いつもふたりで
          フレデリックラファエル、スタンリードーネン
           
            プロローグ
             
             
 情緒的でありながら、楽しげなテーマ曲。
 映像は、ドライブしているイメージアニメーション。
 道であったり、森だったり、標識であったり。
 
               ◇





 

2

1
























































 教会の鐘の音が聞こえてくると、大勢の人が、結婚式を挙げたふたり
を祝福に出てきた。ふたりは、車の後部座席に座っていた。
 そこへ、1台の車が通りかかって、足どめされた。
「あまり、幸福しあわせそうじゃないわね」と、ジョアンナ。
「そんなことはないさ。結婚したんだから」と、マーク。
 車は、走り去った。そして、空輸される飛行機に入った。
 
               ◇
 
「よい、ご旅行を!ミスターウォレス」と、ボーイ。「奥さまも」
「サンキュー」と、マーク、「モーリスからの酒だ!」
「ふーん」と、ジョアンナ。手でグラスの上をさぐった。
「なにしてる?」
「あやつり糸があるかもよ。よい、ご旅行を!ミスターウォレス」
「奥さまも。モーリスを嫌うは?悪くしやしないさ」
「わずらわしいわ」
「わずらわしいって?」
「うるさいし」
「モーリスダルブレさんから、お電話です」と、ボーイ。受話器を渡し
た。「サントロペスからです」

4

3
























































「たしかに、わずらわしいかも、モーリス?ああ、話したろ?すぐは、
ムリだ。ふたりで旅をしてるから」
 ジョアンナは、読んでいた雑誌をイスの上において、バッグを持って
席をはずすと、電話ボックスの受話器をとった。「ロンドンを」
「ジョアンナと。妻だよ、そうさ」と、マーク。電話に。「もう、遅い。
車も必要だ」
「もちろんよ!ママも、寂しいわ」と、ジョアンナ。電話に。「すぐよ」
「なにも、心配ない。予定どおりだ」
「おばあちゃんたちと、仲良くするのよ」
「空間コンセプトが崩れる!空間のコンセプトだ!設計の基本方針。じ
ゃあ、3日後に」
 マークは、電話を切った。
 ジョアンナは、受話器を差し出した。
「今度は、誰だ?」と、マーク。
「キャロラインよ!」
「キャロラインなんて、知らない!」
「キャロラインウォレスは、あなたの娘でしょ!」
「あのキャロラインか」マークは、立ち上がって、受話器をとった。
「ハロー!パパの大切なたいちぇつ姫様!ひめちゃま
 

6

5
























































               ◇
 
 20人乗り飛行機が離陸した。
「おタバコは」と、客室乗務員。ジョアンナが声をかける間もなく、立
ち去った。
「パスポートは?」と、ジョアンナ。席をひとつ離れた夫に。
「引き返してくれ!パスポートを忘れた」夫は、立ち上がった。
「お確かめになりましたか?」と、客室乗務員。
「大切な打ち合わせが」夫は、間の席に置かれたかばんを調べ始めた。
「マークウォレス、33才、建築家」と、ジョアンナ。夫の目の前に、
パスポートをぶら下げて、読み上げた。マークは、パスポートを、かば
んの中へ投げ入れた。
「タバコを買ってくれない?」と、ジョアンナ。
 マークは、客室乗務員に合図して、タバコとマッチを、妻に渡した。
「モーリスが」と、マーク。
「サントロペにすぐ来いって?うるさいんだったら、無視したら?」
「仕方ないんだ」
 ジョアンナは、タバコをくわえて、マッチで火をつけた。
「失業してもいいのか?集中砲火は、よせ!」
「別に、なにも」

8

7
























































「サイレンサーをつけて、撃ちまくってる!」
「バキューン」ジョアンナは、指で撃った。
「もう、うんざりだ」と、マーク。
 それを聞いて、ジョアンナは、出会ったころのことを、思い出した。
「出会ったことが、不幸の始まりなのかしら」と、ジョアンナ。
 テーマ曲が流れ、フェリーには、尼さんやビジネスマンの中に、ヒッ
チハイク姿の、グレーの毛糸の帽子をかぶった、マークがいた。
「こうなると、分かっていたらね」
「ああ、そうだな」
 
            1
 
 マークは、デッキから見下した。女学生のころの髪の長いジョアンナ
がいた。ジョアンナも、マークを見ていた。
 フェリーが港に着き、人々が降り始めると、マークは、大声を出した。
「パスポートがないんだ!」マークは、四つんばいになって、床の下を
さがし始めた。「失礼!さがしものを!」
「バッグには?」と、船員。
「ない!盗まれたんだ!」
「まさか!」

10

9
























































「英国のパスポートは、ナボリの闇市で、100ポンドだ!」
「ここは、フランスです」
「もっと高いかも!見つかるまで、この船で何往復もする!なにをして
いる!」
 ジョアンナは、マークのバッグをさぐっていた。
「見ろ!やっぱり、盗人ぬすっとが」
 ジョアンナは、マークのパスポートを取り出し、手でつまんで振った。
「どうも」マークは、立ち上がって、礼を言った。
「どういたしまして」と、ジョアンナ。
 マークがリュックを持ち上げると、中のものがすべて階段の下に落ち
た。マークは、下に降りて、リュックをまとめているうちに、パスポー
トがないことに気づいた。ジョアンナになにか言おうと、振り返った。
「あう、あう」パスポートは、マークの口にあった。
 
               ◇
 
「結婚して、幸せな時期もあったわ」
 ジョアンナが、新しいパスポートを差し出した。マークと髪の長いジ
ョアンナの写真。次のページに、スタンプが押された。
「ふたりきりの初旅行とか。中古のMGで。わたしの誕生日か、結婚記

12

11
























































念日に。ひたすらドライブしようって。まるで、無邪気な子ども」
 オープンカーのMGに乗り込むふたり。
「いいか、先は長いぞ」と、運転席のマーク。エンジンをかけて、すぐ
にエンストした。2回目も同じだった。今度は、エンジンもかからなく
なった。助手席のジョアンナは、嫌な予感がした。
「押さないとだめだ」と、マーク。
 ジョアンナは、ポーターを呼ぼうと周りを見たが、誰も目を合わせよ
うとしなかった。ジョアンナは、降りて、車の後ろに回った。
「さぁ!」と、マーク。「がんばれ!」ジョアンナが押すと、車は動き
出した。「その調子!もっと速く!速く!」やっと、エンジンがかかっ
て、車は走りだした。
「ヘーイ!」と、ジョアンナ。車は、一周して戻ってきた。「わたしを
覚えてる?ジョアンナよ!」助手席に乗り込んだ。
「しっ!」
「なにか?」
「ほら、ドンク!」
「ドンクって、どんな?」
「中くらいの、不安なドンク!ほら、ドンク!」
 車は、走り出し、港を出て、畑の間を抜けて、走った。
「いつから、だめに?」と、今のジョアンナ。また、テーマ曲が聞こえ

14

13
























































た。「MGで初めて、ケンカしたとき?」
「あの旅は、楽しかった」と、今のマーク。
「そうね、幸せだった」
「わたしたちも、一人前ね!」と、MGの運転席のジョアンナ。
「まだ、不吉なドンクだ!」と、MGの助手席のマーク。「ドンク、ド
ンク!」
「エンジン周りよ!」
「だろうな!」
 車は、また、テーマ曲に包まれた花畑を過ぎて、川の渡し船に。
「太陽の下の午後は、1年ぶりだわ。帰宅すると、いつも真っ暗だった
もの」と、ジョアンナ。車ごと船に乗っていた。
「地下が好きなんだと思っていた」と、マーク。
「最初だけね」
「家があるだけ、幸運ラッキーだ」
「そうだけど、あそこを出る幸運ラッキーも必要よ!」
「広い庭付きの家がお望みなら、早まった結婚をしたな」
「広い庭付きの家なんて望まないけど、早まった結婚は、たしかね」ジ
ョアンナは、意味ありげに、マークを見た。
 
               ◇

16

15
























































 
 白のベンツが、林の中を走った。
「離婚する?」と、運転席のマーク。助手席の白のスーツのジョアンナ
を、一瞬、見た。「こんな茶番に、意味があるのか?」
「ないわね」と、ジョアンナ。
「きみが、いっしょにと」
「そうよ。時々、意味はあるわ。今は、ないけど」
「オレの、どこがよかった?」
「思い出せない。髪は、あったわね」
 
               ◇
 
「MGでは、ケンカはしなかった」と、今のマーク。「軽くしか」
 郊外の草原を走るMG。
「ほんとうに大きな家や、いい車を望むなら」と、助手席のマーク。
「誰が?」と、運転席のジョアンナ。
「きみがだ。そうだろ?」
「ほんとうだわ。ドンクよ」
「聞こえる?」
「この中で」ジョアンナは、マークの頭をつついた。「なにかがゆるん

18

17
























































でいるのよ」
「きみのせいだ。ジョアンナ、低速ギアは、やめろ!」
「じゃあ、替わって!早く!」ジョアンナは、両手を離して、うしろに
どいた。
「まったく、危ない女だ!」マークは、走ったまま、運転席に移った。
ジョアンナは、喜んで、大声を出した。このとき、テーマ曲が聞こえた。
「ほら、快調だ!」
 すぐに、ドンクが始まって、こんどは、車はとまった。
「なにも、言うな!」と、マーク。
 
               ◇
 
「なんて仕事だ!」マークは、車の下で、排気管を直していた。「見え
ない!オイルが目に!ついてない!」
下界げかいは、どんなかんじ?」と、ジョアンナ。背もたれに、座っていた。
「真っ暗だ!問題は、排気管だ!見えさえすれば!」
「暗闇は、苦手?」
「新居は、ムリだ!排気管を買う金さえない!」
「低速ギアを避けなければね!」
「口に靴下を、くわえてろ!」

20

19
























































「ゆで卵は?」ジョアンナは、ゆで卵を、マークの口に入れた。
「おしまいだ!」
「修理が?それとも、車が?」
「1時間後に聞いてくれ!」
「トラクターが、お似合いよ!」と、今のジョアンナ。「運転手付きで、
うれしそうに!ほんとうに、嫌な男だと思ったわ。しかも、女の子たち
に、ちやほやされて」
 
               ◇
 
 トラクターの荷台に乗った、ヒッチハイク姿のマークが、女学生たち
8人が乗った小型バスにあいさつすると、わき見していた女学生の運転
で、小型バスは、対向車を避けようとして、脇溝に落ちて、横転した。
その脇を、マークは、おどけたふりをしながら、通りすぎた。トラクタ
ーはとまり、マークが戻ってきて、小型バスを運転することになった。
 女学生たちは、合唱部の合宿で、パティの弾くギターの伴奏で、車内
でも歌った。
 運転席のマークの隣に、キャプテンのジャクリーン。ジョアンナは、
後ろの席だった。
「パティ、うまくなったわ」と、ジャクリーン。「どうしたの?」

22

21
























































「なにも」と、パティ。「ああ、どうもおかしい!病気みたい」
「はしか?」
「もう、かかったわ!別のなにかよ!」
 車の前に、ニワトリが現われて、道をふさいだ。
 
               ◇
 
「チッキンポックスです」と、医師。「疑いは、ない」
 診察を受けた、3人の女学生の顔には、水疱瘡みずぼうそうが広がっていた。
 
               ◇
 
「もう、絶望的ね」と、ジャクリーン。
「なにが?予定でも?」と、マーク。みんなで、宿で食事をしていた。
「休暇をかねて、マントンの音楽祭に出る予定だったの。どうする?」
「分からないわ」と、女学生のひとり。指で額をかきだした。「わたし
もだわ!」
 隣の席のふたりは、イスを離した。
「残るは、4人。朝、誰が残っているか、待つだけね」と、ジャクリー
ン。マークに。

24

23
























































「名案だ!」と、マーク。
 朝。マークが2階から食堂に降りてくると、ジャクリーンが座ってい
た。
「気分は?」と、ジャクリーン。
「順調さ!きみは?」
「快適よ!」
「それで、ほかの人は?」
「夜、犠牲者、続出!」
「それは、残念!」マークは、自分用のスープ皿に、スープをすくった。
「車は、みんなのために残して、ふたりで出発しましょうか?」
「なんて、冷酷なマネを。いつ、出る?」
「いつでも、いいわ!」と、ジョアンナ。ドアから食堂に入ってきた。
「ジョアンナ!」と、ジャクリーン。「病院は?」
「わたしは、車で送っただけ!」
「健康?」と、マーク。
「ええ」
「でも、用心しないと!」と、ジャクリーン。
「そうだ!」
「12才で、チッキンポックスは、やったわ!」と、ジョアンナ。
「車は残すから、ヒッチハイクになるわよ」

26

25
























































「楽しそう!お邪魔?」
「とんでもない」と、マーク。
「一日で、どこまで行ける?」ジョアンナは、壁の地図をたどった。
「ここだ!」と、マーク。
「もっと、行けるわよね、ジャクリーン?」
「そうかな、ジャクリーン?」
 ジャクリーンは、背中をかいていた。
「ジャッキー!」と、ジョアンナ。「コワーコッコッコッコッコ!コワ
ーコッコッコッコッコ!」
 ジャクリーンは、困った顔になって、指で自分の頭を撃った。「バキ
ューン!」
 
               ◇
 
 古代の水道橋のある郊外の道。
「子羊よ!」と、ジョアンナ。赤いセーターにジーパン姿で、両手にス
ーツケースと寝袋を持って歩いていた。「そのようだね」と、マーク。
大きなリュックを背負っていた。
「かわいい。ジャッキーは、残念だったわ!」
「だね!」

28

27
























































「発症したのが、わたしでなく。一緒でなくても」
「いいかい、ベイビー!オレは、きみといる気はない!オレには、予定
があるんでね。暇じゃないのさ!」
「分かってるわ」
「建築研究だ!無駄にできる時間はない!分かるか?」
「予定どおりね!」
「きっちりとね」
「パスポートは持った?」
 マークは、パスポートがないことに気づき、車をとめて乗り込んだ。
「マーク!」ジョアンナは、寝袋からパスポートを出すと、走りさる車
に向かって、手でつまんで振った。
 マークは、車から降りてきて、自分のパスポートを奪った。
「嫌いなものを1つあげるとするなら、いないと困る女だよ!」と、マ
ーク。あきれて、すこし笑顔になった。頭をふって、さぁ、行くかとい
う仕草をした。
 このとき、テーマ曲が聞こえて、ジョアンナは、荷物を両手に歩き出
した。
 
               ◇
 

30

29
























































 マークは、カメラをかまえ、建物の写真をった。
「この建築家は、不明だ」と、マーク。「こんなすばらしい建物を作っ
て、名を残さないなんて」
「マークは、名を残したいの?」と、ジョアンナ。
「現代人は、名を残したがる。物じゃなくてね」
 マークは、手で、後ろへ下がれ、というしぐさをした。
 ジョアンナは、後ろへ下がって、笑顔でポーズした。
 マークは、建物の写真をった。
「写真をってほしいの?」と、マーク。
「いいえ、べつに!」
「これは、3次元カメラなんだ」マークは、カメラを見せた。「つまり、
立体の撮影用だよ」
「あら、わたしも、実は、立体よ!」
「建物専用だ!」
「そう。わたしは、建物じゃないわ」
 
               ◇
 
 田舎の道端で、野菜や果物の露天市場がひらかれていた。テーマ曲が、
ハープで流れた。

32

31
























































 いろいろ買い込む、ジョアンナ。親指を上げて、トラックをとめる、
マーク。
 ふたりで、荷台に乗り込んだ。
「これで、ランチの時間を、少し、節約できたわ」と、ジョアンナ。
 荷台の上で、りんごやパンをかじった。
「女は、すぐに、人にレッテルをはりたがる!」と、マーク。「じつに、
愚かだ!レッテルは、すぐに、はがれるのに!」
 町に入って、トラックを降りた。
「女は、結婚のことしか、考えてない!オレは、少なくとも、40まで
は、結婚したくないね」
 また、ジョアンナは、マークに、りんごを手渡した。
 草原の並木道。ヒッチハイクのキャンピングカーの中。
「食事や生活は、いいが、契約がいやなんだ!」と、マーク。「長期契
約だしね!きみは、恋人はいるの?」
 ジョアンナは、なにか、答えようとして、さえぎられた。
「答えなくていい!いないって、分かるよ」
「コングラチュレーションズ!」
「シカゴ大学で、2年間、学んだんだ」
「女性学か、なにか?」
「夜学でね」サンドイッチを差し出した。

34

33
























































 小麦畑を、別のフォルクスワーゲンで。
 ジョアンナは、助手席で、サンドイッチにかじりついた。
「昼間は、建築学」
 マークは、後ろの席で、話しつづけた。「米国女性は、自由奔放だと
思っていたが」
「違うの?」と、ジョアンナ。
「違うね。見た目は、モダンなんだが、頭は、祖母の代とおんなじ!」
 ジョアンナは、マークに、バナナを差し出した。
 両手に荷物を持って、農場の脇の道を歩いた。
「結局、結婚が前提だったんだ」マークは、バナナの皮を、草地に投げ
た。「縛られたくない男は、逃げ出す。一般論だがね」
 ジョアンナは、マークを、横目で見た。
「でしょうね。その彼女は、だれだったの?」
「どういう意味だい?」
 マークは、紙袋から、いちじくを取り出して、ジョアンナに渡した。
 別のトラックで、ジョアンナは、運転手に、ぶどうを渡した。
「名前は、キャシーセリグマンさ!」と、マーク。トラックの助手席で、
隣りのジョアンナに。
「わがままで、欲張りで、実利的で、独善的で、だが、オレは、夢中だ
った」

36

35
























































 トラックの運転手も、ぶどうを食べながら、運転した。
「きみは、ラッキーだよ!彼女に、会わないですむ!今は、ハワードマ
ックスウェルマンチェスター夫人だ。キャサリンさ。もう、会うことは、
ない」
 





            2
 
 農場の脇の道を、クリーム色に濃茶のバンタイプの車。
 後ろの席に、ライトブルーのスーツのマークと、黄のスーツのジョア
ンナ。
「会うと、思っていたよ!」と、マーク。腕をジョアンナの肩にまわし
ていた。
「払い戻しだ、ギリシア旅行へ、ってね!」と、助手席のキャサリン。
「ハハハ、覚えてる?」
「そうそう」と、ハワード。運転していた。

38

37
























































「払い戻しって、いい響きだわ!」
 ハワードは、消臭剤を噴射した。
「それで、英国に着いてすぐ、お誘いしたってわけ!新婚さんには、迷
惑でしょうけど!」
「旅は、だれとでも、喜んで!」と、マーク。
「ねぇ、教えて!」と、ルーシー。前の真ん中の席から、顔を出した。
「マミー、ヘビにおっぱいは、あるの?」
「ないわ、ルーシー!でしょ?」と、キャサリン。
「ああ、ないね」と、ハワード。
「ルーシーは、自然に興味があるのよ!」
 マークとジョアンナは、うなづいた。
「来てくれてよかったわ!わたしたち、4人、最高のお友達になれるわ
!」そして、ジョアンナに。「マークとは、昔、1番の仲良しで」
「いや、2番目だよ」と、マーク。
「そうね、大好きだったわ」そして、ハワードに。「あなたに会う前よ」
「もちろん、分かっているよ」と、ハワード。
「なぜ、ないの?」と、ルーシー。
「だれに、なにが?」
「ヘビに、おっぱい!」
「なぜなら、ヘビは、たまごをうむからね!」そして、キャサリンに。

40

39
























































「ヘビ毒の血清は、入れた?」
「ええ」
「結構!」
「ビルのこと、覚えてる?」と、キャサリン。マークに。
「いや」と、マーク。
「あの堅物かたぶつ、ニューヨークで医者をしてる」
「ああ、思いだした」
「ヘビ毒対策を、教わったの。血清の皮下注射のしかたとか、さらに、
50ドルで」
「60ドルだ」と、ハワード。
「60ドルで、血清セットを」
「使わないと、いいね」と、マーク。
 車の距離メーターが、80797となった。ハワードは、急ブレーキ
をかけた。
「ぼくの、100キロは、終了だ!さて、次は」
 ハワードは、メモ帳を取り出した。
「マーク、きみが、運転する番だ。席を替わろう!」
 ふたりは、ドアをあけて、互いの席を、交換した。
 車は、マークの運転で、走りだした。
「おなか、すいたわ!」と、ルーシー。

42

41
























































 ハワードは、ジョアンナの隣の席で、メモ帳をつけていた。
「ご主人は、なんでも、計画的ね!」と、ジョアンナ。
「経営コンサルタントですもの!」と、キャサリン。
「なのに、きみと、結婚?」と、マーク。
「ウウウ~」と、キャサリン。
「おなか、すいたわ!」と、ルーシー。
「ガイドブックを」と、ハワード。助手席のキャサリンに。「ありがと
う」
「今すぐ、食べたい!」と、ルーシー。
「お昼を、楽しめなくていいなら」と、キャサリン。ルーシーに、お菓
子をあげた。
「子どもの判断を、尊重してるんだ」と、ハワード。
「あのキーで、動くの?」と、ルーシー。
「まぁね」と、マーク。
 ルーシーは、母親の肩をつねった。
「ルーシー、痛いわね!」と、キャサリン。そして、夫に。「わたしを、
つねったのよ!」
「きみに無視された不安を、解消する代償行為さ!」と、ハワード。
「今度されたら、入院よ!」
「保険がきく!」

44

43
























































「アワアワアワァァァ」と、ルーシー。
「精神分析は?」と、ハワード。ジョアンナに。
「いいえ」と、ジョアンナ。
「役にたつよ」
「お話してあげるわ」と、ジョアンナ。また、母親をつねろうとした、
ルーシーに。
「ジョアンナ、助かるわ」と、キャサリン。
「おいで」と、ハワード。ルーシーを、後ろの席に抱き寄せた。
「いい子ね」と、ジョアンナ。
「昔みたいね、ミスターウォレス!」と、キャサリン。
 マークは、横目で、笑った。
 
               ◇
 
 荷台にトランクを積んだ、バンタイプの車が、片田舎のレストランに
着いた。
 ジョアンナがドアをあけると、帽子入れやボールが、ころがり出た。
「荷物を積みなおして、正解だったろ?」と、ハワード。車を降りて、
落ちたものを拾って、戻した。
「強い陽射し!」と、キャサリン。

46

45
























































「南に向かっているからね!」と、ハワード。
「おなかすいた!」と、ルーシー。「今すぐ、食べたい!」
 
               ◇
 
 レストランで、一同、食事を始めた。
「欲しくない」と、ルーシー。
 ハワードは、ルーシーに差し出した、スプーンを引っ込めた。
「一種の脅迫観念だ」と、ハワード。「くつろいで、安心感を!ついで
に、費用の話をしよう!計算方法を考えた」
 ルーシーは、ハワードのペンを奪って、テーブルクロスに、落書きを
始めた。
「ルーシーは、半人前として、全体を、9で割ったら、うまくいく!つ
まり、比率は、5対4。よし、これが、今日の、午前中の分。確認する
?」
「信じる」と、マーク。
「行こうか!」
 みんな、ナプキンで口をぬぐって、席を立った。
「私の、おうちよ」と、ルーシー。マークに、落書きを、見せた。
「立派だ。2万5千ドルはする!」と、マーク。

48

47
























































「すてきね。行きましょう!」と、キャサリン。
「もってゆく!」と、ルーシー。
「不安の表出だ!」と、ハワード。
「おいで!」と、キャサリン。
「もってゆく!」
 ルーシーが、テーブルクロスを引くと、グラスが倒れて、ジョアンナ
のドレスに、ワインがこぼれた。ジョアンナは、ナプキンで、ふいた。
「私のよ!」
「ルーシー、ダメよ!ダメなものは、ダメ!」と、キャサリン。
 レストランから出てくる、ジョアンナは、ナプキンで、ドレスをふい
ていた。
 ルーシーは、テーブルクロスを、持って出てきた。
「適応性を保持するための、再確認行為だ」と、ハワード。
「ハワードは、大人でしょ?そこが、好き」と、キャサリン。マークに。
「いつも、冷静で。そう、思わない?」
「じつに、冷静だ!」と、マーク。
「夫向きよ。あなたは、恋人向き。今も」
「もう、結婚2年目だ」
「でも、見るからに、不安定だわ」
 ハワードは、車の荷物を直していた。

50

49
























































「ジョアンナ、気を悪くしないでほしい!」と、ハワード。
「平気よ」と、ジョアンナ。まだ、ドレスをふいていた。
「平気どころか、腹を立ててるはずだ」
「シミくらい」
「違うよ。子どもの実態を、見せつけられてだ!」
 ジョアンナは、ハワードを、振り返って見た。
「予定より、17分、遅れている」と、ハワード。メモ帳を見ながら。
「マークの運転は、あと、53キロ!いいね?」
「あつい!」と、ルーシー。
「日よけの下に、停めるべきだったわ」と、キャサリン。
「分かってる!出発だ!」と、ハワード。
 車は、マークの運転で、ふたたび、走り出した。
「マミー!」と、ルーシー。
「なぁに?」と、キャサリン。
「おなか、すいた!」
 
               ◇
 
 車は、クラクションを鳴らして、親指を上げる、マークとジョアンナ
を追い越した。

52

51
























































 マークは、空の紙袋を、丸めて投げつけた。
「予定があるっていうのに!」
 テーマ曲が、ピアノで流れ始めた。
 ふたりは、湖沿いの石橋の欄干に座った。
「2人なのが、マズいんだ!」
 車が、また、親指を上げるマークの前を、走りすぎた。
「オレなら、ひとりのヒッチハイカーは、かならず、乗せる!」
 また、車が来たので、マークは、親指を上げた。
 白のベンツに乗っていたのは、10年後の、マークとジョアンナで、
親指を上げていたのは、オランダのカップルだった。
 
               ◇
 
 林の中で、白のベンツは、黒いセダンを、追い抜いた。
「ムチャしないで!」と、助手席のジョアンナ。黒皮のジャケットを着
ていた。
 マークは、湖の脇に、急ブレーキで、車をとめた。
「もっと、マシな運転、できないの?」
「きみが、運転しろ!」と、マーク。
「わたしは、歩くわ!」

54

53
























































 ジョアンナは、車を降りて、歩き出した。
「オーケー、歩けよ!」
 ジョアンナは、車の前を、横切って、湖沿いの道を歩いた。
「そう、むきになるなよ!」
 マークは、ゆっくり、車を動かして、ジョアンナの横をついていった。
「ひとりの方が、順調でしょ?」と、ジョアンナ。
「ジョアンナ、なんてこと言うんだ!」
「行けば?モーリスが、待っているわ!」
「待たせる」
「モーリスに、首輪でつながれて」
「モーリスがいなければ、今ごろ、オレたちは」
「幸せよ!」
「貧乏だ!」
「でも、幸せよ!」
「また、地下室に住みたいか?」
「地下室が好きだったわ!」
「いや、嫌っていた!」
「そうね、嫌ってたわ。他人の言いなりも、イヤ!指図さしずされると、腹が
立つ、ただ、それだけよ!」
「じゃあ、きみがやればいい!きみの責任で、家や、家庭教師や」

56

55
























































「欲しくない!」
「欲しくないって?ウソつけ!高級腕時計だって」
「返すわ!いらない!」ジョアンナは、腕時計をはずして、窓から、投
げ入れた。
「女は、夢がかなうと、傲慢ごうまんになる!」
「あなた自身の、夢でしょ!」
 マークは、車をとめて、窓から腕時計を出した。
「ジョアンナ、きみの時計だ!」
 ジョアンナは、そのまま、歩いていった。
「ジョアンナ、愛してる!」
 ジョアンナは、やっと、立ちどまった。戻ってきて、腕時計を受け取
り、助手席に座った。
「さぁ、モーリスが待ってるわ!」
「ふん!」
 
               ◇
 
 湖沿いの石橋の欄干に座る、ヒッチハイクのマークとジョアンナ。
「いっしょじゃ、だめみたいだ」と、マーク。「運がない。別れよう!
別々の道を進み、また、会えたら会おう!」

58

57
























































 マークは、リュックを背負った。
「もし会えなかったら、よい、休暇を!悪いが、オレには」
「予定があるんでしょ?」と、ジョアンナ。
「そのとおり!」
 マークは、先に進んで、また、親指を上げた。車は、走り去った。
 石橋に座っていたジョアンナも、ためしに、親指を上げた。
 グレーのアルファロメオがとまった。
 ジョアンナは、助手席に乗り込んで、歩いていたマークに、手を振っ
た。
 歩きつづける、マーク。テーマ曲が、チェロのメロディで、聞こえた。
 道の合流地点に来ると、一時停止の標識の影から、ジョアンナが、標
識のマネをしながら、現われた。
「ハハハ」と、マーク。「アルファロメオの紳士は?」
「あなたのことを話したら、降ろされたわ」と、ジョアンナ。
「言っとくが」
「言わないで!」
 羊を満載したトラックが、警笛を鳴らしながら、とまった。
 
               ◇
 

60

59
























































 羊の荷台から、トランクを降ろす、マーク。ジョアンナが、下で、ト
ランクを受け取った。
「コーヒーでも?」と、マーク。
「メェェェ」と、ジョアンナ。
 テラスのテーブルに、コーヒーが2つ、運ばれてきた。テーマ曲が、
チェロとハープで流れた。
 別の小さな、ホテルの食堂。
「室は、ある?」と、マーク。
「ウィムッシュー」と、店主。鍵を持って、階段をあがった。
 マークは、両手に、トランクを持って上がった。ジョアンナのトラン
クも。
 踊り場から、下の食堂の夫婦が見えた。
「会話なく、座ってる、ふたりとは?」と、マーク。
「ご夫婦ね?」と、ジョアンナ。手ぶらなので、手をうしろに組んでい
た。
 服を、脱ぎっぱなしの、室。ベッドで、シーツにくるまれた、ふたり。
「主義に反するんだが」と、マーク。
「あら、そう。いつもだったら、困るわ」と、ジョアンナ。
「ホテルに泊まらない、主義だよ」
「絶対、泊まらなかったの?」

62

61
























































「そのための、寝袋さ」
「気がつかなかったわ」
「きみは、誰?」
「少女よ」
 





            3
 
 白のポロシャツとベージュのズボンの、マークと、黄と赤のストライ
プのドレスに、サンバイザーのジョアンナ。荷物は、手提げ以外は、後
ろのふたりの、ポーターがすべて、運んでいた。
「あーあ」と、ジョアンナ。大あくびをした。
「よく、眠れた?」と、マーク。
「あの室は、板を叩く音が、うるさかったわ。不便な旅に耐えるのは、
イヤ」白のベンツの、助手席のドアをあけた。「次は、モーリスに室を
予約させて!高級カーペットで、こんな音のしないとこ。プシュプシュ

64

63
























































プシュプシュ」
 うしろのトランクがあくと、マークのあごに当たった。
 
               ◇
 
 白のベンツが、野原の道を、通り過ぎた。
 バンタイプの車をとめて、体操していたのは、ハワード。
 全員、車の外で、休憩していた。
「さて、つぎは」と、ハワード。メモ帳を見ながら。「運転は、ジョア
ンナ。女帝、キャサリンは、助手席。いいかい?」
「旅は、あと、3週間あるんだ」と、マーク。ジョアンナに。「おおい
に、楽しもう!」
「信じられないかもしれないけど」と、ジョアンナ。「ベストを尽くし
てるわ!」
「そう、ヤケになるなよ」
「オーケー?」と、ハワード。
「マミー」と、ルーシー。「ジョアンナが、こっちを見てるわ」
「ルーシー、なに言ってるの?」と、キャサリン。そして、ジョアンナ
に。
「ジョアンナ、ちょっといい?ルーシーには、あなたの好意が伝わって

66

65
























































なくて、ルーシーは、あなたに好かれてないと、思ってるわ。そこで、
提案があるんだけど」
 ジョアンナは、小さくうなづいた。
「すこし、くど説いてみたら、どうかしら?」
「くどく?」と、ジョアンナ。
「そう、ちょっとだけね」
「オーケー!」と、ハワード。「旅をつづけよう!」子ども用の洗面器
に、消臭スプレーをかけて、ルーフキャリアに。
「ルーシー、いらっしゃい!」と、キャサリン。
 全員、車に乗り込んで、ジョアンナの運転で、走り出した。
「冷温水完備、フロ」と、キャサリン。観光ガイドを、声に出して、読
んだ。「無料駐車場、電話あり。食堂では、ラジオ禁止」
「まあまあか」と、ハワード。
「ホテルは、イヤ!」と、ルーシー。母親の隣で。
「夜だけの、おうちよ」と、キャサリン。「気に入るわ」
「絶対に、イヤ!」と、ルーシー。
 ルーシーは、目の前の車のキーを、ひねって抜いた。ラジオの音が、
消えた。
 車は、ゆっくり、干草ががおかれた脇に、とまった。
「ルーシー」と、ハワード。「キーを、返してもらえるかな?」

68

67
























































「イヤ!」と、ルーシー。キーを、高くかかげた。
「それじゃ、ここで、夜を過ごすことになるよ。いいのかい?」
「いいわ!」
 運転席の、ジョアンナは、窓に、肘をついた。マークは、後ろの席で、
じっとしていた。
「食事もないよ?」
「おなかすいてない!」
「さっきスナックを」と、キャサリン。
「キャシー、黙って!」と、ハワード。「返すんだ!」
 ハワードは、左手で、キーを奪い取ろうとした。
 ルーシーは、窓の外へ投げた。
 夜。
 車のライトで、道路脇の、干草の中を捜していた。
「スペアキーは?」と、マーク。干草を、かきわけながら。
「今のが、スペアだったんだ」と、ハワード。懐中電灯をかざしていた。
「マミー、疲れた!」と、ルーシー。助手席で、足を外に出していた。
「まだ、子ども、ほしい?」と、マーク。
「ほしいわ」と、ジョアンナ。「ルーシーは、いらないけど」
「結婚前に、約束しただろ?子どもは、作らないって」
「結婚前は、作ってないわ!」

70

69
























































「ルーシー」と、ハワード。「キーをなくしたことは、笑い事では、す
まないんだよ。わかるね?どこに、落ちたか、見たかい?」
「ええ」
「いい子だ、どこだい?」
「言わない!」
「言いなさい!」と、ジョアンナ。
「そこよ!」と、ルーシー。ジョアンナの気迫に、押されて。
 ハワードが懐中電灯で照らすと、キャサリンがすぐにキーを見つけた。
「くどけたわ!」と、ジョアンナ。
 
               ◇
 
 湖の岸にとめられた、MG。
 ジョアンナは、MGのバックキャリアから、コップの水を地面のシー
トの上に置いた。
 そして、テントの空気を抜いた。
「起きる時間よ!」と、ジョアンナ。
 テントから、顔を出す、マーク。
「朝食の時間よ!」と、ジョアンナ。テーマ曲が、ピアノで聞こえた。
 マークは、MGの脇に座って、カップを飲んだ。

72

71
























































「おいしい紅茶だ」と、マーク。
「コーヒーよ!」
「おいしい、なにかだ」
「メェェェ」と、ジョアンナ。
 マークは、エンジンルームをあけた。
「よし、エンジンをかけて!」
 ジョアンナが、キーをまわすと、エンジンがかかった。
「さぁ、いこう!」マークは、エンジンルームをしめて、助手席に飛び
乗った。
「快調だ!」
 砂利道の坂で、とまって、後戻りした。
「失敗したわ」と、ジョアンナ。
「きみの失敗だ」と、マーク。
「代わって!わたしは、イヤ!」
 マークは、運転を代わった。
 砂利道の坂で、とまって、後戻りした。
「あなたが、失敗したわ」と、ジョアンナ。
 砂利道の坂を、ジョアンナの運転で、バックギアでのぼり切った。
「やったわ!」と、ジョアンナ。
 マークは、なにも言わなかった。

74

73
























































 走っているMGから、なにかが落ちて、ジョアンナは、車をとめた。
 マークは、後ろに落ちた、マフラーの一部を布でつまんでくると、車
の下で布で継ぎ足した。
「これで、なんとか」と、マーク。
 一面、麦畑の道を、黒煙をあげて、走るMG。
「たき火のにおいだ!」と、マーク。運転しながら。
「たき火、大好き」と、ジョアンナ。助手席で。「いつか、広い庭で、
たき火をいっぱいやりましょう」
「木のかおりって、いいな。ヒッコリーの香りは?」
「一度も」
「北米産の木だ。キャシーに、送ってもらおうか。缶詰があるんだ」
「次の旅で、直接、お土産みあげで」
「招待するのか?」
「赤ん坊を、見にくるわ」
「いいや、え、まさか!」
 ジョアンナは、うなづいた。
「ああ、はは、これが、きみの、サプライズ?」
「そんなに驚くこと?」
「夢を、ぜんぶ、かなえる気だな?なにで、乾杯しよう?」
「これじゃ、どう?」ジョアンナは、荷物から、カップを2つ出した。

76

75
























































 別の車が、クラクションを鳴らしながら、窓から手を振った。
 マークとジョアンナも、カップを高くあげて、歓声にこたえた。
「ずいぶん、南に来たな」
「だいぶ、あったかいわ」
「ああ」
 後ろの車が、また、クラクションを鳴らしながら追走してきた。
「はやく、追い越せよ!」
「マーク、火事よ!」と、ジョアンナ。後ろを見て、煙に気づいた。
「どこ?」
「ここよ!車が燃えてる!」
 マークは、脇道へ入って、車をとめた。黒い煙が立ちのぼった。
「見えないわ」と、ジョアンナ。
 荷物をすべて、車から降ろし、エンジンルームをあけると、火が出て
いた。
「水だ!」と、マーク。
「どこ?」と、ジョアンナ。
「さがせ!」
「これよ!」
 マークが、ミネラルウォーターをかけると、火はさらに、燃え広がっ
た。

78

77
























































「あら、水が好きなんだわ!」と、ジョアンナ。
「下がって!」
「どうするの?」
「だから、下がって!」
「通報したわ」と、女性。
 向かいの大きなホテルから、人々が集まってきた。
「消防車が来るわ」
 消防車の泡で、燃えてるMGは、おおわれた。
 マークは、泡の中から、バッグを見つけて、ジョアンナに手渡した。
「パスポートを」と、消防署の背広の弁護士。
 マークは、泡のバッグを出した。ジョアンナは、すぐに、別のバッグ
から、パスポートを出した。
 弁護士が、パスポートを見ていると、モーリスの乗ったグレーのベン
ツが通り過ぎた。
 
               ◇
 
 バンタイプの車は、ハワードの運転で、レストランに着いた。
「日陰に停めてね」と、助手席のキャサリン。「ランチの後で、また、
暑い車に乗りたくないわ」

80

79
























































 屋根のある、車庫の前でとまった。
「あのフランス語は?」と、ハワード。
「関係者専用」と、ジョアンナ。
「こっちは、客だ」
「パパ」と、ルーシー。
「ああ」と、ハワード。
「中国は、ビッチって、どういうこと?」
「どこかに、駐車を」と、キャサリン。
「中国は、やっかいという意味さ。分かってるよ、キャシー、今、動く
よ」
「あそこがいいわ」
「気づいているよ」
 ハワードは、車を、低い屋根のある車庫に入れると、荷台のトランク
がすべて、屋根にぶつかって、落ちた。
「パパ」と、ルーシー。
「ああ」と、ハワード。
「わざと、やった?」
「いいや、ルーシー、わざとじゃない」
 キャサリンは、虫を追い払うしぐさをした。
 ハワードは、消臭剤を噴射した。

82

81
























































 
               ◇
 
 ジョアンナは、湯船のマークの顔に、シャワーを噴射した。
 ふたりとも、顔が、煙のすすだらけだった。
「愛してる?」と、ジョアンナ。ピンクのシャツ、ピンクの短パンで、
湯船の外から。
「と、彼女は、問う」と、マーク。
「どうなの?」
「拷問中の、自白は、無効だ!」
「どうなの?」
「イエス!」
「ヘヘヘ」ジョアンナは、シャワーの拷問をやめた。
「追い出されるぞ。むしろ、いいか。きっと、高い室だ」
 室は、広く、豪華なつくりだった。マークは、ホテルの白のバスロー
ブ。
「天国だわ」と、ジョアンナ。「おなか、すいたわ」
「ここでは、食べられない。ダイエットしかない」
「お昼も、まだなのよ」
「ぼくらには、手の出ない値段だ」マークは、請求書を見ていた。

84

83
























































「ああ、飢え死にするわ」
「自制心を、きたえろ!」
 バスルームで、ジョアンナは、お経を唱えた。
「わたしは、おなかがへってない。あなたは、おなかがへってない。わ
れわれは、おなかがへってない」
 服に着替えた、マークが見に来た。
「わたしは、空腹!あなたは、満腹!」
「妊娠中は、食べすぎに注意しないとね」
「まだ、2か月よ!村に、お店があるはずよ」
「おなか、すき過ぎらしいな。じゃ、薬局で、なにかを」
「ハンバーガー!」
「そういう名前のピル?」
「ラージサイズのハンバーガーピル!ホテルの人には、見られないで!」
 紙包みを持って、村道を歩く、マークを、白のベンツが追い抜いた。
 
               ◇
 
 白のベンツが、畑の道を走った。
「食事は?」と、マーク。グレーのスーツで、運転していた。
「食事って?」と、ジョアンナ。オレンジのシャツに、サングラス。

86

85
























































「なつかしの、サンジェストじゃ、なぜ、だめなんだ?」
「ドレスじゃないもの」
「前は、すすだらけで入ったんだぞ」
「着がえるわ」
「それがいい」
 花柄のドレスに着がえる、ジョアンナと、目が合ったルノーの男性は、
脇の草地に乗り上げた。
 白のベンツは、サンジェストの玄関につけた。
「まだ、うしろのチャックが」と、ジョアンナ。イアリングを、付けな
がら。
「ボンソワール、マダム」と、ポーター。
 
               ◇
 
 マークは、紙包みを上着の中に隠して、ホテルへ。
「ボンソワール、ムッシュー」と、女性オーナー。
「ボンソワール、マダム」と、マーク。
「召し上がれ」と、オーナー。食堂へ入る、夫婦に。「メルシー」と、
夫婦。
 階段で、マークは、りんごを、いくつも落とした。別の夫婦が、拾っ

88

87
























































てくれたものを、受け取って、マークは、階段を上がった。
 ジョアンナは、待ちきれずに、ドアをあけた。ホテルの白のバスロー
ブ姿。
「あやうく、警官につかまるところだったよ」と、マーク。
 ベッドの上に、りんごやパンを、上着のおなかから出した。
 ジョアンナは、大喜びで、りんごをマークの口へ。
「ピルよ」と、ジョアンナ。「ハンバーガーピル!」
 マークは、ぶどう酒のせんを抜いた。
 
               ◇
 
 ランチをとる、花柄のドレスのジョアンナと、グレーのスーツのマー
ク。
 ポーターは、ワインをそそいで、テーブルに置いた。
 マークは、黙って、ワインのグラスを上げた。
「会話なく、座ってる、ふたりとは?」と、ジョアンナ。
「ご夫婦さ」と、マーク。
 
               ◇
 

90

89
























































 メイドが、豪華なつくりの室へ入ってきた。
 マークは、イスで、雑誌を読んでいた。
 ベッドに、ジョアンナ。
 マークは、指を口にあてて、静かにという仕草。
 メイドは、そっとして、出て行った。テーマ曲が、スローテンポで聞
こえた。
 マークが、シーツをめくると、カップやら缶詰やパンが、出てきた。
ジョアンナは、バスローブのまま、ぶどう酒をがぶ飲みした。
「缶詰のサーディンと、ベッドをともにする女なんて、きみしか知らな
い」と、マーク。
「あなたが、どんなサーディンでもいいわ。好きよ!」と、ジョアンナ。
食べ始めた。「おなかが大きくなったら、イヤ?」
「イヤだね」食べながら。
「浮気する?」
「堂々と」
「ダメ!」
「いいって、言ったろ?」
「結婚したときに、浮気しないって約束したわ!」
 
               ◇

92

91
























































 
 サンジェストの一室。マークは、設計図を広げて、仕事していた。グ
レーのスーツは、イスに。
「背中のチャック、下げてくれる?」と、ジョアンナ。花柄のドレスで。
 マークは、設計図から、顔を上げて、チャックを少し下げた。
「どうも」と、ジョアンナ。バスルームに向かった。
「いいえ」と、マーク。
「寝ないで、仕事?」
「疲れた?」
「いいえ」
「すぐ、終わるよ」
「秘書を通さないと、ダメ?」
「いつから、そんな皮肉屋に?」
「結婚してからよ」パスルームから、シャツ1枚で。
「結婚したっけ?」
「ええ。覚えてる?いつ、ふたりの旅が、つまらくなったのかしら?」
「ああ、公認になったからね。覚えてる」
 マークは、ペンを置いて、立ち上がった。そして、ジョアンナに、ピ
エロのような仕草をした。
 

94

93
























































               ◇
 
 ホテルの白のバスローブのジョアンナは、食べ終わった、スプーンや
ナプキンを、バスケットに片付けた。白のTシャツと短パンのマークも、
手伝った。
 窓の外に、湖。テーマ曲が、ピアノで聞こえた。
「あの素敵な湖はみずうみ」と、ジョアンナ。「素敵な蚊を、いっぱい育んはぐくでる
んでしょうね」
「窓をしめよう!」と、マーク。
「窒息しちゃうわ!」
 マークは、窓をしめた。
 ふたりは、白のシーツにくるまれた。
 蚊の音。ジョアンナは、自分の顔を叩いた。
 白のシーツを頭までかぶると、足が外に。
「蚊は、いないと思えばいい」と、マーク。
「ええ、そうする」と、ジョアンナ。「おやすみ」
「おやすみ」
 ふたたび、蚊の音。
「マーク、蚊は、いるわ」
「いいや、いないさ」マークの足に、蚊がとまった。「うゎ、蚊だ!」

96

95
























































マークは、足をかいた。
「いいアイデアが、あったんだけど」と、ジョアンナ。
 朝。ベッドにテントが張られていた。
「よく寝られた?」と、マーク。
「ぐっすり!」と、ジョアンナ。「ヘンな夢を、見たわ!」
「どんなヘンな夢だった?」
「あなたが、自分で設計した、最高の家を建ててくれる、夢」
「ふーん」
「それから、わたしが、三つ子をうんだの」
「人口増加に、貢献ってわけか?」
 テントをたたむと、ノックの音。ふたりは、ベッドにもぐりこんだ。
「どうぞ」と、マーク。
 メイドが、朝食を運んできた。
蚊帳か やを、ご使用にならなかったんですか?」と、メイド。
 マークとジョアンナは、顔を見合わせた。上には、蚊帳か やが、たたまれ
たままだった。
「使わないで、すんだわ」と、ジョアンナ。
 メイドが、朝食の盆を、ベッドに持ってきた。ふたりは、首をふった。
「お食べにならないんですか?」
「戒律で」

98

97
























































 メイドは、朝食をそのまま、運び出した。
「早いとこ、ここを、出よう!がまんも、限界だ」
 ふたりは、着替えて、フロントへ降りた。
「食事のご辞退は、残念ですわ」と、女性オーナー。
「ぼくらもです。戒律で」と、マーク。
「特に、今は、セット料金ですし」オーナーは、請求書を見せた。「こ
ちらに」
「なんて?」
「シーズン中は、料金に、夕食代と朝食代が、すべて、含まれます。い
つもです」
 マークは、財布から、紙幣を何枚か出した。ジョアンナは、目をつぶ
った。
「ありがとう」と、オーナー。「外で、消防署の方が、お待ちですわ」
「消防署の方?」
「ええ、消火費用のことなどで。またの、ご利用を」
「メルシー」と、マーク。そして、ジョアンナに。「フランス語で、分
かりません、払いませんは、なんて?」
「ウィムッシュー」と、ジョアンナ。
 マークは、消防署の背広の弁護士と会った。
「ウィムッシュー」と、マーク。

100

99
























































「3000フラン」と、弁護士。
「ウィムッシュー」と、マーク。
「さらに、5000と、2500と2500と、2500。以上です」
「以上?」
「以上です」
 マークは、支払いを終え、丸こげのMGの脇にいた、ジョアンナのと
ころへ。
「あと、1000」と、弁護士。「税金です」
「なんの税金?」と、マーク。ジョアンナが、フランス語で伝えた。
「総額への」と、弁護士。
「1000フランも?」と、マーク。
「どういう計算ですか?」と、ジョアンナ。
「1000です」と、弁護士。
「でも、なぜ?」
「規則です、マダム」
「これじゃ、まるで、追いはぎだ!」と、マーク。
「カッとしないで!」と、ジョアンナ。
「カッとしてない!」と、マーク。さらに、1000フラン、払った。
「サービスは、1000で」と、弁護士。
「処分料金よ」と、ジョアンナ。

102

101
























































「自分たちで、やるから」と、マーク。
「どこで?」と、弁護士。
「どこでって?」と、ジョアンナ。
「どこか、よそだ」と、マーク。そして、ジョアンナに。「行こう!」
 マークとジョアンナは、MGを押し始めた。
 押してるうちに、うしろから、クラクションを鳴らした車が来た。
「聞こえてるって」と、マーク。
 マークとジョアンナは、立ちどまって、うしろを振り返った。
 MGは、坂道をくだり始めた。
「オリャハー」と、ジョアンナ。マークの腕をとって、MGを追った。
 MGは、下り坂で加速して、ふたりは追いつけずに、立ちどまった。
 MGは、道をそれ、畑の干草小屋にぶつかって、柱を3本倒した。
 畑の農夫は、トラクターをおりて叫んだ。「なんてこと、しやがる!」
「処分できた」と、マーク。
 






104

103
























































            4
 
 うしろの車は、モーリスの運転する、グレーのベンツで、とまって見
ていた。
「アハハハハ」と、助手席の夫人のフランソワーズ。
「保険なんて、入ってないさ」と、農夫。「そんな余裕ない。2年前の
火事では、誰も、弁償しちゃくれなかった」
 モーリスは、マークの代わりに、農夫に、紙幣を1枚づつ渡していた。
「今度は、無人車が暴走!こんなことするなんて!」
 農夫は、横目で、マークとジョアンナを見た。
「あきれたもんだ!よこせ!」モーリスは、紙幣を全部、渡した。
「これで、許そう!」と、農夫。
 野原の道を走る、グレーのベンツ。
 マークとジョアンナは、グレーのベンツの後部座席に乗っていた。
「これぞ、人生」と、マーク。
「その建築家が、最悪でね」と、モーリス。「後任をさがしている」
「夫も建築を」と、ジョアンナ。
「アハハハハ」と、フランソワーズ。「こわすだけじゃ、ないのね?」
「バス停を」と、マーク。
「もう忙しくて」と、ジョアンナ。

106

105
























































「今は?」と、モーリス。
「たまたま、あいてます」と、ジョアンナ。
「よかった。具体的な話をしよう。正直、今、ピンチでね」
 グレーのベンツは、クリーム色に濃茶のバンタイプの車を追い越した。
 
               ◇
 
 バンタイプの車は、強引に追い越されて、急ブレーキをかけた。
「コミュニストめ!」と、ハワード。運転席の窓から、叫んだ。
「大丈夫?」と、キャサリン。
「ええ」と、ルーシー。
「シャンティリーだ!」と、ハワード。「ガイドブックに?」
「あるはずだ」と、マーク。
「寄りましょう!」と、ジョアンナ。
「また、ルーシーのお昼が、遅れると」と、キャサリン。
「そうだな、道をはずれるし」と、ハワード。
「ハーウィ、ギリシャに着く前に言っておくと」と、マーク。「アクロ
ポリスも道をはずれる」
「オーケー、民主的にいこう」と、ハワード。
 車は、シャンティリーに寄った。絵葉書を見て、遺跡で記念写真を

108

107
























































って、みんなで、アイスを食べた。ルーシーの用を済ませて、ふたたび、
車は、旅を続けた。
「名所を、のんびり」と、ハワード。「歩くのは、いいもんだ。ジョア
ンナに、感謝しなくちゃね」
「ジョアンナを、嫌いなんでしょ?」と、ルーシー。
「もちろん、好きだとも」
「でも、マミーは、英国のイモ女って言ってたわ」
「4者関係の未来にとって、重要だと思うので」と、ハワード。「その
発言の、文脈を説明しよう」
「4者関係にとって、重要なのは」と、マーク。「われわれに、未来は
ないと、悟ることだ」
「マーク、そう、早まらないで」と、ハワード。運転席の窓から。車は、
道端にとめられていた。
 マークは、降りて、ルーフキャリアから、バッグを下ろしていた。
「もはや、限界だ」と、マーク。
「苦労して、積んだのに」ハワードは、車を降りた。「ジョアンナの気
持ちも、考えろ」
「分かりきってる」
「自分が原因で、旅がダメにと」
「きみは、最低だな」

110

109
























































「侮辱してもいいが」
「するさ」
「きみは、夫として、横暴だ」と、ハワード。
「ぶん殴られたいか」と、マーク。
「大人の態度とは、言えないね。マーク、そう、手荒に扱わないで。こ
れは、蓄音機だ」
 マークは、自分たちの荷物を、すべて降ろして、草地に移した。
「来い、ジョアンナ」と、マーク。
 マークは、ドアをあけて、後部座席のジョアンナの荷物も、外へ出し
た。
「彼女がどうしたいか、聞くべきだ」と、ハワード。
「さぁ、おいで、ベイビー」と、マーク。
「出た」と、ハワード。「じつに、象徴的な言葉だ。ベイビーと呼んで、
彼女の意志を封じている。忠告しておく。きみは、彼女の自我を、否定
しているんだ」
「ハワード」と、マーク。「きみは、地球最大の、未開発天然ガスのか
たまりさ」
 モービルガスの赤いトラックが、通りすぎた。
 
               ◇

112

111
























































 
 赤いトラックのあとで、道を渡ったのは、ヒッチハイクのマークとジ
ョアンナ。
 ふたりは、手をつないでいた。
 カフェのオーナー夫婦が、言い合いしているのが、外から見えた。
「朝から、ケンカだ」と、マーク。
「原因は?」と、ジョアンナ。
「さぁね」
「ありがちなのは?」
「お金とか。いるとか、いらないとか」
「または、その逆も、あるわ」
「カウンターの位置が、わるい」
「ショーケースかも。おかしいわ」
「それが、きみの、結婚」
「彼らのよ」
「それが、結婚。おしまい」
 
               ◇
 
 カフェのオーナー夫婦の言い合いと、口を合わせて。

114

113
























































「ハワードやキャシーは、友人なのに」と、マーク。「ジェラシーから、
きみは、不機嫌な顔を」
「3人も」と、ジョアンナ。「マックスウェルマンチェスターがいるな
んて、最悪よ」
「結婚したときに、いつも、幸せそうにするって、約束したろ?」
「そうよ」
「なぜ、幸せそうにできないんだい?」
「できないからよ」
 ジョアンナは、トランクケースの横に、座った。
「約束を破ったわけ?」
「いつもは、幸せよ。愛しているんだし」
「それは、別問題」
「それこそ、問題でしょ?」
「きみが、正しい」
「正しい?」
「そうさ。さて、レストランで、食事だ」
「いいわね。行きましょ」
「くたばれ、マックスウェルマンチェスター、フランケン一家め!今後、
旅は、必ず、ふたりきりで」
 マークとジョアンナは、トランクを手に、草地を歩いていった。

116

115
























































 赤のオープンカーが、走り去った。
 
               ◇
 
 赤のオープンカーを、ひとりで運転する、マーク。
「マイダーリン、ジョアンナ」と、マーク。手紙で。「旅は、順調。新
車も、ごきげんだが、辛抱しんぼうが限界。きみに、なにがなんでも、会いたい」
 うしろから、警笛を鳴らした、水色のオープンカー。
「きのうの夜は、ずっと、運転していた。思い出のホテルも、きみなし
で、泊まる気になれない」
 黒の服の、ブロンドの女性が、運転していた。
「結局、かわいそうな古いMGを、葬っほうむた近くで、車を停めて、眠った」
 マークは、ゆっくり走る、水色のオープンカーを、追い抜いた。
「こんな旅は、できれば、したくない。しかし、家とかキャロラインの
ために、働かないとね」
 ふたたび、抜き返す、水色のオープンカー。
「幸運にも、今回は、いつもより、稼げそうだ。それに、やりがいも、
ある。ずっと、きみがいてくれたら、いいのに」
 さらに、抜き返す、マーク。
「ドライブは、順調だが、ひとりだと、退屈だ。はやく、現場に着いて、

118

117
























































仕事を終わらせたい。朝の3時とかに、起こされると、とたんに、きみ
とキャロラインが、恋しくなる。人生って、退屈だ。今夜も、夜通し走
って、朝、現場に着いて、お客と打ち合わせしたら、おわりだ」
 町のホテルの駐車場に、停めてある、赤と水色のオープンカー。
「いつものことだが、終わった瞬間、きみのもとへ、帰りたい。仕事が
山積みで、これ以上、書けない。時間を見つけて、また、書くよ。愛を
込めて、マークより」
 次の朝、分かれ道。マークは、左に。水色のオープンカーは、右に。
手を振って。
「追伸、つぎの旅では、ぼくらのルーシーベルも、いっしょに」
 赤のオープンカーが、トンネルへ入った。
 
               ◇
 
 トンネルから、出てきたのは、マークの運転する、赤のオープンカー。
「もう、いらない」と、キャロライン。助手席のジョアンナに抱かれて
いた。
「マーク、食べて」と、ジョアンナ。残りのアイスクリームを差し出し
た。
「いらない」と、マーク。

120

119
























































 
               ◇
 
 ヒッチハイクのマークとジョアンナ。マークは、リュックを背負って、
両手にバッグ。ジョアンナは、手ぶらで、マークの口に、アイスクリー
ムを食べさせた。
「うーん」と、マーク。アイスクリームの冷たさに。
 雷鳴がとどろいて、ふたりは、上を見た。
 突然の雷雨のなか、走る、赤のオープンカー。
 ヒッチハイクのふたりは、道端の木の下で、雨宿りした。マークは、
グレーの毛糸の帽子を、ジョアンナにかぶせた。
 
               ◇
 
 サンジェストの一室。マークは、床に、設計図を広げて、仕事してい
た。
「夕食にゆで卵ね、キャロライン?」と、ジョアンナ。キャロラインを
ベッドに立たせて、パジャマを着せていた。メイドが、子ども用ベッド
を運んできた。「卵を、3分半、ゆでたものを。パンもね」
「はい」と、メイド。室を出て行った。

122

121
























































「悪いけど、キャロラインを見ててくれる?」と、ジョアンナ。
「ああ」と、マーク。
「洗濯するあいだだけ」
「オーケー」
 ジョアンナは、洗面所で、タオルを洗った。
 
               ◇
 
 雨の中、マークの帽子を絞って、また、かぶるジョアンナ。
 マークは、ジョアンナを見失って、道端に置かれた、土管の中を見た。
「ヘーイ!」と、マーク。
「はいって!」と、ジョアンナ。
 土管は、直径1メートルほどで、マークは、中に入って、ふたりで横
になった。
 
               ◇
 
「まだ、来ない?」と、ジョアンナ。
「なに?」と、マーク。床に広げた、設計図で、仕事していた。
「キャロラインの夕食」ジョアンナは、洗面所から顔を出した。「きい

124

123
























































てきて、くれる?」
 キャロラインは、床で、ジュータンに歯磨きチューブを出して、遊ん
でいた。
「キャロラインを、見ててって言ったのに」と、ジョアンナ。
「ごめん」と、マーク。「でも、あす、お客と打ち合わせがあるから、
終わらせたいんだ」
「わたしが、行くからいい」
「ぼくが、行く」
「けっこうよ」
「ジョアンナ、ぼくが、行く!」
 マークは、下のフロントへ降りていった。
「ゆで卵は、まだか?」と、マーク。「30分も待たされて、いるんだ
ぞ」
「シェフが不在で」と、フロントのオーナー。
「なに、やってる?」
「どうか」
「急げよ!」
「お静かに!」
「5分でできないなら、出る!」
 マークは、室に戻った。

126

125
























































「出るぞ!」と、マーク。床に広げた設計図を、片付け始めた。
「出る?」と、ジョアンナ。
「出る!」
「でも、キャロラインは、パジャマよ!」
「それで、いいさ。誰が、泊まってやるもんか!人を、バカにしやがっ
て!」
「ゆで卵を頼んだのに、退去するわけ?」
「出ると言ったら、出るんだ!行こう!早くしろ!」
 雨の中、ルーフを出して走る、赤のオープンカー。
「朝のお茶にも、戻らない」と、ジョアンナ。
「もう1回、マミー」と、キャロライン。
「バンブビー、バンブビー、ハチさん、おウチを飛び立って、だけど、
うっかり湖へ。朝のお茶にも、戻らない」
「パパ、あひるさん、やって」
「クワークワークワー、クワクワクワ」と、マーク。ジョアンナは、マ
ークが両手でほおをゆするあいだ、ハンドルを代わりに持っていた。
「どうも」と、マーク。
 
               ◇
 

128

127
























































 マークとジョアンナは、土管の中で、眠った。外は、雨。
 
               ◇
 
 別のホテルの1室。ジョアンナは、キャロラインを、子ども用ベッド
に寝かしつけて、服のまま、ベッドに横になった。
「すべて、ぼくのせいさ」と、マーク。ベッドに、腰掛けていた。
「やっと、寝かしつけたのよ。大声は、やめて」と、ジョアンナ。
「きみが欲しいものを、よこさないから、あのホテルを出たんだ!オレ
は、ゆで卵なんて、欲しくもないんだ」
「キャロラインは、あなたと関係ないの?」
「子どもを欲しがったのは、きみだ」
「キャロラインに、そう言えるの?」
「きみに、言ってるんだ。キャロラインは、愛してる」
「愛がなんだか、知らないくせに!」
「しー!」
「愛がなんだか、知らないくせに!」
「つらいな」
「勝手なイメージに、酔ってるだけじゃない!」
「ハハハ」と、マーク。「急に、おなかがすいてきた。きみは?」

130

129
























































「誰とでも、いいんでしょ?」
 マークは、離れた。「いつでも、喜んで、別れるぞ」
「大喜びでね」
「そうだな」
「ああ」
「ジョアンナ」
 キャロラインが、声を出したので、ジョアンナは、起き上がった。
「ケンカもできない!」と、マーク。
「ほっといて!」と、ジョアンナ。
 マークは、壁をたたいて、隣の室へ。
「自分勝手!」と、ジョアンナ。
 翌朝、早く、ジョアンナは、ひとりで、目を覚ました。そして、隣で
眠っている、マークの背中を見た。
 
               ◇
 
 マークとジョアンナは、土管の中で、目が覚めた。晴天だった。
 大型トラックに、土管ごと運ばれていた。
 停まったトラックの、土管のさきに、地中海が見えた。
 さきに降りた、マークが、ジョアンナをかかえて降ろした。

132

131
























































「あれが、地中海というものさ」と、マーク。
「泳ぎましょ」と、ジョアンナ。
 
               ◇
 
 キャロラインは、砂浜へはしった。
「食欲は、なぞだ」と、マーク。
 赤のオープンカーで、キャロラインのおもちゃのバケツを、ジョアン
ナに渡していた。
「急に、哲学?」と、ジョアンナ。
「食べるほど、食欲が減る」
「儀礼だからよ」
「儀礼?」
「ええ」ジョアンナは、砂浜のキャロラインのところへ。
 






134

133
























































            5
 
 ヒッチハイクのふたりは、夕暮れに、砂浜に着いた。
「遅かった!日暮れだ!」と、マーク。
 夕陽をバックに、テーマ曲が聞こえた。
「わたし、とても、幸せ。愛してるわ」と、ジョアンナ。「はやく、ベ
ッドに」
「疲れた?」
「いいえ」
 力を抜いたジョアンナを、抱き上げた。ジョアンナは、重かった。
「ロマンティックなふりは、おわりだ」
「すぐおわりね!」
「ロマンスは、短い運命なのさ」
「短いけど、幸せ」
「遅れたものが、電気を消す!」マークは、荷物を持って、走りだした。
「わたしが、勝つわ!」ジョアンナも、ひとつ持って、走りだした。
 ベッドのジョアンナのシーツを取ると、服のままだった。
「わたしの勝ち!」と、ジョアンナ。
「こら、ずるいぞ!」と、マーク。くすぐり攻撃を、しかけた。
 夜。ふたりは、シーツにくるまれていた。

136

135
























































「夢を見たわ」と、ジョアンナ。
「どんな夢?」と、マーク。
「列車がね、夜、この室を、横切るの」
「フロイト先生、分析を!」
「あなたの、潜在意識を」
「きみの夢だ!」
「食欲とは、関係ないわ。空腹じゃないもの」
 ジョアンナは、起きて、窓のカーテンをあけた。
「フロイト先生に、論争を」
 窓のシャッターを上げると、線路を貨物列車が走り、室じゅうがゆれ
た。シャンデリアのろうそくが、1本、落ちた。
「すごい迫力!」
「たしかに、きみの夢分析は、必要ないね」
 
               ◇
 
 砂浜に停めた、白のベンツから、マークとジョアンナは、降りて、ヨ
ットハーバーへ。ジョアンナは、白と黄のドレスに、白枠のサングラス
に、黄のバッグ。
 

138

137
























































               ◇
 
 ヒッチハイクのふたりは、岩場で水着に着替えた。ジョアンナは、赤
の水着の上にシャツ。マークは、黒の水着。走って、砂浜へ。
「熱い!」と、ジョアンナ。
「やけどする」と、マーク。
「最初は、あまり焼かない方がいいわ」
「ぼくの肌は、耐火性さ。海へ、入ろう!シャツなんて、ぬいで!」
 ジョアンナは、砂浜で横になった。
 マークは、泳いでから、ジョアンナの横に。
「ここって、エデンの園の近くね」と、ジョアンナ。
「結婚って?」
「あなたのイメージは?」
「結婚とは、女が男に服を脱げと言ったとき、ただ単に、洗濯したいだ
けであること」
「ハハハ」
「どう?」
「名言だわ」
「おなかすいた。喉も乾いた」
「満足しない女だ」

140

139
























































「空腹が悪いこと?」
「欲求はすべて、下品なものだ、精神的なものを除いてね」
「お互いの手をたたいたら、誰かがメニューを持ってきてくれるとかだ
ったら、いいわ」
 お互いの手をたたいた。
 
               ◇
 
 ヨットハーバーのベンチで、マークは、ボーイにメニューを返した。
 パラソルの下のデッキチェアで、うつぶせに。ジョアンナは、赤、黄、
青のストライプの水着に、白枠のサングラス。
「手をたたいたら」と、マーク。「みんなが消えちまうってのも、いい
な」
 ジョアンナは、手をたたいた。
「マダム」と、ボーイ。砂浜を走ってきた。
「なんでもないの」と、ジョアンナ。ボーイは、戻っていった。「消え
ると、困るわ」
 ボーイが、ロブスターが2匹、丸々盛られた大皿を、運んできた。
 
               ◇

142

141
























































 
 マークとジョアンナは、砂浜で目覚めた。
 ホテルの室の鏡で、全身を映した。からだは、日焼けで、真っ赤にな
っていた。
「どうする?」と、マーク。
「数日間、静かに立ってれば、そのうち消えるわ」と、ジョアンナ。
「静かに立ってるだけだなんて、やだね」マークが腕をさわろうとする
と、ジョアンナは痛がった。
「ああ、わたしもだけど、また、来週ね」
「痛い?」と、マーク。ジョアンナは、首をふった。「ジョアンナ、ジ
ョアンナ、ジョアンナ」
「わたしの名前を、初めて、心を込めて呼んでくれたわ」
「ジョアンナ、ジョアンナ、ジョアンナ、ジョアンナ、心から」
「1週間よ、耐火性さん」
「耐火性じゃ、なかった。もう、あの合唱団には、戻るなよ」
「1週間だけよ、1週間?痛みなんて、どうということないわ」
 ジョアンナは、ベッドへダイブした。
 
               ◇
 

144

143
























































 南仏のモーリスの別荘。
 ジョアンナは、プールへダイブした。
「これぞ、人生」と、マーク。日陰の卓球台で、モーリスの相手をして
いた。
「奥さんは、しあわせ?」と、モーリス。サープした。
「ええ、そりゃもう。別荘にプール、シャンパンで、ごきげんです」
 プールから、ジョアンナが、こちらを見ていた。
「きみは、おこってない?」
おこる?」マークが、サーブした。
「じゃまされて」
「いえ、とんでもない」
 ジョアンナは、プールから上がって、大きなバスタオルでからだをふ
いた。
「パラモスから連絡が来たら、プロジェクトの説明をするよ。もし、興
味があればね」
「もちろん、興味あります」と、マーク。
「あと、数日いてもらうことになるけど、いいかな?」
「待てないですね。ゲーム!」コーナーを、チェンジした。「レディ?」
 マークのサーブを、モーリスが打ち返したボールは、ジョアンナのと
ころへ。

146

145
























































 ジョアンナは、ボールをつかんで、飲み込むふりをした。
「こっちへ」と、マーク。
「うぐ、ごくん」と、ジョアンナ。「もう、おそいわ」
「ふざけないで。プレーしてるとこだから」
「もう、2時間もね」
 ボーイが電話を、銅像のおへそにつないで、モーリスに渡した。
「ありがとう」と、モーリス。電話に。「ハロー、パラモス?電話待っ
てたよ。私がかけた?そうか」
 マークは、ジョアンナのデッキチェアまで、来た。
「ボールを返してくれる?」と、マーク。
 ジョアンナは、首をふった。マークは、ジョアンナをくすぐった。
 ジョアンナは、ボールをプールの中へ。
「ボールを拾え!」と、マーク。
「自分で拾えば?」と、ジョアンナ。
「スニーカーだ」
「フランソワーズに借りたの?」
「依頼主だぞ」
「息子のかしら?」
「ボールを」
「お孫さんのかもね?」

148

147
























































「嫉妬はやめて、ボールを」
「ほら、あそこを」
 マークは、ジョアンナを抱き上げた。
「やめて!降ろして!」
「ボールを拾うか?」
「お断り」
 マークは、ジョアンナをプールへ落とした。
「拾え!」
 ジョアンナは、やっと、ボールを拾った。
「それじゃ、6時に。天才を連れてゆくよ」モーリスは、電話を切った。
「パラモスと、6時に会う。話しあって、結論を出そう」
「分かりました」と、マーク。
 ジョアンナは、下から、マークをひっぱって、プールへ落とした。
「靴も服も濡れた。かぜを引く」
「いつまで、ここに?」と、ジョアンナ。
「よく、言うよ」と、マーク。「きみが売り込んだんだ。実際、チャン
スだ」
「けっこうだこと」
 マークとジョアンナは、白い服に着替えた。
「ランチよ」と、フランソワーズ。

150

149
























































 プールサイドの日よけの下のテーブルへ。
「ここへ、どうぞ」と、フランソワーズ。
「今夜、みんなで、劇場へ行こう。そこで、パラモスに」
「ふさわしいドレスが」と、ジョアンナ。
「わたしのは?」と、フランソワーズ。
「お借りすればいい」と、マーク。
「キャビアは?」と、フランソワーズ。
「だいじょうぶです」と、マーク。
「劇場へは?」
「たまに」と、ジョアンナ。
「ボーイの呼びりんを、押していただける?」と、フランソワーズ。
 ジョアンナは、日よけの柱のボタンを押した。日よけは、下まで落ち
た。
「このあたりは、急に日が暮れるようだ」と、マーク。「ハハハ」
 
               ◇
 
 ヒッチハイクのふたりは、ホテルのパーティで、踊っていた。髪に、
紙製の帽子。
「ジョアンナ、ジョアンナ、ジョアンナ」と、マーク。「1週間は、あ

152

151
























































っという間だった」
「楽しみすぎたわ」と、ジョアンナ。
「あした、行かないでくれ」
「その話は、やめて!」
「分かった、もう、しない」
「約束よ!」
 
               ◇
 
 モーリスの別荘の1室に、戻ったふたり。
 ジョアンナは、フランソワーズに借りたピンクのドレスで、マークは、
タキシードに蝶ネクタイ。
「結構な夜でしたわ」と、ジョアンナ。
「きみも、すばらしかった。実に、よかった」と、マーク。
「そうだった?」
「それに、日よけの話なんて、最高だった」マークは、ジョアンナのド
レスの、背中のチャックをはずした。
「パラモスなんて、メロメロだった」
「あんなの、簡単よ」ジョアンナは、バスルームに入って、ドアをしめ
た。

154

153
























































「きみ自身、楽しんでたろ?」ドア越しに。葉巻を吸いながら。
「まさか。もう、うんざりよ」
「なぜだい?」
「なぜって、人の世話になるのは、疲れるからよ。早く、ふたりっきり
になりたいの」
「そんなに長くは、たってないだろ?」マークは、ドアをあけて、顔を
出した。
「この2日間が、何ヶ月にも思えるわ」ジョアンナは、ドアをしめた。
髪にティアラ。
「彼と、仕事をするんだ」
「わたしがするわけじゃないわ。わたしじゃ、ないわ」
「モーリスの操り人形」と、マーク。鏡の前で。
「子どもの名前は?」と、ジョアンナ。白の室内着になって、出てきた。
「なんの子ども?」
「わたしたちの子どもよ!」
「ベイビーだろ?」
「なぁに?」
「きみが太った姿を、思い描いてる。なに?」
「あなたが、やせた姿を、考えたの」
「公爵夫人でいたいなら、そのまま。愛を望むなら、帽子を」

156

155
























































 ジョアンナは、髪のティアラをはずした。
 
               ◇
 
 ヒッチハイクのふたりは、岩場で、また、水着に着替えた。紙製の帽
子も、脇に。
 手をつないで、海に入った。テーマ曲が、ゆっくり、流れた。
「10年たったら」と、マーク。「また、ここで、会おう!」
「10マイルの高層ビルを、建築中で」と、ジョアンナ。「降りてこら
れないかも」
「この場所を、ぼくらの思い出の場所にするよ」
 ジョアンナは、うなづいた。
 
               ◇
 
 ジョアンナは、キャロラインといっしょに、砂のお城の堀に、おもち
ゃのバケツで海水を入れた。
「パパが来た」と、キャロライン。
 マークは、建築現場の視察のため、赤のオープンカーを降りた。
 ジョアンナは、なにも言わず、キャロラインと海の水を汲みにいった。

158

157
























































 振り返ると、ブルドーザーが、砂のお城をつぶしていた。
 ジョアンナは、なにも言わず、キャロラインの髪にふれた。
 
               ◇
 
 岩場の浜辺。
「どうしたんだ?」と、マーク。
 ジョアンナは、海から急いであがって、ピンクのシャツを着けた。
「わたしが10年待って、ここへ来て、やぁと言って」と、ジョアンナ。
「やぁと言えとは、言ってない」
「ダーリンと言えって」
「ダーリンじゃなくてもいい」
「もう、2度と、会いたくないわ!」ジョアンナは、自分の荷物を持っ
た。
「じゃあ、会うな!」
「嫌いよ!」ジョアンナは、走っていった。
「ジョアンナ、聞いてくれ!納得しあって、こうなったんだ。だれもだ
ましたりしてない!遊ばれたふりするな!これだから、女は困る」マー
クは、くつをはいた。「だいたい、きみが、合唱団に戻ると言い張った
んだ」マークは、走りだした。「ジョアンナ、行かないでくれ!」

160

159
























































「行ってほしんでしょ?」と、ジョアンナ。走りながら。「美しい思い
出にしたいだけでしょ?早けりゃ、いいのよ」
「美しいって、だれが言ったんだ?もどってくれ!」
「2度と、会いたくないわ!」
「そんな、あお!」マークは、立ちどまって、足を押さえた。
「一生、会いたくない!」
「ジョアンナ!」
「いやよ!」
「結婚しよう!返事は?」足を押さえながら。
「イエス!」と、ジョアンナ。戻ってきた。「もう、離れないわ」
「ぼくもだ」
「なにが、あってもよ!」
「ジョアンナウォレス」
「後悔させない」
「ぼくもだ」
「決して、決して、決して、決して、決して」
 




162

161
























































            6
 
 デービットは、マークの赤のオープンカーの横に、スクーターを停め
た。
「デービット」と、フランソワーズ。デッキチェアで。「わたしたち、
ここよ!」
 デービットは、手を上げた。
「キャロライン、お昼は、ジャニーンとナニーとね!楽しいわよ!その
あとで、泳ぎなさい」
 ジョアンナは、マークに、どういうこと?というしぐさをした。
「デービット」と、フランソワーズ。「悪い人ね、きのう、待っていた
のよ」
「ごめん」と、デービット。
「ほんと、ひどいわ。知ってる顔、ばかりよね?ニックとミシェルに」
 パラモス夫妻は、デッキチェアのまま、手を上げた。
「マークとモーリスに」ふたりは、うなづいた。
「伯爵夫妻」シャンパングラスを上げた。
「ジョアンナは?」
 デービットは、しゃがんで、「ハロー」と、言った。
「ジョアンナウォレス、弟のデービットよ」フランソワーズは、紹介し

164

163
























































た。
「お元気?」と、デービット。
「ハロー」と、ジョアンナ。サングラスをしていた。
「彼女は、疲れて、頭痛、以外は、元気です。どうも」と、マーク。
「マーク、どうかしたの?」と、ミシェル。そして、ニックに。「絶対、
おかしい!」
「マーク」と、ニック。「ミシェルに、島を買ったよ。ここが終わった
ら、巣作りを頼む!クックックー」
「そりゃ、ラッキーだ、ニック!」と、伯爵。
「ああ、ラッキーだ!ハハハ」
「マーク」と、モーリス。「これじゃ、なにも、聞こえん!」
「アンリ」と、マーク。工事中の主任に、手で合図した。
 主任は、トラクターに指示して、休憩に入らせた。
 ミシェルは、かけていた音楽のボリュームを上げた。
 デービットが笑うと、ジョアンナも、笑顔を浮かべた。
 
               ◇
 
 空を舞う、黄のグライダーに、デービットと、スカーフを巻いた、ジ
ョアンナ。

166

165
























































「朝のお茶にも、戻らない」と、ジョアンナ。
 
               ◇
 
 マークは、赤のオープンカーで、高台の城の遺跡のレストランへ。
 鐘が鳴っていた。
 マークは、階段を上がると、奥の席に、ジョアンナが、デービットと
いっしょだった。
「おはよう」と、デービット。「コーヒーかい?」
「どうも」と、マーク。
「もう1杯、頼む?」と、デービット。となりの、ジョアンナに。ジョ
アンナは、白のシャツに黄のニットを着ていた。
「キャロラインが、よろしくって」と、マーク。ジョアンナは、マーク
を見たが、なにも言わなかった。「きのうの夜は、ここで?」
「ああ」と、デービット。「いいホテルだからね」
「前にも、ここへ?」
「そう、1度か、2度」
 コーヒーが運ばれてきた。
 マークは、立ったまま、砂糖の包みをとった。
「ジョアンナと、ふたりきりで、話したいんだが」

168

167
























































「もちろん、いいとも」デービットは、席をはずした。
「彼と、同じ室で?」と、マーク。立ったままで、コーヒーに砂糖を入
れた。
「そうよ」と、ジョアンナ。
「つまり」
 ジョアンナは、小さくうなづいた。
「そうか」マークは、座った。「恋に?」
「ええ」
「たった1日で?」
 ジョアンナは、小さくうなづいた。
「分かった」
「自然に」
「そう?今まで、何回、そういうことが?」
「2回よ!あなたと、デービット」
「ぼくだけだと、思っていた」
「わたしだって。ただ、気づいたら」
「仲良く」
「そうね」
「仲良くていどなら、許せるが」
 マークは、立ち上がった。車に戻る途中、デービットとすれ違った。

170

169
























































「自分を責めるなよ」と、デービット。
「よくも、ヌケヌケと、そんな。責めるなら、とうぜん、きみだ」
「ばからしい」
「ジョアンナは、オレの妻だって、知らなかったのか?」
「前はね。もう、きみは、ジョアンナを愛してない。彼女を、きみから
奪ったわけじゃないよ。いっしょに、行くだけさ」
「そりゃどうも。安心した」
「ぼくらが、友人だったら、もうすこし、理解も」
「喜びも増すさ。友人の妻を奪う、喜びもね。最高だろ?」
「ハハハ」
 デービットは、ジョアンナのところに戻った。
 
               ◇
 
 浜辺の工事現場。
 マークは、設計技師の服で、水上スキーをする、ミシェルを見ていた。
「マーク、いっしょにやりましょうよ」と、ミシェル。手を振った。
「パルモスは、大丈夫よ!」マークは、やれやれという表情。
 ブルドーザーが、1本の木を引き倒そうとしていた。
「へい」と、マーク。ブルドーザーに。「その木は、違う!まだ、生き

172

171
























































ている!」
 
               ◇
 
 ヨットハーバーの見える、海辺のレストラン。
 ボーイが、ブランデーボトルとグラスをテーブルに置いた。
「どう?」と、デービット。タバコを勧めた。
 ジョアンナは、首を振った。黄緑と青のシャツに、黄緑のスカート。
「世界の常識が、変化しつつある」と、デービット。「永久なんてもの
は、ない」
「ないでしょうね」と、ジョアンナ。
「喜ぶべきことだ」
「そうね」
 ジョアンナは、黙って食事する、別の夫婦のテーブルを見た。
「会話なく、座ってる、ふたりとは?」と、マーク。ジョアンナの記憶
がよみがえった。
「ご夫婦ね?」と、ジョアンナ。口に出していた。
「そうさ」と、デービット。
「悲しいわ」
「別に、悲しいことじゃないよ。なにかが、終わったら、終わったと認

174

173
























































めるべきだ」
 
               ◇
 
 岩場の浜辺。ジョアンナは、記憶の中で、マークに紙の帽子をかぶせ
た。
「いつも、いつも」と、ジョアンナ。「なにがあろうと、あなたを愛し
てるわ」
「なにがあっても?」と、マーク。
「ええ、そうよ」と、ジョアンナ。「浮気したら」
「つかまえてみろ!」マークは、ジョアンナに、紙のナポレオンの帽子
をかぶせた。
 
               ◇
 
「人間には、成長すべき時がくるんだ」と、デービット。「古いものが、
おもしろくなくなったら、捨てるしかない」
 
               ◇
 

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 道端に停めた、赤のオープンカーの運転席で、後ろを見ている、ジョ
アンナ。助手席に、デービット。
 
               ◇
 
 岩場の浜辺で、ふたりだけのクリケット。水着にシャツ姿。
 マークがボールを投げると、バッターのジョアンナは、わざと足にボ
ールを当てた。
「どうだ?」と、マーク。仮の観客に、訴えた。
「痛いわ」と、ジョアンナ。
「今のは、アウトだ、妊娠ブタ。わざと、足を出した」
「妊娠なんですって?」
「妊娠ブタ!」
 ジョアンナは、板を持って、追いかけた。
 マークは、海にのがれ、泳いだ。
「結局は、戻ってくるのよ」と、ジョアンナ。座って待った。
 マークは、10メートル沖まで泳いで、足がつったふりをした。
「助けて!」と、マーク。「おぼれる、おぼれる」
 ジョアンナは、笑いながら、見ていた。
「助けて!」マークは、そのまま、沈んだ。

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 ジョアンナは、笑いながら、見ていた。
「マーク!」ジョアンナは、走って、海へ。
 マークは、両手を上げて、ゾンビになって、歩いてきた。
「ハハハ、バカな男だこと!」
「ウウウー」と、マーク。下アゴを、突き出した。ジョアンナも、下ア
ゴを。
 
               ◇
 
 道端に停めた、赤のオープンカーで、ジョアンナは、記憶から戻った。
「決めてもらわないと」と、デービット。
「そうね」と、ジョアンナ。
 
               ◇
 
 モーリスの別荘の1室。
 マークは、ベッドに、服のまま、横になっていた。
 ドアが、静かにあいて、ジョアンナが室の中へ。
 赤のオープンカーで、デービットといっしょのジョアンナの姿。
「ハロー」と、マーク。

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「ハロー」と、ジョアンナ。
「それで?」
「戻ったわ」
「楽しんだ?」
「そうね。でも、あなたに、会いたかった。ほんとよ」
「どうして?」
「彼は、まじめで」
「きみは、まじめが好きだろ?」
「彼は、まじめすぎて」
「オレに、おかしな顔をしろと?」
「そんな必要はないわ。マーク、わたし、戻ったのよ」
「オレを、傷つけて。そして、戻った」
「そうよ」
「よかった」と、マーク。「ところで、オレがどっちだか、わかる?」
「アウアウアウ」ジョアンナは、テラスを出て、走って、プールサイド
へ。
「ジョアンナ」マークは、ジョアンナに追いついた。
「アウアウアウ」ジョアンナは、また、走りだした。
「ジョアンナ、ジョアンナ、アアー」マークは、追いかけて、プールに
落ちた。

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 ジョアンナは、振り向いて、すこし笑顔になった。
「アハハハ」と、ジョアンナ。プールサイドまで、戻った。
「オレって、バカだった。すごくね」と、マーク。泳いで、ジョアンナ
のところへ。
「どちらもよ」と、ジョアンナ。
「いや、いつも、オレが悪い。きみは、いつも、ちゃんとして。ごめん
よ」
「もう、忘れて!」
「忘れても?」
「できる?」
「できるとも。戻ってくれて、うれしいだけさ」
「わたしも、戻れて、うれしいわ」
 








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            7
 
 白のベンツが、林の中を走った。
「あのとき、別れておくべきだった」と、マーク。黒いスーツで、運転
しながら。
「なぜ、別れなかったの?」と、ジョアンナ。銀のドレスに、銀のイア
リング。
「勇気がなかったのさ」
「勇気がなかった?どんな勇気が?」
「終わったことを認める、勇気さ」
「なにが終わったの?」
「分かってるはずだろ?」
「そうね。デービットのことね。だから、終わり、ということ?」
「デービットに会うのが楽しみだろ?なのに、なぜ、そんなふりを?」
「ふりは、してないわ。ほんとに、楽しみだもの」
「そう?」
「いい人よ。どうせ、あなたは、モーリスと長話しするんでしょうし」
「モーリスと長話しなんて、してないね」
「へーえ」
 キャップバレリーの標識。

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「もうすぐ着くから、最高の笑顔で!」
 新築祝いのパーティ会場。すでに、多くの男女が、音楽に合わせて踊
っていた。
「ハーイ」と、マーク。ジョアンナと、それぞれ、お祝いの置物を、夫
人と主人に。「居間に似合うと思って」
「ありがとう」と、夫人。「すてきよ」
「きみもね」と、マーク。
「みなさん、ほめてくれて」と、夫人。
「建てたかいがある」と、マーク。手に、シャンパングラス。
「すばらしい家だ」と、別の男性。
「あなたが、設計を?」と、別の女性。「高い天井が、いいわ」
「低いフロアもね」と、マーク。
「じつは、すごい、偶然があったの。空港の近くで、だれとぶつかった
と思う?」
 ジョアンナは、デービットを見つけて、話していた。
「さぁ」
「ぶつかったは、比喩だけど、病院帰りの、マンチェスター夫妻。キャ
シーが手術したの。幸い、経過は、いいらしいわ。あなたのことを紹介
されて、こっちで、イボンヌに電話したら、新居の設計が、あなただと」
 ジョアンナは、デービットと中庭へ出て、話していた。

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「すごい偶然でしょ?」
「そうだね」
「いい仕事をなさって、満足でしょう?」
「ええ、まぁ」
「奥さまも、ステキね。かわいい坊ちゃんがいるとか」
「ええ、かわいい娘が」
「そうだったわ。才能のある方に、お目にかかれて、すごく、光栄。キ
ャシーたちに、見せたいわ。あなたの成功を、心から喜んでる」
「おいで!」と、別の男性に呼ばれて、女性は、離れた。
「ウォレスさま、電話です」と、ボーイ。受話器をわたされた。「おつ
なぎします」
「つないでもらおう」と、マーク。目の前の女性に、声をかけて、呼び
とめた。
「アメリカからです」と、ボーイ。電話のコネクターのある場所に。
「アメリカからだ」と、マーク。声をかけた、女性の手を引いていった。
「ここからも、そっちからも、電話ばかり」そして、電話に。「ハロー、
あ、ハル、元気?」そして、女性に。「ハルからだ」そして、電話に。
「どうした?決まった?よかった。いつから?きのうってのは、無理だ。
ローマ?金曜に?分かった。じゃ、その時に」そして、女性に。「ロー
マ、金曜だ」

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「ご活躍なのね?」と、女性。白のドレスに、髪にむらさきの花。
「おかげさまで。踊ろう!」
 照明が、一瞬、暗くなった。
「あら、早すぎだわ」
「早すぎって?」踊りながら。
「マーク、来てたのか?」と、モーリス。「配線を修理していた。点検
不足だぞ!きみを待っていた。いい話があるんだ」
「婚約者だ」と、マーク。いっしょに踊っている、女性を、モーリスに
紹介した。
「初めまして」と、モーリス。ふたたび、マークに。「静かなところで、
話そう!」
「パーティーだよ」と、マーク。
「なぁ、頼む」と、モーリス。「彼女の名前は?」
「まだ、聞いてない」そして、女性に。「お名前は?」
「シルビア」と、女性。
「シルビア」と、マーク。
「素敵なひとだ」と、モーリス。「離婚したのか?妙だな。とにかく、
問題は、いつ、ヒマになる?」
 中庭から、ジョアンナとデービットが、戻ってきた。
 シルビアは、デービットのところへ。

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「ジョアンナ」と、デービット。「紹介しよう。婚約者のシルビアだ」
「今、お話を」と、ジョアンナ。
「おめでとう」と、マーク。そして、ジョアンナに。「ハルから、電話
だ。仕事だ」
「よかった。でしょ?」と、ジョアンナ。踊りながら。
「アメリカへ?」と、モーリス。
「ほんの2年だけ」と、マーク。
「だったら、私に10分くらい」
「金曜に、ローマだ」
「10分だけ」
「聞いたわ」と、マークに話しかけていた女性。今度は、デービットに。
「結婚なさるんですって?お幸せにね!そこの、おふたりのように、き
っと、いい夫婦になれるわ」
「私の問題は、簡単なんだが、ややっこしくてね。相談に乗ってくれ、
10分でいいから」
 マークは、ジョアンナと踊るのをやめて、モーリスについていった。
「もともとは」と、モーリス。「きみが出した案だ。だから、ぜひ、き
みのアイデアを」
 照明が、また、暗くなった。
「みんな、跳びはねて!」と、モーリス。振動で、照明が、もとに戻っ

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た。「みんな、ありがとう!」そして、マークに。「できれば、現場に
も」
 明るくなると、マークとジョアンナの姿は、なかった。
 
               ◇
 
 白のベンツは、湖の脇の、林の中を、ゆっくり走った。
「パーティーは、嫌いだ」と、マーク。運転席で。
「わたしはね。あなたは、好きなくせに」と、ジョアンナ。
「愛してる」
「私だって」
 マークは、車をとめた。
「こんなこと、いつまで、続ける?」
「こんなことって?」
「幸せなふりさ」
「あなたは、ふりなんてしてないわ。誰が、ふりしてるの?」
「きみさ。幸せそうに、結婚して、今も、いっしょにいたがってるだろ
?」
「間違いが、2つあるわ」
「言う必要は、ない」

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 マークは、車を走らせた。
「誰かと、どこかへ行きたければ、行っていいし、わたしに報告する、
必要はないわ」
「なぜ、きみは、まだ、ここに?」
「わたしは、あなたじゃないからよ」
「いつまで、過去を偽り続けるつもりだい?」
「話しているのは、誰かしら?いったい」
「オレだよ。離婚したら、どうする?」
 マークは、車をとめた。
「泣くわ」
「いつまで?」
「分からないわ。なぜ、離婚するのよ?」
「オレが死ぬとか、行方不明とか」
「わたしが、子どもの頃に、チッキンポックスをやってなかったら、チ
ッキンポックスを患っわずらて、どうなってたかしら?」
「愛してる」
「それなら、どうして?」
 マークは、車を走らせた。
「オレが存在してなかったら、どうしてた?」
「たぶん、デービットと結婚したわ」

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 マークは、車をとめた。
「でも、あなたは、存在してるのよ。答えが分かってるのに、なぜ、た
ずねたの?」
「答えが分かってるからさ」
「わたしの人生で、あなたに代わる人は、いないわ」
「約束する?」
「そう、望むわ」
 マークは、車を走らせた。
「そう、認めないのは、あなたの方よ」
 マークは、車をとめた。
「なにを、認めないって?」
「わたしがなにか言うたびに、なぜ、車をとめるの?」
「なにを、認めないって?」
「わたしたちの結びつきよ!別れることばかり気にして、でも、わたし
はいるわ。別れたくないんでしょ?」
「確かに」
 マークは、車を走らせた。
「わたしが、なぜ、ここにいると思うの?」
「分からない」
「立ちどまって、考えてみて!」

200

199
























































 マークは、車をとめた。
「とめて、考えてみる」
「もう、考えないで!」
「今から、ホテルのサンドイッチ?」
「そう、おなかが減った」
「ここで?」
「クラブハウスサンドイッチ」
「ただの、腹ペコ」
「なにが、悪いの?」
「これから離婚しようというのに?」
 










202

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            エピローグ
 
 情緒的でありながら、楽しげなテーマ曲。
 白のベンツは、ヒッチハイクのふたりを、追い抜いた。
 ボストンバッグを片手に、ふたりは、また、親指を上げた。
 クリーム色に濃茶のバンタイプの車が、とまった。全員が席を入れ替
えた。走ってから、赤信号でとまった。
「ハーウィ、もう、青よ」と、助手席のキャサリン。
「オーケー」と、ハワード。
 MGをうしろから押している、マークとジョアンナ。クラクションで、
振り返ると、MGは、坂道を下っていった。
 赤のオープンカーに、乗り込む、マークとジョアンナ。走り出して、
円形の交差点を過ぎた。そこへ、白のベンツ。
「ようするに」と、マーク。グレーのスーツ。「ぼくらは、変わった」
「そうね。変わったわ」と、ジョアンナ。緑の服に、白枠のサングラス。
「悲しいが、それが、現実さ。これぞ、人生」
「たしかに、もう、短気で、ドジな、若者じゃない」
 国境の検問で、車をとめた。
「今のあなたは、短気で、ドジな、成功者よ」
「パスポートを」と、検問官。

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「待って」と、マーク。車を降りて、うしろのトランクをあけた。
「パスポートがないと、通過できません」
「いや、たしか、ここに」マークは、バッグの中味を、ぜんぶ、出し始
めた。「ローマで、大切な、打ち合わせが」
 ジョアンナは、パスポートを、ハンドルに置いた。
 運転席に戻ったマークは、ハンドルの上のパスポートに気づいた。
 それを、検問官に渡すと、ジョアンナを見た。
「やな女!」と、マーク。
「バカな男!」と、ジョアンナ。
 白のベンツは、パスポートを返してもらって、やっと、国境を通過し
た。
 タイトルバック。タイトル音楽。
 
 
 
 
                            (終わり)




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