈夫、きょうは、いつ
もと同じ!なにも起きてない!」
 ジューンは、自分の青の4WDに乗った。
 向かいに停めた車の中から、男が写真をとっていた。
「女が動いた!」と、男。無線に。
 
               ◇
 
 結婚式のドレス合わせの洋服屋。
 ジューンは、黄のドレスを着た。
「わぉ!」と、妹のエイプリル。ウェディングドレス姿だった。「いい
じゃない、その服に、ブーツ!」
「ええ」と、ジューン。「式の当日は、ヒールをはくから!」
「ね、ちょっと話できる?」
「ええ」
「この前の週末、パパのGTOのこと考えたの」と、エイプリル。
「ホント?」

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「うん、ガレージに置きっぱなしでしょ?あれを、売ったらいいんじゃ
ないかな?どう思う?」
「パパのGTOを売るの?」と、ジューン。
「だって、わたし、自分の家がほしいの」と、エイプリル。
「すいません!」と、店に入ってきた男性。「外に停めてある青の4W
Dは、誰のです?」
「わたしだけど」と、ジューン。
「チケット切られますよ!」と、男性。
「メーターにお金入れたのに!」ジューンは、ドレスのまま、黒のショ
ルダーバッグを持って出てきた。
「そうですか」と、男性。
「チケットだなんて!」と、ジューン。
 ジューンの前に、別の男が立ちふさがった。
「ああ、すいません」と、ジューン。
 振り返ると、別の2人の男性。
「車に乗ってください!」と、最初の男性。警察バッジらしきものを見
せた。7人の男に囲まれていた。
「あ、取ってくるものがあるので」と、ジューン。洋服屋に戻ろうとし
た。
「ヘーブンスさん、特別捜査官のフィッツだ!」と、フィッツ。「すぐ

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すむから、乗ってくれ!」
 ジューンは、黒のセダンの後ろの席で、写真を見せられていた。
昨夜ゆうべ、ロイと同じ便に乗ったね?」と、フィッツ。「墜落した便だ!」
「どちらのかた?」と、ジューン。
「FBIだ」と、フィッツ。「ミラー氏をご存知か?」
「いいえ、知りません!」と、ジューン。
 フィッツは、モニターのボタンを押した。空港でジューンがロイにぶ
つかっていた。
「ああ、その、ゲートを通る前に、ちょっとしゃべったわ。でも」
「なるほど。飛行機に乗ってからは、どうかな?また、しゃべった?」
「いいえ。わたし、しゃべってません。お酒をもらって、眠っちゃって!
この人、だれ?」
「1週間前まで」と、フィッツ。「ロイミラーは、世界1信頼できる優
秀な捜査官だった」
「なにがあったの?」と、ジューン。
「それを教えることは、できないんだ、ヘーブンスさん」と、フィッツ。
「だが、これだけは言っておく。ロイは、ストレスのせいで仲間からの
命令を信じることができなくなり、それがこうじて、非現実的な妄想もうそうを抱
いてしまった」
「そう、いい人に見えた」と、ジューン。「わたしが起きてるあいだは」

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「いい人に見えても、殺人鬼に豹変すひょうへんる!おかしいかね?」
「いいえ」
「ロイは危険だ!正常じゃない!」
「ロイは、あなた方が、そう言うって言った!」
「では、ロイと話したんだな?私のことも聞いたか?」
「違う!あなたのことは、聞いていない」
「そ、じゃ、誰のこと?サイモンフェック?」
「そんな人、知りません」と、ジューン。「これは、きっと、なにかの
間違いです。わたし、弁護士を呼ぼうと思うんですが」
 黒のセダンは、ハイウェイのガード下に停まった。別の黒のセダンが
2台停まっていた。
「ヘーブンスさん」と、フィッツ。「あなたを安全な場所にお連れしま
す。ロイをつかまえるまで。安全なところへ」
 別の車の男が、ドアをあけた。
「あなたと?」と、ジューン。
「そうです」と、男。
 ジューンを乗せた車を先頭に、3台がハイウェイに入った。
「どういうことか、話して!」と、ジューン。「誰か?」
「あなたの身は、安全です」と、隣の男。3人の男たちが乗っていた。
「わたしがなに?」

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「安全です」
「行き先を教えて!」
「事態が収拾されるまで、われわれがあなたを安全なところで、守る」
「なんども同じことばかり!」
「信じてもらいたくて!」
「ジャクソン、なにやってんだ!」と、後ろの車の男。
 後ろの車が、左に並んだあと、運転手が撃たれた。
 後ろのガラスを貫通した弾が、ジューンの前の助手席の男の後頭部に
当たった。
「銃撃された!回避するんだ!」と、隣の男。
「レーザーの光が!」と、ジューン。隣の男がかがむと、前の運転手に
当たった。車は加速された。
「いっしょに来い!」と、隣の男。左のドアをあけた。
「正気?飛び降りるつもり?」と、ジューン。男の手を振り払った。
 男は、車を飛び降りた。
 ジューンがドアから見ると、男はハイウェイを転がっていた。後ろの
車が、男をよけた。左を走っていた車は、そのまま側壁で宙返りして、
ハイウェイを落ちていった。
 ジューンの乗った車は、対向車線に入った。
「ああ、危ない!」と、ジューン。前に身を乗り出して、ハンドルをつ

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かんで、前から来る車をよけた。「あ、足が届かない」ブレーキに手が
届かなかった。
 サイレンを鳴らした白バイが追い越していった。白バイは、そのまま
ジャンプすると、オートバイだけ隣の運河に落ちた。ボンネットにヘル
メットと白バイ警官が落ちてきた。
「まさか!」と、ジューン。
「やぁ、ジューン!」と、ロイ。サングラスをして、茶のジャンパーを
着ていた。
「前が見えない!」と、ジューン。
「よくやったよ!」と、ロイ。
「どいて!」と、ジューン。
「ドアをあけろ!」と、ロイ。「ドアをあけるんだ、ジューン!ステキ
なドレスだね」
 後ろから追っていた3台目の車から、撃ってきた。
「ちょっと、待って!」と、ロイ。
 後ろの車のガソリンタンクに9発撃った。車は炎を上げて、ひっくり
返った。
 正面から大型タンクローリーが来たので、ジューンはハンドルを切っ
た。
 ロイは振り落とされて、下を走っていた別の車のあいている窓につか

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まった。
「サンキュー!」と、ロイ。男の子が、落ちたサングラスを渡してくれ
た。
 その車の屋根に飛び乗った。車は、徐々に、上のレーンに上がってき
た。
「なぜ、あんなとこに?」と、ジューン。正面から来る車をよけた。
「いったい、なにする気?」と、ジューン。
 ロイが屋根に乗った車が、ジューンの車に並んだ。
「スピードを落とすな!」と、ロイ。
「落とせない!」と、ジューン。
 ロイが飛び移ろうとジャンプすると、停まっているトラックにぶつか
った。
 ロイは、隣のオープンカーから顔を出した。
「あなたって、何?」と、ジューン。
 ロイは、隣のオープンカーからジャンプして、ジューンの車の屋根に
飛び移った。
「ハーイ、ジューン」と、ロイ。両手でつかまって、フロントガラスか
ら顔を出した。
「どいて!見えない!」と、ジューン。
「ドアのロックをはずして!」と、ロイ。「そしたら、きみを助けられ

56

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る!」
「手が離せない!」と、ジューン。対向車をよけるのに必死だった。
「大丈夫だ!」と、ロイ。
 フロントガラスに、弾が、2発当たった。後ろの車から男が身を乗り
出して、マシンガンを撃っていた。
 ロイは、後ろを向いて銃を3発撃った。
「ジューン、ドアだ!」と、ロイ。
 ジューンは、運転席のドアをあけた。ドアは、対向車にぶつかってはず
れて飛んでゆき、後ろの車のフロントガラスにぶつかった。
 後ろの車は、横倒しになってころがって、ジューンの車を飛び越えて、
直進してくるトレーラーにぶつかった。
 ロイは、運転席につくとハンドルをにぎった。
 道路は、工事中のレーンに入った。
「車、止めて!」と、ジューン。
 ひっくり返った黒のセダンから、男が撃ってきた。
 ロイは、車を走らせながら、なんども銃を撃った。
 さらに、その先でひっくり返った黒のセダンからは、2人の男がマシ
ンガンを撃ってきた。
 ロイは、車を停めた。弾を車の影でよけた。
「おいで!早く!」と、ロイ。後ろの席のジューンを車から降ろした。

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「ここにしゃがんで!持ってて!」と、ロイ。拳銃を渡して、トランク
をあけた。
「ショルダーバッグがある!ナイス!」と、ロイ。ショルダーバッグを
あけた。「すごい武器がそろってる!」
 ショルダーバッグの武器を、ひとつづつチェックした。
「きみは、よくやってる!死体にジャマされてたのに、いい腕だ!その
ドレス、式で着る服?」
「ええ」と、ジューン。
「土曜だっけ?楽しみだな!」
「ああ!」と、ジューン。ハイウェイの上のレーンから、銃を持った男
が2人現われた。
 ロイは、装填していたマシンガンを撃って2人を倒した。
「お願い!」と、ジューン。「人を撃つのは、やめて!ね、もう、人を
撃つのは、やめて!」
「分かった!」と、ロイ。「ショックだよな」
 ロイは、立ち上がった。
「じゃ、きみは、ここにいろ!」と、ロイ。「ぼくは、あっちで、あい
つらと話してくる!いいね?ほんとは、少し撃つけど、すぐ、戻る」
 ロイは、行きかけて、戻ってきた。
「ところで、さっきドアをあけたタイミングは」と、ロイ。「絶妙だっ

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た。あれがあったから、助かった。きみのおかげだよ!」
 ロイは、マシンガンを撃ちながら、ひっくり返った黒のセダンに向か
っていった。
 ジューンは、立ち上がると、線路を横切って逃げていった。
 黄のドレスに、黒のショルダーバッグ、手には拳銃を持ったままだっ
た。
 上空のヘリコプターが、ジューンのあとを追った。
 
               ◇
 
 ジューンは、街の交差点にくると、バスに乗ろうとして両手を振った。
手に拳銃を持っていたので、銃は、ポストに捨てた。
 バスに乗ると、うしろの席についた。
「やぁ、ジューン!」と、ロイ。バスに前から乗ってきた。
 ジューンは、バスを降りると、そのまま走って、消防署に入った。
「ロドニー!」と、ジューン。
 昼休みの休憩中だった。ロドニーは、ウェイトトレーニングをしてい
た。
「ジューン!」と、ロドニー。「どうしたんだ?」
「ああ」と、ジューン。

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「おい、みんな」と、ロドニー。「ジューンだよ!いいドレスだね」
「ありがとう」と、ジューン。
「大丈夫?」
「ええ、いえ、それが、複雑なの!」
「オレも、同じ気持ちなんだ。話すかい?パイを食べながら」
 
               ◇
 
 レストラン。
「つまり、オレはさ」と、ロドニー。パイを1口食べた。「飛行機の墜
落で、きみと別れたことを、考え直したんだ。急に、気づいたんだよ!
ピーンと来たんだよ!ロドニー、なんで、あきらめる?結婚断られて、
別れるなんて、消極的すぎだ!ジューンは、今、結婚したくないんだ。
ママがおこっても、気にするな!ジューンと、ふたりで、やりたいことが
あるんだろ?弟とシーラを誘って、バーモントにキャンプに行く。ブル
ーマンのショーとか、南北戦争の跡を追うとか」
「墜落の話をしたいの、いい?」と、ジューン。
「ああ、なんだ?」と、ロドニー。
「わたし、乗ってた!あの飛行機に、わたし、乗ってたの!」
「墜落した飛行機に?」

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「乗るはずじゃなかったのに、乗ったの!いっしょに乗ってた男の人が、
シークレットエージェントかなにかで、その人、機内の人、全員を殺し
た!」
「うう」と、ロドニー。
「飛行機を着陸させて」と、ジューン。「わたしは、目が覚めたら、自
分の室にいた。どうやって帰ったか、分からない。薬のまされたの。で、
エイプリルに会いに行って、ドレスのサイズを合わせていたら、ほかの
エージェントが何人か来て、わたしを拉致ら ちして、フリーワェイでカーチ
ェイスになって━━━なんで、手にさわるの?」
「力になりたくて」と、ロドニー。「きみは、相当まいっている」
「そうよ」
「分かるよ、ほんとだよ。よく、分かるよ!」
「ホント?」
「ホントだよ。だって、ジューン、妹の結婚は、精神的に疲れる」
「え?なに言ってるの?」と、ジューン。「ロドニー、今のわたしの話、
信じないの?」
「オレも、同じ立場なら、きみみたいになる」と、ロドニー。「式のお
手伝いしよう!」
 レストランに、ロイが茶のジャンパーに、青のボストンキャップで現
われた。サングラスは、上着のポケット。

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「やめて、やめて、やめて!」と、ジューン。「どうしよう!」
 ロドニーは、ロイの方を一瞬見た。
 ロイは、イスを持って、同じテーブルに来た。
「やぁ、ジューン!話を邪魔じゃまして悪いけど」と、ロイ。そして、ロドニ
ーに。「ぼくは、ロイミラー」手を差し出した。
「ロドニーボリス」ロドニーは、ロイと握手した。
「ロドニー、よろしく」と、ロイ。イスに座って、ジューンに。「時間
がないんだ。いいかい。説明が足りなかったかもしれないが、いっしょ
にいなきゃならない。ぼくたちには、その」聞いているロドニーに。
「事情があるから」
「念のため、言っといてあげるけど」と、ジューン。「ロドニーは消防
士よ!どんな状況にも、ちゃんと対処できるの!だから、放っておいて
ちょうだい!」
「そうだ、ぼくは」と、ロイ。「消防士を子どもの頃から尊敬してる」
「そうか、うれしいよ」と、ロドニー。
「消防士の給料は」と、ロイ。「安すぎると思う」
「たしかに」
「第10分署?」
「ああ、第10分署!」
「副分署長の試験は、まだか?」

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「勉強中だ!」
「ふうん、自信はあるのか?」
「まぁ、きびしいね」
「なんとかホールというのが、あるよね?」
「ああ、グローブホールか?あそこに所属できれば、早く出世できるん
だ!」
「前は、まともに、考えてた」と、ロイ。「ぼくも消防士になろうかと」
 ロドニーは、うなづいた。
 ふたりは、だまった。
「ロドニー!」と、ジューン。「この人よ!」
「なに?」と、ロイ。
「この人よ!」と、ジューン。
「この人?」と、ロイ。
「きみは」と、ロドニー。「いったい、何?」
「この人?」と、ロイ。
「この人よ!」と、ジューン。「ロドニー、この人だってば!」
「ロドニー、なにが起きようと」と、ロイ。サングラスをかけた。「こ
こを動かないで!」
「何を言ってるんだ?」と、ロドニー。
 ロイは、ジューンの手首に手錠をかけると、立ち上がらせた。

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「みんな、床に伏せろ!」と、ロイ。銃を向けた。「早く、床に伏せる
んだ!全員だ!ロドニー、きみもだ!伏せないと、頭を撃つ!」
 ロイは、ロドニーの上に向かって撃った。「今、なんて言った?」
「落ち着け!」と、ロドニー。
 ロイは、うしろにいた店員をり倒した。「おまえ、動いたからだ。
大丈夫。だれかが、なにかすると思ったんだ。パイが落ちた!パイを食
べたか?みんな、パイを食べろ!アイスクリームアラモードは、足腰が
弱くなる!リンカーンは知ってたから、暗殺された!みんな、追ってく
るなよ!追ってきたら、自殺して女も殺す!」
 レストランの外に出ると、ブルーの車のドアをあけた。
「やめて!」と、ジューン。
「乗るんだ!」と、ロイ。「たのむ!頭を下げて!」ジューンを車の助
手席へ乗せた。
「ハリス通り560、ブルーのボルボ」と、ロドニー。無線に話しなが
ら外に出てきた。
「ロドニー!」と、ロイ。ロドニーが走ってきたので、ロイは、足に向
けて撃った。
 ロドニーは立ち止まり足にさわると、手に血がついた。
「ま、たいへん!」と、ジューン。
「ああ、大丈夫だ!」と、ロイ。倒れたロドニーを、助け起こした。

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「平気だ。ぼくを見ろ!肉を撃っただけだ。骨も動脈も傷つけてない!
いいね?これで、昇進できるぞ!よかったな!いいな?大丈夫だな?」
 ロドニーは、少し笑って、親指を上げた。
「よし!」ロイも、親指を上げて、車に戻った。
 車をスタートさせた。前方からパトカーが来たので、Uターンして、
交差点を突っ切ると、パトカーは別の車とぶつかった。
「さっきの店には」と、ロイ。「防犯カメラが4台あった。きみをさら
うところが、それに映っているから、きみが、ぼくの仲間じゃないこと
が、これで、ちゃんと証明される」
「ロドニーを撃った!」と、ジューン。
「ああ、撃った」と、ロイ。「でも、ロドニーには、動くなと言った!」
「ロドニーを撃った!」と、ジューン。
「それで、ロドニーはとくをする!」
「へぇ、銃で撃たれると、とくするって言うのね?」
「ロドニーは、いいやつだが、きみには、ふさわしくない!あくまでも、
ぼくの意見だけどね。撃たれて、英雄になって、昇進できる!」
「車止めて!」と、ジューン。「止めて!止めて!止めて!すぐに、止
めて!」
「回転木馬から降りる?」
「もう、かかわりたくないの!おねがいだから、車止めて!今すぐに!」

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「だから言ったろっていうのは嫌いだけど、昨夜ゆうべ、あの便に乗るなって
警告したさ」
「いつ?」
「きみに言っただろ?物事には、理由があるもんだって」
「それが、警告?そんなの警告じゃないわよ!車にるステッカーに書
いてある、ことわざみたいなものよ!警告するなら、ちゃんと、『ジュ
ーン、この便に乗ると死ぬ』って言って!でしょ?安全だって言った彼
らを信じればよかった!」
「本気で言ってるのか?」
「そうよ!」
「やつらといて、安全な気がしたか?」
「今よりはね!」
「そう、分かった!」
 ロイは、急ハンドルで、ビルの駐車場の上まで来ると、急停車させた。
助手席からジューンを降ろして、手錠をはずした。
「はっきり言っておく」と、ロイ。「ここで、ひとりになるなら、きみ
の寿命はここだ!」手を腰に置いた。「ぼくといれば、ここ!」手を頭
の上に置いた。「いないと、ここ!」腰。「いっしょにいる!」頭の上。
「いない」腰。「いっしょにいる!」頭の上。「いない」腰。「だから、
きみには、家に帰るなとは言わない。きみしだいだ。ぼくは、車を変え

76

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て、先に進む」トランクからショルダーバッグを出して、背負った。
「命に危険が迫り、ぼくを信じている人が、ほかにもいるんだ。無駄に
ジューンを追っていると、サイモンフェックを失望させる!」
 ロイは、グレーの車を電子キーであけると、トランクにショルダーバ
ッグをしまって、運転席についた。
 ジューンは手錠されていた手首をさすりながら、黙って見ていた。




            3
 
 ロイは、ガソリンスタンドにグレーの車を停めた。パトカーが2台サ
イレンを鳴らして走り去った。
 ケータイを見ると、「動きあり!」というメッセージとアマボーラ通
り5826のガレージの映像。
 ジューンは、隣のコンビニのトイレから出てきた。黒のスーツに黒の
パンツに着替え、黄のドレスは丸めてショルダーバッグにしまった
「ロドニー、とても勇敢な行動ですね!」と、テレビのリポーター。
「なにも考えずに、体が動いていたんです」と、ロドニー。テレビのニ

78

77





ュースで、担架に乗せられいた。「人を救うのがぼくの仕事ですから」
「これを」と、ジューン。コンビニのレジに、買うものを置いた。
「立派なお仕事ですね!」と、テレビのリポーター。「すばらしいわ!」
「痛みも感じませんよ!」ロドニーは、救急車に運び込まれた。「ハチ
に刺された程度だ!」
「勇敢な消防士です」と、テレビのリポーター。「医者によれば、傷は
軽く、すぐ直るということです。彼こそ、ボストンの市民を守る、ほん
とうの英雄です!スタジオどうぞ!」
 ジューンがガソリンスタンドを見ると、ロイが立っていた。
 そのとき、近くの道路に車を9台積んだトレーラーが停まった。
 
               ◇
 
 走る、車の中。
 運転席のロイが、ダッシュボードの上に、鎧兜のよろいかぶとフィギアを置いた。
「問題の品だ」と、ロイ。「みんなが、これを、欲しがってる」
鎧兜のよろいかぶとフィギアを?」と、ジューン。助手席で。
「中を見ろ!」と、ロイ。
 ジューンがフィギアのフタを取ると、筒状のものが出てきた。
「あったかい!これ、なに?」と、ジューン。

80

79





「電池だ」と、ロイ。
「電池?」と、ジューン。
「コードネームは、ゼファー。ふつうの電池じゃない。パワーが強く、
ずっと使える」
「ずっと使える?」
「その小さい電池は、初めての永久エネルギーだ」
「懐中電灯を、永久に使えるの?」
「もっと。大きな電力を生み出せる」
「ホント?どのくらい?」
「小さな街や、大型潜水艦。強力だ」
「これが?」と、ジューン。
「発明者は、高校中退、サイモンフェック。ぼくは、同僚のフィッツと、
ウィチタのラボで、サイモンフェックをガードしてた。フィッツという
のは、今朝け さ、きみに会いにいった男。2週間前、ぼくは知った。フィッ
ツが電池を売って、サイモンフェックを殺す気だと。ぼくは、サイモン
フェックを逃がし、隠し、電池を取りに戻ったが、フィッツのわなにはま
り、悪者に仕立てあげられた。そこで、きみに会った」
「それじゃ」と、ジューン。少し笑顔になった。「つぎは、どうなるの?
どうするつもり?」
「まず、すこし休んで、サイモンフェックを迎えにゆき、きみを妹の結

82

81





婚式に出席させる。ぼくは、とても優秀なエージェントだ。今夜は、安
心しろ!ボーイスカウトのぼくといれば、安全だ」
「安心に安全?」と、ジューン。フィギアを返した。「おやすみ、ロイ。
ボーイスカウトだったの?」
「イーグルスカウトだ」と、ロイ。
「わたしは、ブラウニー」と、ジューン。
「すごいな!」と、ロイ。
「おやすみ、ロイ」ジューンは、助手席で目を閉じた。
 ロイも、運転席で目を閉じた。
 ふたりが乗った、赤のオープンカーは、トレーラーに乗せられたまま、
夜のハイウェイをマンハッタン方向へ走り去った。
 
               ◇
 
 CIA本部の1室。
「みんな、パイを食べろ!」と、ロイ。監視カメラ映像で。「アイスク
リームアラモードは、足腰が弱くなる!」
「どう思う?」と、上司の女性。モニターをめた。「この女も仲間?」
「ただの人質でしょう」と、フィッツ。「ジューンと話しました。修理
工場があり、パスポートはなく、外国に行ったこともない。一般人です」

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「あなたは、初めから出遅れているのよ。ちゃんと始末できるわよね?
片付けてきなさい!」
 
               ◇
 
 ブルックリン、ニューヨーク市。
 橋のたもとにある古いレンガ作りの工場に、ロイとジューンは入った。
「ここが隠れ家?」と、ジューン。歩きながら、まわりを見た。
「サイモン!」と、ロイ。歩きながら、銃を構えた。
 奥のドアがあいて、光とロックミュージックが漏れていた。
「そばにいろ!」と、ロイ。ジューンに。「おい、サイモン!遊んでる
場合じゃない!」
 奥の室は、白のロッカールームで、音楽がつけっぱなしで、ロッカー
はマジックで落書きされていた。
「これは、なに?」と、ジューン。
「サイモンが書き残したんだ」銃をジューンに渡した。「ぼくが遅れた
から、ひとりで逃げた」
 ロッカーの奥に、つけっぱなしのラジオに給湯器になべ、テレビに、
簡易ベッドがあった。落書きを見てゆくと、ロイの文字に矢印があった。
 ジューンは、ロッカールームには入らず、銃で撃つ練習をしていた。

86

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「バーン、バーン、ふふん」と、ジューン。その後ろに、ロープで工作
員が降りてきて、隠れた。
 ロイが矢印の方向を、ロッカーに近づいて見ると、落書きに「アルプ
ス」の文字が浮かび上がった。それを、ロイは小型カメラで撮影した。
さらに、「トレイン」の文字が浮かび上がった。それも撮影した。
 ジューンは、倉庫の中を歩きながら、また、銃で撃つ練習をした。そ
の後ろで、21名の工作員がロープを伝って、工場内に侵入した。
「ふーん、メイドインオーストリア」と、ジューン。弾装を抜いて、ま
た、装着した。
 ロイが来て、その拳銃で、屋根から進入した工作員を撃ち、横からマ
シンガンを乱射している工作員を撃った。さらに、ひとり撃ったあと、
床のショルダーバッグの手榴弾を、ピンを抜いて投げた。ロッカールー
ムが爆発した。
「こいつら、なにもの?」と、ジューン。「フィッツの仲間?」
「いや、違う。別の連中」と、ロイ。
「別の悪者?」
「より、危険だ!」と、ロイ。ショルダーバッグからマシンガンを2丁
出して、2つの弾装をジューンに渡した。「持っていて!ああ、よく、
聞いてくれ!言うとおりにするんだ。3つ数えたら、ぼくが出て撃つ。
その直後に、あそこの棚に走る!」

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「分かった!」
「いいかい、イチ!」
 ジューンは、棚へ走ったが、銃の乱射を受けて、戻った。「ごめんな
さい!パニクって!」
「好きな数字は?」
「いえ、3のままで大丈夫!」
「よし、イチ、ニ、サン!」
 ロイは、立ち上がり、両手に1丁づつ持ったマシンガンを1方向づつ、
乱射しながら、ジューンといっしょに棚まできた。
「危険なやつらだ!マガジンを!」と、ロイ。カラになった弾装を捨て、
ジューンに渡した弾装を装着した。「アントニオキンターナの部下だろ
う。そいつは、スペインの武器商人。例の電池をねらっている!いいか?
いくよ!」
 ロイがマシンガンを両手で構えて、棚に沿って進むと、ジューンはつ
いて行った。
「ジューン!」と、ロイ。
「ここから、どうやって」と、ジューン。「逃げ出すつもり?サイモン
は、どこ?」
「まだ、分からないが、メッセージがあった!」
「メッセージ?」

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 棚の向こうに、敵が11人現われた。ふたりは、身を伏せた。
「それじゃ、きみは」と、ロイ。「ここで待っていてくれ!」
「ここで?」
「逃げ道を捜してくる!」ロイは、立ち上がった。「すぐ戻る!」
「待って、ロイ!」
「これ、持ってろ!」ロイは、ジューンにマシンガンを片方渡して、立
ち去った。
 周りで、銃声がして、ジューンはマシンガンを抱いたまま、立ち上が
った。
「ロイ!」ジューンは、マシンガンを構えた。
「ジューン!」と、ロイ。
 ロイが反対側から現われたので、驚いて、ジューンはマシンガンを1
5秒間撃ちまくった。ロイが白刃取りでマシンガンを抑えた。
「名前を呼ばないで!名前呼ばれると、おかしくなる!」と、ジューン。
「そうか!分かった!」と、ロイ。小さなビンを出した。「これ、飲ん
で!」
「これ、なに?」
「プロタインゼロ、毒ガスを中和する」
「分かった!」ジューンは、飲みほした。「あなたのは?やだ、またな
の?そんな!」

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「すまない」と、ロイ。「あいつらが来る」ジューンが眠ると、ロイが
腕で受け止めた。
 工作員7人がふたりを取り囲み、銃のライトがジューンの顔に当った。
 
               ◇
 
 ジューンは、目覚めた。どこかの倉庫で、光がジューンの顔に当った。
意識がはっきりしなかった。
「ジューン!」と、ロイ。上半身裸で後ろ手に縛られ、逆さに吊るされ、
左右にゆれていた。「まずいと思うだろうが、かならず逃げられる!す
ぐに、大丈夫!分かるだろう?」
 しばらくして、敵がひとり倒れた。
「いいよ、ジューン!おいで!」と、ロイ。なわをほどきにきた。
 
               ◇
 
 ジューンは、目覚めた。小型機で航空メガネをかけて、落下傘をつけ
ていた。意識がはっきりしなかった。
「やられた!」と、ロイ。やはり航空メガネをかけて、落下傘をつけて
いた。「でも、大丈夫!ここを乗り切れば、無事、逃げ切れる!」操縦

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席から降りてきた。「いいな、行くぞ!ゴー!」ロイは、ジューンとい
っしょに飛び降りた。
 
               ◇
 
 ジューンは、目覚めた。海を疾走するモーターボートに乗っていた。
意識がはっきりしなかった。
「もうじき、着く!」と、ロイ。ケータイのGPSを見ながら、操縦し
ていた。
 
               ◇
 
 ジューンは、目覚めた。ヤシの葉がそよいでいた。よく眠っていたが、
記憶がはっきりしなかった。ヤシの葉でできた小屋で、サイモンフェッ
クの落書きの写真が現像されていた。アルプスとトレイン。岩場の砂浜
から、ロイがヤリと2匹の魚を持って、海から上がってきた。
「おはよう、お寝坊さん!」と、ロイ。
 ジューンは、ハンモックから起き上がった。
「何時間寝てた?」と、ジューン。
「18時間」と、ロイ。魚をテーブルに置いて、水中メガネを取った。

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「ここは、どこ?」
「ぼくの隠れ家だ!」ロイは、ヤリを砂浜に突きさした。「誰も知らな
い。ここなら、見つからない。でも、ずっとはいられないんだ。サイモ
ンに会いに行く」
 ジューンは、水着を着せられていたことに気づいた。赤のビキニだっ
た。
「彼は、無事だよ。暗号を解いたんだ」ロイは、テーブルの上で、魚を
さばき始めた。「サイモンは鉄道マニアでね、ぼくが渡したパスポート
で、オーストリアへ行った」
「また、わたしに薬飲ませたわね!」と、ジューン。
「ああ」
「もう、やめてちょうだい!」
「きみが、さわいだからだよ。眠らせなかったら、きみは、死んでたかも
しれない」
「わたしが着てるのは?」と、ジューン。
「うん?ビキニだよ。南の島だ!」と、ロイ。
「わたし、どうやって、着たの?」と、ジューン。
「ジューン、ぼくは、真っ暗闇の中で、安全ピンとチョコミントだけで、
爆弾を解体する訓練を受けている。目をつぶって、着替えさせるくらい
なら、簡単だ!」

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「ふ~ん」
「いや、実際に、目は、つぶらなかったけど!」
 ジューンは、左手で殴りかかった。ロイは、右手でつかんだ。
「あ、ごめん、反射的に」と、ロイ。「ぶたれて、当然だ。今度は止め
ないから、ぶってくれ!ジューン!」
 ジューンは、なにも言わずに、小屋に戻ると、ショルダーバッグとシ
ャツを持ってジャングルへ入っていった。
「安全ピンとチョコミントだけで?」と、ジューン。ジャングルをかき
わけて歩いた。「なにが、目は、つぶらなかったけどよ!」
 シャツのポケットにあるケータイが鳴った。
「彼の電話?」と、ジューン。「動きあり!」というメッセージとアマ
ボーラ通り5826のガレージの映像。男性が、車にワックスをかけて
いた。
「67年型、グランプリ」
 ショルダーバッグにあるケータイが鳴った。
「誰からかな?」ケータイを見た。「エイプリル?心配したでしょ?わ
たし━━━エイプリル?聞こえる?」
 ジャングルを抜けると、目の前は、別の砂浜だった。波が打ち寄せて
いた。
 

100

99





               ◇
 
 アントニオキンターナの室。
 中央のモニターに、島の映像。
「心配したでしょ?わたし━━━エイプリル?聞こえる?」と、ジュー
ン。モニター画面から。
「ミラーは、なにをしている?」と、アントニオ。「女は、何者だ?」
「分かりません」と、部下。「逆探知したところ、アゾレス諸島にいま
す。攻撃範囲内です」
「CIAより先につかまえろ!」と、アントニオ。
 
               ◇
 
 ジューンは、ジャングルから戻った。
「いいところに戻ってきた!」と、ロイ。「ランチタイムだ!喉かわい
たろ?」やしの実をばん刀であけて、差し出した。「ココナッツだ!電
解質がたっぷりだよ!」
 ジューンは、なにも言わずに、ロイの足をけって、倒そうとした。
「大丈夫?」と、ロイ。
 ジューンは、ココナッツをり上げた。

102

101





「ちょっと、落ち着こう!」と、ロイ。
 ジューンは、ファイティングポーズをとって、左右のパンチを繰り出
した。
「よし、そうだ!」と、ロイ。「いいぞ、なかなかできる!」ロイは、
ジューンの右手をとって、両手ではがいじめにした。
「父に仕込まれたの!離して!」と、ジューン。
「簡単に抜けられるよ!」と、ロイ。「教えよう。フーディーニハンド
だ。手のひらを下に向けて、そこから一気に、手を下にのばして、お尻
をつきだす!」ジューンは、そのとおりにして、抜け出した。「ナイス!
うまい!」ロイが手を差し伸べると、ジューンは、起き上がるふりをし
て、ロイを倒して、ころがった。
「あなた、誰?」と、ジューン。「ほんとうは?」
 海から攻撃機が飛んできて、旋回した。
「見つかるわけないのに!」と、ロイ。
 攻撃機は、超低空で飛んで、機関砲を撃ってきた。小屋が吹き飛ばさ
れた。
 ふたりは、走って、海へ飛び込んだ。
「なぜなんだ?どうしてここが見つかった?」と、ロイ。
 ふたりは、ジャングルを走った。
「ぼくの電話は、逆探知できない!きみも、電話かけてないだろうし」

104

103





「電話は、かけてない」と、ジューン。「電話に、出たの」
「電話に、出た?」と、ロイ。走るのをやめて、ジューンを見た。
「すぐに切ったわ!」と、ジューン。
「きみが」と、ロイ。攻撃機が飛んできたので、また、走りだした。
 がけをのぼった。攻撃機の攻撃が続いた。
「電話がつながらないと思ったの」と、ジューン。「妹だから出たの!
心配させたくなくて!」
「足元に気をつけて!」と、ロイ。がけの上に隠してあった、ヘリコプタ
ーのカバーを取った。
「イヤ、ダメダメ、わたしは、乗らない!」と、ジューン。背後で、爆
弾が炸裂した。
「ジューン!」
「なに?」
「いっそのこと、あの薬で眠らせて!」
「安心しろ!」
「首をつかんでるの?」
「薬使うなって、言ったろ?」
「そうね」ジューンは、気を失った。



106

105





            4
 
 寝台車のベッド。
「フーディーニハンド」と、ジューン。寝言で。伸びをした手で、枕元
にあったロイの黄のメモを床に落とした。
 遠くの踏み切りの音で、ジューンは、目覚めた。カーテンをあけると、
山あいを走る列車から、雪景色が見えた。
「ロイ?」と、ジューン。
 
               ◇
 
 列車の運転席。
「顔の感覚がない!」と、サイモンフェック。窓から出していた顔を、
引っ込めた。
「時間だぞ!サイモン!」と、ロイ。
「すごい牽引力だ!」と、サイモン。汽笛のヒモを引きながら。「これ
は、5万トンもの重量を引っ張ることができる!」
 運転手がヒモを取り戻した。
「液体式ディーゼル機関車?」と、サイモン。運転手にいた。
「そう」と、運転手。

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「液体式だ!」
「ゼファーを見ないのか?」と、ロイ。
「見る」と、サイモン。
 
               ◇
 
 ジューンは、個室を出て、通路を後ろに歩いた。食堂車に出た。
「すいません」と、ジューン。
「グーテンモルゲン、ミス」と、カウンターの向こうのボーイ。
「今、どこかしら?」
「ここは、オーストリアです」
「オーストリア!」と、ジューン。窓の外を見た。
「朝食は、いかがです?」と、ボーイ。
「ええ、いただくわ!」と、ジューン。カウンターに座って、メニュー
を見た。「それじゃ、まず、パンケーキと、スクランブルエッグ」
「スクランブルエッグ」
「ミルクにします」
「ミルクね」と、ボーイ。
「ハーベイウォールバンガーを」と、隣の皮ジャンパーにメガネの男。
「分かりました」と、ボーイ。

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 ジューンのケータイが鳴った。非通知からの着信と出ていた。
「非通知!」と、ジューン。出ないでいると、呼び出し音はやんだ。
「統計学的には」と、隣の男。「あらゆる乗り物の中で、列車で死ぬ確
率が1番高い!」
 ジューンは、男を見たがなにも言わなかった。
「飛行機で死ぬより、10・3倍も高い!」
「サイモン?サイモンフェック?」と、ジューン。
「そうだ」と、男。
「わたしは、ジューン。ロイミラーの友だち」
「そうなの?」
「もう、ミラーとは会ったの?」
「いや、まだだ」
 また、ジューンのケータイが鳴った。
「電話に出ないの?」と、男。
「ええ、出たいけど、出たら、まずいのよ!」
「ロイかも?」
「ロイに出るなって、言われているの。逆探知の恐れがあるから」
「なるほど」
 ジューンは、靴の裏にくっついていたロイの黄のメモを、見た。
「室にいろ!サイモンと一緒だ!」と、メモを声に出さずに読んだ。

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「ロイは、どうするつもりだ?聞いた?」と、男。「ここで会うつもり
なのか、それとも」
「あ、今、注文した、飲み物なに?」と、ジューン。「ハーベイ」
「ハーベイウォールバンガー」
「わたしにも、それ、注文しておいてくれる?おいしそうだから!すぐ
戻るから、ここにいてちょうだい」ジューンは、席を立った。
 
               ◇
 
 寝台車の個室。
「なにか、おかしい」と、サイモン。ゼファーを見ていた。「どんどん
熱くなってる!」
「電話にでない」と、ロイ。ケータイを持ちながら。「出るなって言っ
たからだ!」
「待ってる間に、すぐ戻るよ」と、サイモン。
「そこにメモを貼っておいたのに」と、ロイ。
「それより、問題があるんだ!熱すぎる!冷やさないと」
「きっと、空腹だ。食べに行ったんだ」と、ロイ。「よし、行こう、サ
イモン!」
 

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               ◇
 
 ジューンは、食堂車を後ろへ向かった。
 男が、追ってきた。
 ロイとサイモンは、食堂車に来たが、ジューンはいなかった。
 ジューンは、後ろの厨房にちゅうぼうきた。食堂車が最終車両だった。
「ご用ですか?」と、コック。
「あの、列車に酔っちゃって」と、ジューン。「ここで休んでもいい?」
「もちろん!水でも飲みますか?」と、コック。
 ジューンは、後ろに向かおうとしたが、車両はなかった。
「さぁ、どうぞ!」と、コック。水をコップで出した。
 コックは、そのまま倒れて、コップが割れる音がした。背中にナイフ
が刺さっていた。
 男が立っていた。
「殺したのね?」と、ジューン。
「殺したのは、きみだ」と、男。
 ジューンは、逃げようとしたが、男につかまって、顔を沸騰した油に
向けさせられた。
「これは、クーガーが小鹿をつかまえるのと同じだ。クーガーにかみつ
かれた小鹿は、地面に倒れる。もう、逃げられないとさとる瞬間だ」

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 ジューンは、フライパンをつかんで男の頭にぶつけた。なべも投げたが、
男はかわした。小さなアルミの皿を投げると、男はかわし切れずに、鼻
先に当たってカンと音がして一瞬倒れそうになった。紫のキャベツを投
げると、男は右手でつかんでテーブルに置くと、そこにあった料理用ナ
イフを右手で持った。
「電池は、どこだ?」と、男。
 ジューンは、アルミの取っ手つきのフタを両手に持って、投げつけた。
さらに、料理運搬用の棚をぶつけたが、押し戻された。
 そのとき、厨房にちゅうぼう、サイモンフェックが入ってきた。
「すいません、ぼく、氷が欲しくて」と、サイモン。
 男は、振り返ったが、ナイフを手にしたまま、なにも言わなかった。
 サイモンの後ろから、ロイが入ってきた。
「ベルンハルト」と、ロイ。
「ミラー」と、男。
「大丈夫」と、ロイ。逃げようとするサイモンを、押しとどめた。
「知ってるの?」と、ジューン。
「ああ」と、ロイ。「こいつは、殺し屋だよ。プラチナ級だ。サイモン
をさらいに来た」
「ええ?」と、サイモン。
「ロイは、殺す!」と、男。

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「彼が、サイモン?」と、ジューン。
「ジューン、サイモンだ!」と、ロイ。紹介した。「彼女は、ジューン
だ!」ジューンは、手を振った。
 男は、ロイをって、腕をつかんで投げ飛ばした。
「大丈夫、心配ない!」と、ロイ。
 男は、さらに、サイモンのいる方向へ、ロイを投げ飛ばした。
「サイモン」と、ロイ。「悪いが、どいてくれ!」サイモンがよけると、
ロイがテーブルの上に投げられて、気を失った。
 男は、さらに、動こうとすると、右からジューンの右ストレートが飛
んできて、男の顔面にヒットした。男は、2発目の右ストレートはかわ
して、ジューンの右腕をつかんで、後ろからはがいじめにした。
「ずいぶん、いい度胸してるな!」と、男。「女のくせに!」
「フーディーニハンド!」と、ジューン。ロイに教えてもらったように、
思いっきり両手を下に振り下ろすと、テーブルにあったナイフの柄にあ
たり、ナイフは回転しながら、男の左胸に突き刺さった。
「ごめんなさい!」と、ジューン。男が向かってきた。「殺そうとする
からよ!」
 男は、ナイフを左手で抜いた。
「気持ち悪すぎ!」と、ジューン。
 男は、抜いたナイフを振りかざしたので、立ち上がったロイが、男を

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った。
 男は、窓を突き破ったが、ソーセージのたばにつかまって、転落をまぬ
がれた。男は、ソーセージにつかまりながら、顔を起こしてから、から
だを起こそうとした。
「やだよ、あいつ」と、サイモン。「早く、死んでくれ!」
 前方の窓から、反対側の列車が来るのが一瞬見えた。
 窓から、男の姿が消えた。
「やっとか!」と、サイモン。
「きみたちを、安全な場所に、連れて帰る」と、ロイ。サイモンの横に
座った。
 
               ◇
 
 駅のホームを、フィッツがコート姿で歩いていた。
 列車は、停車していて、警官が包囲していた。
 死亡したコックが担架で、運び出された。
「車内には、いない」と、エージェント。
「そうか」と、フィッツ。
「前の駅のカメラにも映っていないから、途中で飛び降りたのかも。警
察は、なにも見つけていない」

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 フィッツは、ロイがいた寝台車の個室に来て、座った。
 窓に息を吹きかけると、指で描いた丸が見えた。
 混んだホームの向こうに、ロイがサングラスをして立っていた。
 すぐに、姿が見えなくなった。
「いつもながらやるな、ロイ!」と、フィッツ。振り向くと、同僚に。
「ここにいろ!すぐに、戻る!」
 
               ◇
 
 
 
 
                      (つづく)








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