屋根の上の少女
デービットバネットカレン、ジョンハンコック
プロローグ
夜の山の景色。
窓が閉まると、壁にも、星空。
惑星が回っている上に、胎児、蜘蛛、浮き雲、木馬。
赤ちゃん人形の顔、土人のお面。
水爆実験、窓。
そして、ナレーターのロッドサーリングの映像。
星空のバック。
「ミステリーゾーン」のタイトル。
1
朝。閑静な住宅街。
「パパ、急いで!」
キッチンで、キャシーが、フレンチトーストを作っていた。キャシー
は、今年から、小学校に通っていた。
「今、行くよ!」と、ポール。
「パパ、早く来て!」
「分かってる、行くってば!」
やっと、ポールがキッチンに出てきた。スーツを着ていた、
「なぜ、そんなに急いでいるんだ?」
「学校に遅刻する」キャシーは、できたてのトーストを、お皿に盛り付
けた。
「大丈夫さ。服装チェックしてくれ!」
キャシーは、ポールのネクタイを直した。
「どうして、今日は、急ぐんだ?」
「フレンチトーストが冷めちゃう!」
「フレンチトースト?ああ、トーストか━━━これは、なんだ?」
ポールが座ったイスの上から、リボンの付いた包みを出した。
「お誕生日、おめでとう、パパ」
「忘れてたよ!」ポールは、さっそく、包みを開いた。「なにが、入っ
ているのかな?」中から、手作りのお財布が出てきた。
「図工で作ったの」
「すごく、じょうずにできている」
「ヘタくそよ!開けて!」
中は、家族3人の写真だった。
「ありがとう」ポールは、キャシーを抱いた。「どうした?」
「ママに会いたい」
「分かってる」
「小さくなって、パパのポケットに入りたいな。ずっと、パパといっし
ょにいたい」
「パパは、仕事だ。お前は、学校に行かないと。じゃあ、フレンチトー
ストを食べちゃわないとね!さぁ!」
◇
車は、住宅街を走っていた。
「日曜は、ドライブだ」と、ポール。
「やった!」と、キャシー。
「海沿いを走って、魚を釣ろう!」
「エサの虫は、つけてね!キャンプする?」
「もちろん!火をおこして、魚を焼こう!どうだ?」
「マシュマロのほうがいい」
そのとき、後輪だけの曲芸乗りをした自転車が、駐車した車の脇から
出てきた。
運転していたポールは、とっさに、ハンドルを左に切った。自転車は、
かわしたが、車は、立ち木に激突した。
2
病院の集中治療室。意識のないキャシーが、人工呼吸器を装着されて
いた。
「ハンドルを左でなく、右に切っていたら」と、ナレーター。「ブレー
キを踏むのが、あと、1000分の1秒、早ければ。もしもという言葉
が、悲劇を否定しようとします、このミステリーゾーンでは」
キャシーを、見つめる、ポール。担当医師が来たので、ローカに出た。
「ベッカー医師、3階にお越しください」と、院内アナウンス。
「反応がない」と、医師。検査用紙を見ながら。
「さっき、動きました」と、ポール。
「無意識の反射です。回復の兆候が、見られない。昨夜も、危なかった」
「望みは、ありますよね?希望は、持っていいんですよね?」
医師は、答えなかった。
「お願いです、助けてください。妻のソフィーを、去年、亡くしたばか
りなのに」
「分かっています」
「ぼくには、あの子しかいない。あの子が死んだら、いったい、どうす
れば」
「最善を尽くします。睡眠導入剤を飲んで、ゆっくり休んでください」
「娘が、呼んでいる気がする。きっと、心の中で、ぼくを呼んでるんだ」
キャシーは、まったく、動かなかった。
「帰ってください。何かあれば、連絡します。よく、休んで」
「帰っても、休めるわけない」
◇
病院を出て、通りにとめた車に乗ろうとして、ドアをあけた。そのと
き、病院のとなりの大きな屋根の上に、少女が白の長い服を着て、立っ
ていた。
ドアをあけたままなので、後ろからきたトラックが、クラクションを
鳴らした。その音に振り返って、また、見ると、少女の姿はなかった。
車のドアを閉めて、急いで、その建物の方へ行った。
「何か?」と、シスターマリア。両手には、バザーで売っている、何冊
かの本を持っていた。
「少女が、屋根の上に」と、ポール。
「屋根の上ですって?見間違いでは?」
「確かに見た!」
「子どもたちは、みんな、出ていきました。施設が閉鎖されて」
「施設?」
「児童養護施設でしたが、来週、取り壊されることに。子どもたちは、
新しい建物に移り、ここには、いません」
「でも、確かに見ました。落ちるのでは、と心配で━━━はっきり、見
たんだ」
「勘違いでしょう。まぁ、自由に、ご覧になって!ガラクタばかりだけ
れど、使えそうなものがあれば、お買い求めを!」
「はい?」
「慈善バザーです」
「物を買う気分じゃない」
ポールは、施設の遊び場に広げられた、イスやらベッドやら物入れの
間を通って、車に戻ろうとした。振り返ったときに、ブランコに、白の
長い服の少女がいるのに、気づいた。
少女は、慈善バザーのひとつの品物を、指さした。そこは、カバーで
覆われていた。目をブランコに戻したときには、少女の姿はなかった。
ポールは、戻って、品物のカバーをはがした。それは、古風な、ベビ
ーベッドであった。
「いいベッドでしょう?」と、シスター。「お子さんは?」
「ええ、娘が、ひとり」
「きっと、気に入るわ」
「いや、どうかな」
「じゃあ、なにか、別のものを?」
「けっこうだ」ポールは、戻ろうとしたが、なにかを思いついた。
シスターは、ベビーベッドに、枕や敷きふとんを入れていた。
「いくら?」と、ポール。
「ベッド?」
「ええ」
「値段は、決めてないけど」
「足ります?」ポールは、紙幣を何枚か渡した。
「ええ、多いくらいです」
「車を━━━」
3
自宅に、ベビーベッドを持ち帰ると、キャシーの毛布を入れた。
「バカみたいだ」ポールは、自分がなにをしているのか、よく分からな
かった。
夜。ポールは、室で、服のまま、寝ていた。
じゅうたんの上を、はだしで、白の長い服を着た、少女が歩いてきた。
「きみは、だれ?なにを、している?」ポールは、急に、飛び起きた。
「トビー」と、少女。
「なに?」
「トビーに会わせて!」
「誰だって?」
「お願い!捜して!」
「トビーって?」
少女は、ななめ上を見た。
「シスターにしかられる。ベッドに戻らなきゃ!連れてって!」少女は、
左手をさし出した。
ポールは、おそるおそる、右手をのばして、少女の手に触れた。
「どうしたの?」
「手が冷たいね」
「お願い」
少女の手をつかむと、少女は、先に立って、ベビーベッドのところへ
行った。
「あの子がいないと、眠れない」
「トビー?捜しておくよ」少女は、ベッドに入った。「眠るまで、いっ
しょにいてあげよう」
「ありがとう」ポールは、ベッドの脇のイスに座った。「わたしは、サ
ラ。あなたは?」
「ポール」
「毛布をかけて!」
ポールは、サラに毛布をかけてあげた。
「おやすみ、サラ!」
「おやすみなさい」
ポールが、キャシーのベッドの方を見てから、目を戻すと、サラの姿
は消えていた。
◇
ポールは、病院のとなりの施設に行ったが、移転の張り紙があった。
修道院の玄関。
「シスターたちは、忙しいんです」と、シスタービクトリア。
「ベッドを売った、シスターに会わせてくれ!」と、ポール。「大切な
話がある」
「朝の礼拝中です」
「緊急なんだ。ベッドのことを知りたい。サラという少女のもの?それ
とも、トビーの?彼は、サラの兄弟?」
シスタービクトリアは、名前を聞いて、驚いたような顔をした。「お
待ちを」と言って、中へ入っていった。
シスターマリアの室。
「なぜ、サラのことを知っているんです?」と、シスター。「何十年も
前に死んだのに!両親を自動車事故で亡くして、うちの施設で、短い生
涯を送りました」
「なぜ、死んだんです?」
「結核です。わたしが、看取りました。神が、悲しい結末を望んでいる
と悟るのは、つらかった。わたしたちは、祈ることしかできませんでし
た。当時、結核は、恐ろしい病気だったので。その後、だれも、あのベ
ッドで寝たがらず、慈善バザーに出すまで、地下室に置いてあったんで
す」
「霊を信じますか?」
「聖霊なら」
「幽霊は?」
「それなら、教会の立場は、明白です。迷信的なことを信じるのは、望
ましくありません。あったわ!」
シスターは、戸棚の奥から、クマの人形を取り出した。
「トビーです!あの子は、これを抱きしめて、寝ていました。こんなボ
ロボロになるほど、かわいがってたんです」
「それを、ぼくに!」
シスターは、人形を抱きしめた。
「あの子の、形見よ!大事に、取っておいた」
「変に、思うかもしれないが、譲ってほしい!サラと約束したんです」
「なんですって?」
「きのうの夜、サラに会いました。屋根の上の少女は、サラだったんで
す。信じられないでしょうが、神が、サラの魂を召していなかったら?
いつの日か、役目を果たせるよう、サラをこの世に残しているとしたら?
その時まで。今━━━」
シスターは、おそるおそる、人形をさし出した。
エピローグ
病院の集中治療室。ポールは、装置をはずして、意識のないキャシー
の体を、シーツにくるんで抱き上げた。ナースが驚いて、制止しようと
した。
「いけません!」
「ぼくの娘だ!」
「先生の許可なしに、連れ出すのは」
「家に連れて帰る!」
ナースは、すぐに、医師に電話した。
ポールは、助手席にキャシーを座らせて、シートベルトをすると、車
のエンジンをかけた。キャシーは、やすらかに眠っているようにみえた。
家に帰って、ベビーベッドに寝かせ、毛布をかけた。
ポールは、ベッドの脇のイスに座った。トビーは、どこに置いたらい
いか分からず、手元に置いていた。
夜。ポールは、イスに座ったまま、眠っていた。トビーがじゅうたん
に落ちた。
朝。ポールは、気がついて、キャシーの様子を見た。キャシーは、動
かなかった。
落ちていたトビーを拾って、窓枠にもたれ、外を見ていた。
「パパ」
背後に、声がした気がして、ゆっくり振り返った。
キャシーが、目をさましていた。
「キャシー!」ポールは、キャシーの髪にキスをした。
「トビーは、どこ?」
「だれ?」
「トビーよ!」
ポールは、ゆっくり、トビーを渡した。キャシーのどこまでが、サラ
なのか、よく分からなかった。
キャシーは、トビーを抱いて、笑顔を浮かべた。
(第一_五_一話 終わり)