ヴァヴェリ
原作:フレドリックブラウン
メイジーヘッターマン
プロローグ
学生用ウェブスター=ハムリン辞書、2062年度版
ヴァヴェリ (名)ヴェイダー(俗)
ヴェイダー(名)テレビ属のインオルガン
インオルガン(名)非実体化生物、ヴェイダー
テレビ(名)1.インオルガンの属 2.光と電気間のエーテ
ル周波数 3.(陳腐)2021年まで使用された通信手段
◇
地球侵略の号砲は、何百万人もの人間に聞こえたが、それほど大きな
ものではなかった。ジョージベイリーは、その何百万人もの人間のひと
りであった。私が、ジョージベイリーを選んだのは、侵略者の正体を、
10の100乗光年内で言い当てた唯一の人間だったからだ。
ジョージベイリーは、酔っていた。そのような状況のもとでは、彼を
責められない。彼は、もっとも低級なテレビコマーシャルを見ていた。
見たいわけでも、ほとんどその必要もなかったのだが、MID放送局の
上司、J・R・マクギーに命令されたからだ。
ジョージベイリーは、テレビコマーシャルのコピーを書いていた。コ
マーシャルよりも、もっと憎んでいたものは、テレビであった。ここで
は、自分のプライベートの時間を使って、ライバル放送局のむかむかす
るようなコマーシャルを見ていた。
「ベイリー」と、J・R・マクギーは、命令したのだ。「きみは、もっ
と、他社がなにをやっているか、知っておくべきだね。とりわけ、担当
時間帯で、他の放送局がどんなコマーシャルを流しているか、見ておく
べきだよ」
上司の強い要請には、なかなか、逆らえない。とりわけ、週千ドルの
仕事を続けたい場合は、特に。
しかし、コマーシャルを見ているあいだに、ウィスキーサワーを飲む
ことはできる。ジョージベイリーは、そうした。
コマーシャルのあいまには、メイジーヘッターマンとジンラミーをた
しなんだ。彼女は、テレビスタジオに勤める、赤毛のキュートなタイピ
ストだった。ここは、メイジーのアパートで、メイジーのテレビであっ
た。ジョージは、原則として、自宅に、テレビを置かなかった。スマー
トフォンや携帯電話も、持たない主義だった━━━ただし、お酒は、ジ
ョージが持参した。
「まさに、限定品のすばらしい、電子タバコです」と、テレビ。「早い
もの勝ちジ━ジ━ジ━みんなに喜ばれる電子シガレット━━━」画面は、
ときおり、乱れた。
ジョージは、テレビをチラリと見て、言った。
「マルコーニ」
彼は、モールスと言いたかったのだが、ウィスキーサワーが、少し彼
の舌をもつれさせた。その結果、彼の最初の推量が、他の誰よりも、真
実に近いものとなった。それは、ある意味で、マルコーニだった。まさ
に、文字通りの意味で。
「マルコーニ?」と、メイジー。
ジョージは、テレビの音の中で話すのが嫌いだったので、音をミュー
トにした。
「モールスと言おうとしたんだよ」と、ベイリー。「モールス信号さ、
ボーイスカウトや軍隊の通信部隊が使うやつさ。前に、ボーイスカウト
で習ったことがある」
「ほんとうかしら、なにか、変化していたわ」と、メイジー。
「誰かが、この波長の放送コードに割り込もうとしているようだ」と、
ジョージ。
「どういう意味だったの?」
「ああ、それが、何を意味するか、というと、S。アルファベットのS
が、ジ━ジ━ジ━。SOSは、ジ━ジ━ジ━、ダ━ダ━ダ━、ジ━ジ━
ジ━」
「Oは、ダ━ダ━ダ━?」
「いいね、メイジー、もう一度、言ってみてくれる。きみも、ダ━ダ━
ダ━だね!」
「あら、ジョージ、もしかしたら、ほんとうに、SOSかもしれないわ!
テレビの音を戻してみて!」
ジョージが、ミュートを戻すと、まだ、電子タバコのコマーシャルが
続いていた。
「紳士にとって、もっとも、ジ━ジ━ジ━な味の」と、テレビ。「喜ば
れる、繊細な、ジ━ジ━ジ━。新しいパッケージには、ジ━ジ━ジ━を
保つ、とても新鮮な━━━」
「SOSじゃないね。ただの、Sだけだ」
「ティーケトルのような。ねぇ、ジョージ、コマーシャル上の、ただの
ギャグかも」
「いや、ギャグだとしても、製品名まで、消してしまうことはないよ。
ちょっと待って、他のチャンネルも見てみよう」
彼は、すべてのチャンネルを順番に見ていったが、すぐに、信じ難い
という表情になった。地上波、衛星波、あらゆるチャンネルが、それど
ころか、放送波の来ていない、画面でも、
「ジ━ジ━ジ━」と、テレビ。「ジ━ジ━ジ━」
彼は、手動で、衛星波の一番右まで移動させてみても、
「ジ━ジ━ジ━」と、テレビ。「ジ━ジ━ジ━」
ジョージは、テレビを消した。メイジーを見つめていたが、目には、
入っていなかった。そうすることは、難しかった。
「ジョージ、なにか、まずいことでも?」
「そうでないことを、望みたいね」と、ジョージベイリー。「ほんとう
に、望みたい」
彼は、もう一杯飲もうと手を伸ばしたが、気を変えた。突然、思いつ
いたのは、なにか大きなことがおきているということで、それを確認す
るために、しらふに戻ろうとした。
それが、どのくらい大きなことかについては、漠然としたものしかな
かった。
「ジョージ、それって、どういうこと?」
「オレにも、わからないよ。メイジー、これから、運動がてら、放送ス
タジオまで、ひとっ走りしてこよう!エキサイティングなことになって
いると思うよ」
1
2021年4月5日、その夜に、ヴァヴェリたちは、地球にやってき
た。
その夜は、普通に始まった。今は、普通では、なくなった。
ジョージとメイジーは、タクシーを待ったが、まったく来ないので、
地下鉄でゆくことにした。そう、この頃は、まだ、地下鉄が動いていた
のだ。MID放送局のビルの1ブロック手前まで行けた。
放送局のビルは、マッドハウスと化していた。ジョージは、微笑みを
浮かべながら、左腕にメイジーを伴って、ロビーを突っ切り、5階まで、
エレベーターに乗った。理由もなく、エレベーターボーイに、百ドル紙
幣のチップを渡した。今までは、一度もそんなことはしなかったが。
「ベイリーさん、あまり近づかない方が、懸命ですよ」と、エレベータ
ーボーイ。「相手が誰であれ、耳を噛み切らんばかりの剣幕ですから!」
「すばらしい!」と、ジョージ。
エレベーターからJ・R・マクギーのオフィスまで、まっすぐ向かっ
た。
ガラスドアの向こうから、甲高い怒鳴り声が聞こえた。ジョージがド
アをノックしようとすると、メイジーが止めようとした。
「ねぇ、ジョージ」と、メイジー。ささやき声で。「あなた、クビにさ
れるわよ!」
「その時が来たのさ」と、ジョージ。「ドアから離れていなさい、ハニ
ー」
やさしく、しかし、しっかりと、彼女を安全な場所に戻した。
「でも、ジョージ、なにをする気?」
「見ててくれ!」と、ジョージ。
ドアを開けると、大声は静まって、室を横切るあいだ、すべての人の
視線が、ジョージベイリーに注がれた。
「ジ━ジ━ジ━」と、ジョージ。「ジ━ジ━ジ━」
すぐに、ガラスのコップやら、紙押さえやら、インク入れやらが飛ん
で来た。それらを、すばやく身をかわして、よけながら、ドアの外に出
た。
待っていたメイジーをつかまえて、階段へ走った。
「さぁ、飲みにゆこう!」と、ジョージ。
◇
放送局のビルのはす向かいのバーは、混んでいたが、奇妙に静かだっ
た。客の大半は、テレビ関係者であったため、バーカウンタ正面には、
大きな液晶テレビがすえられて、そのまわりに、人々が集まっていた。
「ジ━」と、テレビ。「ジ━ダ━ダダ━ジ━ダ━ダ━ダジダ━ジ━」画
面は、乱れたままだった。
「美しい響きだ」と、ジョージ。メイジーに囁いた。
誰かが、チャンネルをかえ、誰かが、たずねた。
「どこの周波数バンド?」誰かが、答えた。「警察だよ」「海外に、合
わせてみたら?」「ここは、ブエノスアイレスのはずだけど」
「ジ━ダダ━ジ━」と、テレビ。
誰かが、自分の髪をかきむしってから、言った。
「そのくそいまいましいものの電源を切ってくれ!」
しかし、別の誰かが、すぐにまた、テレビをつけた。
ジョージは、後ろのブース席に知り合いを見つけ、ふたたび、微笑み
を浮かべながら、メイジーを案内した。そこには、ピートマルベニーが、
ウィスキーボトルを前に、ひとりで、座っていた。ジョージとメイジー
は、ピートのはす向かいに座った。
「ハロー!」と、ジョージとメイジー。おごそかに。
「ヘル!」と、ピート。彼は、MIDの技術研究員の主任であった。
「すばらしい夜だね、マルベニー」と、ジョージ。「羊毛のような雲に
かかった、月を見たかい?まるで、嵐の中で、荒波をこえて突き進む、
スペインの大型帆船のように━━━」
「静かに!」と、ピート。「今、考えてるとこだ」
「ウィスキーサワー、二つ!」と、ジョージは、注文をとりにきたウェ
イターに言った。ウェイターは、テーブルを横切って、カウンターに戻
っていった。
「声を出して、考えてくれる?そうすれば、オレたちも、聞くことがで
きる。その前に、あの大騒ぎの場所から、どうやって、逃れてきたんだ
い?」
「クビになったよ」
「それじゃ、握手だな!あいつらに、ジ━ジ━ジ━って言ったのかい?」
ピートは、初めて、尊敬の念をもって、ジョージを見た。
「きみは、やったのかい?」
「ああ、オレはウィットがあるからね!きみは、なにをしたんだい?」
「自分の考えをのべただけさ。彼らが言うには、ぼくは、正気じゃない
そうだ」
「そうなのか?」
「ああ」
「いいね」と、ジョージ。
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