囚人のピアノ
パトリスメシーナ、ジェームスクロッカー
プロローグ
夜の山の景色。
窓が閉まると、壁にも、星空。
惑星が回っている上に、胎児、蜘蛛、浮き雲、木馬。
赤ちゃん人形の顔、土人のお面。
水爆実験、窓。
そして、ナレーターのロッドサーリングの映像。
星空のバック。「ミステリーゾーン」のタイトル。
1
刑務所の屋上。休憩時間。
リックは、目をつぶって、頭の中で、軽快なジャズピアノを演奏して
いた。台の上に置いた、両手の指が動いていた。不思議に思った、フレ
ッドが、横に座って、動く指を見ていた。
フットボールをしていたサムが、ボールを追って、ふたりにぶつかっ
てきた。サムは、追ってきたもうひとりに、タックルされた。
「ふざけるな!」と、サム。相手を突き飛ばしてから、ナイフを出した。
「来い!」
それを見て、リックが、サムにぶつかっていった。
すぐに、監視人がやってきた。
「やめろ!」と、監視人。ふたりを、引き離した。
「覚えてろよ!」と、サム。
「手を切られた」と、リック。監視人に、左手を見せた。シャツが血で
汚れていた。
◇
医務室。
「感染には、注意が必要だが、傷自体は、軽い」と、医師。
「利き手じゃなくて、よかった。左手は、使わない」と、リック。左手
に包帯を巻いていた。
「リック、囚人の生活は慣れたか?答えなくても、いい」
「構わないよ」と、リック。「すっかり、慣れた。同室の連中とも、仲
よくやってるし、運動もしている」
「ほかのことだ」
「なんだい?」
「けんかだよ。同じ白人ともめて、黒人の見方をしたって、けんかは収
まらんぞ」
「それなら、黙って、見てろと?オレには、できない。オレは、だれも
殺してない。無実なんだ。だから、好きに行動する」
「今後は、お前の診察回数が増えそうだな」
「注射器を用意しておけ」
◇
監視人が、鉄格子を閉めた。
「わざと、けんかしたな?」と、監視人。リックを誘導していた。「そ
れで、軽作業班に移るとは、うまい手を考えた」そして、エディに。
「おい、新入りだ」監視人は、リックを受け渡すと、戻っていった。
「ご苦労さん」と、エディ。葉巻を吸っていた。
「火は?」と、リック。
「あるぞ」ライターを出して、リックのたばこに火をつけた。「あんた、
ピアニストのフロストだろ?恋人を殺した」
「元恋人だ」と、リック。「盗まれた、オレの車で遺体が見つかった」
「悪人には、見えん」
「違法駐車はした!」
エディは、笑った。そして、手を出して、言った。「エディだ!」
「よろしく」と、リック。エディと、握手した。
「今日の仕事は、礼拝所の掃除だ。来週、司祭が、ミサをおこなう」
エディは、なにかを思いついた。
「ピアニストだろ?アヴェマリアとか、弾けるか?」
「もちろん━━━でも、ピアノは?」
◇
礼拝所。
リックが、埃だらけのカバーをめくると、縦型ピアノが現われた。
「なぜ、ピアノが?」
「失踪したオレの旧友の、ミッキーシャナシーからだ」と、エディ。
「アルカポネと並ぶ、あのギャングのことか?」
「そのとおり。当時、やつは、クラブなどの、ショービジネスを支配し
ていた。音楽好きでね。囚人が歌えるように、寄贈したのかもしれん」
「でも、使われてない」
監視人が、「エディ」と、呼ぶ声がした。
「すぐ行く!」そして、「ミサで使えるかも」と、言って、出ていった。
「そうだな」と、リック。
リックは、ピアノをあけてみた。鍵盤を押すと、音がした。
イスをあけると、楽譜がいくつも入っていた。
「スコットジョプリンのメイプルリーフラグ」
楽譜を開いて、ピアノに座った。
「1899年に発行か━━━」
初めての曲だった。右手だけで、出だしを弾いた。左手は、包帯をし
ていたが、なんとか弾けた。3・4小節で、軽快なリズムが出てきた。
夢中になって弾いてるうちに、いつのまにか、赤の楽団の制服を着て、
夜の公園の野外ステージでピアノを弾いていることに気づいた。
周りには、トランペットやホルンのブラスバンドが一緒に演奏してい
た。公園は、感謝祭のお祝いで、テーブルクロスが敷かれ、帽子をかぶ
って着飾った男女が、散策していた。
セーラー服を着た女性が、花火を持って、楽団に近づいてきた。リッ
クは、花火を受けとろうとして、手をのばした。
ピアノから離れた瞬間に、元の礼拝所に戻っていた。リックは、あわ
てて、立ち上がって、ピアノから離れた。
2
休憩時間の屋上。
「よお、リック!」と、サム。フットボールを持っていた。「やらない
か?」
「けがしている」と、リック。
サムは、仲間ふたりと、詰め寄ってきた。
そのとき、エディが葉巻を吸いながら、近づいてきて、言った。
「よせ!」
サムは、あきらめて、どこかへ行った。
「借りができた」と、リック。
「構わんよ」と、エディ。
「入所して、長いのか?」
「もう、50年になる」
「絡まれないコツは?」
「格言に、従うのさ。己の欲するところを、人に施せ。積極的にな」
「根回しか?」
「処世術だよ。これでも、若いころは、危ない橋を渡ってた。だがな、
人は殺してない。ミッキーシャナシーに、はめられた!」
「友人なんだろ?」
「そんなの昔の話さ。オレたちは、エレンを取り合ったんだ。やつは、
エレンをスターにすると言って、自分のクラブで歌わせた」
「そして、あんたを、はめた?」
「きのうは、姿が見えなかったが、どこ行っていた?」
「今は、言えない」
「分かった。後で話せ!」
「ああ」
◇
礼拝所。埃だらけで、薄暗かった。
リックは、ピアノの上にあったカバーを後ろに落として、ピアノの前
に座った。
「ほかの楽譜で、試すか!オーバーゼア、ジョージコーアン。1917
年の作品か。よし!」
今度は、左手から始まった。軍隊の行進曲ふうで、左手は、軍靴の音
だった。第一次世界大戦に参戦した時の曲だった。軽快なリズムが出て
くると、歌声が聞こえてきた。
「戦鼓を鳴らして、やってくる。だから、備えろ、さぁ、祈れ!皆に伝
えろ、用心せよ、と」
リックは、酒場のピアノを弾いていた。ハンチングハットに、茶のベ
ストに赤いネクタイだった。
「我らは、海を越えて、やってくる。やり遂げるまで、戻りはしない。
向こう側へ、向こう側へ、皆に伝えろ、向こう側へ」
酒場では、軍服姿の軍人たちが、歌ったり、ビリヤードをしたりして
いた。
「アメリカ兵が、戦鼓を鳴らして、やってくる」
酒場にいる女性たちも、いっしょに大声で歌っていた。
「備えろ、さぁ、祈れ!皆に伝えろ、用心せよ、と」
「調子は?」と、若い兵士のフレッド。
「いいよ」と、リック。フレッドは、タバコを吸っていた。リックは、
灰皿を見た。シャムロックというマッチがあったので、ポケットに入れ
た。
「出身は?」と、リック。
「ここからなら、南のほうだね」
「テキサス?」
「103番地だよ」
「この町の?」
「おごるから、同じ曲を頼むよ!」
「いいとも」
「待ってて!」
フレッドは、ビールをジョッキで持ってきた。
リックは、演奏を中断しないように、左手で、弾きながら、右手でジ
ョッキを飲んだ。
「ピアノがうまいね!」
「まぁまぁさ」
右手でジョッキを置いてから、左手で口をぬぐった。
その瞬間、演奏が中断して、礼拝所に戻ってしまった。
リックは、戻ってきたことに気づいて、「またか!」とピアノをたた
いた。
3
医務室。
リックは、医師に、左手の傷の脱糸をしてもらった。
「とにかく、不思議な体験だった!」と、リック。「古い曲を弾いたら、
過去の時代に戻ったんだ。最初は、どこかの公園で、次は、有名なクラ
ブで、ピアノを弾いてた」
「ふん、ふん」と、医師。
「ビールも飲んだし、タバコの臭いもした。いかれている、と?」
「たぶん」
「好きな時代に、行けて━━━もしかしたら、そこに、とどまることさ
え、できるかもしれない」
「勘弁してくれ、オレには、つきあいきれん」
リックは、マッチをもらってきたことを思い出して、ポケットをさぐ
った。ちゃんと、マッチはあった。
「治療をありがとう。また、いつか、会おう」リックは、医務室を出よ
うとした。
「へい、どこへ行くんだ?」
「さぁね、どこかさ」
リックは、廊下を歩いて、監視人に訊いた。
「エディは?」
「また、トラブルか?」と、監視人。
「呼んできてくれ!」
リックは、礼拝所に入ると、「やるぞ!」と、言った。
「いい考えだ!」と、サム。仲間ふたりと、待ち伏せしていた。
「やっと、刑務所らしい歓迎ができるな!選ばせてやるよ、手足を折る
か、殺すか、だ。生かしてほしいか?」
物音がした。「看守だ!」と、仲間のひとり。
「後でな!」と、サム。「逃げるなよ!」笑いながら、仲間と出て行っ
た。
リックは、ひとりになると、気を取り直して、ピアノの前に座った。
「よし。レディービーグット、いや。シェイキンザブルースアウェイ、
いや。サムワントゥウォッチオーバーミー、1928年か。文化も生活
も、オレ好みの時代だ」
ピアノを弾こうとすると、エディが、入ってきた。
「さっきの連中なら、気にするな」と、エディ。「どうした?」
リックは、エディをピアノの前まで、引っ張ってきた。
「試したいことがある。ミッキーシャナシーに復讐したいか?」
「復讐?」
「ああ」
「そりゃしたいさ」
「ピアノに手を置け!」
リックは、マッチを見せた。
「これを、見てくれ!」
「シャムロック?シャナシーのクラブだ━━━どこで?」
「きのう、オレは、そのクラブにいたんだ。このピアノで、曲を正しく
弾けば、オレたちは、1928年に戻ることができる」
「1928年だと?」
リックは、ピアノに座った。
「手をピアノに置け!」
「そんな夢みたいな話は、刑務所暮らしの長いオレでも、信じられん」
「頼むよ、エディ」
「勝手にやってくれ!」
リックは、サムワントゥウォッチオーバーミーの最初のフレーズを弾
いた。そして、すぐに、軽快なリズムになった。リックの姿は、消えた。
エピローグ
リックは、ミッキーシャナシーのクラブで、グレーのスーツに黒のネ
クタイで、サムワントゥウォッチオーバーミーを、軽快に、弾いていた。
クラブは、大賑わいで、人が大勢いた。ミッキーは、すぐに、ピアノ
を聞きつけて、やってきた。
「ジミーは?」と、ミッキー。右頬に、ナイフの切リ傷があった。
「ジミーって?」と、リック。
「今夜、呼んだはずの、ピアニストだよ!」
「ああ━━━病気で休んだので、組合がオレをよこした」
「組合が?」ミッキーは、指を鳴らして、手下を呼んだ。
「ショーティ、あす、クラブに来るよう、ジミーに伝えろ!」
「分かりました、シャナシーさま」と、ショーティ。
リックは、名前を聞いて、ミッキーを見た。
「ミッキーシャナシー?」
「ベーブルースに見えるか?
お前は、オレの家で、ピアノを弾いているんだ!」
ミッキーの腕をくぐって、エレンが現われた。シャンパングラスを持
って、紙巻タバコをパイプで、吸っていた。
「あなた、ジミーより、うまいわね」と、エレン。「それに、ずっと、
いい男だわ!」
「つまらん!」ミッキーは、エレンのシャンパングラスを、ピアノの上
に置くと、シャンパンがすべてこぼれた。「ショーティ!あす、グラン
ドピアノを、クラブからもってこい!このピアノは、用済みだ」
「処分しますか?」と、ショーティ。
「刑務所にいる、エディに、送りつけてやるか━━━喜ぶだろうよ!」
ミッキーは、エレンのあごをつかもうとして、振り払われた。
ショーティは、了解して、戻っていった。
「お前を試してやる!」ミッキーは、リックに言った。「ダンス曲を弾
け!ガーシュインの新曲、スワンダフルだ!」
「ああ━━━その曲は知りません」と、リック。
「今年の話題曲なのに?」
「ええ」
「弾いてあげたら?」と、エレン。「みんな、大喜びよ!」
「どけ!」と、ミッキーは、リックの左に座った。
リックは、演奏が途切れないように、右にずれながらも、軽く弾き続
けていた。
「まず、スローで」ミッキーは、スワンダフルを弾き出した。「次は、
アップテンポだ!」
ミッキーのピアノは、軽快なリズムに乗ってきたので、リックは、ゆ
っくり、ピアノから離れた。
エレンは、リックのところへやって来た。
「踊りましょ!」と、エレン。
「もちろん」と、リック。
「彼は、気にしないで!」
ミッキーシャナシーのピアノは、軽快なダンス曲だった。
リックは、踊りながらも、ミッキーを見ていた。
ミッキーは、スワンダフルを弾き終えると、歓声に応えるように、両
手を挙げた。
ミッキーは、演奏をやめた瞬間、礼拝所にいた。
「ここは?」ミッキーは、立ち上がった。
エディは、振り向いた。タキシードを着た男が、立っていた。
「ミッキーシャナシーか?」
「お前は?なぜ、名前を?」
「分からんか?お前の友人の、エディだよ!」
「エディ?ここは?どこなんだ?」
「お前がいるべき場所さ。オレと一緒にな。お前に、刑務所ならではの、
歓迎をしてやろう」
エディがパンチを繰り出すと、ミッキーは、ピアノと一緒に、崩れた。
◇
リックは、ミッキーが消えたあたりを、見ていた。
「ミッキーは?」と、エレン。
「出かけたよ」と、リック。「用事があって、しばらく、戻らないそう
だ」
「また、なのね━━━あなた、気分でも?」
「爽快さ!すごく、いい気分だ!」
リックの笑い声は、誰もいなくなったピアノに響いた。
(第二_六_一話 終わり)