悪魔のジョーカー
ドナルドトッド、ウェスクラーベン
プロローグ
夜。ピートの居間。
男たちが、テーブルを囲んで、和気あいあいと、トランプゲームに興
じていた。
「友達とのポーカー」と、ナレーター。「という、ささやかな楽しみが、
究極の賭けになるときもあります。テーブルの上のワイルドカードが、
ゲームの鍵を握る、ミステリーゾーン」
1
コールがかかって、ジミーが自分の手を見せた。
「キングまでの、ストレート!お前は?」
「6とジャックのフルハウス!」と、ニック。手を見せた。
それを、見て、一同そろって、ため息をついた。
「また、フルハウスか!」と、ピート。「ニックだっけ?」
「そう、ニック」と、ニック。
「誰の代わり?」
「なに?」
「代理だろ?」
「ああ、いとこのノーマン」
「病気になったか?」
「だから、家にいる」
「じゃあ、始めよう!」と、トニー。くわえタバコで、カードを切り始
めた。「たまには、別のゲームでも?」
「別の?」と、ジミー。
「ディーラーが決めろ!」
「ポーカーをやる!」
「いつも、ファイブカードスタッドだ」
「ああ、そういうことか。ナイトベースボールなら、どうだ?」
ニックが笑った。
「それが、言いたかった」と、トニー。
「あのゲームを、ここで?」と、ジミー。
「ナイトベースボールって?」と、マーティ。
「トニーの地元で、よくやるポーカーだ」と、ジミー。
マーティは、うなづいた。
「バカにすんな!」と、トニー。
「ビールを持ってくるあいだに、決めておけ!」そう言って、ジミーは、
立ち上がって、キッチンへ行った。
「カードを全部、伏せるゲーム?」と、ピート。
「ああ、9がワイルドカード」と、トニー。
「昔、ばあさんがやってたよ!」
それを聞いて、マーティとニックが、声に出さずに、笑い出した。
「昔だと!」と、トニー。
「ピート、ビールを切らしているぞ!」と、ジミー。キッチンから戻っ
てきた。
「そうか」と、ピート。
「お前の家なんだから、用意しておけよ」
「しかたないだろう!」
トニーが、トランプを配っていた。ジミーは、ビールがないので、そ
のまま、席についた。
「一度に、すべて配る?」と、マーティ。
「いや、1枚づつ引いて、そのつど、賭けるんだ」と、トニー。
「トニー、早くゲームを始めよう!」と、ジミー。
「じゃあ、ファイブカードスタッドで!」と、ピート。
「オレの話は忘れろ!」トニーは、配ったカードを、また、集めた。
「マンネリを打破しようと思ったが、興味ないんだろ?」伏せたカード
1枚に、開いたカード1枚を配り終えると、「マーティから」と、言っ
た。
マーティが、チップ1枚出すと、みんなも続いた。
「死ぬまで、これだな」と、トニー。隣のニックに。ニックは、うなづ
いた。
「ビールを切らすなんて、オレに言わせりゃ、ナゾだ!」と、ジミー。
「すまん。今日の昼間に、飲んじまった」と、ピート。
「ニックに6が」と、トニー。隣のニックを、見た。
「またか」と、ピート。「なぜ、お前にばかり6が?」
ニックは、さぁね、というようにクビを振った。
「あのポーカーの映画、見たか?」と、マーティ。「欲望という名の電
車だ。男は、嫁に言う。テーブルには、カードとウィスキーだけ!はは、
そのとおりだよ!」マーティは、笑った。みんなも、同感するように、
笑った。
「いい話だな」と、ジミー。「ピート、なぜ、飲んだ?」
「テレビが壊れていて、暇だったから」と、ピート。
「仕事しろ!」
「景気が悪いから」
「頭が悪いんだろ?」
「奥さんは、働いているのか?」と、ニック。
「うーん、ピートに嫁の話はタブーだ」と、トニー。
「すまない、ピート」と、ニック。隣のトニーに。「事情が?」
「嫁は、元気だが、今、もめてるんだ━━━」
ニックは、うなづいた。
「ホールドだ!トイレは?」と、マーティ。
「さっきと同じ場所!」と、ピート。
「いいね!」マーティは、カードを伏せて、トイレへ行った。
「ニックに、6が2枚」と、トニー。
「どうなっているんだ?」と、ジミー。
「怪しむわけじゃないが、6を引きすぎだ!」と、ピート。
「気にしてなかった」と、ニック。「あ、ホールドだな。水もらえるか
?」
「ああ、蛇口を捻れば出るよ!便利だろ?」
ジミーとトニーは、くっくっと笑った。
「ちょっと失礼」と、ニック。キッチンへ行った。
2
「あの男は、どこかヘンだ!」と、ピート。
「さっきは、6のフルハウス」と、トニー。
「あの男が勝ったときは、決まって」と、ジミー。「6が3枚、入って
た!6・6・6」
「毎回、6が3枚なんて、異常だ!」と、ピート。「3つ並んだ、6の
意味は、みんな、知っているだろう?」
「ああ、不吉な数字なんだよな」と、トニー。「6・6・6は━━━」
「だから、普通に考えると、ニックは、悪魔ってことになる」
「待ってくれ!」と、ジミー。「確かに、怪しいが、ここは、慎重にい
こう!ピート、やつの手札を見てみろ!」
ピートが、手をのばして、ニックの伏せカードを見ようとした。
「よせ、ゲームは続いている!」と、トニー。ピートの手を、つかんで
止めた。
「そんなことより、大事なことだ!」と、ジミー。そして、ピートに。
「見てみろ!」
ピートが、ニックの伏せカードを、すべてあけると、6・6・6だっ
た。
「アーハッ!アーハッ!」と、ジミー。
「ジミー、黙れ」と、トニー。ジミーの口を、手でふさいだ。
「悪魔が、ここに現われたんだ!」と、ジミー。
「ニュージャージーに?」と、トニー。
「近くに住んでいるんだ」
「なぜ、この家に?」
「いとこのノーマンに聞こう!」と、ピート。ピートは、電話台にいっ
て、電話機ごと持ってきた。
「トニー、オレには、分かるよ」と、ジミー。「悪魔が現われたとした
ら、理由は、1つ━━━誰かが、死ぬ!」
「バカな!」と、トニー。
「絶対そうだよ。ニュースで見た!誰が、ターゲットだ?」
「ピートの家だ!」
「だから?」と、ピート。「ジミーは、胸が痛むと」
「いや」と、ジミー。「痛みは、消えたよ。元気はつらつだ!」
「ノーマンは、家にいないぞ」ピートが持つ受話器から、呼び出し音が
していた。
ニックが、キッチンから戻ったので、ピートは、電話機を電話台に戻
して、席に戻った。
「なにか?」と、ニック。席についた。
「ノーマンは、病気で家にいるんだろ?」と、ピート。「だが、いなか
った」
「説明してくれよ!」と、ジミー。ニックのカードを指さした。「ミス
ターシックス・シックス・シックス!」
「ノーマンは、病気のおじの家に」ニックは、腕時計を見た。「今は、
死んだようだが」
ニックの落ち着いた態度に、3人は、寒気を感じた。
「お前は、ほんとうに、アレなのか?」と、トニー。
「そのようだな」
「いとこじゃない?」
「早く言うべきだったが、ポーカーを楽しみたかったんだ」
「金を、まきあげてくれたな!」と、ジミー。
「この金は、返すよ!」ニックは、10枚くらい溜まったお札を、前に
出した。
3人は、そろって、不満の声を出した。
「そういう問題じゃない!」と、トニー。
「ああ、そうさ」と、ピート。「ポーカーをやりたいんなら、ちゃんと、
名乗れよ!闇の王子です、とかなんとかさ」
「悪かった、心から謝る。金は、返すよ。必要だろうからね━━━」
3人は、謝罪に、少しホッとした。
「ひとりは、別だが━━━」
3人は、互いに、顔を見合わせた。
「そのひとり、とは?」と、ピート。
「察してくれ!」ニックは、言いにくそうな顔をした。
3人は、また、不満の声を出した。
「悪魔だからって、もったいぶるなよ!」と、ジミー。
「ピートのパーティで」と、トニー。「迷惑かけた、ジミーか?」
「あのときの女全員に、新しい靴を贈っている!」
トニーとジミーは、ピートを見た。
「オレが、怒鳴り散らしたせいで」と、ピート。「嫁は出ていったが、
だからって、殺すことはないだろ!厳しすぎるぞ!」
「妥当なとこ、だな」と、トニー。
「黙れ!」
「なんだと?」
「落ち着いて!」と、ニック。ふたりの仲裁に入った。
「ポーカー仲間なんだろ?ゲームしようじゃないか!1枚づつカードを
引いてくれ!1番強いカードを引いた者が、アタリだ」
ニックは、カードを集めて、切り始めた。
「いいな?」
3
ニックは、トランプを、入念に切って、伏せたまま1列に崩して並べ
た。
「トニー、引けよ!」と、ニック。
「うん?オレ?マーティは?」と、トニー。
「まだ、トイレにいる!」と、ジミー。
「洗剤のラベルでも、読んでるのさ」と、ピート。「活字中毒だ!」
「ハハハ」と、トニーとジミー。
「マーティは、弱いカードを引く」と、ニック。「正直すぎる人間も、
世の中にはいるんだ。きみらとは、違う。トニー、引け!」
トニーは、気が進まないまま、ゆっくり、1枚引いた。ハートの8だ
った。
「次は、ジミー!」
ジミーは、さっと、引いた。スペードの7だった。ジミーは、声に出
して喜んだ。トニーは、落ち込んだ。ジミーは、トニーを励ますように、
指で突っついて、もうひとりいる、と、ピートを指さした。
「次は、ピート!」
ピートは、1枚、自分のところまで持ってきてから、あけた。スペー
ドのジャックだった。これを見て、ピートは、泣き顔になった。
「ピート、この室は、オレたちが、掃除するよ」と、ジミー。なぐさめ
るように。「散らかしたままでいい!」
「嫁さんに、伝えておくよ」と、トニー。「むしろ、喜んでくれるかも」
「ボウリングのボールをくれ」と、ジミー。
「手品師みたいに、細工したんだろ!」と、ピート。「最初から、オレ
を━━━」
「すごく楽しかったよ」と、ニック。トニーに。「ありがとう」
ニックは、立ち上がった。
「ピートと私は、行く!」
「いやだ!行くもんか!」と、ピート。
「ピート」
「まだ、死にたくない!」
「自分では、選べないことなんだ。もう、行かないと」
ピートは、泣き顔のまま、席を立とうとしなかった。
「待ってくれ」と、トニー。助け船を出した。「ピートは、こう、言い
たいんだよ。チャンスをくれ、と」
「悪いが、そうはいかないんだ」と、ニック。上着を着た。
「トニーの言うとおり!」ジミーも、助け船を出した。「オレら人間は、
そう簡単には、あきらめない。お前らの暮らす地獄と、ニュージャージ
ーは、勝手が違う!」
「どうしろと?」
「どうする?」と、トニー。
ジミーは、ピートを見た。
「お前と、オレで、勝負だ!」と、ピート。やけくそになった。「勝っ
たものが、全部もらう!」
「いいぞ!」と、ジミー。それから、ニックに。「失うものは、ないだ
ろ!勝つ可能性もあるし」
「よかろう」と、ニック。上着を、また、ぬいで、席についた。「金曜
だから、あすは、寝坊ができる」
トニーとジミーは、ピートのそばに集まって、応援にまわった。
「待て」と、トニー。「ピートは、魂を賭ける。お前は?」
「18ドルを」と、ニック。紙幣を、前に出した。
「6が3つで、18だからな」と、ジミー。
「19ドルにしろ!」と、ピート。
「よく、言った!は!」
「19だ」と、ニック。1ドル紙幣を追加した。
「ディーラーは、オレ?」と、ピート。トランプに手をのばし、切り始
めた。「オレが、ゲームの種類を選ぶ?」
ニックは、うなづいた。
「ローボール!」そう言って、ピートは、トランプの束を置いた。
「ローボールって?」と、ジミー。トニーに、訊いた。
「普通は」と、トニー。「強いカードが勝つだろ?ローボールは、弱い
方が勝つ。あべこべなんだ。ワンペアがツーペアに勝つ。なにもそろわ
ないと、最強だ。バラバラなカードを多く集め、同じのは避ける」
「6とか!ニックが、また、6を3枚そろえたら━━━」
「ここから、退散してもらおう!」
「どうだい、ニック?」
「あきらめるんだな、悪魔!」
トニーとジミーは、笑い合った。
「ミスター悪魔だろ?」と、ニック。
ふたりは、笑いをやめた。
「こいつは」と、ジミー。ピートをさして。「男の中の男だ。自慢の友
達だ」
ピートは、1枚をニックに、1枚を自分に、伏せたまま、配った。
次に、1枚づつ、開いて配った。スペードの3に、クローバーの2だ
った。
マーティが、トイレから戻ってきた。
ピート側の3人は、伏せカードを見た。ダイヤの5だった。
「なにが、進行中?」と、マーティ。席についた。
「悪魔とピートの対決」と、ジミー。
「掛け金は?」
「19ドル」
「ピートが勝てばな」と、トニー。「負ければ、魂を奪われる」
マーティは、うなづいた。少し、悲しそうな顔をした。
「やっぱり、6だ」ニックに、ダイヤの6がいった。ピートは、スペー
ドの5だった。
「6が、続いたな」ニックに、クローバーの6。ピートは、ハートの5
だった。
「おや」と、ピート。トニーに。「5が3枚だと、どうなる?」
「焦るな、まだ、勝っている!次は、6だ!」
「1対1は、おもしろい」と、ジミー。マーティは、うなづいた。
「6が3枚!ニックが負けている」ニックに、ハートの6がいった。し
かし、ピートにも、クローバーの5がきた。ピートは、伏せカードを、
開いた。
「5のフォーカード!地獄へまっしぐらだ!そんな━━━」
「いや、待てよ」と、トニー。「伏せたカードが6なら、お前の勝ちに
なる。フォーカード同士で、数字の小さい5が━━━」
「しかし、確率を考えろ」と、ジミー。「100万分の1もない!」
ニックは、両手で、伏せカードを開いた。そのカードには、ガイコツ
の絵柄に「死」と書かれていた。
「ゲームは、終わりだ」と、ニック。立ち上がった。「行こう、ピート!
私とピートが去るまで、誰も動くな!」
エピローグ
ピートは、力なく、立ち上がり、よろよろと歩きだした。
「このカードは、なんだ?」と、マーティ。手をのばして、ガイコツの
絵柄に触った。
カードから、強い光が放たれ、マーティは、手を引っ込めた。
「触るな!」と、ニック。
強い光が消えると、ガイコツの絵柄も消え、クローバーの6が現われ
た。ニックは、頭を振った。
「シックス!」と、トニー。「6が4枚!ピートの勝ちだ!」
「そうだ」と、ピート。「6のフォーカードだぞ!」
「イカサマ師め!」
「マーティは、だまされなかった!」と、ジミー。
「助かったよ、ありがとう!」
「5が6に勝つのか?」と、マーティ。
「戦い方が、汚いぞ」と、トニー。ニックに、詰め寄った。
「人を出し抜こうと」と、ピート。トニーに、並んだ。
「人をバカにしたやり方は、この国では、許されない」ジミーも、並ん
だ。
「悪魔だから、自分でもやめられなくて━━━」と、ニック。
「こいつ」トニーは、1歩出た。ふたりも、続いた。
「ああ、分かった!分かった!」
ニックは、3人を制止してから、両手を、上下に、すばやく、3回叩
いた。
3人は、何事かと、あたりを見回した。
「埋め合わせしたよ。普通なら、やらないが、善意のかけらもない、と
思われたくない」ニックは、上着を手にもった。「ピート、楽しかった
よ。次は、うちで、ゲームでも。それぞれを、忘れずに、招くようにす
る。では、これで」
ニックは、ドアから出て行った。
すぐに、ピートが鍵を掛けた。
「みんな、来てくれ!」と、マーティ。キッチンのドアから、出てきた。
「死んで、天国に来たかと思った!」
キッチンのテーブルの上は、くだものやハムやローストビーフ、パン
などのご馳走で、いっぱいだった。
「冷蔵庫に、ビールが!」と、ジミー。冷蔵庫に、びっしり、ビールが
並んでいた。
「早速、いただこう!」と、ピートとトニー。パンに、いろんなハムを
のせ始めた。
「悪いヤツじゃなかったのかも?」と、マーティ。大きなお皿に、ロー
ストビーフやトマトをのせた。
「それでも、妹の婿には、したくない」と、ジミー。両手に、5本のビ
ールを持っていた。
「妹さん、結婚するのか?」マーティとジミーは、笑い合った。
「ニックには」と、トニー。「変なユーモアがあった」
「品がよかったのは、認めてやろう」と、ジミー。「しゃべってばかり
じゃ、女のパーティだ。ゲームをやらないか!マーティがディーラーだ」
「ファイブカードスタッドを」と、マーティ。
「いいゲームだ」と、ピート。
4人は、テーブルについて、サンドイッチにかぶりついた。ジミーは、
ビールの栓を抜いて、みんなに配った。
「日曜の朝は」と、トニー。「やっぱり釣りにゆくのか?」
「おふくろが」と、ジミー。「教会へ行けと、うるさい」
「教会?」
「今週は、おふくろのために、行くよ」
「そうしろ!」
「ピートは?」
「ニューヨークへ行く」と、ピート。「実家にいる嫁を訪ねて、驚かせ
てやりたい」
「エースがベット!」と、マーティ。カードを配り終えて、言った。み
んな、ベットした。
「ニックは、19ドルを払ったか?」と、トニー。
「ビールと食い物で、帳消しだ」と、ピート。
4人は、納得して、うなづいた。
「悪魔と取り引きするな、と昔から言われています」と、ナレーター。
「取り引きするなら、悪魔の善意に訴えること。友達とのポーカーは、
楽しいものです。ミステリーゾーンを、抜け出した後は━━━」
(第一_八_三話 終わり)